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一期一会

本も人の出会いも一期一会。時々読者、時々物書き。好きな本やコミック感想を中心に、日常のつれづれと共につぶやいていきます。



「な、何をする……」
「乱暴だな。せっかく仲間にしてあげたのに」
「何を言ってる?」
おかしい。
レオナルドの言う事が理解できない。
こ、これは……レオじゃない。
レオは決してこんな風にはしない。
弟とキスをしたことなどないくせに、ウィリアムはなんとなくそれだけは直感でわかる。
ここにいるのは弟じゃないのか?
では、誰だ?
ウィリアムは相手の顔を見ようとするけれど、薄暗くてよくわからない。
背格好も弟にそっくりだが、少し声が違う気もする。
「そんなに嫌わないでよ」
ウィリアムに突き飛ばされて床に倒れた人物は、ズボンについた埃をはらいながら立ち上がった。
ベルベットのカーテンの隙間から足下だけ薄く日差しが入り、かろうじて近づいてくる人物のシルエットが確認できるぐらいになるが、背格好はやはりレオナルドのようだ。
「キスは初めてだったの?」
違う。
レオナルドがこんな事を言うはずがない。
これは誰だ?
「レオじゃないのか?」
ようやく逆光だった位置からずれて、相手の顔が確認できると、ウィリアムは驚いた。
「……レオナルド?」
「嬉しいね。僕の名前を呼んでくれるとは」
そこには袖が少しふくらんだシルクのシャツのボタンを上から二段目ほどはずし、黒いパンツ姿のレオナルドがやさしく微笑んでいた。
「薔薇の館へようこそ。貴方は白い薔薇がよく似合うね」
きっとレオナルドが髪に飾ってくれた野薔薇の事をいっているのだろう。
「レオじゃ……ないな」
目の前の青年は確かに弟のレオナルドそっくりだ。けれどよく見ると瞳の色が自分と同じ金色ではなく蒼い瞳をしている。この顔……たしか先程肖像画に描かれていた人物そっくりだ。
「何を言っているの?僕はレオナルドだよ。レオナルド・ハイデリヒ。せっかく仲間にしてあげたのだから、もっと僕に感謝して欲しいな」
次の瞬間、ウィリアムの体に痛みが走った。
「……うっ……」
「痛いでしょう?少し我慢してね。我慢できなかったら、ベッドに連れて行ってあげようか?」
ウィリアムは痛みにこらえきれず、床に伏せてはぁはぁと息を荒げる。
「はぁ……お、お前……オレに何をした?」
「貴方があんまり可愛いから、仲間にしてあげたんだ。これで貴方には永遠の美しさと永遠の命が保証されたよ」
「永遠の命?」
「ああ。貴方は僕の仲間になったんだ。これで貴方もヴァンパイアだよ。ずっとこれからは僕と一緒だ」
ハイデリヒは満足気なほほえみを浮かべて、床に伏せるウィリアムに近づいた。


to be  continued……





 少し長い廊下を進むと、どうやら食堂のようだった。
 長いテーブルに何脚もの椅子が白い布をかぶって整然と並んでいる様は、たとえ埃をかぶっていても美しい。
 食堂の上座の席の後ろには、真鍮の額縁に縁取られた肖像画があった。
 肖像画の人物はどこかで見たことがあるような……。
 繋いだ手をふりほどき、ウィリアムが絵に近寄ってみると、それは紛れもなく見たことのある人物だ。
「なんでレオがここに……?」
 少し時代遅れなスーツを身にまとい、美しい金髪を短髪にして斜めにわけて、優雅に椅子に座っている。けれどよく見ると、その人物の瞳は金色ではなく、蒼い目をしていた。
「なあ、レオ、お前ここに来たことがレオのか……?」
 返事がない。
 ウィリアムはレオナルドの返事がないのもおかまいなしに、更に肖像画に近づいてみると、右下の隅の方に小さな文字が書き込んでレオ。

