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一期一会

本も人の出会いも一期一会。時々読者、時々物書き。好きな本やコミック感想を中心に、日常のつれづれと共につぶやいていきます。

第三章 理想の旦那



        1

 妻のひとみが家を出て行ってから、一ヶ月後。俺はようやくひとみの住むアパートを突き止めた。
 浮気現場を見られてからというもの一度もひとみと会っていなかったが、訪ねたアパートで、俺は久々にひとみを抱いた。正直、すごくよかった。
 こんなに俺の妻はいい女だったのか。と、改めて再確認した。
 夫婦になって二十年。陽司と隆司が生まれ、マイホームも手に入れた。毎日の生活が忙しく、最近は、手を繋ぐことさえもなかった。
 毎日のように残業をし、帰宅すると、働く主婦の妻は先に寝ている。抱きたいと思っても、わざわざ起こしてまで。と思うと、気の毒になり、妻には指一本触れないまま、俺も眠りに就いてしまう。そんな生活の繰り返し。
 浮気は、はけ口だった。別にひとみが嫌いになったわけではない。
 誘ったのは、あっちからだ。最初はひとみに悪いと思っていたが、そこは中年になっても男だ。誘われれば、こちらから嫌とは言いたくない。言い訳をするつもりはないが、機会があれば、妻以外の女でも抱きたいと思うのは、男の性だと思う。
 ひとみも、俺の浮気は知っているようだった。知っていて、目を瞑っていてくれる――。
 いいように解釈をし、ひとみに追求されなければ、何をやってもいいくらいの気持ちになってたのは否めない。
 自宅で他の女とヤっている現場を見られたら、流石に俺も言い訳できなかった。ひとみが怒るのも、無理はないと思う。全部俺が悪い。悪いと思っているが、やめられない。
 俺は、浮気相手の女と別れようと思いつつ、結論を出せないままでいた。
 ひとみの性格なら、きっと俺を許さない。許されなければ、離婚するのは目に見えていた。
 ならばいっそ、浮気相手の女と一緒になろうか。とも考えたが、結婚したいと思うほど、女を好きでないと気がついた。今になって思えば、別に浮気できるのなら、相手は誰でもよかったからだ。
 離婚すれば、俺は一人になる。情けないことに、一人になるのは嫌だった。
 原因はすべて俺にあった。俺が悪いとわかっているからこそ、謝っても許してくれないひとみに、これ以上迷惑をかけるのは悪いと思う。だが、久々に抱いたひとみを想うと、体がうずくのは確かだった。
 あれから三度、ひとみを訪ねて行ったが、ひとみはいつも留守だった。
 今度こそ、いるだろうか。
 遅い時間なら、きっとひとみも帰宅しているだろう。
 午後十一時。ひとみの部屋の前に立った。灯りは点いていなかったが、すでに寝ているのかもしれない。今夜こそは、どうにか居て欲しい――。と、願いを込めながら、古びたインターフォンを押したが、出てこなかった。
 今日は金曜日だ。もしかしたら、飲みにでも行っているのかもしれない。帰ろうか。それとも、周りで時間をつぶし、出直そうか。
 だが、もう遅い時間だった。出直すとしても、そろそろ終電が気になる。もしくは、終電がなくなったから。と、泊めてくれる話にはならないか。
 考えを巡らせていると、隣の部屋から、女の矯声と、ギシギシと規則正しい音が聞こえてきた。
 この音は聞き覚えがあった。ひとみの部屋に初めて来たとき、隣から聞こえてきた音。ベッドの軋む音に違いない。
 耳を澄ます。女の喘ぎ声に混じり、男が小さく名前を呼ぶのが聞こえた。
「ひ、ひとみちゃん……。ひとみ」
 まさか……。
 俺は、その場で固まったまま、動けなかった。
 動けないまま、耳は隣から聞こえてくる音に、集中していた。
 もしかして、ひとみは隣の男と……。
頭に血が上っているのがわかった。ひとみは、俺以外の男にも、あんないい声を聞かせ、よがっているのだと想うと、腑が煮えくりかえる。 
 想像するとおかしくなりそうだった。
 自分は浮気しているくせに。と、非難されるかもしれないけれど、嫉妬せずにはいられない。
 ひとみは、俺の女だ!
 心の中で叫ぶ。
 俺は気がつくと、隣の部屋のインターフォンをガンガン連押していた。
 押したとたん、部屋からは女の声も、ベッドの軋む音も聞こえなくなった。
 悪いことをしただろうか。。
 押した後に後悔をした。このまま、逃げてしまおうか。まるで子供がピンポンダッシュの悪戯をした時のような気分になる。
 踵を返したとたん、ドアの開く音がした。ドアからは、乱れ髪のひとみが顔を出した。
「ひとみ! なんでここにいるんだ!」
 ひとみは俺と目が合うと、バタンと、大きな音をたててドアを閉めた。
「ひとみ! ひとみ! 出てきてくれ!」
 どんどんとドアを叩く。迷惑など、考えれていられなかった。
 俺はかまわずドアを叩いていると、ふいにドアが開いた。
「何か用?」
 ひょっこり顔を出した男は、中年の男だった。
 年は俺と同じくらい。少し日に焼けた顔は、そこはかとなく色気を感じさせる。何も考えずに、玄関ドアを叩いていた俺は、急に恥ずかしくなった。
 文句を言えるはずもなかったが、とにかくこの男とひとみを引きはがなさなければ。と、わけのわからない使命感に燃えていた。
「ひとみの旦那なんです。嫁を返してもらえませんか」
 全身の力をふりしぼり、どうにか声に出した。
 もしかしたら、ひとみは、既婚者だと男には内緒だったかもしれないが、かまうものか!
 目の前で嫁が知らない男に寝取られているのだ。なにも言わない旦那なんて、男じゃないだろ。
「アンタが、浮気した旦那?」
 男は、俺をたしなめるように、足下から頭のてっぺんまで見た。
 ひとみは、この男に、俺が浮気したことを話していたのか――。
 考えるとショックだった。
 確かに俺は浮気をした。それは事実だ。言い逃れはできない。けれど、夫婦の間のできごとを、他人の口から聞くのは、我慢ならない。
 男は、口角を上げ、余裕のある顔をした。
「立ち話もナンだし、とりあえず入れば?」
 見下された言い方に、カチンと来る。 
 俺は返事もせず、押し入るように中に入った。


