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俳茶居

       義仲寺や秋立つ空に塚二つ (呑亀〉

 秘蔵プーアル茶を愉しむ会 9月23日(土曜) | Facebook(←をクリック)

 連日猛暑に耐えながら頑張っている皆様へ。9月23日(土)に楽しいことが待っています。

阿部克彦氏の所蔵の素晴らしいプーアル茶、今回ははたしてどんなレパートリーとなるのか。

興味津々ですね。小生もスタッフで参加します。申し込み、問い合わせは茶韻館松田さん迄お願いします。

ビッグネームの壁

 ワールドカップ女子なでしこジャパンの活躍に大きな拍手を送りたい。一番に悔しい思いをした選手達そして監督・コーチ・スタッフ、さらに協会関係者は、気持ちを切り替えて4年後を目指してほしい。ベスト8までの戦いは、落ち着いて観られた。ベスト16が出揃い、決勝トーナメント初戦ノルウェー戦も危険な場面は少なかった。しかしベスト4に残るためのスウェーデン戦で敗退した。この試合で技術力、体力、戦略、闘争心どれを見ても、どこか一つスウェーデンに届かなかった。後半惜しいPKや直接ゴールを狙ったFKも、チームの勢いでキッカーの背中を押すことはなかった。 スウェーデンにとり、日本の速攻を止めるゲームプランを常に意識しそしてそれに成功した。冷静になり2011年なでしこジャパンが優勝した時との違いを考えた。そして思ったのは、ビッグネームの存在である。2011年のなでしこチームには澤と宮間の絶対神がチーム内いて重要な局面では彼女たちの指示に従うことで迷いはなかった。(実際アメリカとの決勝戦、後半の同点弾は宮間のコーナーキックに澤が俊敏に走り込みワンタッチで合わせた見事なゴールだった。)さらに相手チームのマークはビッグネームの動きに厳重になる分、他の選手へのスキが出来易くなる。長谷川、清水、田中、宮澤、植木、長野ら日本の中盤・フォワードが、真にビッグネームとして世界で認められるようになれば、ベスト8の壁は自然に越えられる日が来ると考える。頑張れなでしこ、4年後に花咲くと信じている。2023年8月11日 俳茶居

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

表演茶藝設えK氏席(撮影K氏)

 

「天空茶会」と言う『背骨』

蝸牛の茶席設え(2023年6月24日撮影)

   所属する「日本中国茶普及協会認定インストラクター会」主催「天空茶会第二十葉」が、2023年6月24日(土)台東区稲荷町の江戸からかかみ「東京松屋」さんで開催された。コロナ禍期間中開催出来なかった天空茶会は、2022年11月、規模を大幅に縮小し第十九葉として再開された。そして今回は往時の8割の茶席規模に復活しての開催となった。小生も淹れ手として参加、「蝸牛」席でWさんとペアとなり呈茶が叶った。梅雨の季節ではあったが天候にも恵まれ、茶席のお客様は延べ人数で満席となったとの報告があった。おいで頂いたお客様に、心より感謝の気持ちを伝えたい。茶席で何度も本格再開への温かい言葉を頂いたことは、何よりも有難く感謝の気持ちで一杯となった。開催までの準備を献身的に担ってくれたインストラクター会役員各位、今回のスタッフの皆様共々、無事の開催を喜びたい。協会理事の先生や事務局の皆様、今回も会場に駆けつけて頂き、ご鞭撻を賜り感謝である。会場の東京松屋さん、前日の設営作業よりのご配慮に、この場を借りて深謝申し上げることとする。