―レオナルド・ハイデリヒ 1838年―

 名前は同じなのにつづりも違うし、名字が違う。年代も今から五十年以上も前のものだ。
……なんだ。レオじゃない。よく似ているけれど、これは別人だ。
「レオ、これはどうやら別人のレオみたいだな。それにしても、これ、お前にそっくりだ」
返事がない。
「レオ……?」
 返事がないのを不審に思ったウィリアムが振り向いたが、レオナルドの姿が見あたらない。
「レオ! どこだ?」
「おい! レオ!」
 ウィリアムが辺りを探すと、逆光のせいかよくわからないが、先程いたはずのレオナルドの場所とは違う方に誰かがいるようだ。
 なんだ。レオナルドはここにいるじゃないか。
 段々と近づく足音がする。
「レオ、驚かすなよ」
 ウィリアムが言うのも無視して、何も答えない代わりに誰かが暗闇の中、ぎゅっと抱きしめる。
 え?
 一瞬、薔薇の香りがした。
 外に咲き乱れている薔薇の香りだ。
 ウィリアムがその香りに酔いそうになると、誰かが顎に手をかけ、ゆっくりとウィリアムの唇にキスを落とす。
 なんだ……?
 オレは今レオにキスをされているのか?
 ウィリアムは胸が高鳴るのを感じながら、目を閉じるのも忘れていた。
 「……可愛い人だね。仲間にしたいな」
 次の瞬間、首もとにチクリとした小さな痛みをウィリアムは感じたが、それよりもレオナルドにキスをされたことに驚いて、相手を突き飛ばした。



to be  continued……





 館の内部に入ると、一気にひんやりとした空気と共に、少しカビ臭いにおいが漂っている。ところどころ蜘蛛の巣はあるものの、家具には白い布が被せられ、一部それからはみ出たものを見ると、猫足で金のメッキがあつらえてあり、これだけでも相当価値のある調度品だと言う事がわかった。
 大きなホールを中心には、重厚な彫刻がデザインされたマントルピースが施された暖炉があった。それを取り囲むように半円形の美しいフォルムの真鍮の手摺りの付いた階段があり、紅い絨毯が敷き詰められている。
「なんか……ホントに王子様でも出てきそう……」
「だな。思ったよりスゲぇかも」
 天井を見上げると、見事なドームと格天井が施され、格天井の平らな部分には天使と聖母マリアの肖像画が描かれてあった。
 ベルベットのカーテンの隙間から漏れる灯りだけでも、十分にこの部屋の手の込んだ装飾された内装は見て取れる。ここの屋敷の資産価値は、そうとう大変なものだろう。
しばし二人がため息をつきながら、すばらしい内装にため息をついている時だった。

ボーン。ボーン。ボーン。

 いきなり時計の低い金属音が、腹の底の方から響き渡る。
「うわ!」
「なに?なに?」
 ウィリアムが驚いて、後ろのレオナルドに抱きつく。
 見ると円形の階段下の奥には、いかにも年代物だと思わせるオーク材の施された壁時計が開けはなった玄関ドアからの光に輝いて、光の束に舞う埃がまるで雪のようだった。
 レオナルドはボーンと言う音よりも、急に抱きついてきたウィリアムに驚いて声を上げた。
「なんだ、ただの柱時計じゃない」
「お、驚かすなよ!レオ」
「僕じゃないよ。兄さんが勝手に驚いたクセに」
 見るとウィリアムはいつの間にレオナルドの右手をしっかり握っている。
「兄さん、この手、何?」
「手?」
 レオナルドに言われて見ると、その視線の先には自分がしっかりと握り込んだレオナルドの手が目に入る。
「こ、これはだな……レオが怖がるかもしれないから、兄ちゃんが手を繋いであげてるんだ」
 ウィリアムが少し声を震わせながら答えるのは気のせいではないだろう。
「へぇ」
 ここが暗くてよかった。レオナルドに無様な顔は見せたくなかった。
レオナルドは少し邪な目でそう見ると、それ以上何も言わずにウィリアムの手をしっかりと握り込んだ。
「こっちに行ってみようか?」
「……レオ?」
 てっきりレオナルドに馬鹿にされると思ったのに。
 しっかりと握りしめたレオナルドの手。
 コイツの手ってこんなに大きかったっけ?
 腕だって自分と同じか、もしかしたらレオナルドの方が太いかもしれない。
 幼い時は、どこに行くにも自分が弟の手を引いて行動していたのに、いつの間にか立場が逆転しているのを、ウィリアムは胸の底がくすぐったいような、不思議な感覚に覆われた。
 今までに感じた事のない、レオナルドのたくましさを垣間見た気がしたが、それでも兄の威厳を保ちたいウィリアムは言い訳がましく一言つぶやく。
「わかったよ……兄ちゃんがついて行ってやるよ」
 自分の気持ちをごまかすかのように、ウィリアムはレオナルドに手を引かれてついて行った。