to be  continued……




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一期一会-密室の筺





 塾から帰宅したのは、夜十時を過ぎていた。
今までは塾から帰宅するのにも、兄弟一緒に戻ったことはなかった。別に喧嘩をしているわけではなかったが、中学に入ってから何か用がない限り、陽司は僕に近づいてこなくなった。
 だが、母が家を出て行ってからは違っていた。いつもなら、別々いる時間が多かったが、陽司と同じ時間過ごすことが増えているのは、気のせいではないと思う。
 僕は真っ暗な家の玄関を、道路の該当の灯りを頼りに鍵を開けようとした。
「寒みぃ。隆司、早く開けてくれ!」
 陽司はポケットに手を突っ込んだまま、首にマフラーをぐるぐる巻きにして立っていた。まるで亀みたいによちよちその場で足踏みし、僕の背中に突進してくる。手元がぐらついて鍵を挿すのに苦労をした。
「文句言うくらいなら、自分で開けろ!」
「やだ。めんどくさい。隆司が開けてくれれば、それでいいだろ。どうせ、今夜も親父は帰って来ねーし」
 寂しい言いぐさだった。ずいぶんと投げやりなりだな。と思った瞬間、玄関ドアが開き、背中から押された僕は、前屈みに倒れた。背中には、陽司が被さるようにもたれていた。
「痛たいよ。陽司! 早く退いてくれ」
 怪我はなかったけれど、背中にもたれた陽司が重かった。幼い頃は、よく二人でふざけ合ったものだった。じゃれて馬乗りになったり、床で寝ころんだり。流石に玄関の三和土の上で寝ころんだ経験はなかったけれど、一瞬にして脳裏に記憶がよみがえった。
「最後にじゃれあったのは、いつだったっけ……」
 ぼそりと呟きながら、陽司が背中から退いた。どうやら、僕と同じことを考えていたらしい。僕たちは双子だからか、何も言わないのに、お互い同じことを考えているという経験がよくある。
家族だし、必然的に同じ年齢の頃、同じ経験をしてきたからか。あるいは、いつも一緒にいるからか。理由はわからない。ただ、ある時期から、離れて過ごす時間が増えても、陽司の考えていることは理解できた。
 陽司が、僕を嫌っていたのは知っていたけど、たまにこうして同じ時間に、同じ気持ちであるのを自覚するのは、嫌いではなかった。陽司は僕を嫌っていても、気持ちはどこかで繋がっている。繋がっているから、心の奥底では共感できる。そう思うと、陽司が僕を嫌いでいても、許せる気がしたからだ。
 陽司はゆっくりと身体を起こし、框に腰掛けた。玄関ドアが遅れて閉まる。灯りを点けない玄関は、うす暗かった。玄関ドアの明かり窓から、青々しい街灯の光が、ほのかに入ってくるだけだった。
「電気を点ける。邪魔だ。そこ、どいて」
 僕は靴を脱ぎ、陽司の横を抜けようとした時だった。ふいに腕を捕まれた。
「なあ、このまま離婚すると思う?」
 小さな声だったが、陽司の声は、ちゃんと僕に届いた。暗かったので、陽司がどんな顔をしていたのかわからない。きっと不安な顔をしていたと思う。陽司の問いかけには、主語がなかったが、意味は嫌というほど理解できた。
 このまま両親が離婚するとなれば、僕たち子供はどうなるのか。
 父親側につくか、母親側につくか――。
 幸か不幸か僕たちは双子だ。陽司と僕が一人ずつ両親につく考えもあるだろう。
 子供の年齢が低ければ、育児の事情もあるので、母親側につくこともあるだろうが、中学三年になる僕たちは、それほど手がかかるわけではなかった。金銭的なことが解決すれば、一人暮らしだってできる年齢だ。この場合、陽司と二人暮らしという選択肢もあるわけだが。
