飲み過ぎた | 山の声を聴け

飲み過ぎた

 一昨日、叡山に登り、根本中堂で祈願を記した護摩木を納めた。護摩壇で焚かれたのは昨日、友人が手術をする日である。それから平日でも賑わいを見せる東塔から、訪れる人がまばらな静かな西塔へ行って、本堂のお釈迦さまに手を合わせる。帰りは、ケーブルをつかって八瀬に下りた。
 その日の夕方、彼の奥さんからメールがあった。癌と思っていた影は良性の腫瘍だという報せだ。文面に彼女の喜色があふれていた。俺の顔面もゆるみ、胸をなでる。
 それからほこりの積もった狭い仮寓で、ひとりウイスキーをしこたまあおった。10時に駅に向かい、11時10分、酔い酔いで夜行バスに乗る。
 信州の自宅についても、アルコールは抜けない。向かい酒にビール一缶あけてから、ベッドに横になった。
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 ところで、10年ほど前、ジャーナリズム世界でもアカデミズムの世界でも、地球環境の危機が声高に叫ばれたことがあった。10年後未来の地球はどうなっているかわからない、というような口吻で、危機感が強調された。
 ところが、10年経ったいま、あのとき叫ばれたほどの危機的な状況にはないように思われる。ほんとうに現在は、人類の生存が危ぶまれるほどの環境破壊が進んでいるのだろうか。
 10年前俺も、環境破壊はたいへんな問題なんだ、全人類の生存に関わる問題なんだと思っていた。しかし、最近疑いはじめている。地球温暖化はどれほど深刻なのか、ほんとうに人類が引きおこしていることなのか……。