堕胎〜命の重み | 妊娠の神様に嫌われた女

妊娠の神様に嫌われた女

妊活中の成果はいつも天文学的に悪い方の数字を引いてしまう。受精•着床不全、初期流産、子宮奇形…そして染色体異常の我が子を中期中絶。そんな私に不妊治療を続ける資格はあるのだろうか。

吐き出すようにダウン症のことを書いたけど、結局のところ…私は自分自身を肯定したいだけなんだ。


今、自分のお腹の中で脈打つ命を消し去る罪悪感から解き放たれたいだけなんだ。


私は間違ってない。
私は悪い人間じゃない。


そう自分自身に言い聞かせて、数日後に行われる『殺人』に目をつむろうとしているんだ。
素直に言えばいい。



「ごめんなさい」って。
「ダウン症は無理」って。
「自分の将来が大切」って。



安易なセックスからの初期中絶と、待ち望んだ上での中期中絶、その両方を行うことになった私。

倫理的には初期でも中期でも『命の重みは平等』だ。



若い頃の堕胎は、麻酔をして眠っている間に『コトが終わる』ために痛みは麻酔がかかる前の一瞬で済んだ。

そして今回は、陣痛を起こさせ『殺すために産む』のだ。出産と同じ形式だから麻酔はない。懲りずに過去と今回を合わせて二回も堕胎するんだ。

命の重みは同じでも、正直、若い頃の中絶にここまでの罪悪感は感じなかった。人を殺すという感覚でもなかった。ろくな供養すらしなかった。

それから15年。ペタンコのお腹がぷっくりと膨らみ、微かな胎動を感じる19週。確かなる生命を感じ、悪阻すら幸せだと感じていた最中の悲報。



胎芽であろうと胎児であろうと、出生後の人間であろうと、倫理的には平等の命。


私は人を殺せない。

だけど産まれてきていない命なら、罪悪感はあろうと殺せるというのが事実。


私は認めなければいけない。

自分自身がいかに小さく、自分勝手な行動をする人間であるということを。


ここまでしてもなお、『染色体異常があるから中絶をする』ということが善か悪かと聞かれれば、『善』とは言えないけど『悪』とも言いきれない。

…私はそんな人間だ。