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一期一会

本も人の出会いも一期一会。時々読者、時々物書き。好きな本やコミック感想を中心に、日常のつれづれと共につぶやいていきます。

 


     3
「カイ!こ れ見てみろよ」
「なになに?」
 小学校に上がったエリスは、その行き帰りにいつも珍しい虫や季節の草花を採ってきてはカイに見せてくれた。
 病気がちでなかなか外に出る事ができないカイは、それが楽しみでならない。
 発作が起きて苦しい時もカイは嬉しそうにベッドから起きあがり、エリスはベッドサイドになにやら大事そうに両手を合わせたまま詰め寄った。
 いつもわくわくしながらエリスの手が開かれる瞬間がカイは大好きだ。エリスがそっと囲んだ両手をひろげると、中から蝶が飛び出した。
「わぁ……蝶々?」
「ああ、綺麗だろ?」
 蝶は部屋の天井あたりを美しい羽を羽ばたかせながら踊るように舞い、時折、照明の青銅の飾りの端や、カーテンポールに止まってはゆっくりと羽休めた。
「綺麗……」
「だろ?」
 カイが喜ぶ顔が見れたエリスは、満足げに鼻の下をこすった。
「すごいね。蝶々ってこんなに綺麗なんだ」
 いつもベッドの中で過ごす事の多いカイにとっては、生きた生物を見ることはまれであった。
 蝶々にしろ、ほかの昆虫にしろ、図鑑の中ではみた事があるものの、本物は違う。
 蝶はポールに止まったまま羽をゆっくりと閉じたり開いたりして、蝶はこんな風に羽を動かすのだと、カイは感動を覚えた。図鑑で見たよりもずっと美しい。だが、美しいけれど、その様子は本当はもっと広い世界へ飛び出したくて、この狭い空間にぞぐわなく、どこか悲しげにも見えた。
 じっとその様子を見ていたカイは、その蝶がエリスのような気がしてならなかった。
 活発なエリスの事だ。体の弱い自分を気にしてなるべく一緒に部屋の中で一緒に過ごしてくれるが、本当はもっと他の子供のように元気に遊びたいのではないだろうか。
 今までも、幾度となくエリスに、外で遊びたいのなら自分と一緒に部屋の中で遊ぶよりも、元気に遊んでいる男の子と一緒に遊んできてもいいよと言ったことがあったが「オレが何の為にこの家に養女としてやってきたのかわかっているのか?」と、その度にいつもエリスにこっぴどく怒られてしまう。
 本当は、自由な世界に飛び出して仕方がないのに。
 エリスは自分のせいでここに囲われた生活をしているのではないかと思うと、カイはなんだか申し訳ないように思われてならない。
 けれどそんなカイの気持を察してか、エリスが嫌な顔一つせずに自分に合わせてくれるのを、心の中でいつも感謝していた。



