往復5時間の松阪ホルモンツアー
松阪に行ってきました。とは言っても西武の松坂では ございません。
松阪牛で有名な三重県の松阪です。何しに行ったかといえば、焼き肉を食べにです。
何故行ったかといえば、三重県在住の松坂牛愛好家に誘われたからです。
松阪は遠かったです。終業後会社をすぐ出て(5時半ごろ)、名古屋駅から近鉄特急に乗って、松阪駅に着いたのは午後8時少し前でした。
駅からほど近い横綱という狭くてお世辞にもあまりきれいとはいえない店でしたが、松阪牛、特にホルモンなどの味は絶品でした。
それもそのはず、なんとあの有名な和田金で使っているのと同じ牛のホルモンを使っているとのことでした。
店のおばちゃんも、豹柄のエプロンをつけたりして絶品でした。
レバーを注文されても、「切るのが面倒くさい」などと商売っけのないことを言ってました。
結局、カルビとほほ肉とホルモンとミノなどをむさぼるように食べ、ビールとチュウハイをガブガブ飲んで、会話もそこそこに店を出たのが9時半少し前。
それからまた近鉄特急に乗って名古屋に帰り、結局家にたどり着いたのは午後11時45分。
往復約5時間で、お店の滞在時間は1時間半。
往復交通費約6000円で焼肉代は4000円弱。
一体贅沢なのか何なのかよく分からない松坂ホルモンツアーでした。
松阪牛で有名な三重県の松阪です。何しに行ったかといえば、焼き肉を食べにです。
何故行ったかといえば、三重県在住の松坂牛愛好家に誘われたからです。
松阪は遠かったです。終業後会社をすぐ出て(5時半ごろ)、名古屋駅から近鉄特急に乗って、松阪駅に着いたのは午後8時少し前でした。
駅からほど近い横綱という狭くてお世辞にもあまりきれいとはいえない店でしたが、松阪牛、特にホルモンなどの味は絶品でした。
それもそのはず、なんとあの有名な和田金で使っているのと同じ牛のホルモンを使っているとのことでした。
店のおばちゃんも、豹柄のエプロンをつけたりして絶品でした。
レバーを注文されても、「切るのが面倒くさい」などと商売っけのないことを言ってました。
結局、カルビとほほ肉とホルモンとミノなどをむさぼるように食べ、ビールとチュウハイをガブガブ飲んで、会話もそこそこに店を出たのが9時半少し前。
それからまた近鉄特急に乗って名古屋に帰り、結局家にたどり着いたのは午後11時45分。
往復約5時間で、お店の滞在時間は1時間半。
往復交通費約6000円で焼肉代は4000円弱。
一体贅沢なのか何なのかよく分からない松坂ホルモンツアーでした。
生き甲斐は生きるこ と
先日 テレビでビートたけしとYOUの司会で、非常に厳しい生活環境(極限状態)で生活している世界の人々を紹介する番組がやっていました。
その中では、4つの種族が紹介されていました。1つはアフリカのナミビアの灼熱の中で暮らす種族、2つ目は、フィリピンの、一生を海(船)の上で過ごす種族、3つ目は、グリーンランドの極寒の地で暮らすイヌイット、そして最後は、アンデス山脈の高地に住んでいる種族です。(この順番には特に意味はありません)
彼らに共通しているのは、一生を自分の家族およびその周囲の村(共同体)の中で過ごすということです。他との接触がないという地域的な要因ももちろんあるのでしょうが、家族と一緒に一生暮らすということについて、彼らは微塵も疑問を持っていませんし、逆に家族ほど大切なものはない、という絶対的な価値観を持っているような感じがします。
いずれも厳しい環境下での生活ですので、生きること自体が目的化されているようなところもあり、それぞれの種族の方に「生き甲斐は何ですか?」という質問をしたところ、
それぞれ「牛を飼うこと」(アフリカ)、「漁をすること」(フィリピン)、「猟をすること」(イヌイット)、「ジャガイモを育てること」(アンデス)という答えで、正しく「生き甲斐」=「生きること自体」=「食べること」という図式になっており、その潔さにある意味での羨ましさのようなものを感じてしまいました。
といっても自分がその場で生活することになったら、2~3日も我慢できないとは思いますが。
その中では、4つの種族が紹介されていました。1つはアフリカのナミビアの灼熱の中で暮らす種族、2つ目は、フィリピンの、一生を海(船)の上で過ごす種族、3つ目は、グリーンランドの極寒の地で暮らすイヌイット、そして最後は、アンデス山脈の高地に住んでいる種族です。(この順番には特に意味はありません)
彼らに共通しているのは、一生を自分の家族およびその周囲の村(共同体)の中で過ごすということです。他との接触がないという地域的な要因ももちろんあるのでしょうが、家族と一緒に一生暮らすということについて、彼らは微塵も疑問を持っていませんし、逆に家族ほど大切なものはない、という絶対的な価値観を持っているような感じがします。
いずれも厳しい環境下での生活ですので、生きること自体が目的化されているようなところもあり、それぞれの種族の方に「生き甲斐は何ですか?」という質問をしたところ、
それぞれ「牛を飼うこと」(アフリカ)、「漁をすること」(フィリピン)、「猟をすること」(イヌイット)、「ジャガイモを育てること」(アンデス)という答えで、正しく「生き甲斐」=「生きること自体」=「食べること」という図式になっており、その潔さにある意味での羨ましさのようなものを感じてしまいました。
といっても自分がその場で生活することになったら、2~3日も我慢できないとは思いますが。
「問題な日本語」って表現は問題?
