Nコンブログ【NHK全国学校音楽コンクール合唱ファンブログ】 -342ページ目

Nコン小ネタ集~タイトルが変わった課題曲?変革に異論アリ?意外な審査講評?優勝までの15年?

一つの記事にするまでのボリュームがないけど、

興味深いものをいくつか取り上げます。
探偵ナイトスクープの小ネタ集のような感じです(笑)



課題曲の元タイトルは?

「そして、みぞれは」が「みぞれ 」になった、

と紹介しましたが、他にも・・・



◎「風のはたらき」→「風になりたい 」(H17高)

ちなみに、この年のテーマは「働く」でした。

作詞の川崎洋さんは、この詩を創作後まもなく、

亡くなられました。



◎「わたしはいったいなに」→「海べで 」(S45中)

うろ覚えですが、このタイトルとの

2択だったのだそうで、

最終決定は制作陣に任せたのだとか。





昭和49年度の大変革に異論アリ?

Nコンが最初に変革したのが、

昭和49年だと思っているのですが、

というのも、前年に比べて

課題曲の雰囲気がガラリと変わります。

これはNHKから制作者に対して、

「みんなで歌えるような、親しみやすい課題曲に」

という要請がなされていたそうです。

実際、前年までの課題曲は、

当時としては難しい課題曲ばかりで、

現場からは不満も出ていたよう。



小学校の部は今でも歌われる

気球にのってどこまでも

中学校の部も谷川俊太郎さんの

青空のすみっこ 」ですが、

易しい感じでとの要請があったとのこと。

高等学校の部は、ギター伴奏も可能な

ともしびを高くかかげて 」。

これも教科書によく掲載されます。

ちなみに、中学校の部では、

「簡単な課題曲になったから、

出場校が増えるかと思いきや、

思ったほど増えなかった。」

というコメントもありました。



翌年、小中ではこの傾向が継承されましたが、

高等学校の部の制作者には反発があったようで、

海はなかった 」の作曲の広瀬量平さんは

遠回しに昭和49年の課題曲の傾向を

批判されていたのが印象的でした。

「平穏無事に愛や友情を
歌い上げるのではなく、
もっと身近な現実の中から
切実に歌われるべき歌を」

という意図があったそうです。

こちらも今でも多くの人に愛される

課題曲となっていますね。




今では違和感のある(?)昭和55年度の総括

昭和55年度の総括の一部はこんな感じでした。


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・東京地方コンクールでの某私学(名前は伏せます)

の合唱の発声が大きな波紋を投げかけた。

中学生では大人びた発声過ぎるという非難が出た問題。

一般的に女子生徒は早熟だから当然という向きもある。

・ミサ曲を選んでいる学校も、音楽は音を楽しむものだから、

楽しく歌えるものを選んで欲しい。

------


今では当たり前になっているので、

こういった講評は出ないでしょうね。

ミサ曲に関してはちょっと偏見ですね。

鹿児島女子高校は、この年までは

ミサ曲を毎年選曲していましたが、

翌年以降、福島雄次郎の曲になったのは

偶然なのか、気になるところです。

ちなみにこの年の鹿児島女子の講評は、


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◎自由曲:「セバスチャン・ミサ曲」より「キリエ」(H・ヴィラ・ロボス)

・課題曲は本年最高の出来と言っても過言でない。

・自由曲の出来が優良賞にとどめた。

・自由曲がやや難しすぎた。

・技巧が不足していると言うのではなく、

ミサが日本人にしっくりこないせいなのかもしれない。

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昭和50年代の課題曲の初演番組は?

この頃の初演番組では、

司会のタレントがポップスアレンジした

課題曲を歌っていました。


「未知という名の船に乗り」(河合奈保子)

「光の中へさあ君と」(倉田まり子)

「ミスター・モーニング」(泰葉)


などなど。

今でもこういうの復活してもいいかもしれませんね。




全国優勝までの苦節15年

根城中学校 を在籍時に5度、

全国優勝に導いた竹内秀男先生の

全国初優勝時のコメントから。


------

図南小の吉田とみえ先生の

洗練された考えに大きく刺激を受けた。

(図南小は昭和56年度の優勝校)