to be  continued……




「何をそんなに怒っているの? いいじゃない。兄さんには白い花が似合うと思うけどなぁ」
「勝手にしろ」
ウィリアムは花をつけたまま、顔を少し赤らめてつかつかと玄関ドアの方へ向かう。
「そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに」
「レオ、早く行くぞ!」
「はいはい」
ウィリアムは、ツタの絡まる玄関ドアの前を靴で一部踏みつけながら進み、ライオンの口を象った真鍮のノブに手を掛ける。
「兄さん、ここは開かずの館と言われているんだよ?まともに玄関から行っても、そう簡単に開くわけないじゃない」
 レオナルドが声を掛けた時だった。
ギィ。
木製の分厚い玄関ドアはいとも簡単に開いてしまった。
「開いたぞ!」
「嘘!」
 去年何度と扉を開けようとノブをいじっても、鍵がかかって開く気配すらなかったのに、今年に限っては鍵すらかかっていた気配はない。
「ねえ、兄さん、先に誰かいるんじゃ……。鍵が開いているなんてヘンじゃない?」
「先に誰かいるんなら挨拶しときゃいいだろ。ちょっと迷っちゃいましたとか言って」
 ウィリアムは先程の恥ずかしがっていた態度とは一転して、金色の髪に白い薔薇の花をつけたまま、急にいたずらっ子な様子で目をキラキラ輝かせている。
 その容姿と表情のギャップが、なんともいえずレオナルドの大好きなウィリアムそのもので、思わず絶句するしかなかった。
「もう、兄さんたら……」
 レオナルドが返事をするないなや、ウィリアムはすでに一歩先に館に踏み入れている。
「ぐずぐずしてると、置いていくぞ」
 ウィリアムが中から声を掛けると、内部は相当広いのか、ウィリアムの声も半分吸収されて、エコーがかって聞こえてくる。
「兄さん、待ってよ」
 レオナルドも兄に置いていかれまいと、館に足を踏み入れた。


