牧畜による一酸化二窒素の放出
牧畜を行うと強力な温室効果を持つメタンが排出されることは以前紹介しました
が、他に一酸化二窒素という温室効果ガスも排出されます。家畜の排泄物に含まれる窒素分や、肥料として投入する窒素がその原因とされます。何度も出てきている放射強制力の図によると、一酸化二窒素は、二酸化炭素、メタン、ハロカーボン類に次いで温暖化への寄与が大きいことが分かります。
図1 おなじみの放射強制力を示す図。一酸化二窒素は+0.2W/m^2ほど。
牧畜はメタンや一酸化二窒素など温室効果ガスの発生につながったり、森林伐採や穀物のロスなども考えるとコストが高かったりするので、気候変動問題の観点からはやや敵視されていたかもしれません(敵視というほど強烈なものではないですが、いい表現が思いつかなかった・・・)。IPCC議長が「肉食を減らそう」という提言をしたこともありました
。
ところで、どうも牧畜による一酸化二窒素の排出量は過大に見積もりすぎていたのではないかという報告がありました。doi:10.1038/nature08931によると、最大で72%も過大に見積もっていたのではないか、とのことです。
牧畜を行っていない草原では、春先に土壌から一酸化二窒素が大量に放出されます。しかし、牧畜を行っている草原では春先の大量放出が抑制されているとのことです。IPCCでは、牧畜による一酸化二窒素は0.06Tg/年程度と見積もっていましたが、土壌から放出される一酸化二窒素が減少することを考慮すると、牧畜の寄与は0.04Tg/年程度になるのではないか、とのことです。
この報告は、モンゴルなど比較的冷涼な気候の草原を対象としているので、サヘルなど比較的温暖な草原ではどうなのか調査する必要はあると思いますが、牧畜による一酸化二窒素の放出は思ったほど多くはない可能性がある、ということになるかと思います。
なお、牧畜に何の問題もないということは言っているわけではありません。一酸化二窒素の放出は思ったより少ないとはいえ、温室効果ガスが放出されるのは間違いないですし、あるカロリーの肉を作るには大量のカロリーが必要なのも間違いありません。気候変動の問題がないとしても、できるだけ牧畜への依存を減らすほうが望ましい(特に先進国において)のは、多くの観点から間違いないでしょう。
ワイン飲みながら生ハムとか食べてる私が言うのも説得力がないですが・・・
4/15追記 毎日新聞でも 報道されました
銃・病原菌・鉄
朝日新聞の記事で 、この10年に出版された本のベストに選ばれたのを記念して紹介してみます。
銃・病原菌・鉄 。私は学生時代に読んで、大変な衝撃を受けた本です。
この本の表紙は、スペインのピサロ がインカ帝国皇帝アタワルパ を捕らえたシーンです。ヨーロッパの文明が新大陸の文明に対し優位に立ったことを示す象徴的な図です。しかし、ここで疑問が生じます。なぜ、アタワルパの配下の将軍がヨーロッパに攻め込みカール5世を捕らえたのではなかったのでしょうか?
人類はアフリカで発生しました。それにも関わらず、なぜアフリカは「最も貧しい大陸」なのでしょうか?
多くの時代において、文明の先進地はイスラム世界や中華世界でしたが、なぜ現代において西欧文明が世界を席巻しているのでしょうか?
根本的な疑問として、なぜ、世界は不均衡なものとなったのでしょうか?