宮前中の小林光雄先生のもとに8年通い、

合唱を追求していた。

根城中学校へ赴任。

S54:県2位

S55:東北地方で優秀賞

S56:全国初出場

S57:全国優秀賞

そして、昭和58年は、15年間勉強したことを整理し、

自分の意図している音楽を2曲に表現した。

苦節15年の全国初優勝。

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ということで、著書を見ると詳しく書いていますが、

かなりの勉強をされています。

やはり全国優勝するためには、

生徒だけでなく、先生の並々ならぬ

勉強や研究もあるのですね。






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Nコンの歴代審査講評を見ていて思ったこと。

審査講評を見ていると、
講評者の癖とか好みが
分かって面白いですね。
「あ、この先生は優勝校を
気に入ってないんだろうなぁ。」
「作曲者なだけあって、
楽譜の隅まで細かいなぁ。」
「この学校の合唱に本当に
感銘を受けたんだろうなぁ。」
などなど。
愛のある講評だと、見ていて
その演奏を聴いてみたくなります。


ちなみに、細かかったのは
作曲家の小林秀雄さん。
本当に細かかったです。
時には「●●の部分が●●になっていたが、
これは曲の改作ともいえる行為で、
厳に謹んでいただきたい。」
「●●の部分の●●は全く無用。」
といった細かな指摘を
どの学校にもされていました。


反面、この審査員の方は
審査員としてどうなんだろう?
と、おこがましくも感じてしまう
審査員もいることも確か。
厳しくてもためになる
講評ならいいのですが、
見ていて悲しくなるような講評も。
例えば・・・
「この学校の発声も表現も非常に独特で、
卒業後に歌える団体はあるんだろうか?」
「数分で聴いた講評なので、
内容に失礼があったら申し訳ない。」
といった講評もあったりで、
後者は時間がなかったのかもしれないけど、
そういう年の講評はスルーしました。


閑話休題で、先日から更新中の
小中高の金賞校自由曲リスト。
こっそりどんどん更新してます。
昭和53年の愛媛大附小の「阿蘇」
なんか懐かしいなぁ。
今ではなかなか聴けませんが、
今だったら小沢小学校なんかの
雰囲気にピッタリなような?
歌ってくれないかな?



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昭和58年度Nコンの一般公募課題曲の入賞作品にはどんなものがあったのか?

昭和58年度の課題曲の詩は

Nコン50回記念大会ということで、

一般公募で選ばれました。

その一般公募の入賞作品は

どんな作品があったのか見てみます。



【選考委員】

岩谷時子、片岡輝、薩摩忠、

谷川俊太郎、山川啓介



【入選】

◎「時間前田祐美子(愛知県一宮市立南部中学校3年)

◎「心の馬 」三石真弓(長野県飯島町立飯島中学校3年)

◎「そして、みぞれは 」伊藤民枝(岩手県立花巻北高等学校3年)



【佳作】

◎小学校の部

「ほら、教室は宇宙だ」(18歳)

「地球がどんなに丸くても」(22歳)

「やぶのオーディオルーム」(56歳)



◎中学校の部

「海になりたい」(13歳)

「消えた八月」(16歳、栄谷温子)

「グリン・ゲイブルズのアンへ」(13歳)



◎高等学校の部

「夕やけに心をこめて」(18歳)

「一つの願い」(17歳)

「遠い人々」(47歳)



【所感】

入選作が全部学生なのは、

意図的ではなく偶然だそうです。

平成5年の一般公募では、

成人以上のみの入選だったのに比べると

学生が大健闘ですね。



ちなみに入選作が課題曲完成時に

変更となった点がいくつかあります。


◎「時間」

・いまはきゅっとひとひねり→いまはもうひとひねり



◎「そして、みぞれは」

・タイトルが「みぞれ」に変更。

・雪にはなりきれず→雪にはなれぬ

・一心にさがしもとめ→一心にさがしつづけ

・しかしいつしか寒くきびしい夜が明けて

→けれどいつしか夜が明けて

・輝く白さに満たされながら

→本当の白さで輝きながら



語調をよくするためでしょうか、

「みぞれ」は特に変更が多いです。



あと、中学校の部の佳作である

「消えた八月」も楽曲化され、

昭和58年度の優秀校2校

自由曲に選んでします。

昭和59年度の自由曲人気ランキング でも、

1位になるなど、人気の合唱曲です。

広島への修学旅行での体験をもとにつくられ、

消えた八月とともに運命をともにした

青春へのレクイエムを歌い上げている

と選考委員から評されました。



【参考文献】

「教育音楽」中・高版 1982年



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