to be  continued……




「ここが……そう?」
「なんだか去年より薔薇の花が増えてねーか?」
「入り口までびっしりだね」
 ウィリアムとレオナルドは、夏休みに入り、今年も家族で去年と同じ別荘へやってきた。約束通り『薔薇の館』へ探検しようとやってきたのはよかったが、去年よりさらに薔薇の花の勢いは増し、びっしりと館の周りはもちろん、入り口の玄関まで野薔薇のツタはからまっていた。
 ちょうど満開を迎えた白い花は見事に咲き誇り、まるでこの館に誘っているように、甘くてよい香りを周囲にまきちらしている。
「なんだか酔っちゃうぐらいい香りだね」
レオナルドは目を閉じて、くんと花をならすと、しばしうっとりとした表情になる。
「レオ、薔薇の花の香りなんかで酔うなよ」
「例えの話だよ。例え。なんだかロマンティックじゃない?」
「今から『探検』しようと言うのに、ロマンティックも何もないだろ」
「兄さんは昔から現実的だよね。たまにはこーゆう場を楽しむって事もあってもいいと思うよ」
 レオナルドは側にあった白い野薔薇の花を棘が刺さらないよう気をつけて取ると、後ろに一つに束ねたウィリアムの金糸の絹のような美しい髪の耳元に、一輪そっと添えた。
「何をしやがる!」
「兄さん綺麗。似合うよ」
 レオナルドはウィリアムの肩に両手を添えてそう言うと、にっこりと笑った。
「ば、ばか。オレは女じゃねぇ。同じ花で飾るのなら、お前のファンがいくらでもいるだろ」
 ウィリアムは頭一つ分高い弟を見上げると、あからさまに怒った。レオナルドだってふざけてやったのだ。何も怒るつもりは無かったけれど、こうしていないとなんだか恥ずかしい。
 幼い頃から一つ下の弟のレオナルドは、出来のよい自慢の弟だった。
 いつも「兄ちゃん。兄ちゃん」と後を追いかけてきて、自分だけの可愛い弟だと思っていたのに。いつの頃からか背も自分を追い抜き、頭一つ分ぐらい高くなっていて、以前は『可愛い弟』だったのがいつの間にか『格好良い弟』に変わっていて、たまにこんな事をされるとドキリとさせられる。
 特にここ二、三年、親同士のパーティや催しものに同行しても、世間の目にもそう写るらしい。
 事あるごとに、若い娘達が弟のレオナルドの方にみんな群がるのは、気のせいではないだろう。
 自慢の弟を認められたと嬉しく思う反面、自分だけの弟が、いつかは綺麗な娘に取られてしまうと思うと、少しだけ切なく、寂しく思ってしまう。
 弟相手にオレはなんでこんな風に思わなくちゃならないんだ?
 考えてみても、自分で自分の気持ちがよくわからない。男同士なのに。血をわけた兄弟なのに。
 オレはどこかおかしいのか?
 弟の事を考え始めると、堂々巡りになってしまう。
 ウィリアムは数式や公式を考えるのは苦ではないのに、この手の方面はとても面倒でおっくうで仕方がない。
 レオナルドはオレの大事な弟。
 可愛い弟。
 それでいいじゃないか。
 ウィリアムは最近弟の事で悩むと、自動的にそう考えるようにしている。


to be  continued……







 レオナルドはそんな兄をみると、まだまだ子供だなとため息をついた。
どうしてこうも男の子は『探検』と言う言葉に弱いのだろう。特に兄のウィリアムは昔からそう言う類の事は自分よりも好きだった。
 子供の時は……。いや、今でもまだ子供だが、もっと幼い頃は『探検ごっこ』や『かくれんぼと』と名前をつけていろんな遊びをしたものだ。
 小屋裏部屋や地下室、敷地内の庭の東屋や、湖のある別荘のボート小屋など、あらゆる小さな隙間や囲いが秘密基地となり、子供心にわくわくしたものを覚えている。あの時は確かに一緒に楽しげに遊んでいたのに、今ではもうそんな事をする事もなくなった。
 段々と年齢を重ねるにつれ、自分の知らない場所、知らないモノは減っていき、最近そんな遊びをした事さえきっかけがなければ、忘れてしまっている。
思い出をどこかに忘れてきたわけではないのに。
 けれど誰かにきっかけを与えてもらうと、紐解くように子供の頃の思い出が出てくるのを、これが大人になる事なのかとレオナルドは思う。
 もっとも今の自分は、できる事なら『探検ごっこ』や『秘密基地』を探すよりも『秘密基地で兄さんと秘密ごっこ』なら多いに興味はあるのだが。
 もちろん目の前の兄は、レオナルドがそんな事を考えている事など、夢にも思わないだろう。
自分より一つしか歳が違わないのに、ちっともそっち方面には疎い兄を、少し歯がゆく思っているのは自分だけかと思うと、少し悲しくなってしまう。
 だが、そんな兄だからこそ、大好きなのだ。いいや、もはや大好きと言う言葉だけでは言い表す事ができない。レオナルドの頭の中には常にウィリアムがどこかにいて、何をするにも一緒にいたいし、どうやったら兄を喜ばせる事ができるか考えている自分がいる。
これって……僕は恋愛対象として、兄さんが好きだと言う事?
 自分でそう気づくのは、時間の問題だった。けれど、自分の気持ちは兄に伝えるべきではない。
いつの間にか兄を慕う気持が、特別なものだと気持に気づいた時から、そう思ってきた。
自分たちは男同士、まして血の繋がった兄弟でレオ。キリスト教を重んじるこの寄宿舎に兄弟で入学した時から、それは決して許される事のない邪道な所業だと、暗黙の了解で知らされてきた。表向きにはそうでも、実際には年頃の男子生徒ばかり集まった施設では、興味本位から男同士のセックスをしてしまい、結果、そっちの道のハマってしまう者も少なくない。それが教師や教会の牧師にばれてしまうと、即刻寄宿舎を退学になる輩がいる事をレオナルドは知っている。
 口が裂けても自分が兄を恋愛対象として想っている事を言い出せないと考えるのは、やはり自分が弟だからだと十二分に自覚しているからかもしれない。
 弟の立場でいいから、ずっと兄の側を離れたくない。
報われない想いだとわかっていても、今自分が兄の事で出来る事としたらそれくらいの事でしかない。
レオナルドの気持を知ってか知らずか、ウィリアムは呑気にバカンス中の『探検ごっこ』の事しか頭にない事はわかっていたが、少しでも兄と一緒に過ごしたいと願うレオナルドは、仕方ないなと見せかけつつ、返事をした。