to be  continued……





     2



 カイは生まれつき呼吸器系の持病を患っており、兄弟は誰もいなかった。
 病気の為、外にも遊びに行く事ができない。可愛そうに思った両親は、ハイデリヒの遊び相手にと、孤児院から息子と同じ年頃の男の子を養子として迎える事にしたのだが、手違いがあったのか、やってきたのは女の子だった。
 すでに手続きは全部終わっており、今更エリスを孤児院に戻すことも出来ない。多少希望と違ったとしても、年老いた夫婦にとって、女の子をあずかるのはこれも縁かもしれないと、思い直し、エリスを養女として引き取る事にした。
「まずはその洋服をなんとかしなくてはね」
 ハイデリヒの両親は、すぐに仕立屋を呼び、エリスの身なりを整えた。
 少々小柄な体型ではあるが、元々エリスの顔立ちはよいのだろう。仕立屋が薦めるドレスは大概何でも似合ってしまい、女の子を初めて持ったハイデリヒの母は、嬉しくて薦められるままたくさんのドレスを新調した。
次の日、エリスに会うと、見た目だけは小さなレディになっていて、昨日会った印象とは違い、随分の女の子らしくなっていたが、金色の瞳の奥に秘めたものは同じだった。
何かを秘めたような強い瞳。魅力的な容姿に似合わない砕けた表情。ハイデリヒは初めて出来る友達であり、義姉の存在が嬉しくてたまらなかった。
ハイデリヒの両親は、自分の息子だけでなく、エリスにも必要と思われる勉強や躾、習い事の教育を惜しみなく受けさせた。
 そんなハイデリヒの両親の事情を察したのか、エリスは幼いながらも自分の身分と境遇をよくわきまえていて、最初のうちはおとなしい女の子を演じていた。
 だが、元々のエリスの性格もあるのだろう。ドレスを来たまま活発な動きをする為、新調したドレスもすぐに破いてしまう。困ったハイデリヒの母が、試しにハイデリヒのお古の洋服をエリスに着せてみると、それはあつらえたようにぴったりとよくなじんだ。
 エリスの方も、ハイデリヒのお下がりの服だという事も気にならないようで、動きやすい服装がすっかり気に入ったらしい。
 最初は家の中でハイデリヒと遊ぶ時だけという条件でエリスの男装を許していたのだが、段々エスカレートする男の子のような振る舞いに、いつの間にかエリスは男の子のような格好をするのが常となっていた。
「そんな格好までしていると、本当に男の子に思われるよ」
 ある時、エリスの外見を心配したハイデリヒが心配したのだが、当のエリスは自分が男装をしてどう思われるかなどまったく気にしていないようで、長い金髪の髪も邪魔だからと後ろで一つに三つ編みにしていた。
男の子の格好をしたエリスは、ハイデリヒと並ぶと、本当の兄弟のようで、最初にハイデリヒの両親が望んだ通り、皮肉にもハイデリヒの遊び相手にはうってつけの存在になっていた。


to be  continued……



     1



 記憶にあるのは、金色の瞳で相手をじっと見据え、形のよい唇をきゅっと堅く結んでいた六歳の少女。
 それがカイ・ハイデリヒがエリス・ハドソンを初めて見た印象だった。カイがやっと五歳になった春の事だ。庭にはカイの両親が息子の誕生記念に植えた白い木蓮の花が咲き乱れ、暖かい日だった。
 初めて会ったエリスは、粗末なドレスをまとい、肩までの金髪を軽く一つにまとめ、じっとカイの事を見入っていた。白くなるほど両手をぐっと握りしめ、吸い込まれそうな金色の瞳に、自分の顔が映し出されていて、この瞳に吸い込まれたらどんな感じだろうと、カイは子供心に不思議に思ったのを今でもよく覚えている。
「この子はエリス・ハドソン。六歳だから、貴方より一つ年上ね。今日から貴方のお義姉さんになる子よ。仲良くしてあげてね」
カイの母親は、エリスを紹介した。
「はじめまして、僕はカイ・ハイデリヒ」
 カイはすっと腰を下ろすと、エリスの前に手を差し出す。
 エリスは、差し出した手に恐る恐る応じると、カイは丁寧にエ彼女の手の甲に小さくキスをした。
 その様子を満足げに微笑む母の横で、真っ赤になり立ちすくむエリス。
 おそらく生まれて初めてレディとして扱われたのだろう。
 カイにキスをされた手の甲をじっと片手で押さえ込むと、金色の大きな瞳をさらに見開いて驚いた表情をしていた。
「カイ、よくご挨拶できたわね」
 幼いながらも、紳士的な挨拶が上手にできた息子の様子が誇らしくてたまらない様子のカイの母は、満足気に彼を褒めた。
「ねえ、僕はエリスさんと呼べばいいの?」
 カイは母親と反対側にいた父親に尋ねると、父は優しく微笑みながら答えた。
「そうだな。歳はお前より一つ上だから義姉さんと呼んでもいいのだけど、お前の呼びたいようでかまわないよ。これからはエリスがお前の義姉様であり、友達になるのだから」
生まれて初めてできた『友達』という存在に、カイは嬉しそうに微笑んだ。
歳をとってやっとカイを授かった両親は、彼の喜ぶ顔を見る事が、唯一の喜びとなっていた。




to be  continued……





しばらく、更新に間があいてしまいました。

1月末締め切りの江戸川乱歩賞に応募するつもりで、長編ミステリを書いていたのですが、どうもキャラ設定が気に入らなくて、原稿用紙350枚越したところで断念。

トリック自体は悪くないとおもっているのですが、ミステリは難しい……!


