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妊娠の神様に嫌われた女

妊活中の成果はいつも天文学的に悪い方の数字を引いてしまう。受精•着床不全、初期流産、子宮奇形…そして染色体異常の我が子を中期中絶。そんな私に不妊治療を続ける資格はあるのだろうか。

今日は『娘』とお別れしてから2回目の日曜日。外はお祭りの太鼓や笛の音で騒がしく、いつものように子供達もキャーキャー遊んでる。


先週は…子供達の声が苦痛だった。
全ての音が苦しかった。


だけど、今日は…穏やかだ。


子供の甲高い声はやっぱり可愛いし、『平和だなぁ』って感じる。


…よかった。

もう子供の声を温かく聞くことが出来ないんじゃないかと思ってた。他人の幸せを妬み、ひがみ、黒い感情に支配されゆく自分自身が怖かった。



そして今日、鞄につけていたマタニティーマークを全て外した。

仕事が在宅勤務になったこともあり、外出を避けていたので鞄を使うこともなかったけど…ずっと外せずにいた。


優先座席に座っている時しか表に出さなかったマタニティーマークだけど、それがついているだけで、とても幸せだった。


『お腹に赤ちゃんがいます』


見せびらかして歩きたい位、そのキーホルダーが嬉しくて仕方がなかった。隠していても、その存在だけで心が温かくなった。


お腹が大きなマタニティーマークを付けている人と目が合った時、『妊婦初心者』の私はなんだか照れくさくて「へへっ」と笑っちゃった事もあった。

優しく微笑み返してくれたあの時の妊婦さんは、もう赤ちゃんを抱っこしてるかもしれないな。



旦那は『赤ちゃんバッチ』って呼んでいた。ショッピングモールとか人混みの多い所で「出しとけ」ってうるさかったな。

そのたびに「違う意味で危険があるから出したくない」と言うと、私をかばうように歩いてくれたなぁ。



全てが懐かしい。
あの頃に戻りたい。


だけどその夢のような生活を断ったのはこの私。いい加減認めなきゃいけない。


いつかまた『赤ちゃんバッチ』をつける日が来るのだろうか。不妊治療を再開し、「着床  症状」とかでネット検索したりするのだろうか。


『娘』から手を離してすぐに考えることではないけど、これからゆっくり考えていければ…と思い、いろんな願いや想いを込めて、マタニティーマークとサヨナラした。


またね…赤ちゃんバッチ。


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ようやく旦那ときちんと話ができた。この10日間ずっとギクシャクして、言葉を交わせば喧嘩ばかりしていた。中期中絶手術の当日の夜に起こったある出来事を発端に、修復不可能寸前になるまで大喧嘩。


お互いにピリピリしていた。
ギリギリの所を歩いてた。


私は旦那に理解がない、優しくない、責任感がないと腹を立てた。

旦那は旦那なりに努力しているにもかかわらず、責められ続け腹を立てた。


二人共自分達の罪を棚に上げて。



男と女、考え方や感じ方が異なる。それは仕方がないことだし、それを責めてもどうしようもない。脳の創りが違うんだから。それでも腹を立て「もう無理だ」と双方が感じた。


連日、親を巻き込んでの大喧嘩。私は堰を切ったように泣きじゃくり、旦那を罵った。子供を堕胎したことだけでなく、今までためこんでいたものがあふれ出て止められなかった。



そんなふたりを救ってくれたのは『親』だった。


私はお義母さんに救われた。

一般論的に、嫁が姑に息子(旦那)の批判をするのはタブー。それなのに息子の不甲斐なさを謝り、泣きながら話を聞いてくれ、毎日毎日温かい言葉を投げ続けてくれた。


旦那は私の父に救われた。

父と旦那は正反対の性格。学歴だって考え方だって真逆にいる人間だ。それでも父は旦那を貶したり馬鹿にしたり見下したり、そういうことは一切せず、一人の男として接し、普段から聞く耳持たない旦那の心をも動かした。


そんなふたりは親の愛に助けられ、結婚生活は続くことになった。

一度感じた矛盾は消せはしない。
だけどもう一度・・・。


親ってすごい。

言いたいことも山ほどあるだろうに、娘や息子のためにグッと堪え、ただただ子供のために最善な言葉を選び、全力で愛してくれる。


私も・・・そんな親になりたい。

いつか、きっと。


 
妊娠したことは仕事場の人と、身内と友人1人にしか言っていなかった。報告は『羊水検査の結果が出てから』と決めていたから…ズルいね。


だけど、家の近所の奥様達にはバレていた。普段昼間は仕事でいないはずなのに、最近はよく見るし、服装もゆるやかになって、お腹もポッコリしてきたね、って噂になっていたみたい。


