同級生(男性)・続報 | 神産巣日神(かみむすびのかみ)のブログ

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古来、日本では、「愛」と云う字を使わないで、「産巣日(むすび)」と言いました。「むすび」と云う言葉は、「愛」と云う言葉よりも非常に深遠な意味を含んでいるのです。ときに、神産巣日神は「造化の三神」の内の一柱の神であり、獨神(ひとりがみ)で御座います。唯々感謝。

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 さて、去る 6年前の8月17日(水)の「同級生(男性)」のブログの上段に、

「(前略)先日 自転車に乗っていましたら、誠に有り難いことに、道路の反対側に 小・中学生のときの男性の同級生が歩いていました。約40年ぶりに会ったことになります。彼は、 煙草 たばこ っていました。なお、去る  一昨年 おととし の10月30日(木)の『東・西ベルリン(東・西   ドイツ )』のブログ そして 去る5月27日(金)の『歯科受診・続報3』のブログ のそれぞれ中段やや上などに記させて頂きましたように、当方は 煙草 たばこ いません。

 誠に有り難いことに、小・中学校に通った 約9年間、 二人 ふたり で 一緒に登校しました。御承知のように、小学校に入学した小学一年生のとき 一緒に登校するようになっていました。小・中学校には 当方の自宅の ほう が近かったので、彼が 自宅にってくれました。そして、学年が下の生徒を迎えに行きましたが、この家では いつも 長時間 すなわち 10分~15分以上待たされました。御承知のように、朝の時間は 密度が濃く 貴重ですので、長く感じられます。そして、いつも 始業時間ギリギリに登校しました。

 この同級生は、中学校卒業後 某・あけぼの パン( ポルトガル 語:pão) 工場に勤めた と 間接的に聞きました。そして、その後 depression(英語)(ネガティブ[英語:negative]で 御座 ござ いますし、お読み下さっている 方々 かたがた に影響を お与えすることの無いように、日本語で つづ ることを控えさせて頂きましたが、以前 それではわからない と指摘を頂きましたので、日本語も併記させて頂きます。小さく記させて頂きます。 うつ のことで 御座 ござ います。 ちな みに、depressionのことは、去る 一昨年 おととし の10月22日(水) の『セロトニン[脳内〚で機能する神経〛伝達物質)]』のブログ に記させて頂きましたし、関連することは、去る1月9日(土)の『ターミナル・ケア[終末期医療、終末期看護]』のブログの上段 そして 去る  一昨年 おととし の12月12日(金)の『男性看護師』のブログ の中段などに記させて頂きました)になった とのことを聞かされました。それで、心より祈っておりました。(後略)」と記させて頂きました。すなわち、その同級生とは、誠に有り難いことに、分団登校(集団登校)で 一緒でした。

 ときに、本日の午後4時50分頃、買い物から帰ってきましたら、当家の前で うろついている 高齢女性がました。それで、先方のほうから 「矢野です。」と 声をけて きました。すると、上記の 同級生 すなわち 矢野武信君の母堂でした。すなわち、約40年数年ぶりに会ったことになります。 ちな みに、マスクをけていたので、当初は その同級生の1歳年下の妹かと思いました。なお、その母堂は、マスクをはずしました。それで、上記の 9年間の分団登校(集団登校)につきまして 感謝の言葉を伝えました。しかも、「○○君」と呼びに来てくれた 言葉が いまだに 脳裏に残っていることを話しました。

 ついながら、その母堂によりますと、檀那は亡くなったとのことでした。 ちな みに、この檀那は パチンコ屋に行くような人でした。そして、満腹食堂という商売をしていました。なお、かなり 太っていました。ついながら、本日 すなわち 11月3日(木)の「文化の日(令和4年)」のブログの下段に、

「(前略)本日は 天長節(明治天皇誕生日)でありますね。ちなみに、上記のように、本日は、晴れの特異日として 有名でありますね。なお、天気予報によりますと、北日本を除いて 晴れのようでありますね。