気分を変えて、書きかけだった他の作品の続きを書き始めたら、あっという間に書き終えました。

こちらは、2月末締め切りの第四回ドラマ原作大賞に応募する予定。

あと1ヶ月(といっても2月は28日しかないけど)推敲、改稿するつもりです。

よい作品に仕上がりますように。

14



「はい。これでこのお話は終わりでございます」
「えーもう終わりか?」
「ねえねえ、ばあや。それからその人達、どうしちゃったの?」
「レオナルドとウィリアムはバンパイアになったのか?」
幼い兄弟は、すっかり乳母の話に聞き入っていて、その話の続きを話してくれといわんばかりにせがんだ。
「ふふふふ……どうです?ばあやの話は楽しんでいただけましたでしょうか?」
「ばあや。ごまかすなよ!」
「最後はどうなったの?」
羽布団の裾をぎゅっと握りしめ、一心にかわいい瞳を自分の方にむけている姿を見ると、少し意地悪をしたくなるのを我慢して乳母は話しを続けた。
「その後、その『薔薇の館』で誰もウィリアムと二人のレオナルドを見た者はいないようです」
「えー。それじゃ答えにならない」
「ちゃんと話せよ」
なんだか肩すかしをくらったような結末に、幼い兄弟はもの足らないような小さな苛立ちを感じて文句を言った。
「でもこれが本当に最後なのです。ばあやは、おぼっちゃま達がちゃんとよい子にすると言うから、お話したのでございます。さあ、もうお休みする時間ですよ。ゆっくりとお休みなさいませ」
乳母はそう言うと、天蓋付きベッドの側にあった椅子からゆっくりと腰を上げた。
「ちぇ。つまんねーの」
「おやおや、そんな事を言うと、ヴァンパイアになったウィリアムと、レオナルドが、おぼっちゃま達の所にくるかもしれませんよ」
「え?ホント?」
乳母がそう言って少し脅かすと、レオナルドは少し怖かったのか、ぶるっと小さく震えて羽布団を鼻の上までかけた。
そんなレオナルドの様子を横で見ていたウィリアムは、心配になったのかそっと布団の下でレオナルドの手を握り込む。
「……にいちゃん」
ウィリアムの顔を見ると、兄は無言で優しく微笑みかけてくれる。それを見たレオナルドは、不安気な表情から一転して嬉しくてにっこりと微笑み返した。
大丈夫。
自分はいつも大好きな兄と一緒なら、たとえヴァンパイアがやってきても怖くない。
兄の為なら、ヴァンパイアだろうと幽霊だろうと、自分がやっつけてやるんだから!
しっかりと繋がれた手から、ウィリアムの高い体温を感じると、不思議と勇気がわいてくる。
先程まであんなに怖いと思ったヴァンパイアも、幽霊も、ちっとも怖くはなかった。
これから夜中のトイレだって、大好きな兄の微笑んだ顔と、暖かな手のぬくもりを思い出せば、きっと一人で行けるだろう。
心の中に大好きな人の笑顔があれば、なんだって乗り越えられそうだ。

「もう寝る」
「おやすみ、ばあや」
「そうですね。そろそろ今日はお休みする時間です」
兄弟がお休みの挨拶をすると、乳母は満足げに微笑んで席を立った。
「ウィリアムおぼっちゃま。レオナルドおぼっちゃま。よい夢を……」
幼い兄弟はしっかりと布団の中で手を握ったまま「うん」と素直に金髪の髪を揺らした。

乳母が部屋の電気を消して出て行くと、辺りはまっくらになり、やがて規則正しい寝息が聞こえ始めた。




「おっとっと……。押すなよ。ここのベランダ狭いんだから」
「押してないよ、兄さん。こっちも一杯なんだよ」
「しっ。静かににして。
もう、こんなところで兄弟喧嘩始めないでよ」