 翠紫苑の茶席設え

 「天空茶会」は『背骨』である。と、ある時から言い続けている。2011年6月に第一葉がスタートして以来、「天空茶会」は、日本中国茶普及協会認定インストラクター会の中心的な催事となり現在に継承されている。「天空茶会」のメニューは、茶席をメインとし、表演茶藝、淹れ方教室、セミナー、擂茶・八宝茶席、茶葉・茶器販売などが組み合わされ開催されてきた。そして12年の歳月が経ち、「天空茶会」は、しっかりと当インスト会を表す言葉となっているのである。立ち上げに係った者の一人として、12年の時間に起こった様々な「天空茶会」思い出すことができる。それはその時々のお客様やスタッフの顔であったり、茶席設えであったり、呈茶された茶葉そのものであったりする。順風満帆な組織や催事運営などあり得ない。「天空茶会」が、私に燦然と輝いて見えるのは、係わっている多くの人達が、目に見えない所で汗をかいている姿を想像できるからである。組織の理想として思い描く「天空茶会」は、茶席での淹れ手、水屋、表演茶藝担当者、受付、物販担当者を、誰が担当しても安定した運営が出来ることである。淹れ手を新しく務める新人の方のご苦労は免れないが、良き方向に向かっていると思うのである。新しく淹れ手に挑戦された方々は、練習時先輩から指摘が沢山あったのではないだろうか。少し挫けそうになったかもしれないが、お客様に呈茶するには幾多の修養と茶人としての覚悟が必要だと気付くのである。茶の道は深し、されど愉し。そんな道に迷い込んだ私達は、一蓮托生の幸せ者である。「天空茶会」と言う『背骨』、もう少し見続けていたい。

向暑の茶席設え

 コロナ禍は人類にとり百年に一度の厄災。まだ完全に終焉したわけではない。これからも注意を払いながら、確実に嘗ての姿を取り戻せれば良いと考える。

 2023年7月1日      俳茶居

清麗の茶席設え(K氏撮影)

 

茶席スケジュールと茶譜

(日本中国茶普及協会認定インストラクター会HPより)

 

11:00~11:45 第1回 茶席

12:00~12:45 第2回 茶席

13:00~13:15 第1回 表演茶藝

14:00~14:45 第3回 茶席

15:00~15:45 第4回 茶席

16:00~16:15 第2回 表演茶藝

表演茶藝設えH氏席(撮影H氏)

 

 茶席1 向暑(こうしょ)

     緑茶・蒙頂甘露 

     紅茶・正山小種 小赤甘

 

茶席2  清麗(せいれい)

     緑茶・安吉白茶

     烏龍茶・烏崠通天香

   

茶席3  蝸牛(かたつむり)

     烏龍茶・東方美人

     白茶・忙肺古茶樹

 

茶席4  翠紫苑(すいしえん)

     紅茶・雲南紅茶 

     烏龍茶・玉山茶重焙煎

表演茶藝K氏の設え(K氏撮影)

表演茶藝二人の設えにレスリー・チャンの写真・CDが置かれた。没後20年になる。

 

 

 

『松林眞澄の心象風景版画展』或いは二つの捻じれた国旗について

二つの国旗をモチーフにした作品

 

 連休最中の2023年5月1日 府中市美術館で開催された『松林眞澄の心象風景版画展』(2023年5月2日~5月7日)の内覧会に友人達と押しかけ、新緑の展示会を愉しんだ。コロナ禍で長期間直接会っていない友人達がほとんど、久々旧交を温め合った。嘗て新宿のとある酒場で夜な夜な顔を合わせていた多才な個性達、今もそれぞれ輝き人生を送っているとことを確認でき嬉しい気持ちになった。

 芸術家松林眞澄は一段と進化を続けていた。ジクレー(デジタルリトグラフ)技法による版画、数年前の同技法による初期作品は、写真を左右の直線上に引き伸ばす表現にとどまっていたが、今回は回転させたり捻じりを入れたり、オブジェを重ねて印刷したりして表現の幅が大きく増えていた。作家の心に映し出される世界は一度溶かされ、作家のフィルターを通してインクジェットの力を得て作品となる。私達は置いてけぼりにあうか、さらに深く作品に迷い込むかである。

 3年以上世界を苦しめているコロナ禍や、紛争や戦争で犠牲になった人達への作家のまなざしが、作品として表現される気がしてならない。それは一つの世界、一つの繋がっている地上の現実から、私達は逃れることは出来ないことを伝えているのではないか。 ウクライナ国旗とロシア国旗をモチーフとした抽象的なオブジェが浮遊するように描かれた作品(冒頭の写真)から、私達はその解(元の国旗の姿に戻す方法)を尋ねられているのである。 

                2023年5月10日   俳茶居  

松林眞澄作品集

 茶空間『汲古』「早春の新茶会」と茶の「気」について

茶席の茶葉と設え

茶人堀井美香氏の夢が広がった。

 京都北野天満宮近く、上七軒は京都最古の花街。それよりほど近い町屋造りの一角に茶空間『汲古』(きゅうこ)が2023年3月に誕生し、京都の新たな茶文化発信空間を始動させることとなった。

