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一期一会

本も人の出会いも一期一会。時々読者、時々物書き。好きな本やコミック感想を中心に、日常のつれづれと共につぶやいていきます。

第二章 ラブレター


<ルーク・クリフォードside>







 次の日の放課後。
 ホームルームも終わり、一旦、物理室で待ち合わせたクリフォード兄弟は、クラブのメンバーに「兄弟で先生に呼ばれたから」と言い訳し、ルークの靴箱が見える位置の昇降口の階段下の隙間に身を隠した。
「もし、相手が現れなかったらどうするの?」
 ルークがビリーに問いかけた。
「いいや、絶対に現れる。もし見かけたら、オレは正面から、お前は後ろから相手を逃げないよう見張り、相手を確かめるんだ。いいな?」
 口調はまるで、犯人逮捕を部下に指示する刑事のようだ。
「兄さん、それじゃまるで犯人を逮捕するみたいだよ」
「まあ、似たようなもんだ」
 すっかり犯人を突き止める刑事になったつもりのビリーは、意気揚々と隠れた。
 そんな会話を交わしながら待つこと約一時間。ようやく他の生徒も帰宅をするか、部活に行くかで昇降口に人影がなくなった。
「暗くなってきたな」
「うん。それに、ここちょっと寒いよね」
「付き合わせてわりぃ。もうちょっと我慢しろ。こうすれば寒くないか?」
 コンクリートの上に直貼りになったリノリウムの床は冷たい。床の上に体育座りで待つルークの足の間に、遠慮なくビリーは入ってくる。そう、いつもルークがビリーに甘える時にとるようなポーズだ。
「兄さん……」
「ルークはこうすると機嫌がよくなるからな」
 もう……この人は。
 まったく自覚していないのにもほどがある。
 ルークがビリーを恋しすぎて、たまにスキンシップとるポーズを、ビリーは子供がだだをこねた時に母親機嫌をとるようなものだと解釈しているのだ。
 形のよい兄の後頭部と、自分と同じ艶やかな金髪が急に目の前に現れ、ビリーのにおいがルークの鼻孔をくすぐる。
 自分より一回り小さい学ランの背中を見ると、つい後ろから抱きしめたくなる衝動にかられる。
「兄さん、それってボクがまるで小さな子供みたいじゃない」
「だって実際そうだろ? ナリはオレよりデカくなってるクセに、いつまでたってもお前は甘えん坊なんだから」
 ビリーは当たり前のように言うと、後ろに座るルークに、座椅子のようにもたれかかった。
「もう……兄さんたら」
 いつも俺様な態度ばかり取るけれど、それはポーズで、弟想いの優しい兄さんだ。ルークはビリーの態度は嫌ではなかった。
 その時だった。
 誰もいない昇降口の階段下で、ビリーとルークが待ち伏せしていると知らない手紙の相手が姿を現した。誰もいなくなった昇降口に、足音のしないように現れた相手は、ビリーの靴箱の前にやってくると左右を見渡し、素早く手紙を放り込んだ。
「兄さん。あれ……」
 ビリーも、ルークも動けなかった。想像していた相手と、まったく違ったからだ。
「ルーク。どうしよう」
 きっと手紙の相手は女子生徒だと疑わなかったのに、手紙の相手は男子制服を着ていた。しかもビリーとルークのよく知る相手だ。
「兄さん、どうするの? 捕まえる?」
 心なしか、ルークの声が震えている。
「まさか。捕まえることなんてできないだろ」
 結局、男子生徒がビリーの靴箱の前から姿を消すまで、二人は動けなかった。
 手紙の相手は物理研究クラブの新入部員である三年生の男子生徒だった。ビリーとルークからすると、新入部員とはいえ、自分達の先輩にあたる人。
 中学生の縦割り社会は絶対だ。
 スポーツ部ほどではないけれど、少なからず後輩は先輩に逆らえない風潮は、物理研究クラブでもあったので、手紙の相手が先輩だと知って声をかけるなど出来なかった。
「兄さん……どうするの?」
 ビリーは何も言わなかった。
 ただ、黙って困った顔をしていた。
 きっと相手は女の子だと思っていただろうし、相手はビリーのよく知る相手だ。断るにもどう話を切り出してよいか悩むだろう。ルークは自分に置き換えてみても、きっとビリーと同じ反応しかできないだろうと考える。
「どうも出来ないよね……」
 結局、その日はクラブに顔を出すのも躊躇われ、クリフォード兄弟は黙って帰宅した。



