オリンピックが始まったが……
ど派手な演出をするであろう開幕式は興味がないので、テレビも見なかった。新聞によると、論語第一章第一句にある「有朋、遠方より来たる、亦楽しからずや」という孔子の言葉から始まったという。「朋友が世界各地からそろってやってきてくれた、なんとうれしいことではないか」といった意味だ。中国人は初対面の相手でも、共通の趣味があったり、波長が合うと、親しみを込めて「朋友(ポンヨウ)」と呼ぶ。友情が深まれば、「老朋友(ラオポンヨウ)」だ。俺にも老朋友が何人かいる。彼らは昂揚して、オリンピックという祭典を迎えているにちがいない。何ごともなく、成功裡に終わってほしいと思う。
だがいっぽうで、厳しく抑えられたチベットや新疆ウイグルの人々はこのオリンピックをどのように見ているのだろうか。当局は、彼らの不穏な動きをいち早く察知し、押さえ込もうと、必要以上の取り締まりをしているようだ。そんな状況下で、すなおに祭典をむかえているとは思えない。
中国は多民族国家である。ウイグル族はウイグル語を話し、イスラム教を信仰する。チベット人はチベット語を話し、仏教を信仰する。20年前にはじめてウイグルを訪れたとき、それまで見慣れてきた漢民族とのちがいに目を見張った。青い眼、ブロンドの髪、彫りの深い顔、そういう人たちを中国人と呼ぶことに何か違和感を感じたものだ。チベットにはじめて入ったときも同様に感じた。
アメリカのような多民族国家とはちがい、それぞれの民族が千年以上かけて独自の文化を育み、ときには一国として成立していた時代もあった。そういう文化の違い、宗教の違い、言葉の違いを、一つの国としてまとめるうえで中国はどのように乗りこえようとしてきたのか。宗教は迷信に過ぎない、アヘンのようなものだというのは共産主義の宗教観だが、宗教なんて一段劣った民族が信ずるものだという価値観をもっているかぎり、ウイグルやチベットの文化が尊重されることはない。
そういう精神的な暴力だけでなく、武力による弾圧があったこともまちがいない。現にこの春、チベットで反乱が起こり、死者が続出するほどの武力鎮圧があったばかりだ。このような暴力は怨念を増幅するだけである。その怨念が臨界点を超えると、テロに走るのだろう。
オリンピック後、この国は開かれていくのか、民主的な国になっていくのか。いずれにせよ、この巨大な国は世界の一つの基軸に成長していくんだろうねえ。もうなっているか。
だがいっぽうで、厳しく抑えられたチベットや新疆ウイグルの人々はこのオリンピックをどのように見ているのだろうか。当局は、彼らの不穏な動きをいち早く察知し、押さえ込もうと、必要以上の取り締まりをしているようだ。そんな状況下で、すなおに祭典をむかえているとは思えない。
中国は多民族国家である。ウイグル族はウイグル語を話し、イスラム教を信仰する。チベット人はチベット語を話し、仏教を信仰する。20年前にはじめてウイグルを訪れたとき、それまで見慣れてきた漢民族とのちがいに目を見張った。青い眼、ブロンドの髪、彫りの深い顔、そういう人たちを中国人と呼ぶことに何か違和感を感じたものだ。チベットにはじめて入ったときも同様に感じた。
アメリカのような多民族国家とはちがい、それぞれの民族が千年以上かけて独自の文化を育み、ときには一国として成立していた時代もあった。そういう文化の違い、宗教の違い、言葉の違いを、一つの国としてまとめるうえで中国はどのように乗りこえようとしてきたのか。宗教は迷信に過ぎない、アヘンのようなものだというのは共産主義の宗教観だが、宗教なんて一段劣った民族が信ずるものだという価値観をもっているかぎり、ウイグルやチベットの文化が尊重されることはない。
そういう精神的な暴力だけでなく、武力による弾圧があったこともまちがいない。現にこの春、チベットで反乱が起こり、死者が続出するほどの武力鎮圧があったばかりだ。このような暴力は怨念を増幅するだけである。その怨念が臨界点を超えると、テロに走るのだろう。
オリンピック後、この国は開かれていくのか、民主的な国になっていくのか。いずれにせよ、この巨大な国は世界の一つの基軸に成長していくんだろうねえ。もうなっているか。