 

 

国旗掲揚こっきけいよう

 

 

 

(後略)」と記させて頂きました。それで、上の日章旗の前で、「誠に有り難いことに、今日 お会い出来たのは 神様(神仏)の配剤ですね。」 と伝えました。すると、その母堂によりますと、「(日章旗は、)家にあるが、出していないとのことでした。

 なお、去る 一昨年おととしの4月4日(土)の「『清明』の日」のブログ そして 去る 6年前の4月4日(月)の「不思議な一致(「清明」の日)」のブログのそれぞれ上段に、

「(前略)本日は、二十四節気の第5 である『清明』の日ですね。御承知のように、古代の日本の固有思想は 『清き あかき心(清明心)』です。心情の純粋性による 他者との融和を表しています。去る12月21日(月)の『催眠に効果的な言葉』のブログ そして 去る1月6日(水)の『後生の一大事 』のブログ のそれぞれ上段に、『元来 日本人は、自我が薄い。』と記させて頂きました。自我の強い西欧人は、日本人のことが なかなか わかりません。西洋医学の精神科の診断基準を用いますと、前述の 去る1月6日(水)の『後生の一大事 』のブログ の上段に記させて頂きましたように、『【させられ体験(作為体験)】を訴えるような 自我の薄くなった患者さん』にさせられてしまいます。日本語には、相手を主体にして 『させて頂きます』という 誠に奥ゆかしい言葉があります。一般的に、欧米人には 無我という意味がわかりません。欧米では、自我を主張することが、一人前の大人のすることであると信じられているからであります。このことは、本当の日本人が 欧米人に教えてあげなければならないことの 一つひとつである とされています。 ちなみに、去る  一昨年おととしの10月22日(水)の『セロトニン(脳内[で機能する神経]伝達物質)』のブログ の中段やや上に、

『(前略)去る10月7日(火) のブログである【日本人の心情】 の中で、【スイスのカール・グスタフ・ユングによると、潜在意識の下に、民族の集合無意識がある、とのことであります。これによると、日本人同志は、大和民族の集合無意識で つながっています。】と記しました。本来、 つながっていまして、自他一体だからなので 御座ございます。

  西田幾多郎にしだきたろう氏によりますと、純粋経験においては、主観・客観の対立が無いとされています。(後略)』と記させて頂きました。 西田幾多郎にしだきたろう氏に ちなませて頂きますと、去る 昨年の10月10日(土)の『 心身一如しんしんいちにょ』のブログ に、最も日本的な哲学と われる 西田にしだ哲学を言及させて頂きました。(後略)」と記させて頂きました。

 話を戻しますが、その再会の瞬間は まさしく 上記の純粋経験のごとくでありました。

 ところで、去る 4年前の3月6日(火)の「母親の転帰」のブログに記させて頂きましたように、母親が 亡くなりました。また、去る3月11日(金)の「父親の転帰」のブログに記させて頂きましたように、父親が 続いて 亡くなりました。しかも、去る3月11日(金)の「父親の転帰」のブログの中段やや上に、

「(前略)結果は、老衰でした。(後略)」と記させて頂きました。すなわち、その母堂から 当方の母親のことを尋ねられました。それで、上記のように 4年前に亡くなったことを伝えました。すると、その母堂によりますと、誠に有り難いことに、当方の 生前の母親と話したとのことでした。

 そして、その母堂によりますと、「(父親は、) 病気ですね。」とのことでした。それで、上記のように 93歳の高齢であり 老衰であると回答しました。 ちなみに、その母堂の檀那が disease(英語)(ネガティブ[negative]で御座ございますし、お読み下さっている方々かたがたに影響を お与えすることの無いように、日本語でつづることを控えさせて頂きましたが、以前 それではわからない と指摘を頂きましたので、日本語も併記させて頂きます。小さく記させて頂きます。病気のことで御座ございます。diseaseで御座ございますから、ease[安楽]の否定形で御座ございますね)で 亡くなったので、投影(英語:project)(心理学用語)しているのであろう と思われました。

