カーちゃん帰宅
午後三時ごろ、お袋を施設から連れて帰ってきた。帰り際、ショートステイ中の状態は安定してとくに変わった様子はなかったと、介護士は手短に説明した。
一年ほど前、応対が突然、大仰なほど丁寧になったことがあった。エレベーター前まで見送りし、「ありがとうございました」といいながら深々と頭をさげ、扉が閉まるまで顔を上げなかった。あまりにバカ丁寧で、かえって気持ち悪いので、やりすぎだからやめてくれというと、しばらくして普通にもどった。老健にせよ、特養にせよ、サービス業であり、利用者はお客さまである。病院だってサービス業だと俺は思っている。だけど、度を超した丁寧は背筋がむずかゆくなる。病院で「○○さまー」と呼ばれるのもなんか変だ。「さん」でいいではないか。
いま世の中わかしているオリンピックにほとんど興味がわかない、女子マラソン以外は。野口みずきは出場できるのか、それがいちばんの気がかりだ。
一年ほど前、応対が突然、大仰なほど丁寧になったことがあった。エレベーター前まで見送りし、「ありがとうございました」といいながら深々と頭をさげ、扉が閉まるまで顔を上げなかった。あまりにバカ丁寧で、かえって気持ち悪いので、やりすぎだからやめてくれというと、しばらくして普通にもどった。老健にせよ、特養にせよ、サービス業であり、利用者はお客さまである。病院だってサービス業だと俺は思っている。だけど、度を超した丁寧は背筋がむずかゆくなる。病院で「○○さまー」と呼ばれるのもなんか変だ。「さん」でいいではないか。
いま世の中わかしているオリンピックにほとんど興味がわかない、女子マラソン以外は。野口みずきは出場できるのか、それがいちばんの気がかりだ。
明け方はもう秋の気配だ
先ごろ芥川賞を受賞した「時の滲む朝」を読みはじめた。三分の一まで読み進んだが、著者が中国人のせいか、日本語がしっくり滲みてこない。読後感想は2、3日後に。
―――――――――――――――――――――――
あすは、お袋が一週間のショートステイを終えて自宅に帰ってくる。昼過ぎに施設に迎えにいかなければならない。ふたたび介護の日々が始まる。
被介護者が一週間なり二週間なりのショートステイ、あるいは入院を終えて自宅に戻るとき、介護者が「もう介護はできない」と音をあげる人が多いらしい。とくに老老介護の場合、もとの介護生活にもどることがたいへんつらいようだ。俺はその気持ちがよくわかる。いっとき介護から解放されると、もどりにくいのだ。俺の場合はまだ体力もあるし、介護がつらいとは思っていないから、気持はすぐに切り替えられるが、いつそれができなくなるかわからない。
―――――――――――――――――――――――
あすは、お袋が一週間のショートステイを終えて自宅に帰ってくる。昼過ぎに施設に迎えにいかなければならない。ふたたび介護の日々が始まる。
被介護者が一週間なり二週間なりのショートステイ、あるいは入院を終えて自宅に戻るとき、介護者が「もう介護はできない」と音をあげる人が多いらしい。とくに老老介護の場合、もとの介護生活にもどることがたいへんつらいようだ。俺はその気持ちがよくわかる。いっとき介護から解放されると、もどりにくいのだ。俺の場合はまだ体力もあるし、介護がつらいとは思っていないから、気持はすぐに切り替えられるが、いつそれができなくなるかわからない。
オリンピックが始まったが……
ど派手な演出をするであろう開幕式は興味がないので、テレビも見なかった。新聞によると、論語第一章第一句にある「有朋、遠方より来たる、亦楽しからずや」という孔子の言葉から始まったという。「朋友が世界各地からそろってやってきてくれた、なんとうれしいことではないか」といった意味だ。中国人は初対面の相手でも、共通の趣味があったり、波長が合うと、親しみを込めて「朋友(ポンヨウ)」と呼ぶ。友情が深まれば、「老朋友(ラオポンヨウ)」だ。俺にも老朋友が何人かいる。彼らは昂揚して、オリンピックという祭典を迎えているにちがいない。何ごともなく、成功裡に終わってほしいと思う。
だがいっぽうで、厳しく抑えられたチベットや新疆ウイグルの人々はこのオリンピックをどのように見ているのだろうか。当局は、彼らの不穏な動きをいち早く察知し、押さえ込もうと、必要以上の取り締まりをしているようだ。そんな状況下で、すなおに祭典をむかえているとは思えない。