今「問題な日本語」という本を読んでいます。
これは、タイトルからもお分かりかもしれませんが、最近よく使い方が乱れていると言われている、どこかおかしな日本語の表現について、これでもかこれでもかと例を挙げて紹介している本です。
この本が、最近流行りの日本語について書かれた本とは、一風変わった趣を醸し出しているのは、単におかしな表現をおかしいというだけではなく、そのような使い方が広まったのには、必ず何か理由があるはずだということで、その背景にある考え方などを探ろうと試みている点にあると思います。
例えば「~じゃないですか」という表現に違和感を持ったり、失礼に感じる理由として2種類あることを指摘されています。すなわち1つめは「これって最近流行っているじゃないですか?」などに代表されるような、自明なことを「ご存じないかもしれませんが」と控えめな感じを装って言う場合で、この使い方には、不愉快に感じる人と感じない人がいて、前者は「そんなことは言われなくても分かっている」と思う人で、後者は話し手の「~じゃないですか」という言い回しを単なる情報確認と捉えている人ということになります。
2つめの「~じゃないですか」の使い方は「私って最近引っ越してきたばかりじゃないですか」といった他人が知るはずのないプライベートなことを知っていて当然といわんばかりに共感を求めた言い方で、これについては、より多くの方が不快感を示す場合が多いそうです。
そのほかには「こんにちは」と「こんにちわ」の問題で、元々助詞の「は」(「私は」の「は」のことです)は、「わ」と読むのに「は」と書くという決まりに基づいて「こんにちは」と書く(つまり「こんにちは」は「今日は~」の省略ということ)のですが、同様の「は」が「わ」転じてしまった例として「いまわの際」「すわ一大事」「きれいだわ」など、既に助詞としての形骸さえ意識されなくなったものや終助詞と化してしまった言葉を挙げられ、近いうちに「こんにちわ」というのが認められる日が来るのではないか、と推測されています。
このように、従来の感覚ではおかしいと思われる表現を「けしからん」と怒ったり嘆いたりするだけではなく、言葉というのは時代とともに変わっていくという前提のもと、なぜこのような表現が生まれたのか、そしてそれは今後どうなっていくのか、といったところまで言及しているところに、この本の新鮮さを感じるとともに、正しい日本語についても大変勉強になりました。(といってもまだ途中までしか読んでませんが)
この本を書かれている方(編者)は国語辞典の編者をされている日本語の専門家なので大丈夫なのでしょうが、この本に少しでも変な表現が出てきたら、それこそ抗議のはがきが殺到しそうなので、一字一句にまで気を使って書かれるんだろうなあ、などと、この文章もほとんど勢いだけで書いてしまった私は思いを巡らすのでした。
(以上の文章で一体いくつくらいおかしな表現があるのでしょうか?)
これは、タイトルからもお分かりかもしれませんが、最近よく使い方が乱れていると言われている、どこかおかしな日本語の表現について、これでもかこれでもかと例を挙げて紹介している本です。
この本が、最近流行りの日本語について書かれた本とは、一風変わった趣を醸し出しているのは、単におかしな表現をおかしいというだけではなく、そのような使い方が広まったのには、必ず何か理由があるはずだということで、その背景にある考え方などを探ろうと試みている点にあると思います。
例えば「~じゃないですか」という表現に違和感を持ったり、失礼に感じる理由として2種類あることを指摘されています。すなわち1つめは「これって最近流行っているじゃないですか?」などに代表されるような、自明なことを「ご存じないかもしれませんが」と控えめな感じを装って言う場合で、この使い方には、不愉快に感じる人と感じない人がいて、前者は「そんなことは言われなくても分かっている」と思う人で、後者は話し手の「~じゃないですか」という言い回しを単なる情報確認と捉えている人ということになります。
2つめの「~じゃないですか」の使い方は「私って最近引っ越してきたばかりじゃないですか」といった他人が知るはずのないプライベートなことを知っていて当然といわんばかりに共感を求めた言い方で、これについては、より多くの方が不快感を示す場合が多いそうです。
そのほかには「こんにちは」と「こんにちわ」の問題で、元々助詞の「は」(「私は」の「は」のことです)は、「わ」と読むのに「は」と書くという決まりに基づいて「こんにちは」と書く(つまり「こんにちは」は「今日は~」の省略ということ)のですが、同様の「は」が「わ」転じてしまった例として「いまわの際」「すわ一大事」「きれいだわ」など、既に助詞としての形骸さえ意識されなくなったものや終助詞と化してしまった言葉を挙げられ、近いうちに「こんにちわ」というのが認められる日が来るのではないか、と推測されています。
このように、従来の感覚ではおかしいと思われる表現を「けしからん」と怒ったり嘆いたりするだけではなく、言葉というのは時代とともに変わっていくという前提のもと、なぜこのような表現が生まれたのか、そしてそれは今後どうなっていくのか、といったところまで言及しているところに、この本の新鮮さを感じるとともに、正しい日本語についても大変勉強になりました。(といってもまだ途中までしか読んでませんが)
この本を書かれている方(編者)は国語辞典の編者をされている日本語の専門家なので大丈夫なのでしょうが、この本に少しでも変な表現が出てきたら、それこそ抗議のはがきが殺到しそうなので、一字一句にまで気を使って書かれるんだろうなあ、などと、この文章もほとんど勢いだけで書いてしまった私は思いを巡らすのでした。
(以上の文章で一体いくつくらいおかしな表現があるのでしょうか?)