今日もある奥様達に言われた。


『仕事辞めたの?』
『おめでたなんだって~?』
『出産予定日は?』


悪い人達ではない。嫌いな人達でもない。だけど…キツかった。グッと堪えて「ダメだったんです」と伝えた。『ダメ』って何?と思いながら。


「子供なんていたらいたで大変よ」
「どんな時でも構わず泣くし」
「自分の時間なんてない」
「お洒落なんてできない」
「子供だけが全てじゃない」
「夫婦二人で贅沢できる」


もう胸が張り裂けそうだった。慰めてくれていることも、子供が出来たらまた違う苦労があることも分かる。


結局、奥様達は子供の話で盛り上がり、「ママー」と呼ばれるその声に満面の笑顔で手を振っていた。とても幸せそうな当たり前の日常。


── 子はかすがい


神様…

それでも『子供』が欲しいよ。


子育てで苦労している人から言わせれば『分かってない』と『甘い』と思われるかもしれない。


だけど…

私はその『苦労』がしたいよ。
お洒落なんてできなくていい。
贅沢なんてしなくていい。
自分の時間を子供に費やしたいよ。



── 子はかすがい


そう感じてみたいよ。

ねぇ、神様…。


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※術後の体調や出血などについて書いています。そういう話が苦手な方はスルーしてください。


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【9/25 術後0日目(退院当日)】
さすがに体がダルい。だけど激痛からの解放によって、今感じているであろう『痛み』は麻痺しているのかもしれない。

出血量は夜用ナプキンをあてているものの、さほど量は多くない。固まりなども出ていない。

ほっぺた・前腕・ふくらはぎが痺れている。ただしこれは、中絶の影響ではなく、鎮痛剤(ロキソニン)の過剰摂取による副作用かも…。

《中絶後の薬》
・子宮収縮剤(メテルギン)×5日分
・抗生物質(フロモックス)×5日分
・母乳止め(パーロデル)×7日分


【9/26 術後1日目】
術後の診察あり。
当然ながら超音波で大きな血だまりが見えた。『3週間位は出血が続くけど、普通なので慌てないように』とのこと。

ダルさや痺れはなくなった。かわりに、骨盤前面の出っ張ったところ(腸骨)と、腰側が陣痛のように痛む。

子宮自体は軽い生理痛レベル。出血(悪露)は水溶性で固まりはない。


【9/27 術後2日目】
骨盤側面~腰側にかけて痛い。
腹痛はたまにあるレベル。

出血量は昨日より少し減ったが、胎盤の固まりと思われる灰色がかった組織片(3cm位)がニュルっと出た。それから子宮内膜や胎盤の欠片のような残留物が出るようになってきた。


【9/28 術後3日目】
骨盤側面~腰側にかけての痛みが酷い。一時、キツめの生理痛。出血量と残留物も減ってきた。


【9/29 術後4日目】
骨盤側面~腰側にかけての痛みが酷い。座っていられない程の痛みで、術後1番キツかった。

出血量は減ってきたが、今までで1番大きな胎盤の欠片(5cm)が出た。痛みと残留物排出は比例するのかも。


【9/30 術後5日目】
骨盤の痛みはほぼない。
念のため夜用ナプキンをつけてるけど、普通の日用でもいいかも。飲み薬2種(メテルギン・フロモックス)終了。


【10/1 術後6日目】
夕方から腹痛あり。あわせて右側の腰が重くて痛くなる。出血量はだいぶ減って、残留物も少なくなってきた。


【10/2 術後7日目】
術後の診察あり。
小さな血だまりがいくつかあるので、メテルギンを二週間分処方された。メテルギンを飲むと、かなり酷い生理痛みたいになって痛いんだけど仕方がない。

出血量は普通の日用のナプキンでいけるレベル。トイレに行くと、小さめの内膜片や血の塊が出る程度。


体の方は日付薬…かな。


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今日は初七日。

もう…なのか、まだ…なのか、あれから一週間。体の痛みは日に日になくなってきたけど、当然ながら心はついてこれずにいる。

簡単に考えていた訳ではないけど、思っていた以上に心が苦しい。それほど中期中絶(人工中絶)というのは重い事なのだろう。


『娘』は元気にしているだろうか。
暖かい場所にいるのだろうか。
穏やかに過ごしているだろうか。

そんなことを思う私はなんて勝手なのだろう。



私は一週間前、何をした?

『出産』?『死産』?

