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妊娠の神様に嫌われた女

妊活中の成果はいつも天文学的に悪い方の数字を引いてしまう。受精•着床不全、初期流産、子宮奇形…そして染色体異常の我が子を中期中絶。そんな私に不妊治療を続ける資格はあるのだろうか。

先にこのテーマを書くべきだったかもしれない。ある方から有難いコメントをいただき、反省。

ブログに旦那のことを書くときはムカついた時。良いことなんて書かない…愚痴ばっかり。

しかも悪い部分をクローズアップして書くから、ブログを読んだだけの人からみたら、本気で最低な旦那に見えるはずだ。


【夫婦の関係性】
”基本的” には良好。イチャイチャラブラブなカップルではなし、セックスレスだけど、自他共に仲が良い夫婦で通っている。

毎日駅への送り迎えをしてくれ、出張時は必ず新幹線が停車する駅まで迎えに来てくれる。

なぜ ”基本的には” と書いたかと言えば、当然ながら意見の食い違いや、大喧嘩をすることだってある。そのビハインドが大きすぎるのが私達夫婦。

ただし、今、旦那に離婚を検討してもらっている。両家を巻き込んで。『羊水検査をする=陽性なら堕胎』と決めた時から、こうすると決めていたので。…どうなるかはわかりませんが。


【旦那の性格】
筋肉バカ…あ、これは性格ではないか。自分大好き人間。彼曰く「自分を好きになれん奴は、他人を好きになんかなれん」。当然プライドが無駄に高い。

調べ物が好きで、知らないことがあるとパソコンに張り付いていつまでも調べている。これも無駄に雑学王。

感動しぃでテレビを観ながらよく泣いている。動物モノや子供の病気モノは、特に弱く涙鼻水のオンパレード。

素の時はほんわかしているけど、怒りの沸点が短く、大声を出してキレてますアピールをする。物にあたる。素とキレ時の差がありすぎる。ネチっこい、女々しい、嫉妬深い、被害妄想癖がある。

…ダメだ、悪口ならいっぱい書けるのに、いいところが出てこない。


【旦那の家事への感化】
食事の買い物は一緒に行く。体型がガチムチで筋肉があるので、スーパーの袋は全て持ってくれる。料理も上手いし、よく作ってくれる。お掃除グッズが好きなので、たまに大掃除もしてくれる。

仕事上、配線関係が強いので、家の管理は完璧。作業着など洗濯物が多いので、自分のものは進んで洗濯機を回して干す…たたむのは苦手。

まぁ、一家に一台タイプ。


【旦那の仕事と弱点】
自営業。国家資格を要する特殊な仕事をしているので単価はよい。だけど毎日朝から晩までコンスタンスに仕事がある訳ではないので、高給取りにはなれない。

収入に波があり、ある時は何百万も儲けるけど、ない時はゼロに近かったりするので安定しない。

恐らくこれが彼のコンプレックス。

お金(稼ぎ)のことを言われると、一気に逆上する。「休み?仕事探してでも働けよ」なんて言おうもんなら…恐ろしくて書けない。


【旦那の暴力性】
筋肉バカのデメリットは、その力の使い道を間違った時。今は治まっているけど、椅子を振り回す、物を投げる壊す…など手がつけられない。加えて暴言。

身体的な暴力でなくても『DVだ』と知ってから、誰でもする『物にあたるレベル』に落ちついた。

一時はDVレベルが酷く、離婚直前にまでなった。だから未だに、いつエスカレートするかドキドキしてしまう。本当によくここまで落ち着いたもんだと感心する。協力してくれた関係者には頭が上がらない。


【旦那と不妊治療】
これは書きたいことがいっぱいあるから別枠で。


…つづく。


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毎日涙が出る。
苦しんで当たり前だし、もっともっと苦しまなきゃいけないんだとも思う。