少年マンガを破る女性
朝の通勤バスに、ほとんど毎日のようにマンガ週刊誌を持って乗ってくる30代半ばくらいの女性がいます。
ここまでは、まあよくある日常の光景かもしれません。
その女性がちょっと変わっているのは、持ってくるのが必ず少年マンガだということです。週刊少年ジャンプや週刊少年マガジン、週刊ヤングマガジンなどです。
ここまでも、少年マンガが好きな女性というだけの、まあよくあることなのかもしれません。
しかし、その女性はなぜか発売日とずれた週刊誌を持ってきます。
例えばある週には、月曜日に少年マガジン(発売は水曜日)、火曜日にヤングマガジン(同じく月曜日)、水曜日に少年ジャンプ(月曜日)といった具合です。
このあたりから少し怪しくなってきました。
さらに、その女性はバスに乗っている間、ほとんどその週刊誌を見ることはなく、降りる直前になって、いきなりその週刊誌の一部のページを破り始めます。
そろそろきな臭い?においがプンプンしてきました。
ジャンプやマガジンなどの分厚い週刊誌も、驚くほどあっけなく破れることを初めて知りました。
もう既に読んでしまった部分を捨てて、読んでいない部分だけを残しておくために破っているのかとも思いましたが、あるマンガの途中のところで破っていたので、そういうわけでもなさそうです。
その女性は一体何者で、何のために少年マンガ週刊誌を破っているのでしょうか?
そして、その女性の一挙手一投足を詳細に観察している自分は一体何者?
ここまでは、まあよくある日常の光景かもしれません。
その女性がちょっと変わっているのは、持ってくるのが必ず少年マンガだということです。週刊少年ジャンプや週刊少年マガジン、週刊ヤングマガジンなどです。
ここまでも、少年マンガが好きな女性というだけの、まあよくあることなのかもしれません。
しかし、その女性はなぜか発売日とずれた週刊誌を持ってきます。
例えばある週には、月曜日に少年マガジン(発売は水曜日)、火曜日にヤングマガジン(同じく月曜日)、水曜日に少年ジャンプ(月曜日)といった具合です。
このあたりから少し怪しくなってきました。
さらに、その女性はバスに乗っている間、ほとんどその週刊誌を見ることはなく、降りる直前になって、いきなりその週刊誌の一部のページを破り始めます。
そろそろきな臭い?においがプンプンしてきました。
ジャンプやマガジンなどの分厚い週刊誌も、驚くほどあっけなく破れることを初めて知りました。
もう既に読んでしまった部分を捨てて、読んでいない部分だけを残しておくために破っているのかとも思いましたが、あるマンガの途中のところで破っていたので、そういうわけでもなさそうです。
その女性は一体何者で、何のために少年マンガ週刊誌を破っているのでしょうか?
そして、その女性の一挙手一投足を詳細に観察している自分は一体何者?
ライブドア VS フジテレビ
フジテレビによるニッポン放送の株式公開買い付け(TOB)がとうとう締め切られ、結局フジテレビは、重要事項を単独で否決できる1/3以上の株式を
確保したとのことで、今後は、新株予約権の発行について裁判所がどう判断を下すかが焦点となるようです。
ライブドアとフジテレビのニッポン放送支配を巡る一連の争いについて、大前研一さんは以下のように述べられていましたので、紹介させていただきたいと思います。(と言っても週刊ポスト誌の氏の連載をコンビニで立ち読みしただけで、私自身の知識不足もあり、正確ではないかもしれませんのでご了承ください)
第一に、ニッポン放送(取締役会)が決定したフジテレビへの新株予約権発行は断じて認められるべきものではなく、これが認められてしまっては、取締役会が経営者を決定することができることとなり、TOBの制度自体が成り立たなくなってしまう、ということを主張されています。
第二に、かといってライブドア(堀江社長)を支持しているというわけではなく、堀江社長は放送とインターネットの融合を標榜しているが、具体的なビジョンは恐らく描けておらず、単に金儲けの機会として捉えている可能性が高いこと、そしてその証拠として、世界的に放送とインターネットの融合を成功させた企業の事例がないことや、本当に事業提携を考えているなら、もっと他に手法があるはずだ、といったことを指摘されています。
第三に、かといって(またまた、「かといって」で恐縮です)本件を起こしたことで堀江社長の果たした役割は大きく、それは大前さんがここ数年来主張されている「見えない大陸」の一つであるマルチプル経済(実際の規模の何十倍ものお金が動くことだと私は理解しています)を分かりやすい形で実例として示してくれたこと、すなわち売り上げ100億円規模のライブドアが1000億円以上の資金を供給してもらい、ニッポン放送の買収(を目指すこと)を可能にした、といったことが主な論点だったと思います。
昨今の政財界の論調は、堀江社長がカネに委せて好き勝手なことをやっている(ように見える)ことを批判する方向が主流だったように感じていますが、やはり、堀江社長が新しい時代を切り開いている、という功績も大きいということなのでしょうか。
それにしても「フジテレビはいつも日枝会長が出てきて、社長は一体どうしているんだろう」と「ニッポン放送の亀渕社長は、昔はDJだった人なんじゃないんだろうか?」とか「堀江社長は今日もテレビに出まくってて疲れないんだろうか」とか「古館伊知郎に女子アナとの鍋パーティーのことを突っ込まれてちょっと苦笑いしてたなあ」などとどうでも良いことを気にしながら、この一連の騒動を眺めています。
ホリえもんはこれから先果たしてどうなってしまうのでしょうか?