「隆司はどっちがいい?」
 陽司の手は、いつの間にか僕の腕から手に持ち替えられていた。灯りを点けに、僕が立たないように制していた。
 おそらく、暗いまま話をしたいという意味だと思う。僕も陽司の気持ちを汲んで、うす暗いまま、陽司が框に座る隣に腰掛けた。
 冷たいフローリングが、しんと尻を冷やす。三和土の上に置いた足を、 靴の上に乗せた。
「父さん側につくか、母さん側につくかってこと?」
「解っているなら、わざわざ聞くな」
「離婚以外の選択肢はないの? 別れるの前提?」
 僕がたたみ掛けるように尋ねると、「先に質問に答えろよ!」と、文句が返ってきた。
 苛つく陽司の気持ちは、痛いほどよくわかる。子供にとって、親の離婚は大きなダメージだ。ただでさえ、僕たちは受験を前にしてストレスが貯まっているのに、抱えきれない不安を感じているのは、陽司だけではなかった。
 幸い、両親の仲が悪くても、僕には陽司がいる。陽司にとっても、それは同じだ。だから、僕に相談しているのだと思うと、少しだけ嬉しくなった。
「どっちについても、面倒そうだよね。僕らは双子だから、二手にわかれる手もあるけど、僕はどっちでもいい。それとも、いっそのこと二人で家を出てみる?」
 最後の選択肢はないと思いながら答えたが、陽司が息を飲むのがわかった。
 たぶん、陽司も同じことを考えている。相談はしていないが、僕には確信が持てた。
「隆司は俺と暮らすのは嫌じゃないのか?」
「嫌じゃないよ。陽司は僕を嫌っていても、一緒に暮らすことはできると思うんだけど。陽司はどう思う?」
 即答すると、細く陽司が息を吐き、ぼそりと呟いた。
「……隆司が俺を嫌っていると思っていた」
「そんなわけないでしょ。先に手を離したのは陽司の癖に。でも、一人暮らしって、ちょっと憧れるよね。金銭的になんとかなるなら、親と同居しなきゃいけない理由はないし」
「一人暮らししたいのか?」
 改めて聞かれて、僕は考えた。仲が悪くても、僕は陽司と別々に暮らすことは考えた記憶はなかった。この先、進学先や就職先は違っていても、家で一緒に暮らすと思ってからだ。別々に暮らすとしたら、結婚した時か、死別した時か――。
 漠然とだけれど、それくらいにしか考えたことがなかった。
「憧れはあるけど、どうだろう。ちょっと寂しいかも。陽司は? 僕と二人暮らしをするのは嫌? それとも一人暮らししてみる?」
 陽司は考えているのか、しばらく間があった。静かになると、火の気のない玄関はしんと冷える。
 僕は陽司の答を早く聞きたくて、「一人がいいの? 二人?」とせっついた。
「……二人がいい」
 陽司はぶっきらぼうに答え、握っていた僕の手を、ぎゅうと握り締めた。僕はなんだから嬉しくなって、僕からもぎゅうと握り返す。どちらとも力を入れ、入れられたら、更に力を加え……と、最後はヤケになっていた。
 考えたら、こんな風に陽司と手を繋いだのは、いつぶりだろう。
「俺、今まで隆司にだけは、負けたくないと思っていた。でも、ある時、母さんから言われたんだ。理想の男になりなさい。そうすれば、誰かがライバルだとは思わなくなる。って」
 隆司の言葉の意味が、僕の心の奥底に突き刺さった。僕も少なからず、ライバルはいつも陽司だと思っていたからだ。何か返事をしなくては。と考えたが、そんな必要はなかった。ぎゅっと手に力を込める。もちろん、陽司も握り返す。
 僕は何年かぶりに、陽司と手を繋いだ。繋いだ手の感触は、幼い頃のものとは違っていたけれど、暗い中でも、確かに陽司の手だとわかる。
 繋いだ陽司の手は、僕とまるきり同じ手だったから――。