to be  continued……

第二章 ラブレター




ルーク・クリフォードside





 それから毎日、差出人名のないラブレターは届いた。
 流石に便せん五枚もの長文に渡るものはなかったが、文字からするとおそらく同じ相手だと推測できた。
「なあ、ルーク。オレはからかわれていると思うか?」
 手紙が来るようになって一週間ほどした頃、ビリーはルークに相談した。
「ボクに聞かれても困るけど……。でもそんなに熱心なのだから、からかわれているのとも違う気がするけど」
 ルークもどう答えてよいかわからなかった。
 なんとなく気味が悪いような気もするし、もしも相手が本気でビリーが好きなのなら、嫉妬心がわかないでもない。
「気になるのなら、先生に相談してみる?」
「馬鹿! こんなこと、先生になんか相談できるかよ」
「なら、兄さんが手紙を書いてみれば?」
「手紙?」
「だって兄さんは断りたいんでしょ? 名前も名乗らず、手紙が毎日、靴箱に届くのなら、せめて名前を教えてくれるか、手っ取り早く辞めて欲しいと書いて入れておけば?」
「おお! ルーク。お前、頭いいな!」
「こんなの褒められたって仕方ないけど――」
 ルークにしては、ビリーが早く相手を知り、断ってくれて、いままで通り自分だけの兄でいて欲しいと願うアイデアだったのだが、そんなに褒められるとは思わなかった。
 ルークの気持ちを知ってか、知らずか、ビリーは単純に喜んだ。
「よし、その手で断ろう」
「上手くいくといいね。兄さん」
「おう」
 ビリーは次の日、さっそく差出人不明の相手に断りの内容の手紙を書いて靴箱に入れた。
「どうだった? 兄さん」
 手紙を入れた翌日、クラブが終わって帰宅しようと昇降口に下りてきたルークは、自分の靴箱の前で仁王立ちになっているビリーに声をかけた。
「また入ってる」
「え? 入ってる? 兄さんの手紙は? もしかしたら気づいてないのかも」
「いいや、オレの書いた手紙はなかった。昨日帰りにそれは確認したんだ」
「昨日手紙は届いたの?」
「見たらオレの手紙は無くなっていて、手紙も入っていなかったからたぶん読んだのには間違いない」
「じゃあ、今入っている手紙は同じ人が諦めないで入れたってこと?」
 ビリーは急いで手紙の封を切り、中身を確かめてみる。文字からすると、やはり同じ人からのようだ。
「たぶん……同じヤツだと思う」
「諦めきれなかったのかなぁ。相当兄さんの事が好きなんだね。一歩間違えればストーカーかも」
 ルークがからかうように言うと、ビリーは「おい。脅かすなよ」と、本気で怒った。
「脅かしてはないけど。どうするの? 兄さん」
「どうするのって……」
 おそらく、ビリーは相手から好意的な返事が続けてくるとは思っていなかったのだろう。悪戯ならば、かなり相手は根性のあるヤツだ。ルークも、少し用心したほうがいいのかも。と、心の奥で覚悟する。
「ストーカーなら、先生か警察に相談してもいいと思うけど」
「でもまだストーカーだと決まったわけじゃないし。第一、相手の女の子が可愛そうだろ」
 こんな時でも、相手を思いやるビリーが憎らしい。近くにいるルークの気持ちなど、気づいてもいないくせに。と思うと、苦言の一つも言ってやりたくなる。
「へぇ。兄さん、随分優しいんだね」
「お前、オレのこと、からかってるのか?」
 鋭い目を向けるビリーは、本気で困っている顔だ。少し、言い過ぎたかも。と、ルークは素直に謝った。
「ごめん。別にそんなわけじゃないけど……」
「わかった。こうなったら、相手が誰か確かめてやる!」
「えっ? どうやって確かめるの?」
「手紙は毎日、靴箱に投函されている。おそらく放課後、オレがクラブに行っている間、誰かがこっそり手紙を入れているんだ」
「まあ……きっとそうだろうね」
「明日、クラブに行く振りをして、待ち伏せする。お前も付き合え」
「え? ボクもなの?」
「文句あるか?」
 ルークだって差出人が誰だか気になるところだが、待ち伏せしてみる発想はなかった。
「いや……それはいいけど……。突き止めてどうするの?」
「はっきり止めてくれと言う」
「そう……」
 ビリーの手紙の犯人相手を探すのに、付き合わされるハメになったルークの気持は複雑だった。
 相手が誰だろうとビリーを好きだと言うのは、共感できなくはない。だが、それを突き止めて面と向かって「止めてくれ」と言われる女の子の気持ちを考えると、いたたまれない気もするし、相手には可愛そうだが、早く断って、自分だけの兄であって欲しいとも思う。
「嫌なのか?」
「兄さんのことだから、嫌だと言っても、付き合わされるんでしょ」
「さすが弟だ。よく判ってるな」
「まあ……ね」
 苦笑いするルークの気持は、きっと永遠にビリーには判らないだろう。心の中でため息をつきながら、ルークはビリーの手紙の差出人相手探しに協力する事となった。