風の気持ちいい季節。

窓を開けると、子供達が走り回って遊ぶ声、プラスチック性の車のカラカラ音、赤ちゃんの泣き声が聞こえる。


つい最近まで、そんな声達が可愛らしくて仕方がなかったし、どれほど温かく優しい気持ちになっていたか。


今は…ただただ涙が出る。


何度も心が折れた不妊治療中でも、小さな子供を見て泣けることや『見たくない』『聞きたくない』なんて思わなかった。


「私もいつかは…」と、
憧れの目で見ていた。


窓を閉め切って、テレビをつけると子供の特番。もう本当に嫌になる。テレビの電源を落とす。

夜になって再びテレビをつける…赤ちゃん生誕の短い番組。『誕生日』の歌が流れる。嬉しそうなご夫婦と、命の源溢れる赤ちゃん。耐えられない。


どんどん卑屈になっていく自分の変化が怖い。いつか噂の『不妊様』になるのではないだろうか。


旦那とはギクシャクしている。

心の温度差がありすぎて、うまく接することができない。

泣くことが偉いとか、わかりやすく落ち込むだけが正しい訳じゃない。


これが男と女の差なのかもしれないけど、どうしても許せないほどの溝を感じてしまう。


「体調どう?」って聞く割に、退院した次の日に、あふれかえった食器を洗う嫁を見て、なんとも思わないのだろうか。

テレビに赤ちゃんや子供が写ると、涙を拭う嫁に気付きつつ、チャンネルを変えないってどういう感覚なんだろう。

「洗うから置いといて」と言っていた洗濯物はいつ洗うの?結局、まだ痛む骨盤やお腹を押さえて干してたたんだよ。

命を消した…殺人を犯した2日後に『仕事』と称して飲みに行く神経がわからない。


…優しくない。
…罪の意識を感じない。


旦那を見てそう思う私は被害者面をしているのだろうか。悲劇のヒロインを演じて、陶酔しているだけなんだろうか。


全てが…涙でしかない。


 
中期中絶手術が終わり、その日のうちに退院。激痛がある訳ではないが、力が入らない。『打ちのめされた感』でいっぱいの退院だ。

長い間通い続け、長い間待ち続けた『出産』がこんな形になってしまったなんて、なんとも言えない虚無感しかない。


本当なら家族全員が幸せの笑顔で、柔らかい空気に包まれて、産まれたての生命を囲んでの退院だったはず。

ふらつく体を旦那に支えられ、まだ膨らみの残るお腹を押さえての退院。

某有名な不妊専門クリニックで、この光景を見たら、間違いなく『中期中絶』とわかる。流産ならフラフラと歩き、泣き腫らした顔の患者を退院させない。


異様な空気を醸し出している家族が、エントランスから出て行く姿に視線が注がれているのがわかる。


もうこんな悲劇は繰り返してはいけない。だからもう、私は子供を望んではいけないのだろうか。

中期中絶を選んだ夫婦は鬼畜だから、二度と子供を抱く夢を持ってはいけないのだろうか。

どちらにしても『中期中絶』を選択した時点で、旦那との離婚を検討している。それが私がこの選択をするにあたっての決意だった。



帰宅後の体調としては、出血量は思ったより少ない。もっとドパーっと出るかと思ってた。生理痛のような痛みはあるけど、先程までの痛みで感覚が麻痺しているからわからない。

ただ、ふくらはぎから足首、腕から手首、ほっぺたが痺れて仕方がない。こっそり飲み続けた大量のロキソニン(鎮痛剤)の副作用だろうか。



よく『出産の痛みは産んだら忘れる』って言うけど、私には今回の痛みを忘れるだけの対価…宝物は ”ココ” にはない。


私は一生、今日という日を忘れない。


 
中期中絶手術の詳細や心境を書いています。閲覧は自己判断でお願いします。

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19w5d
【処置⑦:膣坐剤で陣痛開始】
プレグランディンを入れて2時間後、目が覚めると微弱陣痛がきていることに気付く。この時11時。

微弱陣痛開始から陣痛の感覚は5分弱で短い。自然に起こる陣痛とは違い、プレグランディンの効果なんだろうか。

11:45、2錠目の子宮収縮剤を入れる。どんどん痛みは強くなるけど、痛みは数分でおさまるので、風船牽引の時の痛みに比べればうんとマシ。

それでも母と旦那に腰をさすり続けてもらわなければ、痛みとは戦えない自分の弱さが情けない。


【処置⑧:陣痛促進剤点滴開始】
14時頃、痛みが強くなり、子宮口も開いてきたので分娩室に移動。看護師さんは80%開いたと判断したようだが、ドクターは『まだ2cm位だな』と言っていた。

陣痛促進剤を点滴しだしてから、当然ながら痛みは激しくなる。瞬間的な痛み的には風船牽引よりもキツイ。


【処置⑨:出産(死産)】
14:40分、数分早いけど3錠目の子宮収縮剤を入れて、ドクターは別室に行った。

その数分後、『いきみたい感覚』『うんこしたい感覚』が陣痛中に襲ってきた。その感覚が3回目で ”その時” がきた。


ドゥルン!