中国は多民族国家である。ウイグル族はウイグル語を話し、イスラム教を信仰する。チベット人はチベット語を話し、仏教を信仰する。20年前にはじめてウイグルを訪れたとき、それまで見慣れてきた漢民族とのちがいに目を見張った。青い眼、ブロンドの髪、彫りの深い顔、そういう人たちを中国人と呼ぶことに何か違和感を感じたものだ。チベットにはじめて入ったときも同様に感じた。
アメリカのような多民族国家とはちがい、それぞれの民族が千年以上かけて独自の文化を育み、ときには一国として成立していた時代もあった。そういう文化の違い、宗教の違い、言葉の違いを、一つの国としてまとめるうえで中国はどのように乗りこえようとしてきたのか。宗教は迷信に過ぎない、アヘンのようなものだというのは共産主義の宗教観だが、宗教なんて一段劣った民族が信ずるものだという価値観をもっているかぎり、ウイグルやチベットの文化が尊重されることはない。
そういう精神的な暴力だけでなく、武力による弾圧があったこともまちがいない。現にこの春、チベットで反乱が起こり、死者が続出するほどの武力鎮圧があったばかりだ。このような暴力は怨念を増幅するだけである。その怨念が臨界点を超えると、テロに走るのだろう。
オリンピック後、この国は開かれていくのか、民主的な国になっていくのか。いずれにせよ、この巨大な国は世界の一つの基軸に成長していくんだろうねえ。もうなっているか。
だがいっぽうで、厳しく抑えられたチベットや新疆ウイグルの人々はこのオリンピックをどのように見ているのだろうか。当局は、彼らの不穏な動きをいち早く察知し、押さえ込もうと、必要以上の取り締まりをしているようだ。そんな状況下で、すなおに祭典をむかえているとは思えない。
中国は多民族国家である。ウイグル族はウイグル語を話し、イスラム教を信仰する。チベット人はチベット語を話し、仏教を信仰する。20年前にはじめてウイグルを訪れたとき、それまで見慣れてきた漢民族とのちがいに目を見張った。青い眼、ブロンドの髪、彫りの深い顔、そういう人たちを中国人と呼ぶことに何か違和感を感じたものだ。チベットにはじめて入ったときも同様に感じた。
アメリカのような多民族国家とはちがい、それぞれの民族が千年以上かけて独自の文化を育み、ときには一国として成立していた時代もあった。そういう文化の違い、宗教の違い、言葉の違いを、一つの国としてまとめるうえで中国はどのように乗りこえようとしてきたのか。宗教は迷信に過ぎない、アヘンのようなものだというのは共産主義の宗教観だが、宗教なんて一段劣った民族が信ずるものだという価値観をもっているかぎり、ウイグルやチベットの文化が尊重されることはない。
そういう精神的な暴力だけでなく、武力による弾圧があったこともまちがいない。現にこの春、チベットで反乱が起こり、死者が続出するほどの武力鎮圧があったばかりだ。このような暴力は怨念を増幅するだけである。その怨念が臨界点を超えると、テロに走るのだろう。
オリンピック後、この国は開かれていくのか、民主的な国になっていくのか。いずれにせよ、この巨大な国は世界の一つの基軸に成長していくんだろうねえ。もうなっているか。
あらためて憲法を考える
8月に入ると、6日、広島に原爆投下、9日、長崎に原爆投下、14日、ポツダム宣言受諾、15日、天皇による戦争終結の玉音放送と、多大の犠牲をはらいながら日本が敗戦をむかえた太平洋戦争というものを想起させられる。永遠に日本人の記憶にとどめなければならないと思う。満州事変から大東亜戦争にいたる十五年戦争で失われた日本人は310万人。中国、朝鮮、東南アジアにおける犠牲者および連合国側のアメリカ、イギリスの死者は2000万を超えると推定されている。それほど多くの命を犠牲にした戦争を起こし負けた日本が戦後選んだ道は、戦争を放棄した平和国家であった。戦力を放棄した憲法の下で平和を維持し、いかなる戦争にも与することはなかった、自衛隊のイラク派遣までは。