to be  continued……




第二章 ラブレター


<ルーク・クリフォードside>



 いつものようにクラブが終わって帰宅しようと、ビリーが昇降口の靴箱の扉を開けると、一通の手紙が入っていた。状況からすると、ラブレターのようだ。封筒の裏も確認してみたけれど、差出人の名前はなかった。
「兄さん、帰ろう」
 中身を確認しようとしていた所にルークに声をかけられ、一瞬、ビリーは弾かれたように肩を上げた。
「どうしたの?」
 手紙らしきものを手にしているビリーを見付けたルークは、すぐに今の状況から事を察したが、特に驚かなかった。同じような経験のあるルークは、「相手は誰なの?」と尋ねた。本来、ルークに隠し事をしないビリーは、正直に返事をした。
「わからん」
「え? わらからないの?」
「差出人名がない」
「中身見たの? 封筒になくても中に書いてあるかもしれないじゃない」
 ビリーはルークのいる前で、ビリビリと封筒を破くと、手紙を広げた。
 白い無地の便せんに五枚にもわたり、丁寧な文字でビリーに対する気持がつづられているもの、最後まで読んでも名前は一言も出てこなかった。今までに、ラブレターを貰った経験は何度かあるけれど、差出人の名前がないのは初めてだ。
「名前がない。もしかしたら、相手を間違えたんじゃないか?」
「うーん。どうだろう。便せん五枚にも渡って書くくらいの相手なのに? あまりに一生懸命、恋文を書いて、うっかり名前を書くのを忘れちゃったのかなぁ」
 ビリーはラブレターを書いた経験がない。ルークのいうように、うっかり名前を書くのを忘れたりするものだろうか。けれど、いくら名前の書かれなかった想像してみても、相手がわからなければ返事のしようもない。
 年頃のビリーにとって、女の子が気にならなくもないが、正直、今は女の子と付き合う時間があったら、勉強や好きな研究についてルークと話している方が楽しいと思う。そのせいか、今まで交際を申し込まれたことや、手紙を貰ったことは何度もあったが、全部断り続けていた。
「どうするの? 兄さん」
「どうするって。断るにも相手がわからないんじゃな。そもそも今は女の子と付き合うつもりはないし」
 ビリーは、淡々と答えた。
 なんだ。それだけか。
 ビリーの返事を聞きながら、ルークは心のどこかで、違う心配をしていた。

to be  continued……




第二章 ラブレター


<ルーク・クリフォードsaide>


    2
 同じ中学校に通うクリフォード兄弟は、物理研究クラブという部活に所属していた。部員はクリフォード兄弟を含めて四人。
 中学校では、部員が五人になると正式に『部』として認められており、現在物理研究クラブはあくまで『クラブ』でしかない。