今夜は満月。
ひき忘れた子供部屋のカーテンの合間に、忍び寄る影が三つあった。

今年『薔薇の館』で起こった出来事から、ちょうど五十年目であることを知るものは、
誰もいない―――。
                      end

13



今までレオナルドは自分の兄に対する想いをひたすら隠してきた。二度と人間にはもどれないと言うのは、正直少し寂しい気がしたが、永遠に兄と一緒にいれるのなら、それは最高に嬉しい事ではないか。
「お願い。兄さん、僕も兄さんと同じヴァンパイアにして!」
「……ダメだ」
ウィリアムは全身の力を込めてダメだしをする。先程から我慢している胸の焼け付くような痛みにも似た熱さは極限にまでなり、代わりに、痒かった上唇の裏側は犬歯の部分だけ牙が延びてきていた。


……あうっ……う……


「……兄さん……その牙どうしたの……?」


牙?


今、自分の身体に何か変化がレオのはわかるが、実際どうなっているのかはわからない。きっと醜い姿になっているだろう。ウィリアムはその姿をレオナルドに見せたくなくて背を向けた。
「大丈夫。兄さんがどんな姿になっても、僕は兄さんが大好きなんだ。その牙で僕の血を吸ってもらえば僕は兄さんと同じヴァンパイアになれるのでしょう?」


……ううっ!


レオナルドの嬉しい告白も、今は体の痛みが強くて余韻にも浸れない。それどころかウィリアムは目の前に差し出された『レオナルド』と言う生け贄を我慢する事に没頭していて、返事をする余裕もなかった。
「ねえ、兄さん。早く僕の血を吸って!」
はぁはぁはぁ
「ダメだ……出来ない。早くここから出て行け!」
ウィリアムはやっとの事で、それだけ言葉を絞り出した。
「お前を仲間なんかに出来ない。母さんや父さんはどうする?オレはともかく、お前まで居なくなってしまったら悲しむぞ!」
「……兄さん」
レオナルドを説得している間にも、ウィリアムの形相は見る見る間にヴァンパイアそのものに変化していて、それでもどうにか平常心を保とうと必死になった。
本当は抱きしめて、「一緒にオレとヴァンパイアになってくれ」と素直に言えたらどんなにいいだろう。

でも……ダメだ。

そんな事は出来ない。
大事な弟だからこそ、仲間にするわけにはいかない。
愛するレオナルドだからこそ、一緒にいたいと望んではいけない。
相反する想いと、ヴァンパイアとしての体の本能がウィリアムを襲い、気が狂いそうになる。
「早くここから出て行け!そして二度とここには来るな!」


………はぁはぁはぁ


ウィリアムは懸命に苦痛に耐えながら、一筋涙を流した。

「……レ、レオ……。オレはお前の事が好きだった」

それは恐ろしいほど狂気にあふれ、けれど慈愛にみちた告白だった。決して伝えてはいけない想いだと思っていたのに、人間からヴァンパイアへ変貌するギリギリの境の理性と野生の行動を押さえようとする葛藤が、そうさせたのかもしれない。
告白する事で自分がまだ人間でレオ事を主張するように。それはまるでウィリアムが人間であった最後遺言のようにも聞こえた。
「兄さん!」
兄さんも僕も事を好きでいてくれただなんて。
こんな嬉しい事はない。
レオナルドにはもう迷う事は何もなかった。

「……僕も……兄さんが大好き」

ウィリアムが自分に背を向けて、喉元を押さえ込み苦しそうにしている姿を目の当たりにいたレオナルドは、後ろからそっと抱きしめる。
「……兄さん、早く」
「……レオ」
半分理性を失ったウィリアムに優しくそう促すと、そのまま自分の方へむき直す。
何もかも悟りきったような表情で、レオナルドはシャツのボタンを一つはずして、ほどよい筋肉のついた弾力のレオ首筋をウィリアムに差し向けた。


ごくり。


今やウィリアムには、それが生け贄にしか見えていなかった。喉元を乾いた空気が通り過ぎ、わき出る唾液を大きく一つ嚥下する。
その瞬間、まるで理性がはじけ飛ぶかのように、ウィリアムの髪に飾られた白い花がゆっくり床に落ちるのと、ぽろりと涙を落とすのは同時だった。
「……レオ」
すでに人間の心を半分どこかに置き忘れてきたウィリアムは、目の前に差し出された餌食をむさぼるかのごとく、とうとうその首筋に牙をたてた。



あああああああああああっ――!



