ハロルド・ユーリー
ハロルド・クレイトン・ユーリー(Harold Clayton Urey)、1893-1981、アメリカ
同位体分析により過去の水温を再現可能なことを発見
私にとって、ユーリーは気候学とは別の分野での業績のほうが馴染みがあります。ユーリは、教え子のミラー と共に、簡単な物質からアミノ酸などの複雑な物質が生成しうることを実験により証明しました。これは生命の起源に関する記念碑的な成果であり、彼らの名を冠してユーリー・ミラーの実験 と名づけられています。また、重水素 の発見者としても有名で、その功績によりノーベル化学賞を受賞しています。他にも多数の賞を獲得しており、20世紀を代表する科学者の一人としてもいいかもしれません。
図1:ユーリー・ミラーの実験の図。原始大気に含まれたであろう窒素・メタン・アンモニア等の簡単な物質と、雷を模した放電、海からの蒸発と降水を模した凝縮とによって、アミノ酸のような複雑な物質が合成されることを示した。アリゾナ大HP より。
ユーリーは、気候変動に関する研究においても重要な業績を挙げています。ユーリーの初期の研究テーマに、前回紹介した ニーアと同じ、同位体に関する研究があります(重水素発見もその成果の一つです)。その研究成果の一つとして、「同位体比の違いにより、水は異なる挙動を示すであろう」という予測を打ち立てました(1947年)。やがてこの予測は、過去の水温を再現する「古水温計」として実用化されることになります。
では、なぜ同位体比で過去の水温が分かるのでしょうか?
酸素は同位体として16O、18O持ちます(17Oもあるが存在量が少ないのでとりあえず無視)。ということは、水(H2O)は、H216OとH218Oの2種類が存在することになります。この2種類の水はわずかに重量が違うため、わずかに異なる挙動を示します。また、二酸化炭素(CO2)にもC16O2とC18O2の2種類があり、これもまたわずかに異なる挙動を示します。
ポイント1:水と二酸化炭素は、わずかに性質の異なる分子が存在する。この性質の違いは同位体比に由来する。
ところで、サンゴや貝に代表されるように、水中には殻をもつ生物が多数生息しています。これらの生物の殻は炭酸カルシウムという物質でできています。サンゴや貝が炭酸カルシウムの殻を作るとき、原料の炭酸イオンとカルシウムイオンは水中から取り込むので、殻の同位体比は水中の炭酸イオンの同位体比を反映します。なお、炭酸イオンは空気中の二酸化炭素と水が反応して生成するので、水の同位体比の影響も受けることになります。
ポイント2:サンゴや貝などの殻を構成する炭酸カルシウムは、殻が作られた時に取り込まれた水および二酸化炭素に含まれる酸素同位体比を保存している。
そして、二酸化炭素が水に溶けて炭酸になるといいましたが、この反応は一方通行の単純なものではありません。二酸化炭素⇔炭酸⇔重炭酸イオン⇔炭酸イオンの間を行ったり来たりしています。行ったり来たりする間に、酸素同位体のわずかな性質の差により、各分子に含まれる18Oの割合が変わってきます。ということは、サンゴなどの殻に含まれる18Oも水温につれて変化します。
図2:二酸化炭素の水中での挙動。灰色:炭素 赤:酸素 白:水素。この4つの分子を激しく行き来している。行き来する過程で、含まれる酸素の同位体比が変わっていく。
水温による二酸化炭素-炭酸の同位体分別とは別の機構として、水温が低いほど生物が取り込む18Oの比率が多くなるという機構もあります。これによって、水温が低いほど殻に含まれる18Oの割合が多くなることになります。
他にもpHなどの要因もあって単純な比例関係にはならないのですが、まとめると以下のようになります。
ポイント3:多くの要因はあるものの、基本的には水温が低いところでできたサンゴや貝の殻ほど多くの18Oを含む!