あと一人、部員のメンバーがそろえば正式にクラブから部へ昇格できるのだが、物理研究などと言う少し特殊な趣のクラブに、そうそう入部しようとする輩はいなかった。
 中にはクリフォード兄弟のファンらしい女子が何度か入部しようとしたのだが、入部して一週間もしないうちに辞めていってしまう。
 なぜ辞めてしまうのか兄弟には理由はわからなかったが、影でクリフォード兄弟ファンクラブなるものが存在しており、兄弟に抜けがけで近づくものは、学校中の女子のイジメ合うという風の噂は耳にした。けれど、実際それを確かめる術も証拠もなく、ずっと物理研究クラブのメンバーは、クリフォード兄弟を含む男子四人のままだった。


     *


 そんなある日だった。めずらしく物理研究クラブに入部したいという男子生徒が現れた。
 入部希望者が女子ではなく男子だと聞いた部員は、今度こそ『クラブ』から『部』へ昇格できると喜んだ。
 部に認められれば、部費と部室が貰える事になる。今まで自腹だった研究費も、部費でまかなえるのだ。好きな研究だからと言って、中学生の微々たる小遣いの中から研究費を捻出するのは、そう容易いことではない。


「なあ知ってたか? 今度の新入部員って、三年生らしいぞ」


「なんで三年生になって、入部するんだろうね」


「受験勉強は?」


「入部してすぐに辞められても困るけどな」


 物理研究クラブの面々の間では、新入部員が三年生だと聞いて、疑問の声が上がっていた。
 クラブのメンバーは、今のところ三年生の部員が二人、二年生のビリー、一年生のルークである。これから部員を勧誘するのなら、当然、一年生、もしくは二年生を入部させたいところだ。
 中高一貫校の学校ならまだしも、この中学校は普通の公立中学校である。三年生ともなれば受験もあるし、あと半年後に控えた卒業を目の前にして、今更入部をしたいと希望するのは通常ではあまり考えられないことだった。
 だが、背を腹にはかえられない。
 半年でも部に在籍してもらえれば、クラブは部に昇格できる。部員のメンバーは疑問に思いながらも、時期はずれの新入部員の入部を喜んでいた。


to be  continued……


第二章   ラブレター 


<ルーク・クリフォードside>



「どうして兄さんはいつもそうなの?」
「オレの知った事か!」
「もう……そうやっていつもごまかすんだから!」
「お前こそ、どうなんだよ。オレより貰っているんじゃないか?」
「そんな事ないよ。ボクのことはいいの。兄さんはどうするの?」
 兄弟喧嘩はいつものこと。
 ただ、今回は少しばかり状況が違っていただけ。
 ビリーがルークに、文句を言うのも判らなくはなかったが、そう易々とは謝りたくなかった。本当はそんな事を言いたくはないのに。つい、照れと、常日頃のやり取りが身に付いていて、条件反射で軽口を叩いてしまう。
 ビリーは返事をしないまま、手にした手紙をぎゅっと握り締めると、踵を返して部屋を出て行った。文句を言う代わりに、バタンと大きな音をたてて、扉を締めた。
 後ろ姿をを見送ったルークは、一人後悔していた。どうしてビリーにあんなことを言ってしまったのだろう。これでは、ただのヤツあたりだ。
 喧嘩の発端は、約十日前に遡る。
    *
 両親のいない兄弟は、とある施設で暮らしている。
 今年から中学生になる弟のルークと、一つ上の兄のビリーは、施設でも、中学校でも、本人の意図しないところで注目を浴びることが多かった。理由は二つある。
 一つめの理由は、二人とも学年一秀才で、勉強がよく出来たこと。二つめの理由は、日本人ではなかったからだ。
 金髪に碧色の瞳。兄弟そろってモデルだと言っても過言ではないくらい、美形な顔立ちをしている。スポーツも得意で勉強もできるとなると、田舎町の公立の中学校で、目立たないはずはなかった。
 特に女の子の間では、いつも話題にのぼらない日はない。
 兄のビリーだけでも十分目立っていたのに、弟のルークが中学に入学したとたん、それは加速度を増した。
 兄弟ともラブレターの類は吐いて捨てるほど貰っていたのは、言うまでもない。直接女の子に呼び出されて告白される事も少なくなかったが、ビリーもルークも、今は他にやりたいことがあるからと、特定の女の子と付き合うような事はなかった。