玻璃製の蓋碗

 『汲古』(きゅうこ)とは、「出会いを大切にし、そこから人生の新しい道を汲みだす。」と茶譜のあいさつ文にある。亭主の気持ちが込められた空間で2023年4月21日「早春の新茶会」の客となった。次々と呈茶される素晴らしい春のお茶に、客はなんども桃源郷を浮遊することとなる。この時期これだけの新茶を用意することの難しさを思い、亭主の胆力や仕入れネットワークの確かさ、そして茶会への思いを強く意識させられることとなった。茶譜にある黄茶「温州黄湯」は、初めての体験であった。

歴史ある陽羨雪芽の姿

◇ ◇ ◇

      【茶空間 汲古】 早春の新茶会

       茶譜  ~心躍る新芽の競演~

緑茶   【開花龍頂】 炒青・ 浙江省開花  3月 8日

緑茶   【恩施玉露】 蒸青・ 湖北省恩施  3月25日

緑茶 【老川蒙頂甘露】 炒青・四川省名山区  3月18日

緑茶   【陽羨雪芽】 烘青・ 江蘇省宜興  3月16日

黄茶   【君山銀針】  湖南省岳陽君山区  3月16日

黄茶   【温州黄湯】  浙江省温州市平陽  3月 2日

紅茶【英徳紅茶・英紅九号】広東省清遠市英徳  3月 9日

點心 三種

  「新茶上市」春の訪れとともに、新茶の季節が始まります。小さな

  新芽には、生命観あふれる茶の「気」が満ちています。外観の美し

  さ清々しい香り、豊かな口感をお楽しみください。

◇ ◇ ◇

 

黄茶の名茶君山銀針の姿

 

 茶の「気」について

 生物は季節を体内時計で感じ取り、一年を一区切りとし、毎年今なすべきことを自ら行っている。中国で考案された季節の仕分け方法「二十四節気」の春(立春・啓蟄・雨水・春分・清明・穀雨)、地上の生物は新たに目覚め旺盛な活動を始める。茶もこの時期今年の新芽を出し、新しい力(気)をその芽に込めるのである。それぞれのお茶の生産日から、茶畑の息吹や大自然の理が伝わって来るのである。

 『汲古』茶会で頂いたお茶は、茶譜の口上にあるようにそれぞれのお茶が持つ「気」が漲ってた。香りを聞き口に含み目を閉じると、気分は一気に海を跨ぎ空を渡り、茶葉それぞれが育った大自然の中へと私達を連れ去ってしまうのである。茶席はやがて終わるが、連れ去られた心が現実に戻るには少しの時間が必要となる。余韻という良い言葉があるが、それは今でも続いている。又、茶席でそのことを泰然と司る亭主の技倆と志の高さには感謝の言葉しかない。一期一会、茶人堀井美香氏のご活躍を祈念し再会を期すものとする。          2023年5月4日 俳茶居

英紅9号の姿と茶器

 建仁寺『四頭茶会』という愉悦

会場の建仁寺

 

「方丈」正面の掛け軸 室町時代の画家秋月筆「龍虎の図」中央に栄西画が掛けられている

 

私達の茶礼が終わり和やかな表情を見せる供給僧

 

 2023年4月20日、京都建仁寺『四頭茶会』(⇐クリックで「四頭茶会」の詳細がわかる)にようやく参加が叶った。毎年、開山栄西の誕生日(4月20日)に催されている四頭茶会。コロナ禍の始まった2020年に参加直前で中止が決まり3年間(3回)開催が出来ない状況が続いた。2023年漸く再開されることとなり、感慨深い茶会となった。栄西が修行した中国南宋代の禅宗の寺で行われていた茶礼を、日本で再現したと理解してよい。作法は、「禅宗寺院内の修道行事・法式・作法等を規定した清規(しんぎ)に従うもの」とある(一般文献での初見は、室町期の軍記物『太平記』に「四頭式茶礼」記述が見られる。)。建仁寺以外にも京都東福寺、鎌倉建長寺でも同様の茶礼が行われている。

建仁寺は至る所茶の木があり摘み頃であった。

 

