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さて、去る 9年前の11月4日(火)の「アレルギーの代替医療(食事療法)」のブログ そして 去る 7年前の1月25日(月)の「アレルギーについての考察」のブログの冒頭に、
「平成6年から平成20年 迄、日本 アレルギー学会員でありました(後略)」と記させて頂きました。 因 みに、その平成6年に、日本 アレルギー学会員の母校の名簿を見て pathology(英語)(ネガティブ[英語:negative]で御座いますし、お読み下さっている方々に影響を お与えすることの無いように、日本語で綴ることを控えさせて頂きましたが、以前 それではわからない と指摘を頂きましたので、日本語も併記させて頂きます。小さく記させて頂きます。病理のことで御座います)の講師のところに お土産を持って 行きました。なお、大勢の教室員の前で その講師と話しました。ところが、その講師は、日本 アレルギー学会員になる為の推薦は 行なってくれませんでした。その後、誠に有り難いことに、日本 アレルギー学会事務局から 入会手続きの書類が送られてきました。
ときに、去る8月25日(金)の「大学院生の頃・続報2」のブログの中段やや上に、
「(前略)その大学院生の頃、ゼミナールのように 『須藤賢太郎』、『福島正人』 そして 『森山岳』などの数人の男子医学部生と 一緒に 食事に連れて行って、御馳走しました。それで、いろいろな質問に答えました。 因みに、その中の一人の男子医学部生から 『患者さんから 求められて 応じられない要求を教えて下さい。』と尋ねられました。それで、一つには 『お金、頂戴』のような要求であることを伝えました。また、その中の一人の『野村可之』という 男子医学部生から、もう一人の『長汐千秋』という男子医学部生のことを言われました。すなわち、彼は、勉強の山を外してばかりの勉強をするとのことでありました。それで、山を外した勉強も、若いから 将来 必ず 役に立つと思いました。
(中略)
上記の『森山岳』という医学部生には 求められて、彼を 日本アレルギー学会に連れて行きました。 因みに、彼の実家は、有料老人ホームでありました。(後略)」と記させて頂きました。すなわち、上記のように 「森山岳」という 男子医学部生を 日本アレルギー学会 学術大会に連れて行きましたので、母校にも その学会にも、恩返しが出来たと思います。なお、去る 一昨々年の2月12日(水)の「笑いと菜食療法❤菜食に導かれた過程❤ 小乗から 大乗へ・前編」のブログ、去る 一昨々年の2月12日(水)の「笑いと菜食療法❤菜食に導かれた過程❤小乗から 大乗へ・中編」のブログ そして 去る 一昨々年の2月12日(水)の「笑いと菜食療法❤菜食に導かれた過程❤小乗から大乗へ・後編」のブログ、それから、当初の 前述の 去る 9年前の10月9日(木)の「笑いと菜食療法❤菜食に導かれた過程❤ 小乗 から 大乗 へ」のブログ そして 去る 7年前の1月12日(火)の「笑いと菜食療法❤菜食に導かれた過程❤ 小乗 から 大乗 へ ・続報」のブログ に記させて頂きました過程があり、誠に有り難いことに、母親の理解を得て、菜食にさせて頂いております。序で乍ら、前述致しましたように 男子医学部生を 連れて行った 日本アレルギー学会 学術大会では 懇親会に参加していますが、上記のように 菜食であります。
(義務教育の方々に 美しい日本語を 正しい読み方で 御覧頂こうと思いまして、当初から 振り仮名を付けております)
本日も、最後 迄 お読み頂き、誠にありがとうございます。唯々感謝。(^-^)