確保したとのことで、今後は、新株予約権の発行について裁判所がどう判断を下すかが焦点となるようです。
ライブドアとフジテレビのニッポン放送支配を巡る一連の争いについて、大前研一さんは以下のように述べられていましたので、紹介させていただきたいと思います。(と言っても週刊ポスト誌の氏の連載をコンビニで立ち読みしただけで、私自身の知識不足もあり、正確ではないかもしれませんのでご了承ください)
第一に、ニッポン放送(取締役会)が決定したフジテレビへの新株予約権発行は断じて認められるべきものではなく、これが認められてしまっては、取締役会が経営者を決定することができることとなり、TOBの制度自体が成り立たなくなってしまう、ということを主張されています。
第二に、かといってライブドア(堀江社長)を支持しているというわけではなく、堀江社長は放送とインターネットの融合を標榜しているが、具体的なビジョンは恐らく描けておらず、単に金儲けの機会として捉えている可能性が高いこと、そしてその証拠として、世界的に放送とインターネットの融合を成功させた企業の事例がないことや、本当に事業提携を考えているなら、もっと他に手法があるはずだ、といったことを指摘されています。
第三に、かといって(またまた、「かといって」で恐縮です)本件を起こしたことで堀江社長の果たした役割は大きく、それは大前さんがここ数年来主張されている「見えない大陸」の一つであるマルチプル経済(実際の規模の何十倍ものお金が動くことだと私は理解しています)を分かりやすい形で実例として示してくれたこと、すなわち売り上げ100億円規模のライブドアが1000億円以上の資金を供給してもらい、ニッポン放送の買収(を目指すこと)を可能にした、といったことが主な論点だったと思います。
昨今の政財界の論調は、堀江社長がカネに委せて好き勝手なことをやっている(ように見える)ことを批判する方向が主流だったように感じていますが、やはり、堀江社長が新しい時代を切り開いている、という功績も大きいということなのでしょうか。
それにしても「フジテレビはいつも日枝会長が出てきて、社長は一体どうしているんだろう」と「ニッポン放送の亀渕社長は、昔はDJだった人なんじゃないんだろうか?」とか「堀江社長は今日もテレビに出まくってて疲れないんだろうか」とか「古館伊知郎に女子アナとの鍋パーティーのことを突っ込まれてちょっと苦笑いしてたなあ」などとどうでも良いことを気にしながら、この一連の騒動を眺めています。
ホリえもんはこれから先果たしてどうなってしまうのでしょうか?
「きっと!よくなる」はず?
先日、「ユダヤ人大富豪の教え」や近著「きっと、よくなる!」で有名な本田健さんの講演会に行ってきました。
これは一連の著作が売り上げ100万部を突破したことを記念して、読者への感謝の意味もこめて、全国7都市で開催されているものです。
本田健さんというのは、元々経営コンサルティング会社や会計事務所をなされていた方で、娘さんの誕生を機に、育児中心のセミリタイア生活を始められ、そのときに「そうだ。今までの経験や生き方を本に書こう」と思い立たれたそうで、3年前から本を立て続けに出されて、それが合計で早くも100万部を突破されたというすごい方で、その他の著書には「幸せな小金持ちへの8つのステップ」などがあります。
とはいえ、私自身は、本田さんの昔からの熱心な読者というわけではなく(といっても先ほども申し上げたとおり、最初の本を出されたのが3年前とのことです)、ごく最近仕事でお付き合いのある方に本田さんのご著書をご紹介いただき、どちらかといえば物見遊山で今回の講演会にも参加したという感じです。
会場に着くと、本田さんの熱心なファンらしき人たちがかなりたくさん集まってきていて、会場は熱気でムンムンしていました。 受付の少し向こう側に本などを持った人たちの列ができていて、本田さんらしき人がサインをしていたので、私も持っていた最新「きっと、よくなる!」にサインをしてもらうべく、列の最後尾に並びました。
講演会のお話で分かったのですが、本田さんは日本では顔写真などを公開されておらいないそうで、年齢やどんなお顔かご存知ない方も多いかと思いますが、間近で見た「ナマ本田健」は、本の内容からするとかなり若く(30代半ばくらい?)て、結構ふっくらとされていて、髪も長髪で、大変失礼ながらやり手のコンサルタント兼ベストセラー作家といった感じは受けませんでした。
講演会は、本田さんお気に入りのピアニスト、ウォン・ウィンツァンさん(名前はともかく、れっきとした日本人だと思われます)の演奏会と本田さんの海外(主に韓国)での活動と「きっと、よくなる!」についての講演という構成でした。
本田さんは、韓国ではかなりの人気らしく、セミナーで参加者の方々と密着した写真を撮ったことなどを面白おかしく語ってくださいました。
「きっと、よくなる!」については、著書に書ききれなかった「きっと、よくなる!」ためのヒント、コツのようなことを紹介してくださいました。
その中で特に印象に残ったのは、「心の平安を手に入れるために知っておくこと」として挙げられた以下の5点です。
1.自分のストレスのパターン(どんなときにストレスを感じるか把握しておく)
2.問題がない状態はあり得ないこと(常に問題があって当たり前と思っていれ ば、自分の夢につぶされなくて済む)
3.人生は不平等でも公平にできていること(幸せになる、幸せを感じるという意 味では公平だということ)
4.人生の出来事に良いも悪いもないこと