 建仁寺四頭茶会、四頭は四主頭(ししゅちょう)のことで、4人の正客(しょうきゃく:主位、賓位(ひんい)、主対位、賓対位)が対座する禅院斎宴の着席法である。正客4人にはそれぞれ8人の会衆(相伴(しょうばん)客)がつく。今年客は正座から椅子席(嘗てはそうであったと思える。中国には正座の習慣はない。)となり、一回の客数もコロナ禍の影響か本来は36人(9人×4組)のところ、今年は28人(7人×4組)〈*詳しくは冒頭の『四頭茶会』を検索〉となっていた。宋代中国、禅宗寺院で行われていた茶礼、儀礼的要素は大きいが、客へのもてなしの心が感じられる茶礼である。供給の僧(お茶淹れに携わる僧)は時に柔和な表情を見せ、客の緊張を和らげるようであった。驚いたのは、四頭茶会が終了後会場の写真撮影が許可されたことである。いつからそうであったのかは分からないが、時代の変化を目の当たりにしたようであった。当日は方丈での主席四頭茶会の他、建仁寺境内三つの塔頭での薄茶席二席と煎茶席一席、野点の番茶席、本堂他での点心席が用意されており、朝から午後一杯お茶尽くしの一日となった。廻り終えた私達は、4年を掛け漸く本懐を遂げた安堵と充足感に暫く浸っていた。茶旅をご一緒した茶友MさんTさんをねぎらい、愉悦を分かち合いたい。また、茶会の参加の為にご尽力いただいた茶友Hさんに心より感謝の気持ちを伝えることとする。

点心と献立表

 

 方丈での案内役の導師に「一般公開されなかった3年間、四頭茶会はお寺の関係者だけで継承されてきたのでしょうか。」と問うた。答は意外にも「すべて中止」されていたとの返事、四頭茶会の歴史としても大変な事件であったのである。

         2023年4月29日 俳茶居

咲き誇る中庭の牡丹

 

 上野国立博物館「平成館」で開催中の『東福寺展』に出かけた。日本を代表する京都の禅寺東福寺。円爾(聖一国師)により開山された大寺院である。名前の由来も東大寺と興福寺から来ている。京都祇園の建仁寺や鎌倉建長寺の様に、お茶との縁深く毎年開山忌(10月17日)に「四つ頭茶礼」が行われている。今回の展示で小生の目を引いたのは 吉山明兆筆『五百羅漢図』。気迫のこもった全作品(1点はエルミタージュ美術館にあり、複製画となった。)に長く足を止めることとなった。大小国宝の仏像群、円爾ほか高僧達の臨終の時に書かれた詩文遺偈(ゆいげ)ほか書の類など、仏教だけに限らず中国南宋の諸文化の粋が残されている様に思えた。円爾の師匠無準師範との深い交流が諸物から想像することが出来た。日本は長く中国文化を師としその生徒であった。お茶に関してもそうだ。ただ日本に残る「四つ頭茶礼」や「曜変天目」茶碗等、日本に伝わった為に残り現代中国には残らなかったものもある。仏教自体インドで生まれ、中国を経由して日本に届いた宗教であり文化である。近年中国の「文化大革命」は仏教にも容赦のない迫害を加え、多くの寺院が被害を受けた。日本は教わった仏教を現代に継承し、本来茶の道具である「曜変天目」も3個完全な形で残っている。「文化は往還する」は持論だが、日本と中国のお茶に託されたもの、実は大きな使命を帯びているのである。  2023年4月 俳茶居

 東福寺展は2023年5月7日まで開催

会場に再現された秋の「通天橋」

 

紀伊國屋書店2階の「鼓直句集」、「詩という仕事について」(ボルヘス・訳鼓直)

 

  鼓 直(つづみ ただし1930~2019)先生の俳句集を、2023年4月新宿紀伊國屋書店2階俳句コーナーの平積みで見つけた。新宿ゴールデン街『Bar十月』でご縁を頂きお話をさせていただいた。先生はラテンアメリカ文学翻訳の日本での第一人者。ガルシア・マルケス、ホルヘ・ルイス・ボルヘス等を日本語の名著に仕上げた人である。師のお陰で我が家には、50年読みかけの『百年の孤独』(ガルシア・マルケス著 鼓直訳)が書棚で眠っている。

 神戸にお住まいで、東京に出てこられると『Bar十月』の止り木に早い時間からほぼ最終まで、淡々とお酒を友とし、しゃれた会話を楽しまれた。コロナ禍の始まる前年の春物故された。一度旅の途中連絡を取り、神戸でお会いしたことがある。三ノ宮で歓待を受け楽しい思い出となった。

