コバルトブルー色の兄弟 第三章 コバルトブルー 3 【最終話】 | 一期一会

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第三章 コバルトブルー



ルーク・クリフォードside 





 いったい、どれくらいそうしていただろう。ビリーはいつの間にか寝てしまっていた。
 気がつくと、太陽は隠れ、春寒を感じて風邪を引きそうだ。そろそろ帰ろうかと思うけれど、ルークの顔は見たくない――。
 ぐるぐると考えがまとまらないまま起き上がる。ふと暗くなった屋上から周りを見下ろすと、女子学生が一人、校門を出て行った。先程の学生だろうか。
 もしかして、いままでルークと一緒だったとか。
 腕時計を見ると、優に二時間近くが経っていた。こんな時間まで、何を――。
 考えると、勝手に身体が動いていた。
 ルークには会いたくないと思っていたのに、文句の一つも言ってやらねば気が済まない。
 あんなに、切なく名前を呼んでいたのは何だったのか。
 あんなのに、期待させておいて、人を馬鹿にするのにも、ほどがある。
 心の中では、ルークを罵倒していたクセに、会いたくて、会いたくてしかたがない。
 ビリーは急いで学校を出ると、施設に戻った。
 施設に戻ってみたものの、ルークはまだ戻っていなかった。
 学校は誰もいなかったはず。女子学生と一緒なのか? と、ふと考えがよぎったが、一人校門を出た姿を見送ったビリーは、そんななずはないと思い直す。
 ビリーは、ルークの行きそうな場所を頭に思い描いて、一目散に施設を飛び出た。
 ……俺は兄ちゃんだからな。アイツの行きそうな場所は解るんだ。

 ビリーは、海辺に行くと、砂浜に座り込んでいるルークを見つけた。金髪に制服姿。この町にこの姿の学生は、自分とルークしかいない。
 ……ほらな。やっぱり此処だった。
 自分自身に言い聞かせ、ふと笑いがこみ上げてきた。
 生まれた時から、ずっと一緒で、何でもルークの考えはわかると思っていたけれど、
実は何も解っていなかった。
 失って初めて解るものだと気づいても、もう遅いのだけれど。
「兄さん……?」
 近づく前に、踏みしめる砂音で、ルークが気づいた。
 周りは暗くて顔の表情は、よく見えない。それでも、ルークが泣いていたのだと、ビリーは気づいた。
 見つけたのはいいけれど、何を言ったらいいのだろう。会ったら、嫌みの一つでも言ってやろうと思っていたのに、声が出来ない。
「座ったら?」
 ルークに言われ、悩みながらも、ビリーは隣に座った。
「兄さん、見てたんでしょ?」
 前置きも無しに、確信を言われて、ビリーは焦った。もしかして、覗き見していたのが、ばれているとは思わなかった。けれど、ここで素直に認めるわけにはいかなかった。
 認めて終えば、ルークが女子と付き合うのを止めろとは、言えなくなる。本当は、阻止したいのに。自尊心と、兄ゆえの家族想いが邪魔だけれど、とても本当の気持ちは言えない――。
「え? 何のことだ?」
 ビリーは、視線は境目の無くなりつつある水平線に向けたまま、いつもと声色が違わぬように答えた。
「こんな所で、何してんだ? 早く帰って飯にしようぜ」 
 一世一代の演技だったと思う。
 このまま、ここに居ると、胸が押しつぶされそうだ。
 ビリーは立ち上がると、ルークに背を向けた。涙が零れないように、双眸を固く閉じた。
 気持ちが零れ出ないように。固く。固く蓋をする。
 ルークの幸せは、ルークが決めることだ。
 じっと瞼を強く閉じる。海のうねりの音だけが、全身を包んでいるようで、今、どこにいるのか解らなくなる。できることなら、このまま、海の底に沈みたい。ルークが他の女の子と仲良くしているのを見なくてすむように。
 気がつくと、ルークに背中から抱きつかれていた。
「兄さん、嘘はつかなくて良いよ。きっと誤解したんでしょ」
「え?」
 ビリーが眼を開けると、ルークの顔が耳元にあった。以前より、ルークの方が上背はあったけれど、今は更に差は大きくなるばかりだ。予想しなかったルークの言葉に、ビリーはすっかり毒気を抜かれた。
「あの子、兄さんが好きなんだって。ボク、相談を受けてたんだよ」
「嘘だろ。だって、抱き合っていたじゃないか」
「ほら。やっぱり、嘘ついてた」
 返す言葉がなかった。嘘もばれてしまった。なんと言えばいいのか解らないけれど、心の奥底から安堵の気持ちが溢れ出て、どうにもできなかった。
「ルーク」
 気がつくと、ビリーは振り返って自分からルークに抱きついていた。
「初めてだね。ボクの名前を、そんなに切なそうに呼んでくれたのは」
 考えたら、自分からルークに抱きついたことはなかった。いつも抱きついたり、キスしたり、愛しそうに名前を呼んだりするのはルークからだった。
「俺は兄ちゃんだからな」と、いつもルークの好きにさせていたし、兄である自分から、いちゃつく真似をしたくないと思っていた。
 けれど、そんなのは、ただのポーズだ。本当は、自分からも名前を呼びたかったし、抱きつきたかった。
「幸せだなぁ」
 頭の上で、ルークの声がした。いつもよりも、低く頭に響く。
「お前、本当に幸せなのか?」
「当たり前じゃない。ボクは一生、兄さんの側にいれるだけで、幸せだよ。……他には何もいらない」
 ルークが感慨深げに、言葉を選んでいるのがわかった。
 自分と一緒にいることが、ルークが選んだ幸せだというのなら、ビリーからルークの側を離れるようなことは、したくない。
 将来、いつか離れることがあったとしても――。
「このくらいで幸せとか言うなよ。俺がもっとお前を幸せにしてやるからな」
 ビリーは、ルークの背中をぽんぽんと叩くと、自分から身体を引きはがした。
「ボクは、兄さんと一緒にいれれば、いつも幸せなんだけど」
 ルークの言葉に、嘘はないと思う。ビリーだって、同じ気持ちだ。
 自分の気持ちを認めて終えば、なんて楽なのだろう。一人で空回りしていたのが、嘘みたいに滑稽に思えた。
 ビリーが海に視線を移すと、空と海の境目がわからないほど暗くなっていた。
 コバルトブルー色に染まる海と空を見ていると、境目なんてつけるほうが、無粋に思えてくる。互いに影響し合い、唯一の色になっているのだから。まるでルークと自分のように――。
 ビリーはあえて当然のように、ルークに言った。
「なんたって、俺はお前の兄ちゃんだからな。弟を幸せにするのは、当たり前だ」
 すでに日はすっかり落ちて、ルークのシルエットしか見えなかった。
 それでも、ビリーには、ルークの幸せそうにしている表情は、手に取るようにわかった。