レオナルドの意識が薄れていく刹那、白い花を髪にかざった笑顔のウィリアムの顔を思い出していた。

「兄さん……大好きだ。
これで僕も仲間だ。




……ずっと兄さんと一緒にいられる。




闇を切り裂くような叫び声が辺りに響いたが、やがて何も起こらなかったように『薔薇の館』は静寂に覆われた。


to be  continued……


    12



「いいねぇ。貴方のそんな顔もなかなか素敵だよ。本当なら僕と貴方の仲を邪魔するものは始末したいけれど、どうしても貴方が弟さんも一緒がいいと言うのなら、仲間にしてあげてもいいよ。どうせこの先長いんだから。暇つぶしするには仲間が多い方がいい」
「仲間?兄さん。ボクもヴァンパイアにするって相談なの?」
二人の会話を聞いていたレオナルドはそう理解すると、ウィリアムにすり寄った。
「ボクも仲間にして!」
「……レオ?」
「ボクは兄さんと離れたくない。兄さんと一緒にいたい」
真顔でそう詰めかけるレオナルドは必死だった。
普通の願い事なら、レオナルドが望む事はなんでもかなえてあげたい。
『オレが兄ちゃんだからな』それが今までウィリアムがレオナルドにとってきた態度だが、今回ばかりはすぐに頭を縦に振る事は躊躇われた。
ウィリアムだって今の状況をよくわかっていないのだ。
この屋敷に侵入してわずか一、二時間経たない出来事なのに、ハイデリヒの話だと自分は人間でなくなり、代わりにヴァンパイアになってしまったと言う事を、そう簡単に理解する事など無理な話だ。
自分だってまだこの先、どんな変化が身体に現れるのかよくわからない。先程だって一時的だが、体中がしびれて、身体が枯渇して痛くて失神してしまうほどだった。あんな苦しみをレオナルドには味わわせたくない。
「大丈夫、あの痛みを超えられたのなら、もう痛くもかゆくもないよ。食事も必要ない。たまに人間の血を吸血できればだけどね」
ウィリアムの心配事を先に言い当てるようにハイデリヒが先に答える。
「あと……重要なのは五十年周期で休眠期間がレオことぐらいかな」
「五十年周期?」
「そう。五十年間過ごして、また次の五十年間棺の中で静かに眠る。この繰り返しで僕達は永遠の若さと永遠の命を繰り返すんだ」
ハイデリヒはどこか遠くを見つめながら答えた。
急性すぎるできごとを、どうにか理解しようとウィリアムは考える。もしハイデリヒの言葉通り自分がヴァンパイアになってしまったのなら、愛する弟を自分の仲間にする事などできない。
「ダメだ……絶対にダメだ」
「兄さん、どうして?ボクは兄さんと一緒がいい」
レオナルドは譲らない。
「何度言ったらわかるんだ。ヴァンパイアになったら最後、二度と人間には戻れない。歳もそのまま、永遠に生きなければならないんだぞ」
「……いいよ。永遠に兄さんと一緒にいれるのなら。二度と人間に戻れなくてもかまわない」
「……レオ」
ウィリアムは、愛しい名前を呼んだ。



