「清明」の日 | 神産巣日神(かみむすびのかみ)のブログ

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古来、日本では、「愛」と云う字を使わないで、「産巣日(むすび)」と言いました。「むすび」と云う言葉は、「愛」と云う言葉よりも非常に深遠な意味を含んでいるのです。ときに、神産巣日神は「造化の三神」の内の一柱の神であり、獨神(ひとりがみ)で御座います。唯々感謝。

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 さて、去る 4年前の4月4日(月)の「不思議な一致(「清明」の日)」のブログの上段に、

「(前略)本日は、二十四節気の第5 である『清明』の日ですね。御承知のように、古代の日本の固有思想は 『清き あか き心(清明心)』です。心情の純粋性による 他者との融和を表しています。去る12月21日(月)の『催眠に効果的な言葉』のブログ そして 去る1月6日(水)の『後生の一大事 』のブログ のそれぞれ上段に、『元来 日本人は、自我が薄い。』と記させて頂きました。自我の強い西欧人は、日本人のことが なかなか わかりません。西洋医学の精神科の診断基準を用いますと、前述の 去る1月6日(水)の『後生の一大事 』のブログ の上段に記させて頂きましたように、『【させられ体験(作為体験)】を訴えるような 自我の薄くなった患者さん』にさせられてしまいます。日本語には、相手を主体にして 『させて頂きます』という 誠に奥ゆかしい言葉があります。一般的に、欧米人には 無我という意味がわかりません。欧米では、自我を主張することが、一人前の大人のすることであると信じられているからであります。このことは、本当の日本人が 欧米人に教えてあげなければならないことの 一つ ( ひとつ ) である とされています。 ちな みに、去る  一昨年 おととし の10月22日(水)の『セロトニン(脳内[で機能する神経]伝達物質)』のブログ の中段やや上に、

『(前略)去る10月7日(火) のブログである【日本人の心情】 の中で、【スイスのカール・グスタフ・ユングによると、潜在意識の下に、民族の集合無意識がある、とのことであります。これによると、日本人同志は、大和民族の集合無意識で つな がっています。】と記しました。本来、 つな がっていまして、自他一体だからなので 御座 ござ います。

  西田幾多郎 にしだきたろう 氏によりますと、純粋経験においては、主観・客観の対立が無いとされています。(後略)』と記させて頂きました。 西田幾多郎 にしだきたろう 氏に ちな ませて頂きますと、去る 昨年の10月10日(土)の『 心身一如 しんしんいちにょ 』のブログ に、最も日本的な哲学と われる 西田 にしだ 哲学を言及させて頂きました。

 話を 『清き あか き心(清明心)』に戻しますと、この言葉は 二心 ふたごころ がないこととして 中世では 『正直 せいちょく 』、そして、近世では 『誠』に移って ったとされています。なお、去る12月15日(火)の『教育勅語』のブログ の上段に、

『(前略)去る 昨年の10月5日(日)の【ボランティア・高尾山登山】のブログそして 去る(昨年の)1月21日(水)の【ボランティア・高尾山登山・その2】のブログ で、

【(前略)18年間、月二回、日曜日に、・・・ボランティアを、このトップの 方々 かたがた 二人 ふたり に委託されて、 おこな って参りました。そのボランティアで、過日、子供達と父兄を連れて・・・(後略)】と お伝え申し上げました。このボランティアでは、屋内で行われるとき 毎回の朝礼で 教育勅語の奉読がなされていました。18年間の内、17年間は なされていました。この前後の17年間は、朝礼の司会も 担当していました。(中略)なお、母校の大学の元・学長も、教育勅語は いいと話していました。(後略)』と記させて頂きました。この司会として、四月最初の入園式のときに 本日と同じ『清明』の日でありまして 式の冒頭で 『本日は 二十四節気の【清明】の日であり、誠に 相応 ふさわ しい日であります。』と申しました。(後略)」と記させて頂きました。そして、本日も、この「清明」の日ですね。

 

 (義務教育の方々かたがたに 美しい日本語を 正しい読みかたで 御覧頂こうと思いまして、当初から 振り仮名ふりがなを付けております)

 本日も、最後 まで  お読み頂き、誠にありがとうございました。唯々感謝。(^-^)