ミルティン・ミランコビッチ① | さまようブログ

ミルティン・ミランコビッチ①


さまようブログベルグラード大学図書館

ミルティン・ミランコビッチ(Milutin Milanković) 1879~1958、セルビア

ミランコビッチ・サイクルの提唱


 これまでの研究者列伝は温室効果の研究史と言ってもよかったのですが、ここで一度脇道にそれます。

 19世紀ごろ、どうやら過去の地球には氷河が今よりもはるかに発達していた時期があったらしい、と分かってきました。氷期 の発見です。しかも、氷期は繰り返し発生していたらしいことも分かってきていました。

 近い将来また氷期が訪れるのではないかという疑問もあり、氷期がなぜ生じるのかとういう研究が盛んにされていました。ミランコビッチも、それを解明しようと研究をしていました。

 

 まず、どのような条件で氷河は発達するのでしょうか?ミランコビッチ以下の仮説を立てました。

冬の寒さよりも夏の涼しさが重要である。氷点下数十℃にもなるような冬に気温が少々上昇しても氷河が溶けるスピードにさほど影響は出ないだろう。一方、夏は、わずかな気温変化でも溶ける氷河の量は大きく変化するだろう。夏涼しいことが氷河の成長に欠かせないのではないか。

・氷期には主に北半球の高緯度地域で氷河が発達した。ならば、北半球高緯度の夏の気温が重要な要素であろう。

・したがって、北半球高緯度地域の夏の日射量変化が氷期の最大の要因なのではないか。


 さて、この仮説が正しいとして、北半球高緯度地域の夏の日射量を決めるものは何なのでしょうか。

 当時、地球の運動については相当に詳しく理解されていて、地球の自転や公転は一定ではないことがすでに分かっていました。それらが組み合わさって日射に影響を与えているのではないか、とミランコビッチは考えました。地球の運動で、日射に影響を与えそうな要素は3つ。

1.自転軸の傾き

2.歳差運動

3.離心率の変化

 これらの要素が複合的に働いていると考え、その変動を元に北半球高緯度地域に届く入射を計算したのです。後年、ミランコビッチの計算は正しかったことが認められ、入射の変動は彼の名を冠して「ミランコビッチ・サイクル 」と名づけられたのです。

 さて、ミランコビッチサイクルとは何か。ここでは、ミランコビッチの頃にはわかっていなかったことも合わせて説明します。


1.自転軸の傾き

 地球の自転軸(地軸)は傾いています。現在は23.4°傾いています。しかし、いつでも23.4°ではありません。おきあがりこぼしのように、立ったり寝たりしています。
さまようブログ wikipediaより

最も立っているときは22.1°、最も寝ているときは24.5°。現在はちょうどその中間あたり。


 地軸が寝ているとき、緯度の高い地域は、夏の入射はより増加し、冬はより減少します。逆に立っているときは、夏の入射は減少し冬は増加します。地軸が立っているときほど、氷期になる条件が整っているとも言えます。

 自転軸の傾きの変化は、だいたい4万年周期で繰り返しています。


2.歳差運動

 地軸はおきあがりこぼしのように立ったり寝たりしていると言いましたが、そのほかにも「独楽のように首を振っている」という性質があります。これを歳差運動と呼びます。
さまようブログ wikipediaより

 歳差運動。倒れかけのコマの軸がぐるぐる回るように、地軸もぐるぐる回る。


 これにより何が起きるかは、なかなか複雑な話なので要約します。現在の北半球では1月が最も寒い月です。これが、歳差運動により地軸が今と反対側を向くようになると、7月が最も寒い月になります。90°なら4月が最も寒い月になりますし、270°なら10月が最も寒い月になります。

 ところで、地球が太陽の周りを公転していますが、その軌道は円ではなく楕円です。
さまようブログ wikipediaより

 地球の公転軌道は円ではなくて楕円。太陽に近い時期と太陽から遠い時期がある。この図は実際より歪みを強調している。


 現在、地球は1月に太陽から最も近くなり、7月に太陽から最も遠くなる軌道を取っています。つまり、北半球の冬に太陽から最も近く、夏に最も遠いことになります。歳差により夏と冬が反対になったりすると、逆に北半球の夏に太陽から最も近く、冬に最も遠くなることもあります。

 現在のように、北半球の夏に太陽から遠いことは、氷期になる条件があると言えます。歳差運動は約2万年周期です。


3.離心率の変化

 先に書いたとおり、地球の公転軌道は楕円です。しかし、その楕円の度合いが変化します。楕円の度合いを離心率と言い、楕円がきついほど離心率が大きいと表現します(離心率0で完全な円)。



さまようブログ 九州大博物館 より

地球の公転軌道は、楕円がきつくなったり、円に近づいたりを繰り返している。


 円に近づくほど、地球への太陽からの入射はほぼ一定になり、円から遠ざかるほど地球への太陽からの入射は変動が大きくなります。北半球の夏に太陽から遠いほど氷期になる条件があると言えます。離心率の変化は約10万年周期です。


 さて、これら3つの要素をすべて合計してみましょう。離心率、歳差、地軸の傾きの周期はそれぞれ約10万年、2万年、4万年ですが、ここでは5:1:2の周期と近似しました。エクセルで(正確にはopen office calc.で)グラフにしてみます。青が離心率、緑が歳差、オレンジが地軸の傾きの変化に伴う北半球高緯度への入射強度の変動を示し、赤が3要素を合計したもの(=実際の入射強度)です。


さまようブログ

 ただのサインカーブ3本から、複雑なパターンが現れました。しかしこれではいまひとつ良く分かりません。その理由は、3つの要素を全て等価に扱ったからです。実際には影響が大きい要素と小さい要素があるのです。そこで、離心率の強度を2倍、歳差の強度を半分にしてみましょう。


さまようブログ
 だらだら続く入射強度の低下と、その後に訪れる急速な入射強度の上昇。このパターンは、以前紹介した過去の気温変化とよく似ています。



さまようブログ

 過去45万年の気温変化の図


 もちろん、軌道要素は実際にはきれいなサインカーブなどではなく、他にもいろいろな要因があるので、全く同じとはいきません。しかし、氷期の訪れはどうやらこの考え方で説明がつきそうです。

 ミランコビッチの計算はこれほど単純なものではありませんが、おおむねこのような物であったといえます。この計算結果をまとめ、1941年に「地球への日射の規律とその氷河期問題への応用」という本を書き上げました。

 夏の北半球への日射量が氷期の原因となる。日射量の変化の要因は、軌道3要素の複合による。この結論は今では広く受け入れられています。


 しかし、1941年という年、そしてセルビアという地。ミランコビッチ自身もミランコビッチの理論も、苦難の道を歩みます。