to be  continued……








 隆司より先に家を出た俺は、早く塾に行きたかった。双子の隆司とは、中学に入った頃から仲が悪くなった。
 双子だから仲がいい――。
 世間では、そう思われているようだが、俺と隆司は少なくとも違う。理由はいろいろあった。一卵性で生まれた俺と隆司は、本当にそっくりだった。
 幼い頃から、勉強も、スポーツも、いつでも俺のライバルは隆司だった。隆司は弟なのに、頭もいいいし、スポーツもできる。俺もそこそこできるけれど、気分によって、成績は大幅に並があった。
 小学校高学年で、俺と隆司は、少年野球チームに入った。バッティングの練習をしていると、「筋がいい」と、監督に褒められた。自分でも自覚はあったので、次の試合のメンバーは、絶対に俺が入る。と信じていたのに。
 蓋を開けてみれば、俺は補欠。メンバーには、隆司が入った。監督は、俺と隆司を間違えたのだ。俺にはすぐにわかったが、監督は訂正しなかった。悔しくて、悔しくて。「どうして双子を産んだの?」と母のせいではないのに、食ってかかったことがあった。
「見た目が同じように見える双子でも、性格は違う。悔しいのなら、見た目ではなく、性格で勝負しなさい。理想の男になれば、姿、形は同じように見えても、周りは貴方を選ぶはずだから」
 母は毅然とした態度で、小学生の俺に言い放った。てっきり、同情し、慰めてくれるものばかりと思っていた母の言葉に、俺は衝撃を受けた。
 人に選ばれる理想の男になればいい――。
 この論理につきる。
 それから、俺の心の片隅には、理想の男になりたいという願望が芽生えた。今までは、嫌でも比べられていた隆司がライバルではなくなり、随分と気持ちが楽になった。
 いつか母に認められる理想の男になること。だが、具体的には、まだよくわからない。
 少なくとも、父のような男でないことだけは確かだ。まだ、大人になるまでには、時間はある。目標はできたが、母は家からいなくなった。
母は家には戻ってこないが、週五日は通う塾に、毎日、夕食用の弁当を届けてくれている。
 直接顔は合わせない。けれど、弁当を受付に預けてくれ、子供の手に渡るように手配している所が、やはり母なのだなと思った。
 おかげで夕飯を心配する回数が減るのはありがたいが、どうせ弁当を渡すのなら手渡しでくれればいいのに。
 今日こそは、母を捕まえてやる。母と会ったら、言いたいことは山ほどあった。
 親父と喧嘩するのはかまわないけれど、俺たちには関係ないだろう。受験生の息子を放っておいていいのかよ! と。 
 俺は急いで塾の入っているビルに行き、エレベータに飛び乗る。扉が開くのももどかしく、到着を告げるベルが小気味よく響き渡るのを聞きながら、こじ開けるようにフロアに転げ下りた。
「こんにちは。どうしたの? そんなに急いで。今日もお弁当預かっているわよ」
 やけに目だけに重点を置いたメイクをした受付のお姉さんが、カウンター越しに、俺の慌てた様子を見るなり声を掛けた。
 なんだ。今日も間に合わなかったのか――。
 俺は残念に思いながらも、腹立ちさがこみ上げてきた。母は、一体、いつまでこんな生活を続ける気なのだろう。勝手に家を出て行ったクセに、母親面をする。どうせ家を出て行ったのなら、俺たちのことは放って置けばいいものを。
 受付のお姉さんの視線を感じて、俺はカウンターの端に置かれた紙袋に手を伸ばした。
「ありがとうございます」
 俺は内心、複雑な感情を抱きながらも、紙袋を受け取った。取っ手に手をかけ、底に手を回すと、包みがまだほんのりと温かい。おそらく母とすれ違ったのは、タッチの差だったのかと感じた。
「すいません。これ、届いたのは、何時ぐらいですか?」
 突然、質問された受付のお姉さんは、一瞬、ビクリとしたが、考える間もなく「五、六分前……。少なくとも十分は経っていないと思うわ」と、壁にかかる時計に向く視線を、デスクに戻した。
 俺はすぐに、弁当の包みを持ったまま駆けだした。エレベータを待つけれど、なかなかやってこなかった。
 痺れを切らして、すぐ隣にあった階段室への鉄の扉に手をかけ開く。一瞬、ひんやりとした空気が頬を撫でたが、俺は階段二段飛びで四階から一階へと駆け下りた。
 一階のホールで、すれ違った友人に声を掛けられた気がしたけれど、知ったこっちゃない。俺はゆっくりと開く自動ドアが開く間も待ちきれなくて、薄く空いた硝子に手をひっかけ、隙間に身体をねじ込み外へ出る。
 右か。 左か。
 駅は右だから、こっちか。
 身体ごと向き直り、駅まで走ろうかと思った矢先、声を掛けられた。
「陽司! 間に合ったか?」
 振り向くと隆司だった。
「そんなに急いで何処に行くの? もしかして、母さんを追いかけたいとか? だったら止めなよ。母さんだって、俺たちに会わす顔がないから、こうやって弁当を預けて渡してくれているんだろ」
 すっかり俺の行動を把握したような物言いが、なんだか苛つく。俺は返事をする代わりに、ふんと鼻を鳴らしながら、まだ温かい弁当の包みを隆司に押しつけた。
「まだ、温かいね」
 隆司は包みを大事そうに両手で抱えた。
「そんなに会いたいのなら、今から二人で会社に押しかける?」
 たぶん、それが母さんを捕まえる一番確実な方法だろう。会社に電話を掛けたことはなかったが、仕事人間の母さんなら、おそらく仕事は辞めていない。二人で今から会社に押しかけたら、母さんはどんな顔をするだろう。きっと困った顔をするだけだ。
 俺は想像して、肩を落とした。
「いや……そこまでは」
「……だろ?」
 隆司は俺の言葉を肯定しつつも、先を続けた。
「身勝手だとは思うけど、母さんだって俺たちを家に置いて出て行ったのは、余程考えてのことだと思うよ。俺たちも出て行くとなると、学校の関係もあるし、三年の師走になって転校するなんて俺たちが困るだけだ。母さんはいつも言っていたじゃないか。「理想の男になりなさい」って。だから、家事で困らないように躾けてくれた。これが年端のいかない小さな子供だったらともかく、俺たちはもう小さな子どもじゃない。かといって大人でもないけど――」
 俺は隆司の言葉に、納得せざる終えなかった。まったくその通りだったからだ。母が出て行ったからといって代わり映えのない生活を送っている。多少、動揺はしているけれど、俺には幸い隆司がいる。一人ではない。
「ちゃんとお礼のメール、しておけよ」
 隆司は弁当を持ったまま、先に塾のあるビルに入った。
 俺は携帯を取り出し、得意の早撃ちで「ありがとう」とだけ、母親の携帯にメールを打った。
 たぶん、返事は帰ってこない。けれど、こなくても、お礼だけはちゃんとする。これは母に教わったことだから。