「仕方ないなぁ。兄さんに付き合ってあげるよ」
「なんだ、お前、そのつまらなそうな返事は」
「兄さん、ホントは寂しがり屋で怖がりの所レオからさ」
「このー!兄ちゃんに向かって生意気な口を聞くなよ!」
「はいはい」
 レオナルドは、両手をウィリアムに向けて宥める仕草をすると、兄が本格的に怒り出さないうちにと、部屋を出た。

「『探検ごっこ』ねぇ……」
 確かに悪くないかも。
兄と手を繋いで知らない屋敷を探検するのもいいかもしれない。
 どさくさに紛れて兄を抱きしめてしまおうか。
そんな事を考えつつ、誰もいない寄宿舎の廊下で兄の部屋を後にするレオナルドは、妙に嬉しくなった。



to be  continued……





 今から五十年ほど、前の話でございます。
この土地は昔から貴族の保養地と知られ、たくさんの屋敷がありました。






「ねえ、兄さん! 今年もまたあの別荘に行くんだって」
「またかよ……」
「またそんな事言って。兄さんだってあの別荘気に入っていたじゃないか」
「まあ……な。そうだ、なら今年こそあそこに行ってみないか?」
「あそこ?」
「ほら、去年雨宿りした……」
 ウィリアムが言いかけると、レオナルドは、ああ……といわんばかりに肩を落とし、側にあったベッドに腰掛けた。
 今年、十七歳になる弟のレオナルドと、十八歳のウィリアムは、同じ寄宿舎に通っている良家のおぼっちゃまだ。
 夏も近づく季節になると、誰もが女の子とバカンスの事で頭がいっぱいになる。レオナルドも例外ではなく、先日届いた父からの手紙で、バカンスは今年もあの別荘で過ごすと言う事を知り、その事が嬉しくて寄宿舎の別棟にいる兄のウィリアムに伝えに来たのだった。

 忘れるはずなどなかった。
 ウィリアムが言っているのは、あの『薔薇の館』の事だ。
 去年二人で森を散歩している最中に雨が降ってきて、どこか雨宿りできる所をと探しているうち偶然見付けたものだった。
 兄弟はしばらく雨宿りをさせてもらおうと、館の入り口でドアベルをならしたり、声を掛けたりしたのだが、あいにく誰もいないのか、鍵が掛かっていて中に入る事は出来なかった。
 仕方なく屋根のありそうなところで雨が小降りになるまで待っていたのだが、館の周りには、白い野薔薇が見事に咲き誇っており、雨宿りしている間、ずっと野薔薇のよい香りが、媚薬のように漂っていたのが印象的だったのを今でもよく覚えている。
 ようやく雨も小降りになったので別荘に帰り、後で地元の使用人にあの別荘の持ち主の話を聞くと、
「あの別荘は五十年以上も前から空き屋なのですよ。当主とその家族は流行病でみんな亡くなってしまい、それ以来開かずの館になっています」
 と返事が返ってきた。
一体あの美しい白い野薔薇は誰が手入れをしているのだろう。不思議に思った事を、ウィリアムは今頃になって思い出していた。