ユーリーらは実際に約1億年前(ジュラ紀)の貝の化石を用いて分析しました。貝は成長線を持つので、たとえ1億年前であろうと化石の状態が良好であれば、その季節変動まで追うことができるのです。成長線に沿って貝殻を削り取り、そこに含まれる酸素同位体比を分析しました。そして、この貝が生息していた1億年前のスカイ島 では、夏の水温は約21℃、冬の水温は約15℃であったと推定したのです(1951年)。
この時の酸素同位体比の差は、わずか0.15%程度に過ぎません。しかし、こんなわずかな差でも、ニーアが改良した同位体質量分析装置なら分析可能でした。過去の気候を0.数℃単位で知ることが可能になったのです。
後は、どこからサンゴや貝の殻を集めてくるのか、また、そのサンゴや貝が生きていた年代はいつなのかどうやって決定するのか、という問題が残ることになります。しかしこれが容易ではありません。サンゴや貝の化石は、どこにでも転がっているものではありません。ましてやその年代決定は容易ではありません。過去の気温を再現するには、世界のいたるところで化石を採取でき、年代決定も容易な生物を用いる必要があったのです。そんな生物はいるのでしょうか?
その答えは、意外に早く見つかることになります。
参考ページ:
ブループラネット賞受賞者記念講演
http://www.af-info.or.jp/blueplanet/doc/lect/2005lect-j-shackleton.pdf
The national academies press
http://www.nap.edu/readingroom.php?book=biomems&page=hurey.html
酸素と水素の同位体地質学
http://www.gsj.jp/Pub/News/pdf/1978/05/78_05_02.pdf
化石
http://ir.lib.shizuoka.ac.jp/bitstream/10297/602/1/080225002.pdf
参考文献:
チェンジング・ブルー
http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/00/1/0062440.html
海と環境
http://shop.kodansha.jp/bc2_bc/intro_idc.jsp?id=28080
海洋地球環境学
火山の噴火と今後の気候
NASA HP
より。画面左上のアイスランドから、画面右下シェトランド諸島方面に向け噴煙が流れている。
アイスランド、エイヤフィヤットラヨークトル氷河 の下にある火山が噴火しました。噴煙がヨーロッパ各地を覆い、空港が閉鎖されるなど影響が拡大しています。
同じくNASA HP
より。噴煙がドイツやポーランドにまで到達している。
アイスランドはまさに火山の島で、このような噴火はしょっちゅう起きています。1783年、近くにあるラキ火山が噴火しました。この時の噴煙は北半球全域を覆い、日射が遮られた結果、北半球全体の気温が約1℃低下するという事件がありました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%82%AD%E7%81%AB%E5%B1%B1
http://hakone.eri.u-tokyo.ac.jp/kazan/koukai02/hirabayashi.html
では、今回の噴火も気候に影響を与えるでしょうか?
火山の噴火の規模を表す指標にVEI (Volcanic Explosivity Index、火山爆発指数)というものがあります。VEIが大きいほど巨大な噴火であることを示します。地震でいうところのマグニチュードに相当すると言っていいでしょう。
例えば1990年の雲仙普賢岳の噴火はVEI=2、1914年の桜島噴火(桜島と九州が陸続きになった噴火)はVEI=4です。近年最大の噴火だったのが、1991年のピナツボ山の噴火で、VEI=6でした。ピナツボ山の噴火は全世界の平均気温を0.4℃低下させたと見積もられています。
1783年のラキ火山の噴火もVEI=6程度と推測されており、一般にはVEI=6を上回る噴火なら世界の気候に影響を及ぼしうると考えられています。
今回のエイヤフィヤットラヨークトルの噴火の規模はまだ分かりませんが、今のところピナツボ火山の噴火ほどではない(VEI=6以上ではない)と思われ、世界の気候に影響を及ぼす規模ではなさそう です。ただし、もちろん今後噴火は活性化することもありえます。
余談:
VEI=7、VEI=8クラスの噴火になると、国家あるいは全世界クラスの巨大災害になります。
