さまようブログ -14ページ目

ブループラネット賞

 地球科学分野のノーベル賞に相当すると言っていいかもしれないのがブループラネット賞。その歴代受賞者たちが連名で執筆した共同論文が発表されました。
http://www.af-info.or.jp/bpplaureates/index.html 
 執筆者リストはこちら(PDF開きます)。何とも豪華なメンバーです。
 
 
今後、持続可能な社会を実現するための解決策として、以下の6つを提言しています。転載元はこちら(PDF開きます)。
1) 国の豊かさをGDPで決めるのではなく、自然・人的・社会資本並びに環境にやさしいインフラの 4 つの尺度を基準に評価、さらにこの4つの資本が如何に相互作用をすべきかも考察すべきである。
2) エネルギーや輸送、農業分野への助成金を撤廃すること。この分野における補助金は環境や社会コストを増大し、無駄使い以外の何物でもない。
3) 過剰消費の問題に真剣に立ち向かうこと、女性の地位向上、教育水準の向上、避妊の普及によって人口問題に取り組む。
4) これまで社会から無視されてきた人たちの地位を向上させるよう政策決定プロセスを変革する。経済や社会、環境政策を競合させるのではなく、一体化させる方向で施策を講じる。
5) 生物多様性や生態系サービスを保全・尊重し、グリーン経済の基盤となる市場を創出する。
6) 知識の取得に投資をする。研究や訓練を通して、政府、産業界、社会が持続可能な未来の重要さに気づき、その方向に向かって一歩を踏み出すことになる。

 なるほど、重要な提言です。これが実現されれば、持続可能社会は疑いなく到来するでしょう。しかし、遠い目標であるのも事実でしょう。
 個人的には特に6)が難しいのではないかと感じます。知識の取得に投資可能な人が、この地球上にどの程度存在するのでしょう?幸運にも私は、知識の取得に投資可能な背景を持っていました。しかし、知識取得に投資などできない人が、世界にはたくさんいるはずです。
 知識の取得に投資ができるようになるには、ある程度生活の余裕が必要です。そのためにはある程度の経済成長がないと難しいでしょう。いくら「自然資本・人的資本・環境に優しいインフラ」の3つの尺度が豊かであっても、残る「社会資本」インフラが未整備なことには、知識取得に投資することはなかなかに難しいのではないかと思います。
 貧すれば鈍する・衣食足りて礼節を知る。GDPで国の豊かさを決めるのではないのはその通りですが、最低限のGDPなしには6)の目標は達成できないのではないかと個人的には感じてしまいます。
 ・・・まあ、こんなことを、この論文の執筆陣が気づかないはずもありません。英語の論文をしっかり読みこなせば、私のこの疑問に対する回答も書かれているのではないかと思います。しっかり読んでみようと思います。

 “持続可能な発達とは幻想ではなく、世界が蓄積した知識を人類が安全に平和に暮らせるよう仕向ける決心なのです。それを実現するには、環境に対する従来の接し方を変革し、自然と共存し、分かち合い、作用し合う、私たち人間も自然の一部であることを認識することだと思います。”
 とは、かっこいい言葉ですね。

水の足跡

 日本は世界的に見ても降水に恵まれた地域です。それにも関わらず、日本は主に農産物や畜産物の形で、全世界から貪欲に水(仮想水)を掻き集めています。
 仮想水の世界での動きについて述べた総説が発表されました。
http://www.pnas.org/content/early/2012/02/06/1109936109.full.pdf 
 この報告の、特にfig.2を見ると、日本がいかに仮想水を大量に掻き集めているかがよく分かります。日本はドイツやイタリアと並び、世界で最も仮想水の流入が多い国に分類されます(実際にはアメリカが群を抜いて多いのですが、それ以上に流出が多い)。
 乾いた大地というイメージの強いオーストラリアやインドは、実は流出超過です。個人的には意外だったのは、中国も流出超過であることでしょうか。黄砂が日本に飛来する頻度が増えているのは中国が環境問題を軽視しているからだ、と言う声をよく聞きます。それはそれで正しいのですが、中国から日本へ仮想水が流れ込んでいる以上、中国だけ責めれていればよいというわけでもありません。 

仮想水の世界での動き。赤は流入超過を、緑は流出超過を示す。上記文献fig.2引用。


 ただ、日本は仮想水の流入は多いものの、ウォーターフットプリントは世界平均より小さくなっています(国内で農産物や工業製品を製造する水効率がよいためでしょう)。

国別のウォーターフットプリント。日本は世界平均から見るとウォーターフットプリントは小さい。"Water footprint s of nations: Water use by pefple as a function of their xonsumption patern"より。

 いずれにせよ、今後人口増加や気候変動により水不足・水の争奪戦が起きる可能性はかなり高いわけで、そうなると今のように海外から仮想水をじゃんじゃん集めてくることはできなくなるかもしれません。
  せっかく日本は「仮想ではない」水には恵まれた国なのですから、リスク回避の意味でもやはりもう少し農業に力を注ぐべきではないかなあ、と田舎者としては思うのでした。


気象庁からの2つのデータ

 今月に入って、気象庁HPに2つの重要なデータが公開されました。

・海洋内部の水温上昇
これまでも、海洋の表面付近の水温については分析公開されていました。しかし今回は推進700mまでの水温の推移を示したものです。


上段:海洋表層の水温の経時変化
下段:水深700mまでの水温の経時変化(今回新たに発表された)
気象庁HPより。

 水は大気より熱容量がはるかに大きく、わずか0.02℃/年という上昇幅でも蓄積された熱量は膨大なものになります。
 0.02℃/年なんて測定誤差範囲なんじゃないか?という疑問を持つ人も多いかと思います。その疑問はもっともなものですが、水温測定は多数の地点で何度も何度も測定されています。測定回数が増えるほど測定の信頼度は高くなるものです。