to be  continued……




僭越ながら、「密室の筺」というミステリ本を、自費出版しました。

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密室の筺/遠野有人
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 第二章  理想の息子   

  

 母が家を出て行った。親父と喧嘩をしたからだ。喧嘩の理由はおそらく、親父の浮気が原因だろう。
 母はずっと仕事をしていので、物心ついた時から、日中、家にはいなかった。仕事が遅くなることも多かったので、料理以外の家事は、自分でなんでもできるように。と、僕たちは子供の頃から躾された。
 だから、母がいなくなっても、食事以外は殆ど困らない。親父が何も家事はやらない人なので、余計に息子には自分の理想を押しつけたかったのかもしれない。
 優しくて、思いやりがあって、家事も手伝ってくれる人。
 母は時々、遠くを見ながら、理想の男像を口にした。
 ハタで聞いていると、なら、そんな男と結婚すればよかったじゃないか。と思うけれど、どうやらその前に、僕たち双子が生まれたから、そうもいかない事情もあったようだ。
 父は、息子の僕から見ても、勝手で、ダメな大人の代表にしか見えなかった。
 夜中遅く帰って来た親父と廊下ですれ違うと、あからさまに煙草の匂いに混じって香水の匂いがしたのも一度や二度ではない。
 トイレに入ろうとすると、挙動不審な親父が携帯を握り締めて出てくることもあった。トイレの中で誰かに連絡をとったのはわかるけれど、こそこそとする様子は、子供から見ても、連絡先の人物は、ただの仕事や友人の連絡には見えない。
「お! 隆司か。びっくりさせるなよ」
 平静を装っているが、びくついている様子は、どう見ても怪しかった。
 今になって思えば、トイレの中で浮気相手と連絡を取っていたに違いない。
 一度心配になり、僕は「お母さんは、お父さんの携帯をチェックしたりしないの?」と母に質問したことがあった。
 質問をした瞬間、母の顔色がさっと変わった。
 マズイ。地雷を踏んだか? と、僕は直ぐさま「ほら。よく、テレビドラマなんかでは、彼や夫の携帯を見て、浮気に気付く。なんてベタなシーンもあるからさ」と、慌ててとってつけたことを言ったが、余計に母を刺激したかと、言った側から後悔した。
 母はしばらく考えていたが、思い詰めたような表情をした。
「携帯をチェックしたことなんてないわ。見ても意味がない。浮気するときはするだろうし。そんなものに振り回されるくらいなら、最初から見ないほうがいい――」
 まるで何かを悟ったような表情。ふっと遠くを見て笑った母の顔が、印象的だった。
 今思えば、あの時はすでに母は、父の浮気を知っていたのだと思う。
 夕方、学校から帰っても、家の灯りが点いていないのは、今まで通りだ。
 自分で鍵を開けて入る玄関は、静まり返っていた。
 僕は母に躾された通り、まずはベランダに干してある洗濯物を取り込む。リビングに、柔軟剤の香りが漂う洗濯物を運び込み、広げたところで、双子の兄である陽司が帰宅した。
「隆司、先に帰っていたのか」
 陽司は、はぽつりと言い放つと、制服の上着を床に投げ捨て、ソファにダイブした。
「母さんが戻ってこないのは、親父の浮気がバレたんだろうな」 
 やはり、陽司も感づいていたようだ。親父の浮気について話したことはなかったけれど、陽司から見ても、浮気しているように見えるのなら間違いないだろう。息子二人が気付いていたくらいだ。母が気付かないわけがない。
 隆司は母が急に気の毒になったが、人ごとのように言い放つ陽司の言葉に、無償に腹がたった。
「陽司、制服くらいちゃんとハンガーに掛けろよ!」
 親父の浮気を否定できない。八つ当たりだと思いながらも、僕も怒りをどこにぶつけていいのかわからなかった。陽司に当たってもしかたがないのだけれど、母の不在は、やはり大きい。
「はいはい。わかってるよ。お前は母ちゃんかってーの!」
 陽司は立ち上がると、制服の上着を持ち、二階にある自室へ向かってスタスタと歩き出した。
「ちょっとは手伝えよ」
「今日は、隆司の番だろ? そんなの、塾から帰ってやればいいじゃん。早く支度しないと遅刻するぞ」
 陽司に言われ、時計を見る。すでに家を出なければならない時間は迫っていた。僕は手早く残りの洗濯物をたたみ、出かける準備をした。 
 いったい、ウチの家族はどうなるのだろう。高校受験まで、あと二ヶ月しかないのに。