5.すべては選択によって変わること
また、心配をしないコツとして、「心配するより、何かもっと一所懸命になってエネルギーを費やすことがあれば、心配はしない」と仰られ、そのことを実感するため、聴衆の中から、その日誕生日の人に壇上に上がってもらい(5人ほどいらっしゃいました)みなで人生最後のつもりでハッピーバースデイを唄うという実験をしました。
本田さんの主張の根本にあるのは「自分の好きなことをやることが幸せにつながる」ということのようで、とても元気をいただいた講演会でした。
講演会終了後に会場の外で著書の販売をしており、「きっと、よくなる!」しか持っていなかった私は、勢いで2冊(「ユダヤ人大富豪の教え」と「幸せな小金持ちへの8つのステップ」)購入してしまいました。
講演会からの帰り道、少し興奮が冷めてきてふと考えました。
この講演会には約2000人が来ており、仮に一人3冊(参加者は本田さんファンが多いと思われるため、私より1冊多く買うと仮定しました)購入するとしたら、2000人で6000部。それを全国7箇所で行えば、6000×7=42000部の売り上げアップということになり、貧乏人の我々が、元々小金持ちの本田さんがさらに大金持ちになるステップアップを手助けしているだけなのではないのかと。
でも本当になかなかためになり、元気になる講演会でした。
これは一連の著作が売り上げ100万部を突破したことを記念して、読者への感謝の意味もこめて、全国7都市で開催されているものです。
本田健さんというのは、元々経営コンサルティング会社や会計事務所をなされていた方で、娘さんの誕生を機に、育児中心のセミリタイア生活を始められ、そのときに「そうだ。今までの経験や生き方を本に書こう」と思い立たれたそうで、3年前から本を立て続けに出されて、それが合計で早くも100万部を突破されたというすごい方で、その他の著書には「幸せな小金持ちへの8つのステップ」などがあります。
とはいえ、私自身は、本田さんの昔からの熱心な読者というわけではなく(といっても先ほども申し上げたとおり、最初の本を出されたのが3年前とのことです)、ごく最近仕事でお付き合いのある方に本田さんのご著書をご紹介いただき、どちらかといえば物見遊山で今回の講演会にも参加したという感じです。
会場に着くと、本田さんの熱心なファンらしき人たちがかなりたくさん集まってきていて、会場は熱気でムンムンしていました。 受付の少し向こう側に本などを持った人たちの列ができていて、本田さんらしき人がサインをしていたので、私も持っていた最新「きっと、よくなる!」にサインをしてもらうべく、列の最後尾に並びました。
講演会のお話で分かったのですが、本田さんは日本では顔写真などを公開されておらいないそうで、年齢やどんなお顔かご存知ない方も多いかと思いますが、間近で見た「ナマ本田健」は、本の内容からするとかなり若く(30代半ばくらい?)て、結構ふっくらとされていて、髪も長髪で、大変失礼ながらやり手のコンサルタント兼ベストセラー作家といった感じは受けませんでした。
講演会は、本田さんお気に入りのピアニスト、ウォン・ウィンツァンさん(名前はともかく、れっきとした日本人だと思われます)の演奏会と本田さんの海外(主に韓国)での活動と「きっと、よくなる!」についての講演という構成でした。
本田さんは、韓国ではかなりの人気らしく、セミナーで参加者の方々と密着した写真を撮ったことなどを面白おかしく語ってくださいました。
「きっと、よくなる!」については、著書に書ききれなかった「きっと、よくなる!」ためのヒント、コツのようなことを紹介してくださいました。
その中で特に印象に残ったのは、「心の平安を手に入れるために知っておくこと」として挙げられた以下の5点です。
1.自分のストレスのパターン(どんなときにストレスを感じるか把握しておく)
2.問題がない状態はあり得ないこと(常に問題があって当たり前と思っていれ ば、自分の夢につぶされなくて済む)
3.人生は不平等でも公平にできていること(幸せになる、幸せを感じるという意 味では公平だということ)
4.人生の出来事に良いも悪いもないこと
5.すべては選択によって変わること
また、心配をしないコツとして、「心配するより、何かもっと一所懸命になってエネルギーを費やすことがあれば、心配はしない」と仰られ、そのことを実感するため、聴衆の中から、その日誕生日の人に壇上に上がってもらい(5人ほどいらっしゃいました)みなで人生最後のつもりでハッピーバースデイを唄うという実験をしました。
本田さんの主張の根本にあるのは「自分の好きなことをやることが幸せにつながる」ということのようで、とても元気をいただいた講演会でした。
講演会終了後に会場の外で著書の販売をしており、「きっと、よくなる!」しか持っていなかった私は、勢いで2冊(「ユダヤ人大富豪の教え」と「幸せな小金持ちへの8つのステップ」)購入してしまいました。
講演会からの帰り道、少し興奮が冷めてきてふと考えました。
この講演会には約2000人が来ており、仮に一人3冊(参加者は本田さんファンが多いと思われるため、私より1冊多く買うと仮定しました)購入するとしたら、2000人で6000部。それを全国7箇所で行えば、6000×7=42000部の売り上げアップということになり、貧乏人の我々が、元々小金持ちの本田さんがさらに大金持ちになるステップアップを手助けしているだけなのではないのかと。
でも本当になかなかためになり、元気になる講演会でした。
「違う!」ってちょっと違う?