to be  continued……




11




「もう、僕だってずっと我慢してきたのに。なんで兄さんは見ず知らずの人そう簡単に許してしまうのかな」
顔の表情は薄暗くて十分見て取れないけれど、レオナルドが憤慨しているのが声の調子からわかる。
「え?」
レオナルドも自分の事を?
一瞬、想いが通じ合っていた事がわかってウィリアムは嬉しい気持で一杯になった。
けれど、自分の体がこうなった以上、想いを伝える事の意味がないとわかる。喉元までこみ上げる熱いをぐっと飲み込み、平然を装った。
「兄さん、本当にヴァンパイアになっちゃったの?」
「……わからん。今のところ何も変わったところはないようにみえるけど」
「変わったよ。なんでこんなに体温が冷たいの?」
レオナルドはウィリアムを恥ずかし気もなくぎゅっと抱きしめる。
抱きしめられたレオナルドの腕からは、生気あふれる人間らしい温かさが伝わってきて、なんだかとてもおいしそう……。
このまま食べてしまいたいくらいに……。
そう考えてウィリアムは頭を振った。
なんだって?
おかしい。
弟なのに、おいしそうだって?
オレはどうかしちゃったんじゃないか?
今までレオナルドの側にいて、「可愛い弟」「格好いい弟」と思った事はあっても「食べたい」とは思わなかった。
もしかして、これがヴァンパイアになったと言う事なのか?
ウィリアムは自分の考えが恐ろしくなって、抱きしめられたレオナルドの腕を振り払った。
「兄さん……?」
「レオ、オレから離れてくれ」
「どうしたの?兄さん!」
……ううっ……
なんだか自分の身体が変だ。
レオナルドを見て「食べたい」と思った瞬間、胸の奥底が焼けるように熱くなり、薄暗い中に浮かび上がるレオナルドの柔らかそうなほっぺや、しなやかな首筋につい、目がいってしまう。
「兄さん……?どうしたの?」
……うう……うう…
ウィリアムは苦しそうなうめき声を上げてはぁはぁと息を荒げる。明らかに様子がおかしいのを、突き飛ばされたレオナルドは心配してウィリアムの側に寄る。
「いいから離れろ。お前とはもう二度と会わない。オレの事は忘れてくれ」
「なんで急にそんな事言うの? ボクの兄さんは、兄さんだけだよ!二度と会わないだなんて」
レオナルドは再びウィリアムを抱きしめようと、エドワオードの肩を抱こうとした。
「こっちに来るな!」
ウィリアムにピシャリとそう言われると、さすがのレオナルドも広げた両腕をぎゅっと握りしめ、空を掴む。
ウィリアムは上唇の裏側がむずむずとかゆくて仕方が舞い。先程から続く胸の奥の熱い痛みは、更にひどくなり、喉が渇いて体中から枯渇するのを感じる。
「だめだ。オレに近づくな。でないと……オレは……」
人間だった時は感じなかったが、薄暗い中でもウィリアムの目がよく見える事に気づく。
心配そうな瞳のレオナルド。
その体の回りには、エナジーの炎がゆらめいていて、それだけでとても魅力的に見える。
あの柔らかな首筋を一かじりしたら、どんなに美味しいだろう。
ウィリアムは形のよい唇をゆっくりとしたなめずりした。その様子を横でみていたハイデリヒはさも満足げな顔をして、ほほえみを浮かべる。
「ほう。ウィリアムさんも感じるんだね。やっぱり僕が見込んだだけのことはある人物だよ。貴方の弟さんはさぞ魅力的だろう?」
「……お前……」
思考を読み取られたのが悔しいのか、ウィリアムはハイデリヒに反抗的な目を向けた。



to be  continued……




10




「な、なんで僕がここに……?」
訳がわからず動揺してレオナルドが上げた声で、ハイデリヒに抱きかかえられ、気を失っていたウィリアムが気がついた。
「……レオ?」
「兄さん?どうしたの?」
レオナルドは急いでハイデリヒからウィリアムをもぎ取ると、大事そうに抱きしめる。
だが、なぜか兄の体は氷のように冷たかった。
「冷たい……」
なんでこんなに冷たいのかレオナルドが尋ねようとすると、ウィリアムの声に遮られた。
「本当にレオなんだな?」
「何おかしな事言ってるの? 僕は貴方の弟のレオナルドだよ」
「……よかった」
あからさまにほっとするウィリアムの顔を見たハイデリヒは小さく舌打ちする。
「貴方の弟なの? 兄弟再会ってわけか。でも残念だね。お兄さんは僕の仲間になったんだ。もう君には会えないよ」
「仲間? 兄さん、どういう事?」
「……やっぱり……さっきのは夢じゃないのか」
「夢にされては困るね。さっきも説明したでしょう? もう貴方は人間じゃない。僕と同じヴァンパイアなんだ」
「ヴァンパイア? 兄さん! どういう事なの? 何をされたの?」
凄い剣幕で、レオナルドが捲し立てる。
「何って……突然コイツがオレの目の前に現れて……それからキスをされて……。なんか首のあたりが痛いと思ったら全身が痛くて痙攣を起こしてそのまま……」
「キスされたの?」
「キスって言ってもだな……」
レオナルドに言い詰め寄られて、しばし困り果てるが、次の瞬間、ウィリアムの唇に暖かくて柔らかい感触が伝わった。
目を閉じる間もなく、レオナルドがウィリアムに自分の唇を重ねると、重ねた所から自分の体温が奪われているくのがわかった。
冷たい。
ウィリアムの唇も、柔らかな頬に触っても、氷のように冷たかった。
「……レオ?」