to be  continued……


第一章 昔の男



 いつの間にか、隣室も、こちら側も、静かになっていた。久しぶりに夫に抱かれてみれば、案外悪くなかった。
 離婚まで考え、家を出たのに、このままあやふやになるのかと思うと少し癪だ。けれど、頭の片隅には、息子のことを考えると、このまま元サヤに戻るのがいいのかもしれないと考える。戻ったとしても、私の心は離れているのだけれど。
 どちらにせよ、結論はすぐに、出さないほうがいいだろう。
 私はけだるい身体を起こして、夫に部屋を出るように言った。夫は、反発しなかった。素直に服を着ると「また来る」と、部屋を出て行った。
 夫が外へ出て、玄関ドアが閉まった音を確認してから、私はチェーンと鍵を掛けに玄関へ立つと、隣の玄関ドアが開く音がした。
 隣に来ていた女も帰るのか――。
 ふと、私は相手がどんな女なのか見たくなった。薄く玄関ドアを開けると、そこには日向が立っていた。
「こんばんわ。気づかなかったんやけど、けっこう壁が薄いんやね」
 にっこりと笑みを浮かべつつ言われると、私は死ぬほど恥ずかしかった。日向の口ぶりから、間違いなく、こちらの情事もまる聞こえだったとわかる。
「あ、心配しなくても大丈夫。こっちは気にせんから、そっちも気にせんで」
 お互い様とでもいいたいのだろう。私は速攻、日向の前から消えたくて「すいません」と謝り、玄関ドアを締めようとしたが、隙間に足を入れられ、閉める寸前のところで止められた。
「な、なに?」
 日向は「気にしてないよ。それより……」と前置きをしながら口を開いた。
「俺の尻のアザ、見えた?」
「え?」
戸惑う私に、日向は笑顔を見せた。
 中学当時、坊主だった日向の髪型も随分変わった。流石に年を重ねた分、顔にも皺はあるけれど、大きく口角を上げ、鼻の上に皺を寄せながら笑うのは昔とちっとも変わっていない。私の頭の中で、中二の三浦君と、現在の日向の姿が、今はっきりと浮かび上がる。既視感がやがてはっきりと輪郭を持った一つの人物に重なった。
 間違いない。日向は三浦君だ。
「いい加減、俺が誰だか思い出したやろ? ひとみちゃん。お臍のアザは、まだあるん?」
 もしかして、隙間から覗いていたのはバレていた? しかも、日向は、私が誰だか知っている口ぶりだ。驚きを隠せるほど冷静ではなかったが、私は必死に笑顔を作った。
「ひとみちゃん、いい女になったね」
 お世辞だろうが、いい女と言われると、悪い気はしなかった。それに加え、臍のアザまでも覚えていてくれたとは。少しだけ、ノスタルジックな気持ちになる。
「よかったら、これから俺の部屋で、昔話でもしようか」
 もしかして、誘ってるの?    
「さあ」
 日向は、玄関の向こう側から手を差し伸べた。この手をとったら、私はきっとこの男から離れられなくなるだろう。
 昔の男。私の最初の男。
これは夫に対する仕返しだ。復讐といってもいい。考え方を少し変えたら、どうなるだろう。日向と割り切った関係なら、家庭は続けられるのだろうか――。
 私は覚悟を決めて、一歩前へ踏み出した。