 それから、その母堂によりますと、「息子(その同級生のこと)は、結婚しなくて 困った。」とのことでした。しかも、その母堂によりますと、「息子は 口下手。」とのことでした。それで、「彼は やさしい。」と話しました。すると、その母堂も 同意しました。そして、その母堂によりますと、「息子は 頭が わるい。」とのことでした。なお、その母堂によりますと、誠に有り難いことに 「あなたは 頭がいいから」とのことでした。そこで、「同じ人間として 生まれてきたのですから、そんなには 変わりません。」と答えました。ついながら、その母堂は、当方に 妹がると 勘違かんちがいしていました。

  つぎ に、その同級生と その母堂と 一緒に 百乃湯商店街の海水浴にった話 そして その同級生とは 体操服の貸し借りをした話などをしました。また、その母堂から、小・中学校の同窓会が開かれないという話を聞かされました。 さらに、しかも、隣の洋食店 ナポリの えみちゃん、スナックの桐生さん、 うなぎ蒲焼かばやきの店の葉山さん、お菓子屋の ゆたか君、寿司屋のはじめ君、一龍(割烹)の波多野君、中華屋の金子さん、豆腐屋 そして 上記の 学年が下の生徒である 玉川さんなどの話が 挙がりました。

 ならびに、去る 7年前の11月5日(木)の「法人マイ・ナンバー」のブログの上段に、両親は 約8年前(現在からですと、15年前)に 商売を廃業した と記させて頂きました。 ちなみに、商売をしていますと、自然に 敷地が必要になります。

 および、その母堂によりますと、家は1軒で いい とのことでした。そして、息子と 二人ふたりで 住んでいるとのことでした。なお、その同級生(その母堂の息子のこと)は、母親がて 幸せであります。

 

 さて、去る 10月22日(土)の「大祓おおはらい形身代かたみしろ・続報30・後編」のブログの下段に、

「(前略)今回も 上記と同様に、下の画像のように 急遽きゅうきょ お土産みやげの準備をしました。 ちなみに、感謝の印として 上記の 自然の甘さの 人参にんじんが含まれた りんごりんごの100%ジュースを 三人さんにん分 あげました。ついながら、いつものことですが、上記のように その地域の氏子会役員は 門をけたまま帰ります。

 

 

感謝の印として その氏子会役員に あげた りんごりんごの100%ジュース 三人さんにん

 

 

感謝の印として 袋に詰めて あげた りんごりんごの100%ジュース 三人さんにん

 

 

 

(後略)」と記させて頂きました。今回も 上記と同様に、下の画像のように 急遽きゅうきょ お土産みやげの準備をしました。 ちなみに、上記の 自然の甘さの 人参にんじんが含まれた りんごりんごの100%ジュースを 七人しちにん分 あげました。なお、1年以上の賞味期限があることを伝えました。ついながら、後日 家政婦によりますと、重たいのではないかとのことでしたが、その母堂は 手ぶらでした。しかも、通常の 買い物袋の中身よりは 軽いです。そのうえ、近所であります。 ちなみに、それらのことを話しましたら、誠に有り難いことに、その家政婦は 納得してくれました。

 

 

その母堂に あげた りんごりんごの100%ジュース 七人しちにん

 

 

袋に詰めて あげた りんごりんごの100%ジュース 七人しちにん

 

 

 

 ときに、誠に有り難いことに、その母堂が、母親に 手を合わせてくれました。そして、その母堂が 帰るとのことなので、姿が 見えなくなるまで  見送りました。但し、その母堂は こちらを振り返ることはありませんでした。

 

 (義務教育の方々かたがたに 美しい日本語を 正しい読みかたで 御覧頂こうと思いまして、当初から 振り仮名ふりがなを付けております)

 本日も、最後 まで  お読み頂き、誠にありがとうございます。唯々感謝。(^-^)