2月度総幹部会は終始大感動の連続でありました。
入会1ヶ月、3ヶ月と元学会員の同志の確信と情熱あふれる登壇には驚きを禁じ得ず、真面目な学会員が一度先生の御指導を仰ぎ、御遺命たる国立戒壇建立の大事に目覚めるならば瞬時に広布の大人材に成長する事を大確信させて頂きました。
御講演において浅井会長は、大聖人様・日寛上人の「時を待つべきのみ」との仰せを示され
「時来たれば、大海の潮が一気に満ちるごとく広宣流布は一時に成る。
ならば、その前に六百万学会員が正義に目覚め、共に御遺命成就に戦う同志となる事は当然であり、今その潮流が一段と力強く起き始めている事をひしひしと感じる」
と仰せられましたが、いよいよ広宣流布の時の到来に勇躍歓喜抑えられぬものであります。
この度会長は、先月に引き続き学会の教学要綱における未曾有の邪教化について指導下さいましたが、選挙のために国立戒壇の御遺命を破壊せんとした第六天の魔王その身に入りし池田大作一党が今や下種三宝尊に関わる重大事まで学会員に気づかれぬよう巧みに改変したそのどこまでも世間に阿って御聖意を蹂躙する無慚無愧には怒髪天を突く憤りが込み上げたものであります。
浅井会長は、学会の極限の大謗法を御覧になった際の先生の
「この大謗法を見て責めない者は仏弟子ではない。大聖人の弟子ではない」
との仰せを示されましたが、ならば、この度の未曾有の邪教化を見て池田大作一党を責めない者は仏弟子ではなく、また、大聖人様の弟子であるならば池田大作一党に騙され、入阿鼻獄となる不憫な学会員を救う戦いを起こすべきとしかと肝に銘じました。
今般会長は学会の「御本尊はどれも同じ」とのたばかりに対し、うかつに拝する事すら畏れ多い先生の重大指導を引かれ、その邪義を一刀両断されました。
先生は、日寛上人が御坐配に約して文永・建治の御本尊と弘安元年以降の御本尊の究竟・未究竟を立て分けられた事を示された上で、日寛上人が約された部分を割釈されました。
すなわち、日蓮という御名と御判形の位置と御判形の相貌をもって究竟・未究竟を立て分けられ、さらに、大いなる御判形の真下に「本門戒壇也」の重大なる金文がまします弘安二年の本門戒壇の大御本尊こそが究竟の中の究竟、本懐の中の本懐、三大秘法の随一、一閻浮提総与の大御本尊にてましまし、唯一絶対なる事を顕わし奉られましたが、その甚深の御指導はまさに圧巻でありました。
何より、日寛上人が約された部分を御聖意のままに顕わされる先生とは一体いかなるお立場のお方でありましょうか。
日興上人のごとく「大聖人常にここに在って滅せず」を如実に拝し奉っておられた先生の透徹の御信心、御自身の臨終の妙相をもってその正しさを証明された事等を合わせ拝しては、まさに先生こそ久遠元初以来の大宿縁のお方と畏敬の念が込み上げました。
かかる先生が
「もしこの大御本尊を否定する者あれば、宗の内外を問わずその者は御本仏に背く逆賊、天魔その身に入るの大悪人である」
と痛烈に呵責されたお言葉が千鈞の重みで身に迫り、会長の「池田大作一党はこれでも『御本尊はどれも同じ』などと言えるのか」との師子吼が命に響いたものであります。
さらに、今般の教学要綱において池田大作一党が日蓮大聖人の御事を熟脱の迹仏である釈尊と同列以下、いや畏れ多くも凡夫とすらみなしているとうかがってはもはや開いた口が塞がりませんでした。
名字即に二義がある事を知らない無智の学会員を騙し「名字の凡夫」との大聖人様の仰せを引用し、大聖人様を「普通の人間」という意味での「凡夫の成仏の先駆」などと言うに及んでは、これこそまさに創価大学某名誉教授の放言のごとく大聖人様の人間化であり、未曾有の邪教化という他なしと憤激に堪えません。
さらに会長は、池田大作一党が戒壇の大御本尊を憎むゆえに久遠元初の三宝をも改変するに至った事を指導下さいましたが、中でも、僧宝を日興上人から創価学会に改変したとうかがっては愕然といたしました。
会長は「日興上人を僧宝とする」と日目上人への御付嘱状である『日興跡条条事』における戒壇の大御本尊の法体付嘱に行きつき、それが不都合なるがゆえと学会の邪な魂胆を喝破されましたが、戒壇の大御本尊を憎むあまり日寛上人の教学を侮蔑するのみならず、ついに末法万年に正しく大聖人様の深義の御法門をお伝え下された日興上人の大恩徳まで隠した学会の所業はまさに無慚の極みであります。
会長は、末法下種の三宝の大恩徳を蹂躙する学会の魂胆の裏の裏まで見抜かれ、その邪義の全てを先生の御指導をもって粉砕されましたが、翻って我等ごときが文底深秘の大法、大聖人様の御内証の深秘を深く知り奉る事ができる事は決して当たり前ではなく、全ては日興上人から伝わる御相伝と日寛上人の御指南より御書の極理を師伝された先生に師事し得たがゆえと報恩感謝の念尽きぬものであります。
会長は、池田大作の道連れとなり、入阿鼻獄となる学会員を不憫と思し召される大聖人様の御悲しみ、御憤りを帯された先生が、その忠誠心から学会員に対して「救ってあげたい」との御慈愛を抱かれていた事を教えて下さいましたが、どこまでも私心なき先生の御信心には涙があふれてまいります。
されば「顕正会の存在こそが六百万学会員をお救い下さる大聖人様の厳たる御意思」と断ぜられる会長のお心を身に帯し、戒壇の大御本尊を捨てさせられ、久遠元初の自受用身たる大聖人様の絶大威徳を忘れさせられた学会員を遥拝勤行と広告文をもって救ってまいらんとの決意を一重深く固めるものであります。
今毎週の日曜勤行と御書要文の拝読の冊子を通して先生の御指導を深く心腑に染める中、各所で続々と新人材が立ち上がってきており、この広宣流布までのレールたる先生の御指導をさらに組織内に徹底を図り、男子十万に向けて鉄壁の陣容を構築してまいらんと固く決意するものであります。
まずは男子部一同は「この度の学会の未曾有の邪教化こそ、大聖人様の大恩徳が一国に輝く大瑞」との大確信に立ち、顕正会三百万を一日でも早めるべく全組織が誓願大突破の証拠に表わし、霊山にまします浅井先生に全員でお応えしてまいろうではありませんか。
令和6年 2月24日 2月度 総幹部会 浅井会長指導
- 説明
- 順縁広布はもう眼前である
- 六百万学会員を救わん
- 文永・建治・弘安年中の御本尊の相違
- 創価学会の未曾有の邪教化
- 日蓮大聖人こそ久遠元初の自受用身
- 創価学会の未曾有の邪教化2
- 広告文と遥拝勤行で広宣流布は必ず成る
- 大罰の中に広宣流布は必ず成る
令和6年 2月26日 2月度 男子部班長会 行成総男子部長指導