   私達は先生の本業、翻訳の仕事に費やされた労力と膨大な時間に想いを寄せることが出来る。その思索の蓄積は脳の中に大図書館を建てていたに違いない。その意味で俳句は、先生の心を癒す砂漠のオアシスだったかも知れない。思索に疲れた脳は、身のまわりの自然や人事に目をやり、俳句と言う呟きに気付いたのではないだろうか。春の句を記し師を偲ぶこととする。採句から出版まで、大竹晴日虎氏のご尽力に感謝である。

 

  花冷えというひとの手のぬくさかな

  菜の花や落書きの蝶とび立ちぬ

  野あざみもまだ棘もたぬ春の朝

  

「鼓直句集」のとなりには、「詩という仕事について」(ボルヘス著・鼓直訳)

が書店の意図により並べられている。 2023年4月8日 俳茶居

 現代喫茶人の会主催「一人一席春のティーパーティー」が、2023年4月1日、府中郷土の森博物館・県木園で開催された。コロナ禍で3年開催出来なかった。今年漸く18回目の開催が叶うこととなった。主催者、関係者の皆様と席主で参加の7組の皆様に、再開までのご苦労に対し感謝の気持ちを伝えたい。

 毎年4月の一週目の土・日に開催されていた催事であったが、今年は土曜日一日での再開となった。「一人一席春のティーパーティー」の再開に待ちかねていたのは催事に参加した席主だけではない。地元の常連のお客様の熱心さに心打たれた。11:00の開始時にお客様としておいで頂いたお二人、お名前を聞いたこともない方々であるが、再会の嬉しさがこみ上げてきた。茶席は開始から16:00終了までお客様が途絶えることなく続き終了した。30分で2種のお茶を呈茶、桜の花の残るのどかな春の一日を、日本中国茶普及協会で参加した2席をFさんと小生で各々一席を務め、合計41名のお客様と交流を図ることが叶い、素晴らしい野点の一日となった。

 おいで頂いた茶友のA様、I様、H様、S様、Y様に謝意を伝え来年また再会出来るよう祈りたい。   2023年4月2日 俳茶居

  

    茶譜 (30分で二つのお茶)

碧螺春 蒙頂甘露 単芽月光白(蒙頂甘露の後)

 

 

京橋一丁目界隈(2023年3月7日)

  2023年3月9日の記憶 捏造だと騒ぐ元総務大臣

 

 人の記憶は時間の経過の中で希薄になっていく。2023年3月9日、私は今日の記憶を記録し記憶とする。

「表現の自由」という日本国民が第二次世界大戦の敗戦により手にした大切な権利が危険な状態を続けている。人が何かを決める時、正しい情報を基に判断をしていると思うのが自然である。だから正しい情報は何よりも大切だと言ってよい。私達は、社会で起こっている情報を得るために新聞、テレビ、ラジオ、雑誌等のマスコミに大方を頼っている(近年インターネットからの情報が急速に伸びているが、ネットの情報コンテンツは、強力な取材力を持つ新聞・通信社やテレビ局からのものが多い)。その情報を国家の権力者が恣意的に操作することは、民主主義・立憲主義を標榜する国が厳に戒めなければならないことである。安倍政権時代に起こった言論弾圧は様々な形で今に禍根を残している。今回の話は、高市氏が総務大臣時代の話だ。秘密保護法、集団的自衛権、解釈改憲など安倍政権は、憲法の根幹に係る問題を強引に変更させようとしていた。その為マスコミの政権批判にいら立ちを隠せなかった。電波事業は総務省の許認可事業。電波を止めることまでちらつかせテレビ番組一つ一つにクレームを入れ出していた。無くなった番組もあった。古舘伊知郎氏がメインキャスターを務めた「報道ステーション」はその例だと今でも思っている。「関口宏『サンデーモーニング』」も偏向番組とされた。

 安倍元総理が亡くなり間もなく一年となる。彼の野望は独裁政権を作ることであったのだろう。強大な軍事予算でアメリカからひと時代前の武器とシステムを購入しアメリカの先兵として隷属関係を強める。中国や北朝鮮との緊張関係を助長するには、国民に恣意的な情報操作が必要となる。その為電波行政で脅しながら民放各局の政府批判番組を狙い撃ちにしたのである。

 問われている核心は「表現の自由」の価値を基に続けられる「真実の報道」である。国民は常にそのことに注目しなければならない。この国は相当危ないところまで来ている。

              2023年3月9日の記憶とする   俳茶居