体の痛みがほとんど消えた今、その言葉があまりにも現実味がなくて、今ここにない命を思うと涙しか出ない。泣いても仕方がないのに。自分が悪いのに。



『娘』が安らかなる眠りにつけることだけを祈ります。

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2014年10月1日 初七日


 
羊水検査をすることは、妊娠前から決めていた。流産・破水という0.3%のリスクがあるにしても。

クアトロ検査は受けなかった。

確率論にはいつも裏切られてきたし、例え1/295のカットオフ値でも、私は不安を持ちながらイライラ過ごすことになる。『確定』でなければ安心できない。



妊娠するまでは『羊水検査=堕胎』だと思っていた。だけど、実際に身篭ると、その確固たる考えがグラグラに揺らいだ。


『お腹の子を殺すの?』


事前に障害があることがわかれば、物質的な準備もできるし、心構えもできる。何があっても産みたいと思う気持ちが湧いてきていた。



不妊治療を2年もしてきて、中期中絶を選ぶなんてナンセンス。例え、染色体異常があったとしても待ちに待った赤ちゃんだ。

旦那は明確な答えを持っていたので、私が『障害があっても産む』という判断をすれば、間違いなく離婚の道をすすむだろう。



ずっと考えていたことがある。

子供がいない人生を選択するって、私達夫婦にありえるのだろうか。ずっと望んできたのに諦めて「これから二人で仲良く」ってできるのだろうか。


偽善的な表現だけど、堕胎を選ぶのであれば、その責任の重さを身に刻み、『一生子供は作らない』選択をするべきなのではないか。今も正しい答えは分からない。


だけど自分勝手な都合で、旦那の将来まで巻き添えにすることもない。私には女性としての限界があるけど、旦那にはまだまだ可能性がある。若い女の子と再婚して、念願の子供を抱くことだってできる。


『もしも堕胎を選択する時が来てしまったら離婚しよう。』


旦那は笑っていた。
「2人の生活でもいいやん」と。

だけど一向に笑わない私を見て、言葉をなくしていた。



他にも離婚を選択する理由はある。

責任をとった”フリ”に見える?
反省している”フリ”に見える?

そんなに簡単なことじゃない。


 
不妊治療に関しては、理解ある方だと思う。不妊治療は高価だし、そこに家庭のお金をつぎ込むのは『無駄だ』と反対する人も少なくはない。

不妊治療自体に嫌悪感を持つ人や、倫理的に受け入れられない人いる。


事実、私を不妊治療に誘ってくれた友人は、卵管閉塞・狭窄で、自然妊娠は限りなく難しい。

彼女は旦那に現状説明し、体外受精がしたいと説得するも、『お金が無駄』『やってりゃできるでしょ』『大体、倫理的にどうよ』…こんな感じ。

無理やりセミナーに連れて行くも、『採精は無理』で終わった。

私が二年経っても妊娠・出産ができないことで、余計に不信感が募ってしまったようだ。


そんなご夫婦もいる中で、私の旦那は『体外受精なら可能性あるんやろ、すぐやろう』と前向きだった。

夫婦カウンセリングにも率先して参加してくれた。わからないことを調べるのが好きな性格のため、手法とか確率とかよく勉強している。


だけど『男が持っていない臓器の仕組み』を理解するのは難しいようで、子宮や卵管の絵や、卵子と精子の受精の流れを何度書いたことか。

それでも何度でも説明したし、何度も覚えようとしてくれた。


『生理痛の痛みはどんな感じ?』と聞かれれば、腰にある痛いツボを押しながら、腰全体を圧迫し、苦痛で顔色が変わるまで虐め続けた。

内臓(子宮)の痛みは…『下痢でトイレに行きたいのに、肛門がコンクリートで蓋されて、もがき苦しむ感じ』と例えたら、腸の弱い旦那は本気で真っ青になっていた。


文字だけで理解するのは難しい。旦那には、耳で記憶させ、イメージを脳に焼きつかせ、体で覚えさせることが有効だった。

それ以来、生理の日はとても優しい。


タイミング療法や人工受精の説明は、絵を描いて説明するのに加えて、YouTubeで面白くて分かりやすい映像で覚えてもらった。

役立ったお気に入り動画↓


体外受精周期に入ると、受精卵の分割の仕方を必死に勉強していた。ありがたいことだ。


では、旦那の何が不満なのか。

彼は『人の気持ちを理解する』力が弱い。痛みはなんとなく理解できても、女性がどのような精神状態になっているのか察するのが苦手。

妊活に限らず、人間の絡み全てにおいて理解力が乏しい。だからこそ、見せかけの優しさ(言い方は悪いけど)は出来ても、本当に欲しい優しさをくれない時がある。


ようは、少々おズレな人。
彼の長所であり短所。


今まで出会った人は ”それら” を教えてくれなかった・教え続けてはくれなかったんだろう。

一緒にいる年月が増えるほど、改善されてきたし、彼自身が理解力が乏しいことに気付いたので、ひとつずつ覚えていってもらうようにしている。

…とても根気がいるけど。



そんな旦那との『ある約束』。

羊水検査を受けると決めた時、
『染色体異常なら離婚しよう』と。


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