レオナルドが自分にキスをしている。そう自覚すると、ウィリアムが今まで弟に対して抱いていた想いが何だったのか、やっと自分で納得がいった。
……そうか、オレはコイツの事が好きだったんだ。
弟なのはもちろん、
人間として。
恋愛対象として。
そう考えると、いままでもやもやとして、自分の気持ちになんと名前をつけてよいものかわからなかったものが、やっと腑に落ちた。
いままでレオナルドに対して何か思う事があっても、そっち方面には疎い自分は、自動的に「オレの弟」とだけ考えるようにして、自分の気持ちに気づかない振りをしてきた。
けれどもう遅い。自分は人間でなくなってしまった。ヴァンパイアになって自分の本当の持ちに気づくなって、なんて間抜けなのだろう。


to be  continued……








「ヴァンパイア?」
なんだって?
吸血鬼?
そんなモノ、本当にいるのか?
ウィリアムは全身に痛みを感じながら、朦朧とする意識の中で考える。
ヴァンパイアなんかになったら、レオともう一緒にいる事が出来なくなるんじゃないのか?
もう二度と会えない?
段々と意識が薄れる。
痛みで痙攣を起こしながら、ウィリアムは床をのたうちまわった。
嫌だ。そんなのは絶対嫌だ。
今までだってずっとアイツと一緒だったんだ。これからもずっと一緒にいたい。だってオレはレオナルドの兄なのだから。
……レオ……
……もう一度会いたい……
脳裏にレオナルドとの思い出が走馬燈のように思い出される。床に転げてうめき声を上げながら、レオナルドの名を呼ぼうとしたが、すでにそれは声にはならなかった。
頬に一筋涙を浮かべたのを最後に、ウィリアムは意識を失った。
ハイデリヒは床で転がったままのウィリアムに近づくと、頬をそっとなでる。真珠のような涙が一粒、ハイデリヒの手を濡らし、それがウィリアムの美しさを余計に引き立たせている。
「本当に貴方は可愛い人だね」
ハイデリヒはウィリアムを抱きかかえ、自分の寝室へ運ぼうとゆっくりと立ち上がった。





「兄さん!どこにいるの?兄さん!」
ハイデリヒが抱きかかえたウィリアムを、寝室へ運ぼうとしている時だった。
レオナルドがウィリアムの名前を呼びながら、食堂へ入ってきた。
「誰かいるの?」
薄暗くてレオナルドには、ハイデリヒの姿が見えないのだろう。
かろうじて気配だけで誰かがいるのはわかるものの、薄暗い中に浮かび上がるシルエットが兄のものではないとわかったレオナルドは、警戒して尋ねた。
「誰? 兄さんじゃないね?」
見つかってしまったものは仕方がない。この場で殺すか、仲間になってもらうか二つに一つ。
ハイデリヒはどちらにしようか瞬時に悩むが、可愛いこの人との仲をじゃまされたくないような気もする。ならば始末するか……。
「君は誰なの?」
物怖じせずレオナルドがハイデリヒに近づくと、ようやく光の加減で気がついた。
「うわぁ!」
レオナルドが驚くのも無理はない。
自分そっくりの青年が、兄を抱いているのだから。


to be  continued……