看護師さんが赤ちゃんをタオルでしっかりと受け止めてくれた。

想像とは違う固さだった。
もっとニュルっと出ると思ってた。

子宮口から出た瞬間、『ガツン』と骨と骨があたる感覚があり、硬柔らかい赤ちゃんがおりてきた。

リアルに言うと、硬い頭と柔らかい体の感覚が膣壁にあたりながら、ゆっくりおりてきた。


太ももに赤ちゃんの温かい頭があたった感覚と、膣の入り口にへその緒がぶらさがっていた感覚は今でもハッキリと覚えている。


当然だけど…
赤ちゃんは産声をあげない。


すぐにドクターがやってきて、胎盤を出す処理をしてくれて、全てが終わった。


それから一時間半分娩台で休み、出血量のチェックをし、個室に戻った。部屋には旦那と両家の両親が揃っていた。

すぐに両家の親に退席してもらい、看護師さんから今後の手続きの説明があったが、旦那が全て聞いてくれてサインして完了。


役所へ届ける死亡届と火葬一式は、病院と契約している葬儀屋さんが全て行ってくれるとのこと。


私達は『娘』を一目も見ることなく、抱きしめてあげることなく、温もりを教えてあげることなく…天に還した。


2014年9月25日
 14:45  女児出産(死産)
 14:52  後産完了


 
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19w5d
【処置⑤:風船にオモリ追加】
風船(バルーン)を牽引して6時間後の深夜0時。突然腰痛に襲われた。腰が抜けそうに痛く、体の向きを変えることすらできない。

牽引を一旦休憩したことで、痛みは10分程で引き、一眠り。


それから3時間後、指で子宮口の開き具合をチェックした看護師さんが一言。

『正直、厳しいです。
    今より重いオモリが必要です。』

当然、400gより重いオモリを付ければ、痛みと出血が増える。あと少しだけ眠るように指示され、5時から再牽引し始めると激痛と高熱で地獄の苦しみだった。

横に向くことすらできず、ただただ時間がすぎるのを待つ。


8時半、痛みから吐く。

そのタイミングで股から水分が出たのがわかったけど、吐いたことによってお腹に力を入れたために破水かおしっこを漏らしたのだと思った。

だけどこの液体漏れから、先程までの激痛が消失し、モニョモニョっとお腹の中で動きを感じた。


そして…この時の胎動は私が『赤ちゃん』を感じる最後の時だった。



【処置⑥:風船終了と薬剤投入】
それから15分後、診察のため風船を抜く。『ちょっと衝撃がきますよ~』と言われた瞬間、シュポンと風船が抜かれ、同時に生温い液体がジャーっと水が出てきた。

やはり破水だった。


子宮収縮を促す膣坐剤(プレグランディン)を入れ、人工的に陣痛を誘発させる準備が完了。同時に陣痛促進剤用の点滴ルートを確保し、ヘパリンロック。



それから2時間ほどは痛みもなく、これから起こるであろう陣痛に備えて眠ることができた。


 
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19w4d
朝9時、3回目のラミ挿入。

本来ならここで一旦帰宅し、夕方に再度受診予定だったけど、朝から入院させてもらうことに。


【処置③:ラミ入れ3回目】
昨日から生理痛の酷い感じで、お腹がかなり痛くてロキソニンが効かない…効いていてコレなのかもしれないけど。

挿入したラミは7本。

できるだけ力を抜いて処置を受けたためなのか、子宮口が開いてきたせいか、今回のラミ入れ直後から痛みが少しマシになっている。本数が増えたのに…不思議。



【処置④:風船挿入と牽引開始】
やはりラミ7本では風船が入るだけの大きさにまで開かなかったようだ。指で押し込めず、胎盤鉗子で風船を破かないよう、そろりそろりと入れてくれた。