「どうしたの?……兄さん」
「ああ、お前も覚えているだろ?」
「まあ……ね」
 レオナルドは余り気の乗らない返事をする。
「兄さん、そーゆうのスキだよね。探検だとか、隠れ家とか」
「お前は嫌いか?」
「そんな事はないけれど……そうそう。結局あの時は中に入れなかったけれど、白い野薔薇は今年もちゃんと花をつけているのかな」
「なんだ。お前、そんなに薔薇の花が好きだったっけ?」
「ううん。そうじゃないけど……どこか寂しそうに咲いていたのを思い出して」
「……そう…か」
自分だけではなかった。レオナルドも同じように同じ白い薔薇の花を見てそう感じていた事を、ウィリアムは少し嬉しく思う。
「なあ、滞在中時間はたっぷりあるんだし、探検してみないか?」
「探検ねぇ」
あまり興味のなさそうなレオナルドを、どうにか一緒に誘おうと、ウィリアムはいろいろと言い訳を考える。
「だって気にならないか?開かずの館とか言われたら入って見てくれと言っているようなものだろ?」
「でもそうゆうのって大概噂話だけで、実際は違っている事の方が多いって聞くけどなぁ」
「お前……怖いんじゃないのか?」
「怖い?」
「ああ。昔っからレオは恐がりだもんな」
「そんな事ないよ」
『恐がり』と自分の事を言われて、少しムッとするレオナルドの顔を、このままの勢いでどうにか「行く」とだけ言ってくれればいいのに。と覗き込むと、レオナルドはにやりと笑ってウィリアムを見返す。
「ダメだよ。そんな言葉には僕は乗らないからね」
「……ちっ」
 ウィリアムは残念そうに小さく舌打ちした。


to be  continued……


LOVE PHANTOM



 1




「ねえ、ねえ、ばあや。今夜も怖いお話してくれる?」
まだ幼いレオナルドはシルクの寝間着に着替え終わると、邪気のない蜂蜜色した瞳を乳母に向けて、そうお願いした。
「レオ、お前またそんな事言って。怖い話なんか聞いたら、夜中トイレに行くとき一人じゃいけないクセに」
レオナルドより一つ上の兄、ウィリアムは、寝間着に袖を通しボタンを一つずつはめながら、弟の『お願い事』に文句をつける。
「兄ちゃんは聞きたくないの?」
「そりゃ聞きたいけどな。だからと言って、お前がおねしょするのはカンベンだからな」
「ボク、もうおねしょなんてしないもん!」


十九世紀初頭、イギリス。
ウィリアムとレオナルドの一家は、保養地の一角に新しい別荘地を購入した。
夏のバカンスを家族と過ごそうと、父ホーエンハイムは体の弱い母トリシャと子供二人を連れて、この別荘へやってきた。
恵まれた自然と、親切な土地の人々の世話もあり、幼い兄弟はすっかりこの別荘が気に入っていた。
体の弱い母に変わってレオナルドが生まれた時から世話をしている乳母が、たまたまこの土地の出身と言う事もあり、ここにやってきてからは寝る前に乳母が知っている昔話を聞く事が幼い兄弟の楽しみの一つになっていた。
「お前がトイレに行く度、起こされるのは嫌だからな」
「いいもん。ボク一人でトイレぐらい行ける!」
「嘘つけ!」
「もう、嘘じゃないって」
「おい、コラ、兄ちゃんを殴るなよ」
くすくすくす……。
まだ舌ったらずな幼い兄弟が、いつもの痴話喧嘩を始めると、側でそれを聞いていた乳母は笑いをこらえきれず肩を振るわせ笑った。
「まったく困ったおぼっちゃま達だこと」
「ねえ、ねえ。早く話して!」
「そうですか? レオナルドお坊ちゃまがおねしょが大丈夫だと言うのなら、このばあやがとっておきのお話をしてあげます」
「「とっておきのお話?」」
 昔話は迷信だと、あまり興味を持たなかったウィリアムも『とっておき』の言葉には、さすがに反応を返す。
「そうでございます。これはとっておきのお話です。なにせお話に出てくる主人公も、おぼっちゃま達と同じお名前なのですから」
「ボク達と同じ名前なの?」
「はい。ウィリアムとレオナルドのお話ですよ」
「ばあや、聞きたい!早く聞かせてくれ!」
「はいはい。良い子で寝てくれると約束してくれるのなら、して差し上げます」
「うんうん。約束する」
 ウィリアムとレオナルドは天蓋付きのベッドに行儀良く並んで身を沈めると、金色の瞳をきらきらさせながら乳母の話を待った。
「では、おぼっちゃま。お話してもよろしいですか?」
「してして!」
「おう、いいぞ」
 乳母は静かに話し始めた。