to be  continued……

第一章 自覚


ルーク・クリフォードside


    4



「ルーク。そろそろ戻らないと、朝メシ食うヒマがなくなるな」
「……そうだね」
 ルークは、名残惜しそうに兄に回した手をゆっくりと離した。
「大丈夫か?」
 心配気に自分の顔を覗き見る兄の顔。ルークは額にかかるビリーの髪を直す振りをして、優しくキスを落とした。
「おい……」
 不意に弟からキスされて、恥ずかしがっていいものやら、怒っていいものやら困った顔をしている兄の顔がとても愛しく思える。
「別にいいでしょ。おでこなんだし」
 当たり前のようにサラリと言うと、ビリーもいちいち怒るのが馬鹿らしくなるようだ。けれど、黙って受け入れるのも癪らしく、必ず揚げ足をとるような発言をするのが常だった。
「なんだよ、お前、さっきまで泣きべそかいてたクセに!」
 ビリーは恥ずかしくなったのか、後ろに座ったままのルークを砂浜に押さえつけた。
「わっ。何? 兄さん。もう、砂だらけになっちゃうじゃない」
「お前がいらんことをするからだ」
 一瞬の隙をついてルークが先に起きあがると、ビリーをそのままの状態にしたまま、一目散に駆け出した。
「おい! まてよ。ルーク!」
「お腹すいたから、先に行くよ!」
 誰もいない砂浜に、兄弟の元気な声が響き渡る。
 走りながらルークはいつも思う。
 ビリーの弟でよかったと。
 自分の兄がビリーのような人でよかったと。



to be  continued……


第一章 自覚


ルーク・クリフォードside






 ぴったりと体を、ビリーの体に添わしていると、少し高い体温が、じわじわと伝わってくる。
 ルークにとってはこれが唯一の癒しの時間であるが、最近ではそればかりでないことを、自覚し始めていた。
 ビリーの高い体温がゆっくりと伝わり、上昇していく自分の体温と共に、高鳴っていく心臓。
 この状況と、この気持ちに、何と名前をつけてよいものかわからないけれど、ルークは今の状況が嫌ではなかった。いいや、嫌というより、むしろこの状態が大好きだ。
 後ろから抱きしめた時のビリーのうっすらとつき始めている背中の筋肉や、まだ少年らしい華奢な首筋から肩のライン。最初はなんとも感じなかった兄の体つきも、ルークはとても気に入っていて、最近ではそれを一つ一つ確かめるように、ゆっくりと抱きしめる。
 時間があればビリーとずっとこうやっていたい。けれど、いくら兄弟だからといって、けしてもう幼くはない自分たちが、寂しいからという理由だけで、どこでもこんな体勢をとるのは、周りの人に何と思われるかわからない。
 最初は確かに寂しいからという理由でとっていたルークとのスキンシップも、最近では寂しがっている振りをして、自分から誰もいない時間帯、誰もいない場所を選んでは、兄とのこういったひとときの時間を共有するのが、ルークにとっての嬉しいひとときであった。
 きっと弟思いのビリーは、ルークがこんなことを考えているとは夢にも思わないだろう。
 時々、良心が痛まなくはないけれど。
 今のルークには、それ以上にビリーとこうしていたいという欲求が大きくて、確信犯だとわかっていても、一時的に寂しがりやの弟だとビリーに見せることで、自分を受け入れてくれる。それがとても嬉しくてたまらない。
 ルークは、純粋に心配してくれる弟思いの兄の気持ちを利用しているのは重々承知の上だが、自分が兄に依存する気持は押さえられず、今日もまた寂しがりやの弟を演じている。
 確かにビリーに対してだけは、甘えん坊だよなと思う。
 悪いと思うけれど、どうにもしょうがない。
 柔らかなビリーの金糸の髪に顔をうずめて、ルークは思いにふける。
 このまま、二人だけになってしまえばいいのに。そうすればいつでもどこでも、こうやって兄と抱き合えるのに。
 段々と周りが明るくなり、カモメの鳴き声と共に朝がやってくる。ビリーとこうしていれるのも、あとわずか。今度はいつ、兄を抱きしめる事ができるだろう。
 ルークの頭の中は、いつも兄と一緒にいること、兄を抱きしめることで一杯で、本当は学校や施設の生活などどうでもよいのだが、まだ小学生である自分には何もできない。
 早く大人になりたいと切実に思う。大人になれば、二人だけで生活できるのに。子どもである自分は、なんて無力なのだろうと、何度考えたかわからなかった。