私の妻(36歳、当然のことながら既婚)は、何か言った後に、私が質問や確認をすると、まず最初に「違う」と言ってから、その後を続けることが多くあります。
私としては、妻の最初の発言および「違う」に続く発言に挟まれている私の発言が「違っている」ことを言っているつもりはないため、しばしばその「違う」という言葉に違和感を覚えます。
例えば、この間は、娘(もうすぐ3歳、言うまでもありませんが未婚)の絵本について、妻がこう言いました。
「『くろくんとふしぎなともだち』(絵本のタイトルです)っていうのも、読ませて やったら面白いんじゃない?」
妻は朝刊を見ながらそう言っていたので、私は
「(その絵本のことが)新聞に広告が載っていたの?」
と何とはなしに尋ねました。
すると妻は、案の定、まず「違う!」と言ってから、
「『くろくんとふしぎなともだち』っていうのは、『くれよんのくろくん』っていう絵本があって、その続編なんだよ」と答えました。
「違う!」の後から、たとえば「雑誌で見た」とか「本屋にあった」というような言葉が続けば、「あっ違うんだ」と納得もできるのですが、その後の妻の発言は、私の質問とも自分自身の「違う!」ともそぐわず、したがって、この会話は、どう考えてもキャッチボールになっていないと感じてしまいます。
私が「新聞に載ってたわけじゃないの?」と再び尋ねると
「載ってたけど、私が言いたかったのは新聞に載っていることじゃないから」
と分かったような分からないようなことを言います。
すなわち、妻には元々自分が言いたいことがあって、相手がそれと少しでも違った反応をした場合には、反射的に「違う!」と言ってしまうという変な癖があるのです。
いつもなら、そこで会話は終わるのですが、最近、その妻の口癖を、もうすぐ3歳の娘が真似するようになり、何かにつけて「ちっがうちっがう」と言うようになってしまったため、私は「娘が間違った形で変な言葉を覚えてしまっては困る」と思い、妻をしつこく問い詰めることにしました。
「こっちは『新聞に載っていたのか?」って訊いてるんだから、それに対し 『違う』という答えはおかしいんじゃないの。まず『そう』とか『うん』とか答えてから、自分に言いたかったことを言えばスムーズなコミュニケーション、いわゆる会話のキャッチボールになるんじゃないの?」
すると妻「そりゃそうだけど、言いたいのは新聞のことじゃないんだもん」
とむくれます。
「大体いつも全然違ってもいないのに、すぐ『違う!』って言うのは悪い癖だよ」
「違うことを『違う!』って言ってどこが悪いのよ?」
(同じようなやりとりが後何回か続きます)
それを見ていたもうすぐ3歳の娘は、お父さんとお母さんが喧嘩でもしているのかと思ったらしく、「まあまあまあ」と仲裁に入るではありませんか。
「子は鎹(かすがい)」とはよく言ったものですが、娘が誰の口調を真似て「まあまあまあ」なんていう大人びたことを言えるようになったかはいまだ分かっていません。
私としては、妻の最初の発言および「違う」に続く発言に挟まれている私の発言が「違っている」ことを言っているつもりはないため、しばしばその「違う」という言葉に違和感を覚えます。
例えば、この間は、娘(もうすぐ3歳、言うまでもありませんが未婚)の絵本について、妻がこう言いました。
「『くろくんとふしぎなともだち』(絵本のタイトルです)っていうのも、読ませて やったら面白いんじゃない?」
妻は朝刊を見ながらそう言っていたので、私は
「(その絵本のことが)新聞に広告が載っていたの?」
と何とはなしに尋ねました。
すると妻は、案の定、まず「違う!」と言ってから、
「『くろくんとふしぎなともだち』っていうのは、『くれよんのくろくん』っていう絵本があって、その続編なんだよ」と答えました。
「違う!」の後から、たとえば「雑誌で見た」とか「本屋にあった」というような言葉が続けば、「あっ違うんだ」と納得もできるのですが、その後の妻の発言は、私の質問とも自分自身の「違う!」ともそぐわず、したがって、この会話は、どう考えてもキャッチボールになっていないと感じてしまいます。
私が「新聞に載ってたわけじゃないの?」と再び尋ねると
「載ってたけど、私が言いたかったのは新聞に載っていることじゃないから」
と分かったような分からないようなことを言います。
すなわち、妻には元々自分が言いたいことがあって、相手がそれと少しでも違った反応をした場合には、反射的に「違う!」と言ってしまうという変な癖があるのです。
いつもなら、そこで会話は終わるのですが、最近、その妻の口癖を、もうすぐ3歳の娘が真似するようになり、何かにつけて「ちっがうちっがう」と言うようになってしまったため、私は「娘が間違った形で変な言葉を覚えてしまっては困る」と思い、妻をしつこく問い詰めることにしました。
「こっちは『新聞に載っていたのか?」って訊いてるんだから、それに対し 『違う』という答えはおかしいんじゃないの。まず『そう』とか『うん』とか答えてから、自分に言いたかったことを言えばスムーズなコミュニケーション、いわゆる会話のキャッチボールになるんじゃないの?」
すると妻「そりゃそうだけど、言いたいのは新聞のことじゃないんだもん」
とむくれます。
「大体いつも全然違ってもいないのに、すぐ『違う!』って言うのは悪い癖だよ」
「違うことを『違う!』って言ってどこが悪いのよ?」
(同じようなやりとりが後何回か続きます)
それを見ていたもうすぐ3歳の娘は、お父さんとお母さんが喧嘩でもしているのかと思ったらしく、「まあまあまあ」と仲裁に入るではありませんか。
「子は鎹(かすがい)」とはよく言ったものですが、娘が誰の口調を真似て「まあまあまあ」なんていう大人びたことを言えるようになったかはいまだ分かっていません。
バスの中で英語を操る謎のヘルメット男
会社帰りのバスに、一人の男が乗ってきて、
私の隣に座りました。
年のころなら30代後半くらい、ラフないでたちに
頭には何故かヘルメットをかぶっていました。
ヘルメット男と一緒に乗ってきたのは40代くらいの
きまじめなサラリーマン風のおじさんでした。
二人は元々の知り合いという感じではなく、
サラリーマン風のおじさんはヘルメット男の
向かい側の席に座りました。
ヘルメット男がおじさんに話しかけます。
それも英語で。そしておじさんも英語で答えます。
私の拙い英語力から判断すると、二人とも英語は
かなりの腕前で、発音はともかく、意志疎通は
ほとんど問題なくスムーズに行えるようでした。
英語での会話を展開している、どう見ても日本人にしか見えない、
それほど親しいわけでもなさそうな
ヘルメット男ときまじめなサラリーマンおじさんという
通勤バスの中ではかなり珍しい組み合わせ
(通勤バス以外でもかなり珍しいとは思いますが)
の会話に、私の耳はダンボのようになっていました。
ヘルメット男が英語で話しかけます。
(以下は英語力に自信のない私が必死で聴き取ったもので、
正確ではないかもしれません)
「TOEICのスコアは何点?」
おじさん(こちらも英語)「TOEICは受けたことがない」
ヘルメット(負けずに英語)「どこで英語を勉強したの?」
おじさん「高校と大学で」
ヘルメット「大学はどこ?」
おじさん「東京大学」
私(心の中)「お~東大」
ヘルメット「お~東大。誰それ(ヘルメットの知り合いの名前らしい)は
知ってる?」
おじさん「知らない」
私(心の中)「東大卒の人なんてそれこそ何十万人もいるんだろうから、
知り合いの名前言われたっておじさんだって困っちゃうよなあ」
ヘルメット「誰それ知らない?○○ファンドで働いてるんだけど。
グーグルで引くと出てくるよ」
おじさん(あまり興味なさそうに)「そうなんだ」
ヘルメット「そうそう」
そんな会話を交わした後、ヘルメットは乗ってから
2つ目の停留所くらいでおじさんに
「サンキュー」(もちろん英語で、というかサンキューは元々英語ですか?)