to be  continued……



第25回小説ずばる新人賞受賞者が発表になりました。

え? もう決まったんだ。

そういえば、私も応募していたと、今頃気付く。

最終候補者以上は、出版社から連絡がいくようなので、何もなかった今となっては、何をしても遅いんですが。

小説すばるも購入していなかったので、検索して調べたら、一次通過はしていました。

二次、三次通過者は今月の小説すばるに載っているので、チェックしたら名前がない。

結局、今回も一次通過止まりでした。残念。

今年は1400を越す応募があったらしい。

一次通過者がどれだけいたのかわからないけど、小説すばる新人賞は、初めて応募したので、一次通過でもちょっと嬉しいのが本音。

次回も応募してみようかと思う次第。

オリジナルな二次と違って、目に見える反応がないので、モチベーションをどれだけ高められるか? によっても、執筆のスピードは違ってくる。

その分、地味な努力が報われると、嬉しいだろうなぁ。

いつの日か、努力が報われる日が来ますように。

第三章 コバルトブルー



ルーク・クリフォードside 





 いったい、どれくらいそうしていただろう。ビリーはいつの間にか寝てしまっていた。
 気がつくと、太陽は隠れ、春寒を感じて風邪を引きそうだ。そろそろ帰ろうかと思うけれど、ルークの顔は見たくない――。
 ぐるぐると考えがまとまらないまま起き上がる。ふと暗くなった屋上から周りを見下ろすと、女子学生が一人、校門を出て行った。先程の学生だろうか。
 もしかして、いままでルークと一緒だったとか。
 腕時計を見ると、優に二時間近くが経っていた。こんな時間まで、何を――。
 考えると、勝手に身体が動いていた。
 ルークには会いたくないと思っていたのに、文句の一つも言ってやらねば気が済まない。
 あんなに、切なく名前を呼んでいたのは何だったのか。
 あんなのに、期待させておいて、人を馬鹿にするのにも、ほどがある。
 心の中では、ルークを罵倒していたクセに、会いたくて、会いたくてしかたがない。
 ビリーは急いで学校を出ると、施設に戻った。
 施設に戻ってみたものの、ルークはまだ戻っていなかった。
 学校は誰もいなかったはず。女子学生と一緒なのか? と、ふと考えがよぎったが、一人校門を出た姿を見送ったビリーは、そんななずはないと思い直す。
 ビリーは、ルークの行きそうな場所を頭に思い描いて、一目散に施設を飛び出た。
 ……俺は兄ちゃんだからな。アイツの行きそうな場所は解るんだ。