to be  continued……





第一章 自覚


ルーク・クリフォードside


     2


 ビリーとルークには両親はいない。
 イギリス人の両親は、結婚してすぐ来日した。父はルークが生まれるとすぐに蒸発し、代わりに母が女手一つで兄弟を育てていたが、過労のせいで無理がたたったのか、流行り病にかかるとあっけなくこの世を去った。
 両親もおらず、日本に身よりのなかった兄弟は、施設で生活することを余儀なくされた。
 両親がいない寂しさは、幼い兄弟にとって否めなかったが、互いに兄弟が一緒にいることで、ずいぶんと救われた。
 施設の生活は、想像していたよりひどいものではなかったが、田舎のせいか、金髪碧眼の上、この容姿と、優秀な頭脳のせいでいつも特別扱いされ、自分たちの意思とは違うところで目立ってしまう。結果的にはイジメに合うか、徹底的に無視されるかのどちらかだった。
 ビリーと一緒なら、両親がいなくとも、日本人でない外見を周りの人のいろいろいわれようとも、田舎の施設暮らしがつまらないとも我慢出来る。
 本当は、寂しくて目が覚めた。
 心配するからと、二人きりの家族である兄でさえ寂しいと話せないでいるけれど、行動や言動は粗野な癖に、ビリーはいちいち説明しなくても自分のことをわかってくれる。
 これが両親もおらず、友達もろくにいないルークには、どれだけ心強くて嬉しいものか。言葉にはできないくらい、いつもビリーには感謝していた。
「相変わらずお前はここが好きだな」
 ビリーはどっかりと砂浜に腰を下ろすと、独り言のようにつぶやいた。
 両手を後ろにつき、東の海が白み出すのを仰ぎ見る。ルークはビリーの座わったすぐ後ろに腰を下ろすと、兄を包み込むように肩に後ろから手を回し、そのまま抱きしめた。
「……ルーク?」
 ビリーが後ろのルークに声をかけたが、返事はなかった。
 ビリーは砂浜についた手を、ルークが自分の首と肩に回した手にかけようとしたが、思い直したように、その上に優しく手を重ねた。
「寂しいんだろ。オレにまで意地を張ることないぞ」
 病死した母を亡くして三年以上経つ今では、あからさまに人前で泣くことはなくなったけれど、普段、優等生で頑張っているルークは、時に糸が切れたように甘えたくなる。
 こんな時、何もいわなくても、ビリーはルークの頭をなでてくれるとか、黙って抱きしめてやるとか、何かしらスキンシップをとってくれる。
 どうして、こんなに自分の気持ちがわかるんだろう。と、不思議に思うくらいだ。
 ビリーに慰めてもらうと、とたんに穏やかな気持ちなる。知らず、知らずのうちに、落ち込んでいる時は慰めて欲しくて、黙って行方をくらましてしまう。
 悪いなと思うけれど、必ずビリーを見つけ出してくれるので、二人だけのスンシップは、暗黙の了解だった。
 ただ、ここ一、二年くらい前から、ルークの方が背がぐんぐんと伸びていて、幼い頃のように頭をなでてやるにはどうも具合が悪い。
 最近は、寂しい時には後ろ側からルークが抱きついてくることが多くなった。
 泣き顔も見せたくないし、スキンシップもとれるこの体勢は、ルークにとって好都合だった。
 少々、抱きかかえられてる感が否めないのか、ビリーは文句を言うけれど、必ず最後は、「オレは兄ちゃんだからな」と言い訳しながらも、ルークの好きにさせてくれる。
「兄さん……ごめん。しばらくこうさせて」
 少し涙声のルークの声に、ビリーは黙って頷いた。
 いつものことだ。しばらくこうしているだけで沈んだ気分が浮上してくる。
 両親のいない兄弟の兄としての自覚が十二分にあるビリーにとっては、それが当たりまえのように思えるのか、ルークの気が済むまでじっとしていてくれるのがありがたかった。
「兄ちゃんの前まで、我慢するな」
「……うん」
 ビリーは慰めようと、肩の上にある短いルークの髪を、優しく撫でた。