風船を指でねじ込もうとしている時は痛かったけど、鉗子に変えてからは痛みはほとんどなかった。再ラミという方法もあっただろうに、鉗子の1番小さいやつで処理してくれてありがたかった。


一度、個室に戻り、夕食後から牽引開始。牽引前にトイレに行くと、多くはないけど出血していた。


牽引方法はものすごく原始的なもので、風船についているチューブとオモリ(小さなペットボトルのような容器)を紐でくくり、ベッドの足元に落とす形。

これから牽引終了まではトイレにはいけないため、ナースコールが必要。

牽引直後からジワリジワリと重い痛みが出始め、牽引開始からまだ1時間しか経っていないのに、酷い生理痛どころではなく、体温が上昇し、普段かかない汗でビッショリだ。
これを一晩…1分1分増えゆく痛みは恐怖以外のなにものでもない。



下記はこの処置の詳細。
子宮の中に水風船のようなバルーン(メトロイリンテル)を入れ、それを牽引することで子宮収縮を促し、頚管をさらに拡張させる。

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バルーンはしぼんだ状態で子宮内に挿入。バルーン内に150mlの蒸留水を注射器で注入していき、一晩かけて400gのおもりで牽引、子宮頚管を開大させる。

バルーンが脱出したら、子宮収縮を促す薬剤(プレグランディン)を使用して人工的に陣痛を誘発させ、麻酔はせずに出産と同様の形で胎児を娩出。



通常の分娩と違うところは…

殺すために産む…ということ。


痛い、怖い、なんて言ってはいけない。赤ちゃんは準備のないまま外の世界に放り出され、明日の今頃には命を絶たれるのだから。


 
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19w3d
中期中絶の『前処置』が始まった。喜びの安定期5ヶ月末に、まさかこんな処置をすることになるなんて…


中絶手術時に子宮頚管が無理なく開くようにするため、外来にて「前処置」を開始。海草でできたラミナリア桿という細い棒状のものを子宮口(頚管)に挿入。

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この処置を今日の朝9時と夕方16時の2回。明日も同じ処置を繰り返す。2日ほどかけて本数を増やしながら子宮口を拡張するらしいが…1日目ですでに苦痛。


明日の夕方には子宮内に風船を入れて牽引し、子宮収縮と頚管の開大を促すそうだ。

ラミと風船で時間をかけて無理のないよう頚管を拡張しなければ、頚管裂傷する可能性がある以上、今は耐えるしかない。



【処置①:ラミ入れ1回目】
朝のラミ入れは「チクッ!」とし、痛みで何度か腰が浮き、唸り声をあげたけど、子宮内膜細胞診の方がうーんと痛かった。

挿入したラミは2本。

事前にロキソニンを2錠飲んでいたにしても、処置後は体調の変化はさほどなかった。


【処置②:ラミ入れ2回目】
夕方のラミ入れは…痛かった。朝に入れたラミを抜く時も痛く、新たにラミを入れる時には、子宮口が潰れ、腰が砕けるのではないかと思う程。

挿入したラミは4本。

先生曰く、「子宮口がかなり固く閉じていたから痛かったはず。明日はもう少し広がってるはずだから。」と。

処置後から生理痛の酷い感じが続いている。抗生物質は処方されているけど痛み止めは出なかった。だけどロキソニンを飲まなければ耐えられる痛みではない。



朝夕とも出血はなし。
だけど膣内で水がポコポコとなる感覚が時々ある。ラミが水分を吸っているせいなのかもしれないけど、このポコポコ感は大出血をした時の感覚に似ていて嫌な感じ。