 下段のグラフで藤色に網掛けされた部分は、「95%の確率で水温の推移はこの範囲内におさまる」ことを示しています。

・対流圏上部の二酸化炭素濃度の公開


上段:地表付近の二酸化炭素濃度の推移
下段:高度6kmの二酸化炭素濃度の推移
気象庁HPより。

 上空6kmでも、二酸化炭素濃度は着実に上昇を続けています。また、地表と同様の季節変化が見られます。
 大気(対流圏内)は十分に混合されているわけで、これはまあ当たり前の結果ではありますが、人類の活動が大気上層にまで強い影響を与えていることを示す訴求力のあるデータであると思います。
 改めてこのグラフを見ていて思ったのですが、全球平均の二酸化炭素濃度はあと数年のうちに400ppmという大台に到達します。その報道を、我々はどんな気持ちで受け取ることになるのでしょうか?


氷床融解が海面上昇に与えている影響

 温暖化に伴い、海水の熱膨張および氷床の融解が進み、海面上昇が見られます。
 これまで、海水の熱膨張と、南極およびグリーンランドの氷床の融解による海面上昇幅は比較的よく計算されていました。しかし、氷床はなにもこの2つだけではありません。各地に氷床は存在します。これらの融解まで考慮した海面上昇幅はまだはっきりしたデータはありませんでした。
 http://www.nature.com/nature/journal/vaop/ncurrent/full/nature10847.html
 により、これら多くの氷床の海面上昇による寄与を計算した結果が得られました。この報告のミソは、衛星からの観測データを厳密に解析したことにあると言えます。 これによると、2003~2010年の間に南極とグリーンランドを除く全地球で失われた氷床は148±30Gt/年に達すると計算されました。これは、0.41±0.08mm/年の海面上昇をもたらす計算になります。
 地域ごとに見ると、ヒマラヤなどのアジアの高山の氷床は思った以上に失われていないという結果がでました。一方で、アラスカを始めとする北米の氷床は氷床の融解が大きく進んでいることも分かりました。
 そして、南極とグリーンランドの寄与もあわせると、全世界の氷床融解は1.48±0.26mm/年の海面上昇をもたらしていると計算されました。これは従来の予測とかなりよく一致していると言えます。

 各要素が海面上昇に与えている寄与。氷河・氷帽、グリーンランド氷床、南極氷床をあわせると、1.19±0.64mm/年になる(ただし1993~2003年のデータ)。気象庁HPより。

 氷床の融解は、IPCC報告後に「思った以上に加速している」とする報告が多くあったように思います。しかし、今回の報告はIPCC予測を裏付けるものだと言えるかもしれません。

火山の噴火が「小氷期」の引き金となった

 いわゆる「小氷期」にはいろいろな議論があります。何が原因なのか、今よりどの程度気温が低下していたのか、そもそも中世の小氷期は地球規模で起きた現象だったのか、などなど。
 いちおう、「原因は太陽活動の低下か火山活動の活発化(またはその両方)・気温低下幅は1℃以内・北半球、特にヨーロッパで顕著だったが全球規模で気温が低下したとする根拠はない」というのが、現時点で最もよく知られた理解だと思います。
 (太陽活動の低下が小氷期の原因だとする意見は広く普及しており、実際、太陽活動の低下でイギリスにおける小氷期の気温低下は説明できるとする報告を以前紹介しています。が、これはあくまでイギリスの話であり、全球規模で小氷期を説明できるというわけではありません。)

 先日、小氷期と太陽活動・火山活動に関する報告が発表されました。
http://news.sciencemag.org/sciencenow/2012/01/volcanoes-indicted-for-europes-l.html?ref=hp 
http://www.agu.org/pubs/crossref/2012/2011GL050168.shtml 
 
 1150年頃から、グリーンランド南部の平均気温は低下しはじめています。しかしこの時期、太陽活動の低下はまだ見られていません。一方で、大気中に大量の硫酸エアロゾルが放出されていたことが、アイスコアの分析により確認されました。これほど大量の硫酸エアロゾルの放出源は、火山の噴火以外に考えられません。少なくとも、小氷期の「始まり」は太陽活動の低下と無関係と言ってよく、火山活動の活発化による、というのがこの報告の結論です(具体的にどの火山が噴火したのかは現段階では不明です)。
 
 次なる問題は、これに続く小氷期において、火山活動だけでなく太陽活動の低下もまた影響を与えていたのかどうか、です。しかし、これも明らかな相関があるとは判定されませんでした。では火山活動なのでしょうか?
 通常の理解では、よほど巨大な噴火でない限り、火山からの噴出物が何十年・何百年も寒冷な気候をもたらすことは考えにくいように思えます。しかし、一時的な寒冷化→大西洋を南下する氷山が増え海水の塩分濃度低下→メキシコ湾流の弱体化というフィードバックにより説明可能、との結論がモデル計算により得られました。小氷期の気温低下はヨーロッパで顕著だったことも、これでうまく説明できます。

 これをもって「小氷期と太陽活動は無関係」ど結論付けられたりはもちろんしません。太陽活動はあまり関係ないとする側にちょっと針が振れた、という程度でしょう。実際、太陽活動と関係があるとする報告もあるわけですし。
 とりあえず、「太陽活動が停滞する時期に入るからこれからは寒冷化する」と自信満々の主張が見られますが、そもそも太陽活動がマウンダー極小期なみに低下しても平均気温が低下するという確証はないことを理解しておく必要はありそうです。