to be  continued……




第一章 昔の男




 引っ越し先は誰にも内緒だったのに、どうやって調べたのだろう。一瞬、居留守を装うとしたが、たった今点けた灯りで部屋にいるのはばれている。
 どうしようか。迷っていると、そのうち玄関の前で「ひとみ! ひとみ!」と、名前を呼ぶ声が聞こえ始めた。
 なんて迷惑な男だろう。会いたいとは思わないが、近所迷惑だ。
 私は仕方なしに、内側にチェーンをしたまま、玄関ドアを薄く開けた。
 あたりはすでに暗くなっていて、鉄骨の屋外廊下の軒裏についている、切れかけの蛍光灯が、チカチカと点滅していた。灯りが点いたり消えたりする度に、達磨のような夫の猫背の影が床に落ちる。
 私はイライラしながら見やると「すまん。入れてくれ」と、玄関ドアの前で申し訳なそうな表情をし、深々と頭を下げた。
「ちょっと、すいません」
 夫が頭をドア越しに頭を下げていると、買い物帰りの奥の部屋の住民が、怪訝な顔をして通るのがわかった。このままにしておくのも、近所の目もある。私は仕方なしに、一度玄関ドアを締めると、チェーンを外し、夫を招き入れた。
 息子たちは元気なのか。ここをどうやって調べたのか。あの女はどうしたのか。
 聞きたいことは山ほどあったけれど、私が口を開く前に、夫は三和土に額を擦り当てると、土下座をした。
「俺が悪かった。戻ってきてくれないか?」
 まさか、最初から頭を下げられるとは思っていなかった。謝ってすむ問題ではないと思うが、開き直るよりは、少なくとも心証は悪くない。
 離婚するにしても、相手が非を認めている事実は、訴訟問題になった時に有利に使える。私はもったいぶって「戻ってこなかったら?」と、問いかけた。
「戻ってきてくれないのか?」
 夫は、一瞬驚いた顔をして、黙り込んだ。どうやら、謝罪すれは、私が戻ると信じ込んでいたようだ。脳天気にも程がある。原因は自分にあるクセに、何を甘いことを考えているのだろう。男とは勝手な生き物だ。
 私はわざとらしく「はぁ」と、大きくため息をつくと、夫は何か答えなければならないと思ったらしく、おどおどと視線を泳がせた。
 けれど、視線を泳がせるだけで、答えは出ない。当たり前だ。戻るか、戻らないかの主導権は私が握っているのだから。
 夫が本気で私に戻って来て欲しいと思っているのはよくわかったが、私は夫に意地悪がしたくなった。
 おそらく戻っても、またほとぼりが冷めたら夫は浮気をするだろう。浮気の現場を目撃したのは今回が初めてだったが、今までだって、女がいたのは知っている。私はどんな意地悪しようかと考えていると、再び隣室から、女の喘ぎ声が聞こえてきた。
 隣は中断していた情事を、再開したようだ。ギシギシとゼンマイ時計のような規則正しいベッドの軋む音が、隣室から聞こえてくる。
 夫は、はっと顔を上げ、間もなく音の所在と正体に気づいたようだ。無言でいると、余計に隣室の騒音が気になるらしい。
 隣人の二人は、こちらの都合なんてこれっぽっちも気にしてはいない。終始、動き回って腰を振っているらしく、規則正しい音が止むことはなかった。
 合間に聞こえる女のすすり泣くような声が、まるでベッドのきしむ音の合いの手のようで、どうも笑いたくなる。
 笑いを堪えていると、夫は三和土に正座したまま、もじもじと腰を動かした。
 情けをかけるわけではないけれど、流石にタイル貼りの上に直に座っているのは、冷たいし、足が痛いはずだ。
 とりあえず、「上がっていいわよ」と、私は一言漏らした。夫は申し訳なさそうな顔をしながらも靴を脱ぎ始めたが、足がしびれたらしい。何歩か前進すると、派手に床に倒れそうになった。私は床に転げる寸前に手をさしのべたが、間に合わなかった。
 ドスンと派手な音と共に、私は幅広のフローリング柄の上で、夫の下敷きになっていた。
「す、すまん」
 夫は直ぐに立ち上がろうとしたが、しびれた足は、言うことを利かなかった。身体を移動させようとしたが、再び転び、私の上へ夫が覆い被さる体勢になった。
 偶然と言えど、重なった身体の重みは、どこか懐かしかった。夫はどんな顔をしているのだろうと顔を注目すると、ハードコンタクトの縁がわかるくらいの距離で、夫も私の顔を伺っていた。夫の瞳に、私の顔が写り込んでいる。
 こんなに夫と接近したのは、本当に久しぶりだった。顔を背けようとすると、夫の唇が私に重なる。重ねられた夫の下半身はすでに固く大きく膨張しているのがわかった。ジーンズを履いていた足を、夫が割って入ってくる。
 先程まで自慰をしていた私の下半身は、固い夫のモノを敏感に感じていて、気がつくと私のほうから夫の唇に舌を差し込んでいた。
 正直、夫に愛情はなかった。身体が勝手に反応してしまったというのが、本音だ。夫は誤解したのか、服の上から私の乳房に手をかけた。
 始まってしまえば、好きだとか、嫌いだとか、どうでもよかった。
 先程まで、隣人の情事を盗み見て、私はとにかく男に抱かれたかった。都合良く夫が来たのなら、利用すればいい――。
 まるで口から魂を吸い取るように、キスをした。一瞬、夫は私の態度に驚いて目を見開いたが、思い直したのか、キスをしたまま着ていた上着を脱いだ。