本当は『痛い』なんて言わないと決めていた。赤ちゃんはもっと苦しい思いをするのだから。そんな決意は容易く崩れ、涙まで流してしまった。


ひとつの命をこの手で消す作業が始まり、心身共に痛みで気がおかしくなりそうだ…


 
吐き出すようにダウン症のことを書いたけど、結局のところ…私は自分自身を肯定したいだけなんだ。


今、自分のお腹の中で脈打つ命を消し去る罪悪感から解き放たれたいだけなんだ。


私は間違ってない。
私は悪い人間じゃない。


そう自分自身に言い聞かせて、数日後に行われる『殺人』に目をつむろうとしているんだ。
素直に言えばいい。



「ごめんなさい」って。
「ダウン症は無理」って。
「自分の将来が大切」って。



安易なセックスからの初期中絶と、待ち望んだ上での中期中絶、その両方を行うことになった私。

倫理的には初期でも中期でも『命の重みは平等』だ。



若い頃の堕胎は、麻酔をして眠っている間に『コトが終わる』ために痛みは麻酔がかかる前の一瞬で済んだ。

そして今回は、陣痛を起こさせ『殺すために産む』のだ。出産と同じ形式だから麻酔はない。懲りずに過去と今回を合わせて二回も堕胎するんだ。

命の重みは同じでも、正直、若い頃の中絶にここまでの罪悪感は感じなかった。人を殺すという感覚でもなかった。ろくな供養すらしなかった。

それから15年。ペタンコのお腹がぷっくりと膨らみ、微かな胎動を感じる19週。確かなる生命を感じ、悪阻すら幸せだと感じていた最中の悲報。



胎芽であろうと胎児であろうと、出生後の人間であろうと、倫理的には平等の命。


私は人を殺せない。

だけど産まれてきていない命なら、罪悪感はあろうと殺せるというのが事実。


私は認めなければいけない。

自分自身がいかに小さく、自分勝手な行動をする人間であるということを。


ここまでしてもなお、『染色体異常があるから中絶をする』ということが善か悪かと聞かれれば、『善』とは言えないけど『悪』とも言いきれない。

…私はそんな人間だ。


 
私は大きな勘違いをしていた。

旦那の暴力は私に非があるから仕方がない。子供を授かれない私が悪いんだ。どんな暴言を吐かれても、口車に乗ってはいけない。我慢して堪えなきゃって。


それに二度目の結婚だし後がない。男はいいけど、女のバツ2は…ちょっとキツイ。だからまた失敗するわけにはいかないし、人並みの生活をしなくっちゃ…って。


『だからこそ子供が欲しい』

純粋に子供を望んでいた頃とは異なり、動機が完全におかしくなっていた。いつまで経っても成果が出ないことへの焦りと、旦那への憎しみがごっちゃになり、正しい判断が出来なくなっていた。


本気で死を考えた。


最後にひとりだけ今の心境を聞いてもらったら、もう満足…死のう。そんな精神状態である人と電話をしていた。


『お前のことを本当に好きなら、絶対に暴力なんてしない。旦那の ”それ” は愛じゃない。別れるべきだ。幸せになれ。』


そう言われた時、心が解放された。


暴力はいけないこと。
我慢することはない。
死ぬ必要なんてない。


それからしばらくしてまた暴力が始まり、いつもの如く『離婚だ!』と叫び倒す旦那に、私は今まで絶対に言わなかった一言を返した。


『いいよ。もう離婚して。』


喧嘩のたびに「離婚だ離婚だ」と騒ぎ立てる旦那をあやしてきた私。どんなに暴言を吐かれても「はい」とは言わなかった…言えなかった私が、離婚を言い出したのだ。


旦那は目を丸くし、ふるい上げた手を止め、「なんで?」と聞いてきた。


『あなたのしていることはDVです。例え身体的な暴力でなくても、暴言や物を壊して恐怖を与えることは…DVなんです。』


旦那は自分がDVをしている言われたことにショックを隠せないでいた。少しのことも辛抱できず、すぐに癇癪を起こして物を壊すことは問題ないと思っていたのだろうか。

どちらにしてもそれ以来、旦那の暴力はなくなり、不妊治療を再開することになっていった。


あんなにギクシャクしていた夫婦仲も、今では穏やかになり、喧嘩をしても暴力は出なくなったし、言いたいことも言えるようになった。


『私さえ我慢すれば…』

そんな思いが旦那を余計に追い込んでいたのかもしれないし、イライラさせてもいたのかもしれない…


そうやっていろんなことを乗り越えての不妊治療が2年を越え、その結果が『今』この状況。


なんのために子供を望み
なんのために子供を堕す

意味がわからない。