と言って颯爽と降りて走っていってしまいました。
ヘルメットが降りてしまった後のおじさんは、
通勤バスにすっかりなじんだ普通のサラリーマンに戻っていました。
おじさんの姿を見ながら、私の頭の中は多くのクエスチョンマークで
覆い尽くされていました。
「果たして二人の関係は?何故英語で会話していたの?
そしてあの男は何故ヘルメットをかぶっていたの?」
私の乏しい想像力をフル回転しましたが、
思いついたのは「ああ見えて二人は本当は日本人ではなく、
ヘルメット男のお国では、ヘルメットをかぶってバスに乗るのが
普通のことなんだ」ということくらいでした。
(最もありがちなのは、英会話学校で一緒の二人で、そのまま
バスでも英語の練習をしていたということですが、
二人が乗った停留所は、英会話学校などとてもなさそうな
田舎だったので、その可能性は非常に薄いと思われます)
私の隣に座りました。
年のころなら30代後半くらい、ラフないでたちに
頭には何故かヘルメットをかぶっていました。
ヘルメット男と一緒に乗ってきたのは40代くらいの
きまじめなサラリーマン風のおじさんでした。
二人は元々の知り合いという感じではなく、
サラリーマン風のおじさんはヘルメット男の
向かい側の席に座りました。
ヘルメット男がおじさんに話しかけます。
それも英語で。そしておじさんも英語で答えます。
私の拙い英語力から判断すると、二人とも英語は
かなりの腕前で、発音はともかく、意志疎通は
ほとんど問題なくスムーズに行えるようでした。
英語での会話を展開している、どう見ても日本人にしか見えない、
それほど親しいわけでもなさそうな
ヘルメット男ときまじめなサラリーマンおじさんという
通勤バスの中ではかなり珍しい組み合わせ
(通勤バス以外でもかなり珍しいとは思いますが)
の会話に、私の耳はダンボのようになっていました。
ヘルメット男が英語で話しかけます。
(以下は英語力に自信のない私が必死で聴き取ったもので、
正確ではないかもしれません)
「TOEICのスコアは何点?」
おじさん(こちらも英語)「TOEICは受けたことがない」
ヘルメット(負けずに英語)「どこで英語を勉強したの?」
おじさん「高校と大学で」
ヘルメット「大学はどこ?」
おじさん「東京大学」
私(心の中)「お~東大」
ヘルメット「お~東大。誰それ(ヘルメットの知り合いの名前らしい)は
知ってる?」
おじさん「知らない」
私(心の中)「東大卒の人なんてそれこそ何十万人もいるんだろうから、
知り合いの名前言われたっておじさんだって困っちゃうよなあ」
ヘルメット「誰それ知らない?○○ファンドで働いてるんだけど。
グーグルで引くと出てくるよ」
おじさん(あまり興味なさそうに)「そうなんだ」
ヘルメット「そうそう」
そんな会話を交わした後、ヘルメットは乗ってから
2つ目の停留所くらいでおじさんに
「サンキュー」(もちろん英語で、というかサンキューは元々英語ですか?)
と言って颯爽と降りて走っていってしまいました。
ヘルメットが降りてしまった後のおじさんは、
通勤バスにすっかりなじんだ普通のサラリーマンに戻っていました。
おじさんの姿を見ながら、私の頭の中は多くのクエスチョンマークで
覆い尽くされていました。
「果たして二人の関係は?何故英語で会話していたの?