例えば九州には、過去数万年以内にVEI=7クラスの噴火をした火山だけでも阿蘇 ・姶良 ・阿多 ・鬼界 と多数あります。今から9万年前の阿蘇噴火のときは、火砕流が九州の大半を埋め尽くし、一部は海を越え本州にまで達しています。7,000年前の鬼界カルデラの噴火では、同じく火砕流が海を越えて九州南部に達し、九州南部の縄文文化は壊滅したとも言われます。
VEI=8となると、インドネシアのトバ とアメリカのイエローストーン が該当します。7万年ほど前、人類はその人口を極端に減らしたことが分かっていますが、この時期とトバの噴火の時期は一致し、トバの噴火が人口急減の原因と目されています。人類滅亡の瀬戸際だったといえるかもしれません。
現代文明はこのクラスの噴火を経験していません。これは全く幸運なことです。ひとたび発生すると文明はどうなるのか、想像もつきません。現状では対策の取りようもないのが事実でしょう。何百年か何千年かのうちには必ず巨大噴火が起きます。そのとき人類は対策をとれるようになっているのでしょうか。
太陽活動と気候の関係
現在起きている気候変動の最大の要因は、人間活動により生じる温室効果ガスです。しかし、温室効果ガスだけが気候に影響を与えるわけでは、もちろんありません。ミランコビッチ・サイクル に代表されるように、自然要因も大きく関与しています。
14世紀から19世紀にかけ、「小氷期 」と呼ばれる寒冷な時期がありました。諸説ありますが、地球平均気温は最大で1℃ほど低下していたとされます。特にヨーロッパでは気温低下が顕著でした。テムズ川の氷結やグリーンランド入植地の全滅、打ち続く飢饉などがこの間に起きています。
小氷期の原因と考えられているのが太陽活動の低下です。小氷期の最も気温が低かった時期と、マウンダー極小期 と呼ばれる太陽黒点がほとんど見られない時期は、よく一致することが知られています。黒点が少ない≒太陽活動が低調とされますので、太陽活動の低下が小氷期の原因ではないか、と言われてきました。
日本時間15日のScience Now で、やはり太陽活動の低下がイングラント中部の低温化を招いたのではないかとする研究が報告されました。イングランドに残る1659年から現代までの気温の記録は、実際に温度計で測定した気温としては最も古いものです。この記録に残されたイングランドの冬の気温と太陽活動の強さには、やはり相関があるようだ、とのことです。
左図:縦軸は中央イングランドの冬の気温偏差。横軸は太陽フラックス(≒太陽から地球に届くエネルギー)の強度。太陽フラックスと中央イングランドの冬の気温には相関がありそう。
中央図:縦軸は左図と同じ。横軸は北半球平均気温の偏差。中央イングランドの小氷期の気温低下は、北半球平均気温の低下より大きいことが分かる。
右図:縦軸は、左図と同様、中央イングランド冬の気温だが、長期の温暖化傾向を取り除いたもの。横軸は左図と同じ。長期の温暖化傾向を差し引くと、イングランド冬の気温と太陽フラックスの相関がよりはっきりする。
なお、太陽フラックスはシミュレーションにより再現したものとのこと。doi:10.1088/1748-9326/5/2/024001より引用。
現在、太陽活動は低下しているとされます。太陽活動が低下すれば、イングランドに厳冬が訪れる頻度が高くなる可能性があると指摘されています。
図2:太陽活動の変動。20世紀はかなり太陽活動が活発な時期であったと言えそう。今後太陽活動は低下する可能性が指摘されている 。wikipedia より。
ただし、これは地球全体が太陽活動低下の影響を大きく受けることを示すものではありません。あくまでもイギリスなど局地的な気候で起こりうることを示したものです。全球平均で見ると、太陽活動低下の影響より温室効果ガス増加の影響のほうがはるかに大きく、太陽活動は温暖化傾向を打ち消せるようなものではありません。
この研究をまとめると以下のようになるかと思います。
・太陽活動とイングランドの冬の気温には相関がありそうだ。その原因として、北大西洋でおきるブロッキング現象 と太陽活動に関連があると思われる。
・今後太陽活動は低下する可能性が高いと思われ、これによりヨーロッパでは厳しい冬が多発するようになるかもしれない。
・ただし、これは地域的かつ季節的な影響に過ぎず、全球平均気温に大きな影響を与えるようなものではない。
歯石
歯の詰め物が取れたのでその修繕と、ついでに歯石除去をしてきました。
歯と歯肉の間のポケットに針を入れてポケットの深さを調べる調査は気持ち悪いことこの上ないですが、歯石除去が終わった後の爽快感はいいものです。
歳をとってもおいしいものは食べたいですし、歯のケアはしっかりと。