その理由を、圧倒的な博学ぶりで著者は論じていきます。さまざまな論拠をあげ、究極的には「大陸の配置」に帰結するとしています。そこにいたるストーリーは、生半可なミステリーでは全く太刀打ちできないほどの愉しさです。まさに「知の冒険」です。
詳細を語ることは、推理小説の真犯人を教えてしまうようなものです。まだ読んでいない方、ぜひこの本をお読みください。絶対に、損はしませんよ。
いわゆる「クライメイトゲート事件」雑感
そもそも「クライメイトゲート事件」という名称自体が、有罪が確定したかのような印象を与えるもので問題があると思っています。が、すっかり定着してしまったようなので、とりあえずここではクライメイトゲート事件としておきます(なお、wikipedia では賢明にもその名前を避け、クライメイトゲートで検索すると転送されるようになっています。)
クライメイトゲート事件は、簡単に言うと「ハッキングによりメールを入手し検討した結果、気候変動問題の研究者がデータの不正操作を行っていた可能性があることが分かった」というものです。去年の12月に報道され騒ぎになりましたが、このほど「研究を裏付けるためにデータを隠したり改ざんしたりした証拠はない」とする報告書が出されました。
http://www.cnn.co.jp/science/AIC201004010004.html
そもそもハッキングという行為が犯罪であることは言うまでもありません。不正の内容というのも(もし不正の内容が本当であるとしても)大局に影響するようなものでもありません。また、ハッキングされたCRUは気候変動研究の拠点のひとつですが、CRUだけが気候変動研究をしているわけではなく、全世界で気候変動研究は行われており、それら全てが人為的な要因による気候変動を支持しています。
つまり、はっきり言って今回の報告書の結論は「当たり前のこと」です。勝ち目がない訴訟を起こし、このたび原告敗訴の判決が出た、という話に近いです(原告は上告するかもしれませんが)。
ただ、今回の件で、CRUのジョーンズ博士は自殺まで考えたとも報道されています。
http://www.google.com/hostednews/afp/article/ALeqM5gVcgsgWik5w7s-vMhYuYJra5IiYA
大学などの研究機関や、国連やIPCCなどの検討機関も、この問題に対応する必要に迫られ、気候変動問題の理解やそのための対策検討などは一時的に停滞したかもしれません。となると、そもそも勝ち目のない「戦い」ではあったのですが、気候変動に懐疑的(というよりは、否定したい)人たちは、ある意味その目的を果たせたのかもしれません。もしそうだとすれば、これは全く残念なことです。
とはいえ、かつてES細胞研究で(こちらは本当に)大規模な不正があり 、研究が一時的に大打撃を受けたことがありますが、それにもかかわらずその後研究は進み、現在のiPS細胞に代表されるように花形的な分野であり続けています。一部の学者が不正をしていても、総体としてES細胞に関する研究は価値があるものだったのです。
それが今回は、一部の研究者の不正の証拠すらなく、当然ながら総体としての気候変動研究の価値は揺らがないのです。研究や対策が大規模に遅延することはない、気候変動研究はそれほどヤワなものではないだろうとも考えています。
暗視野電子顕微鏡
原子1つ1つがはっきり見えてる・・・。しかも、それぞれの原子が何か同定できている・・・。
すごい。いずれ(まだまだ先の話でしょうが)MSもNMRも不要になり、見れば構造決定ができるという時代が来るんじゃないか、そう思ってしまう記事でした。
参照:doi:10.1038/nature08879
私事ですが、私も普段、SEM-EDX で元素分布のイメージングなどしていますが、原子1個レベルでのイメージングとか次元が違います。
暗視野電子顕微鏡:暗視野顕微鏡観察 を電子顕微鏡に応用したもの。暗視野観察は微細構造もはっきりしますが、どうしても像が暗くなるので強力な光源が必要です。電子顕微鏡で暗視野観察をする場合は加速電圧を上げてやる必要がありますが、電圧を上げると試料が破壊されるという問題があります。今回は低電圧(といっても60kVですが)で観察できたことが重要なことのようです。
原子の同定:重い原子ほど明るく撮像されています。下のグラフは、上の写真のX-X’およびY-Y’の距離を横軸に、像の明るさを縦軸にとったものです。ホウ素・炭素・窒素・酸素が明確に区別されています。
海に沈む島
インドとバングラデシュの国境、ガンジス川河口の少し沖に、ニュームーア島(New Moore island), と呼ばれる島がありました(new moore島はインドでの呼称で、バングラデシュではsouth talpatti島と呼称されているようです)。面積は約10.4平方キロメートル。インドとバングラデシュの双方が領有権を主張して、係争地域となっていました 。
ところが、温暖化に伴う海面上昇と土壌浸食が重なり、島が水没、係争自体が無意味なものになってしまったというニュースが流れました。
http://blogs.nature.com/climatefeedback/2010/03/climate_change_stops_fighting.html
http://www.timesonline.co.uk/tol/news/environment/article7075322.ece
まず、海面上昇は世界中均一ではありません。地域により大きな差があります。
図1 ここ10年17年の海面水位の変化。海面が上昇している海域も低下している海域もある。平均すると3.26mm/年の速度で上昇している。AVISO HP
より。
水没したnew moore島ではどうでしょうか。島の付近にある大都市、コルカタ
の水位の変化を見てみます。
図2 1930年以降のコルカタの海水面の変化。70年で40cmほどの海面上昇があったことが見て取れる。PSMSL
(Permanent Service for Mean Sea Level)HPより。
ニュースでも、島の付近では、西暦2000年ごろまで海面は3mm/年、2000年以降は5mm/年の速さで水位が上昇していたと報じられています。海面上昇だけでなく土壌浸食の影響もあるとされますが、今後似たようなことは各地で発生するでしょう。
ベンガルデルタやナイルデルタ、,メコンデルタなどは海面上昇に非常に脆弱とされます。先日、ナイルデルタの海面上昇に対する脆弱性を警告するニュース もありました。悪いことに、これらのデルタ地帯は人口密集地で穀倉地帯でもあります・・・。