 ビリーは、海辺に行くと、砂浜に座り込んでいるルークを見つけた。金髪に制服姿。この町にこの姿の学生は、自分とルークしかいない。
 ……ほらな。やっぱり此処だった。
 自分自身に言い聞かせ、ふと笑いがこみ上げてきた。
 生まれた時から、ずっと一緒で、何でもルークの考えはわかると思っていたけれど、
実は何も解っていなかった。
 失って初めて解るものだと気づいても、もう遅いのだけれど。
「兄さん……?」
 近づく前に、踏みしめる砂音で、ルークが気づいた。
 周りは暗くて顔の表情は、よく見えない。それでも、ルークが泣いていたのだと、ビリーは気づいた。
 見つけたのはいいけれど、何を言ったらいいのだろう。会ったら、嫌みの一つでも言ってやろうと思っていたのに、声が出来ない。
「座ったら?」
 ルークに言われ、悩みながらも、ビリーは隣に座った。
「兄さん、見てたんでしょ?」
 前置きも無しに、確信を言われて、ビリーは焦った。もしかして、覗き見していたのが、ばれているとは思わなかった。けれど、ここで素直に認めるわけにはいかなかった。
 認めて終えば、ルークが女子と付き合うのを止めろとは、言えなくなる。本当は、阻止したいのに。自尊心と、兄ゆえの家族想いが邪魔だけれど、とても本当の気持ちは言えない――。
「え? 何のことだ?」
 ビリーは、視線は境目の無くなりつつある水平線に向けたまま、いつもと声色が違わぬように答えた。
「こんな所で、何してんだ? 早く帰って飯にしようぜ」 
 一世一代の演技だったと思う。
 このまま、ここに居ると、胸が押しつぶされそうだ。
 ビリーは立ち上がると、ルークに背を向けた。涙が零れないように、双眸を固く閉じた。
 気持ちが零れ出ないように。固く。固く蓋をする。
 ルークの幸せは、ルークが決めることだ。
 じっと瞼を強く閉じる。海のうねりの音だけが、全身を包んでいるようで、今、どこにいるのか解らなくなる。できることなら、このまま、海の底に沈みたい。ルークが他の女の子と仲良くしているのを見なくてすむように。
 気がつくと、ルークに背中から抱きつかれていた。
「兄さん、嘘はつかなくて良いよ。きっと誤解したんでしょ」
「え?」
 ビリーが眼を開けると、ルークの顔が耳元にあった。以前より、ルークの方が上背はあったけれど、今は更に差は大きくなるばかりだ。予想しなかったルークの言葉に、ビリーはすっかり毒気を抜かれた。
「あの子、兄さんが好きなんだって。ボク、相談を受けてたんだよ」
「嘘だろ。だって、抱き合っていたじゃないか」
「ほら。やっぱり、嘘ついてた」
 返す言葉がなかった。嘘もばれてしまった。なんと言えばいいのか解らないけれど、心の奥底から安堵の気持ちが溢れ出て、どうにもできなかった。
「ルーク」
 気がつくと、ビリーは振り返って自分からルークに抱きついていた。
「初めてだね。ボクの名前を、そんなに切なそうに呼んでくれたのは」
 考えたら、自分からルークに抱きついたことはなかった。いつも抱きついたり、キスしたり、愛しそうに名前を呼んだりするのはルークからだった。
「俺は兄ちゃんだからな」と、いつもルークの好きにさせていたし、兄である自分から、いちゃつく真似をしたくないと思っていた。
 けれど、そんなのは、ただのポーズだ。本当は、自分からも名前を呼びたかったし、抱きつきたかった。
「幸せだなぁ」
 頭の上で、ルークの声がした。いつもよりも、低く頭に響く。
「お前、本当に幸せなのか?」
「当たり前じゃない。ボクは一生、兄さんの側にいれるだけで、幸せだよ。……他には何もいらない」
 ルークが感慨深げに、言葉を選んでいるのがわかった。
 自分と一緒にいることが、ルークが選んだ幸せだというのなら、ビリーからルークの側を離れるようなことは、したくない。
 将来、いつか離れることがあったとしても――。
「このくらいで幸せとか言うなよ。俺がもっとお前を幸せにしてやるからな」
 ビリーは、ルークの背中をぽんぽんと叩くと、自分から身体を引きはがした。
「ボクは、兄さんと一緒にいれれば、いつも幸せなんだけど」
 ルークの言葉に、嘘はないと思う。ビリーだって、同じ気持ちだ。
 自分の気持ちを認めて終えば、なんて楽なのだろう。一人で空回りしていたのが、嘘みたいに滑稽に思えた。
 ビリーが海に視線を移すと、空と海の境目がわからないほど暗くなっていた。
 コバルトブルー色に染まる海と空を見ていると、境目なんてつけるほうが、無粋に思えてくる。互いに影響し合い、唯一の色になっているのだから。まるでルークと自分のように――。
 ビリーはあえて当然のように、ルークに言った。
「なんたって、俺はお前の兄ちゃんだからな。弟を幸せにするのは、当たり前だ」
 すでに日はすっかり落ちて、ルークのシルエットしか見えなかった。
 それでも、ビリーには、ルークの幸せそうにしている表情は、手に取るようにわかった。