第三章 コバルトブルー
ビリー・クリフォードside
2
「ルーク、帰ろう」
放課後。誰もいなくなった物理室でビリーが声を掛けながら廊下から入ってくると、物理室に人影が二つあるのに気がついた。
……ルークなのか?
短い襟足。見慣れた後ろ姿。
オレンジ色に染まる逆光で、シルエットしかわからないけれど、背格好から一人はルークだった。もう一人は――。
ビリーは目を凝らした。顔は解らないけれど、シルエットからもう一人は女子学生のようだった。二人は黙って見つめ合っていたかと思うと、ゆっくりと抱き合っている。
もしかして、ラブシーンとか?
目撃したビリーは、流石に物理室に入っていけず、廊下から盗み見るしかできなかった。
心臓が高鳴る。自分が抱きつかれたわけではないのに、胸の奥がきゅうとなり、思わず息を詰める。
気になるけれど、声も掛けられない。しばらくのぞき込んでいたが、罪悪感と、嫉妬で、ビリーはその場を離れた。
まっすぐ帰宅するのも躊躇われて、そのまま屋上へと足が向いた。
どういうつもりで、女子学生と抱き合っていたのだろう。
元々、ルークは女子学生には人気がある。ビリーだって負けてはいないと思うが、最近のルークは、背もぐんと伸び、以前より落ちついた表情をするようになった。
まわりの女子が騒ぐ度に、鼻が高い思いをしたのは、一度や二度ではない。
ただでさえ人気があるというのに、ラブレター事件があってからというもの、ルークからはいつも熱っぽい瞳を向けられていた。
当然、瞳を向けられる意味は、ビリーはわかっていたつもりだったのだが、実際は違っていたということだろうか。
舞い上がっていたビリーは、頭から冷や水をかけられた気分だった。
女子学生と抱き合うことぐらい、年頃の好き合った男女であれば、あり得る行為だろう。そもそも、家族で恋愛をするなど、不毛なのだ。
頭でわかっていたけれど、いざ、目の前にすると、心の奥にぽっかりと穴が抜けたようで、たまらなかった。
ルークから求められ、好意を向けられることに、胡座を掻いていたからもしれない。けしてルークを軽んじて見ていたつもりはないけれど、結果的にそうなるのだろう。
屋上から見下ろすと、遠くに海が見えた。いつもルークと一緒に行っている海だ。
黙って身体を寄せ合って海を見るだけで、幸せだったのに、いつの間にか欲張りになっている自分がいる。
ルークは大事な弟だ。
幸せになって欲しいと思う。
ルークの幸せの延長戦に、いつの間にか自分が必ずいるものと思っていたけれど、これから先は違うのかもしれないと思うと、胸の奥が疼くように痛かった。
ビリーは先程の出来事を思い出して、屋上の床の上に大の字に寝そべった。
日を浴びた床がほんのりと温かい。じわじわと、熱の籠もった床が、ビリーの訳の分からない澱を暖め発酵させていく。時間が経てば立つほど、発酵の度合いも進むのか、ビリーは腹が立っていた。
あれほど、ルークは好意を見せつけてくれたのに、兄弟ゆえの愛情だったというのか。
あんなに切ない目で見つめられて。名前を呼んでくれていたのに。
全部、勝手な自惚れだと思うと、ビリーは自分が滑稽でしかたがなかった。
たった二人きりの家族だから、親の愛情を知らずに育った。求め合うことしか知らないのはお互い様だと思っていたけれど、それでも、ルークはビリーにとって、大事な弟だからと思い、好きにさせていた。
キスをしたければキスを。抱きしめたければ身体を預けるつもりでいたのに。
それなのに――。
瞳を閉じると、当たり前のように瞼の上に小さな太陽の円を感じるように、ルークに求められること、好きにさせることが、愛情だと吐き違えていたのかもしれない。
寂しくて、悲しくて。
ビリーはいつの間にか一人、涙を流していた。
to be continued……