to be  continued……



*room number 213の番外編


第一章 自覚



<ルーク・クリフォードside>




誰もいない海。コバルトブルーに染まった海と空に、薄くカッターをいれたように、少しずつ境界に線が入っていく。間もなく陽が昇る。
 この瞬間が、心地よいと思う。
 真っ暗でもなく、明るすぎるわけでもない。空と海とが、互いに影響し合い、存在のありかを分かち合っている気がする。まるで自分と兄のように。
 ルーク・クリフォードは、何処までも続く水平線の先が段々と明るくなるのを見届けると、ようやく重い腰を上げようと立ち上がった。
 砂浜に直に座ったものだから、ズボンは砂だらけだ。
 施設のオバサンに見つかったらまた小言を言われるかもしれない。念入りにズボンを叩いていると、遠くに自分の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
「ルーク! ルーク! いるんだろ?」
 声の主はビリー・クリフォード。ビリーは、今年地元の中学に上がった一つ違の兄で、ルークの唯一の家族だ。おおかた朝起きて、ベッドにルークの姿が見えないのを心配して探しにやってきたのだろう。
 ルークが今いる場所は、小高い砂浜に古びた木造の小屋の影になり、声のするほうからは直接見えない。
 ルークは返事をしようと思ったが、こんな時間にここに居るのは自分くらいだし、そのうち見つかるだろうと、黙ってそのままの状態でビリーを待った。
 しばらくすると、砂を蹴るような音が近づいて来た。
「もう、いるんなら返事くらいしろよ!」
「ごめん、兄さん。よくここがわかったね」
「あたり前だろ? オレはお前の兄ちゃんだからな」
 走って来たのか、兄のビリーは、はぁはぁと少し肩を上下させ、上気した顔で当たり前のように返事をすると、急に深刻な顔つきになった。
 泣きそうで、半分笑いかけたような顔。ルークの顔を見たからかもしれない。
「どうした? またイジメにあったのか?」
 神妙な顔つきの奥には、心配と安堵が混ざり合う。心の触覚を研ぎ澄まして、ビリーはルークの顔をのぞき込んだ。
 サラサラな金髪が、海風でなびく。自分と同じ碧い瞳がじっとこちらを見ている。
 ルークは何か言おうとしたが、喉まででかかった言葉を無理矢理飲み込んだ。
「別に」
 ぶっきらぼうに答え、ルークは水平線の彼方を見つめた。
「隠さなくったっていいぞ。心配ごとがあるのなら、なんでも兄ちゃんに言え」
「兄さんこそ、大丈夫なの? 中学校でいろいろ言われているんじゃない?」
「お前に心配されるようなら、兄ちゃんもおしまいだな」
 にっと笑ったビリーの顔に、昇ってきた朝日が当たり、首のラインぐらいまで伸びた金髪がきらりと光る。
 素直に美しいと思う。ルークはビリーの顔も、自分と同じ色をした髪も瞳も大好きだ。ビリーの笑顔を見ていると、どんなにクラスでイジメられようとも、大概の事は忘れられる。



to be  continued……


本日、第9回 ミステリーズ! 新人賞の二次結果が発表になりました。


結果は、残念ながら二次落ち。


通過した方、おめでとうございます。


今年は応募数が例年より多く、第三次まで審査があるらしい。


去年も二次落ちしたんだよなぁ。


また、来年頑張ります!