占領軍の押しつけ憲法を改正して自主憲法を制定する、ということを党是とする自民党は、現行憲法を時代遅れだという。どこがどう古びて、時代と合わなくなっているというのだろうか。俺には時代の先端をいっていると思うのだが。そこで3年前に出してきたのが、「自民党・憲法改正案」であった。ところが、これがお粗末なもので、専門家でもないシトウトの俺が突っ込められる程度のものであった。「芥川だより」13号で突っ込んでおいた。
安倍政権がこけて、憲法改正なんて動きはとうぶんはないだろうと思ったが、そう甘くはない。根っこには、現行憲法にたいする反撥というか、見くだしというか、そういう意識が自民党の中にぬぐいがたくある。四月の名古屋高裁で行われたイラク自衛隊派兵の違憲判決にたいする自民党の対応をみれば、憲法の番人である裁判官の判断をまったく尊重していないかがよくわかる。
占領軍の押しつけ憲法を改正して自主憲法を制定する、ということを党是とする自民党は、現行憲法を時代遅れだという。どこがどう古びて、時代と合わなくなっているというのだろうか。俺には時代の先端をいっていると思うのだが。そこで3年前に出してきたのが、「自民党・憲法改正案」であった。ところが、これがお粗末なもので、専門家でもないシトウトの俺が突っ込められる程度のものであった。「芥川だより」13号で突っ込んでおいた。
安倍政権がこけて、憲法改正なんて動きはとうぶんはないだろうと思ったが、そう甘くはない。根っこには、現行憲法にたいする反撥というか、見くだしというか、そういう意識が自民党の中にぬぐいがたくある。四月の名古屋高裁で行われたイラク自衛隊派兵の違憲判決にたいする自民党の対応をみれば、憲法の番人である裁判官の判断をまったく尊重していないかがよくわかる。
飲み過ぎた
一昨日、叡山に登り、根本中堂で祈願を記した護摩木を納めた。護摩壇で焚かれたのは昨日、友人が手術をする日である。それから平日でも賑わいを見せる東塔から、訪れる人がまばらな静かな西塔へ行って、本堂のお釈迦さまに手を合わせる。帰りは、ケーブルをつかって八瀬に下りた。
その日の夕方、彼の奥さんからメールがあった。癌と思っていた影は良性の腫瘍だという報せだ。文面に彼女の喜色があふれていた。俺の顔面もゆるみ、胸をなでる。
それからほこりの積もった狭い仮寓で、ひとりウイスキーをしこたまあおった。10時に駅に向かい、11時10分、酔い酔いで夜行バスに乗る。
信州の自宅についても、アルコールは抜けない。向かい酒にビール一缶あけてから、ベッドに横になった。
――――――――――――――――
ところで、10年ほど前、ジャーナリズム世界でもアカデミズムの世界でも、地球環境の危機が声高に叫ばれたことがあった。10年後未来の地球はどうなっているかわからない、というような口吻で、危機感が強調された。
ところが、10年経ったいま、あのとき叫ばれたほどの危機的な状況にはないように思われる。ほんとうに現在は、人類の生存が危ぶまれるほどの環境破壊が進んでいるのだろうか。
10年前俺も、環境破壊はたいへんな問題なんだ、全人類の生存に関わる問題なんだと思っていた。しかし、最近疑いはじめている。地球温暖化はどれほど深刻なのか、ほんとうに人類が引きおこしていることなのか……。
その日の夕方、彼の奥さんからメールがあった。癌と思っていた影は良性の腫瘍だという報せだ。文面に彼女の喜色があふれていた。俺の顔面もゆるみ、胸をなでる。
それからほこりの積もった狭い仮寓で、ひとりウイスキーをしこたまあおった。10時に駅に向かい、11時10分、酔い酔いで夜行バスに乗る。
信州の自宅についても、アルコールは抜けない。向かい酒にビール一缶あけてから、ベッドに横になった。
――――――――――――――――
ところで、10年ほど前、ジャーナリズム世界でもアカデミズムの世界でも、地球環境の危機が声高に叫ばれたことがあった。10年後未来の地球はどうなっているかわからない、というような口吻で、危機感が強調された。
ところが、10年経ったいま、あのとき叫ばれたほどの危機的な状況にはないように思われる。ほんとうに現在は、人類の生存が危ぶまれるほどの環境破壊が進んでいるのだろうか。
10年前俺も、環境破壊はたいへんな問題なんだ、全人類の生存に関わる問題なんだと思っていた。しかし、最近疑いはじめている。地球温暖化はどれほど深刻なのか、ほんとうに人類が引きおこしていることなのか……。