 カチャカチャとベルトを外す音が聞こえる頃には、私は自分からジーンズと下着を下ろしていた。間違っても、夫に下着を触れさせたくない。濡れそぼった下着を見られるのが、とても恥ずかしかったからだ。
 脳天気な夫は、積極的な私の態度をやる気満々と取ったのだろう。ブラジャーを下からたくし上げ、乳房にしゃぶりついた。
 こんな風に愛撫されるのは、とても久しぶりだった。乳首を吸われる度に、きゅううと乳首先端が敏感になる。下半身が白熱灯のように熱を持つのがわかって、夫と上下を入れ替わると、私は立ち上がった夫の中心に、自分から跨いでゆっくりと腰を下ろした。
 あまり触れられていないというのに、下半身はすでに柔らかくなっていた。そっと腰を全部落とすと、すっかり濡れそぼった私の中に、それは難なく納まった。
 指では感じることができない、圧倒的な存在と質量。すぐに私の身体は、夫のモノになじむと、片足に下着とジーンズを残したまま、ゆっくりと腰を振り始めた。
 皮肉にも、夫は私のイイところを知っている。何も言わなくても少し腰を浮かし、角度をつけると、ぞわりと体中の毛穴が開くような感覚に陥る。更に腰をグラインドして深く腰を押し込むと、子宮の入り口の壁に届く気がして、私はたまらず低い声を上げた。
「しーっ!」
 夫が下になったまま、私の口を手で塞ぐ。隣を気にしているのだろう。今まで隣室から聞こえていた規則正しいギシギシという音も、気がつくと止まっていた。
 情事は終わったのか。それとも、私達の様子に気がついて、近くで側耳をたてているのか。
 頭の中では隣の様子が気になるのに、一度エクスタシーを感じ始めた下半身はいうことを利いてくれなかった。
 私は夫に口を塞がれたまま、腰だけは動かしていた。上下だけでなく、左右にねじりながら腰を振ると、声を立てないほうが難しいほど私は感じていた。
 我慢したいけれど、我慢できない。動物のような低いうめき声を漏らしながら、腰を振る速度は、段々ヒートアップしていく。
再び隣室から喘ぎ声が聞こえてきた。なんだ。まだお楽しみ中なんじゃない。と思うと、なんだか我慢するのが、馬鹿らしくなってくる。
 隣も楽しんでいるのなら、楽しまなくちゃ。という気持ちと、もしかしたら見られている。と考える気持ちが半々だった。
 ここまできたら途中で止めたくなかったし、上り詰め始めた身体は、簡単に納まってはくれそうになかった。
 夫も、どうやら私と同じだったらしい。一瞬、隣との壁に顔を向け動きを止めたが、再び、腰を動かし始めた。
 隣室に人の気配を感じながらのセックスは、なんと刺激的なのだろう。夫も神経のアンテナを隣室に張っているらしいが、半面、余計に下半身の質量がいつもより大きい気がする。夫は、私ごと天井に持ち上げる勢いで、上へ上へと突いていた。ぎゅうと恋人握りで手を繋ぎ、下半身も硬く結ばれる。まるで恋人同士に戻った気分だ。
 ここ数年は、こんな風に抱き合った記憶はない。たまにセックスはしても、精を吐き出すことだけに重点を置いて、愛撫に時間をかけてはくれなかった。お互いを思いやるセックスとはほど遠いもので、自分さえ達すれば相手はどうでもよいといった、自己完結のものだった。
 不満だったのは、セックスだけではない。結婚して子供が生まれると、どうしても子供中心の生活になる。手を繋ぐのにも、夫でなく、子供と繋ぐのが必然的に多くなった。特にうちは、やんちゃな双子の男の子だったので、夫と私とで、一人ずつ面倒を見るのが当たり前だった。
 今、考えると、夫と手さえもゆっくり握ったことがなかった気がする。とっくに冷め切っている夫も、今だけは最愛の人に思えるのだから不思議だった。
 私はなんて勝手なんだろう。いや、勝手なのは夫のほうか。
 ぐるぐると考える合間にも、身体の熱は止まることを知らなかった。感じるままに腰を振り、私は高まるエクスタシーを、開放したくて仕方がない。
 ぐっと腰を突き出し、背中を弓なりに沿わせると、更に子宮奥深くのイイところに届く気がして、脳裏に波のようにうねる快感を追いかける。下腹に更に大きくなった夫のひくつく質量と、「うううっ」と、堪えきれない嬌声を聞いた瞬間、私は久しぶりに長い快感を味わった。
 気がつくと、私は夫の腹の上にいた。私は夫を組み敷いた時から、しっかりの双眸を閉じていたので気がつかなかったけれど、電気は点けっぱなしなのにカーテンは引かないわ、下着とジーンズは中途半端に片足にひっかかったまま、なんともだらしのない恰好だった。
 あんなに嫌っていた夫を、食ってしまった状況だった。放心していると、久しぶりに乱れた私の恰好を見た夫は、逆に欲情したらしい。もう一度しようと求めてくる。灯りを消して、カーテンを閉めたら。という条件で、私は再び夫に抱かれた。



to be  continued……


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「理想の男」 第一章 昔の男  5


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