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ミサトは冷たい雪交じりの雨もかまわず、裏庭から病棟のある方へ手探りで進んだ。
真っ暗な外は、時折、斜めに吹き付ける冷たい水滴によって視界は遮られる。タートルセーターに白衣をまとっただけの姿のミサトは、すぐにびしょ濡れになり、それらは体に張り付いた。
すでに上下の歯が合わないくらいの寒さだが、今のミサトにとってはそんな事は些細な事だった。
アンドリューさんを救いたい――。
ただ、それだけだった。
今、ミサトの頭の中にはそれしか思いつかず、どうやったら軍人がやってくるより早くアンドリューのところへ行き、ここから逃してあげられるかそれしか頭にない。
ミサトは全身びしょ濡れになりながらどうにかアンドリューの病室のある辺りに行くと、暗くなったケースメントの窓ガラスをコンコンと叩いた。
すでに消灯時間を過ぎた病室は真っ暗で外からは何も見えない。
アンドリューが起きているのかもわからないが、今はそんな心配している余裕はなかった。
「アンドリューさん! アンドリューさん!」
ミサトはガラスが割れない程度に窓を叩きつけるが、何の反応もない。
(早くしないと軍人が来てしまう)
何の反応もない真っ暗なままの病室を、焦りと不安が入り交じった面持ちで見つめる。見つめている時間さえ、今のミサトには長時間に思えた。
じりじりと心が焦る。しばらくすると、やっと部屋の灯りが見えた。
やっとアンドリューが気づいてくれた。ミサトは中を覗こうとするが、窓が開く様子はないかわりになにやら騒ぎ声が聞こえてきた。
外にいるミサトからは窓にひかれたカーテンのせいで部屋の中がどうなっているかは伺い知る事はできなかった。
悪い予感がする……。
耳を澄ませても騒ぎ声は聞こえるのだが、雨の音に消されてよくはわからない。
胸騒ぎがして、慌ててミサトが玄関に回って部屋に戻ってみると、アンドリューのベッドの周りに人垣が出来ていて、人混みの中から別の医師が戻ってきたミサトの姿を見つけると声をかけられた。
「おい、ミサト! アンドリューが居ないんだ!」
「アンドリューさんが?」
「ああそうなんだ……。お前どうしたんだ?なんでそんなに濡れているんだ?」
「これは……」
ミサトが説明しようとしたところに先程の軍人が声を掛けた医師とミサトの前に割って入った。
「お前、もしかしてヤツを逃がしたのか?」
「いいえ。私はけしてそんな……」
「言い訳をしようとしても無駄だ。どうしてそんなに全身濡れているのだ? ヤツは足が不自由だった。手助けして外へ出たのではあるまいな? これから取調を行う。独房へ連れて行け!」
ミサトは咄嗟に返事をする事が出来なかった。
確かに自分はアンドリューをここから逃そうとした事実は否めない。けれどそれを安直に言いたくはなかったし、実際には出来なかった。
結局は何の役にも立たない自分を腹立しく思いつつ、アンドリューが一体どんな手段でここを去ったのかはわからないが、軍人の手の届かない所へと行ってくれればいいと願わずにはいられない。
ミサトはアンドリューが自分に黙っていなくなった事のショックが大きくてなにか適当な言い訳を考える事もできない。
軍人が大声で怒鳴りつけるのをどこか遠くに聞き流しながら、ミサトはアンドリューともう二度と会えなくなってしまった悲しみをかみしめていた。
to be continued……