そしてあの男は何故ヘルメットをかぶっていたの?」
私の乏しい想像力をフル回転しましたが、
思いついたのは「ああ見えて二人は本当は日本人ではなく、
ヘルメット男のお国では、ヘルメットをかぶってバスに乗るのが
普通のことなんだ」ということくらいでした。
(最もありがちなのは、英会話学校で一緒の二人で、そのまま
バスでも英語の練習をしていたということですが、
二人が乗った停留所は、英会話学校などとてもなさそうな
田舎だったので、その可能性は非常に薄いと思われます)
朝の通勤バスの出来事
ちょっと心が暖まる出来事を少しだけ。
普段はあまり乗らない路線バスに乗りました。
時間は朝の8時頃。通勤ラッシュのまっただ中で
地下鉄のターミナル駅に向かうバスということもあり、
バスはかなり混雑していました。
バスは、運転席側の入り口から乗車し、
乗るときに料金を払うシステムです。
従って、バスは運転席側すなわち前の方から
混んでいき、私が乗ってからいくつかの停留所を
過ぎたときには、もう運転席側の入り口からは
乗れなくなってしまうような状態になってしまいました。
そして、次の停留所です。
私は、運転手さんがもうお客さんを乗せるのを
あきらめて、「次のバスに乗ってください」と断る
のかと思っていました。
ところが、運転手さんは後ろ側の出口を開けて、
「後部よりお乗りください」と停留所で待っていた
お客さん達に呼びかけました。
そう、後部にはまだ乗ることができる余地が
若干ながらあったのです。
運転手さんの少しでも多くのお客さんを乗せるための
素晴らしい配慮だと感激しましたが、その一方で
私には心配なことがありました。
それは料金のことです。乗るときに支払うシステムの
バスですので、この混雑の中で、
後部から乗ったお客さんを特定することはほとんど
不可能でしょうし、そのお客さんに料金を支払って
もらうことは困難なのではないか、ということです。
せっかくの運転手さんの親切が却ってあだとなって
しまうのでは。
私のそんな心配をよそに、運転手さんはもう数カ所の
停留所でも後部出口から何人かのお客さんを乗せ、
終点のターミナル駅が近づきました。
私が、料金取りっぱぐれを心配していると、
運転手さんは車内のアナウンスで
「混雑しまして大変申し訳ございませんでした。
途中後部からお乗りのお客さまは、お降りの際に
料金をお支払いくださいますようお願い致します」
と告げました。
ターミナル駅の停留所に着くと、すし詰めになっていた
大勢のお客さんがバスから掃き出されました。
後部出口から乗ったお客さんは当然後部出口から。
もちろん全ての後部出口から乗ったお客さんではないでしょうが、
通勤通学で急いでいるはずの多くの方々が、
運転席側の入り口に立ち寄り、定期を見せたり
プリペイドカードで料金を支払っているではありませんか。
運転手さんのお客さまのことを思うサービス精神に
お客さんも応え、運転手さんとお客さんとの朝のひとときの
ちょっと感動的なコラボレーションとでも呼べるような
光景が展開されていました。
路線バスという、一見安全性と正確さくらいしか
お客さまサービスはなさそうな公共交通機関においても、
運転手さんの心配りによって、こんなサービスもできるんだ、
と改めて思いました。
(この路線バスはいつも混雑するので、常にこのようなこと
(後部からお客さんを乗せること)をやっているのかとも考え、
後日同じくらいの時間に同じバスに乗ってみたのですが、
そのバスは、やはり前の方ががいっぱいになったら、「次のバス
にお乗りください」という対応でした。
やはりあの運転手さん個人のサービスだったということだと思われます)
普段はあまり乗らない路線バスに乗りました。
時間は朝の8時頃。通勤ラッシュのまっただ中で
地下鉄のターミナル駅に向かうバスということもあり、
バスはかなり混雑していました。
バスは、運転席側の入り口から乗車し、
乗るときに料金を払うシステムです。
従って、バスは運転席側すなわち前の方から
混んでいき、私が乗ってからいくつかの停留所を
過ぎたときには、もう運転席側の入り口からは
乗れなくなってしまうような状態になってしまいました。
そして、次の停留所です。
私は、運転手さんがもうお客さんを乗せるのを
あきらめて、「次のバスに乗ってください」と断る
のかと思っていました。
ところが、運転手さんは後ろ側の出口を開けて、
「後部よりお乗りください」と停留所で待っていた
お客さん達に呼びかけました。
そう、後部にはまだ乗ることができる余地が
若干ながらあったのです。
運転手さんの少しでも多くのお客さんを乗せるための
素晴らしい配慮だと感激しましたが、その一方で
私には心配なことがありました。
それは料金のことです。乗るときに支払うシステムの
バスですので、この混雑の中で、
後部から乗ったお客さんを特定することはほとんど
不可能でしょうし、そのお客さんに料金を支払って
もらうことは困難なのではないか、ということです。
せっかくの運転手さんの親切が却ってあだとなって
しまうのでは。
私のそんな心配をよそに、運転手さんはもう数カ所の
停留所でも後部出口から何人かのお客さんを乗せ、
終点のターミナル駅が近づきました。
私が、料金取りっぱぐれを心配していると、
運転手さんは車内のアナウンスで
「混雑しまして大変申し訳ございませんでした。
途中後部からお乗りのお客さまは、お降りの際に
料金をお支払いくださいますようお願い致します」
と告げました。
ターミナル駅の停留所に着くと、すし詰めになっていた
大勢のお客さんがバスから掃き出されました。
後部出口から乗ったお客さんは当然後部出口から。
もちろん全ての後部出口から乗ったお客さんではないでしょうが、
通勤通学で急いでいるはずの多くの方々が、
運転席側の入り口に立ち寄り、定期を見せたり
プリペイドカードで料金を支払っているではありませんか。
運転手さんのお客さまのことを思うサービス精神に
お客さんも応え、運転手さんとお客さんとの朝のひとときの
ちょっと感動的なコラボレーションとでも呼べるような
光景が展開されていました。
路線バスという、一見安全性と正確さくらいしか
お客さまサービスはなさそうな公共交通機関においても、
運転手さんの心配りによって、こんなサービスもできるんだ、
と改めて思いました。
(この路線バスはいつも混雑するので、常にこのようなこと
(後部からお客さんを乗せること)をやっているのかとも考え、
後日同じくらいの時間に同じバスに乗ってみたのですが、
そのバスは、やはり前の方ががいっぱいになったら、「次のバス
にお乗りください」という対応でした。
やはりあの運転手さん個人のサービスだったということだと思われます)