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今日の一曲!ゆらゆら帝国「アイドル」

 

レビュー対象:「アイドル」(2004)

 

 

 今回取り上げる楽曲は、そのサイケな音楽性で邦楽ロック界に独特な爪痕を残し解散しても尚存在感を放ち続けているゆらゆら帝国の「アイドル」です。当ブログ上に同バンドの単独記事を立てるのは初だけれど、解散の年に惜しむ気持ちを表明した過去の記述ならあります。

 

 此度の選曲プロセスには前々回の記事が「YOU & I」前回の記事が「YOU & IDOL」だったという足し算の流れがあり、今度は反対にYOU &を引き算して「アイドル」のみを冠するナンバーにフォーカスせんとした次第です。YOASOBIのを筆頭にMONOBRIGHTやCoccoのも個人的には候補でしたが、初出年の古さを重視してゆら帝のそれを対象に定めました。

 

 

 

収録先:『1998-2004』(2004)

 

 本曲の収録先はベストアルバム『1998-2004』です。有名な「夜行性の生き物3匹」や「ゆらゆら帝国で考え中 (Single Version)」は勿論、バージョン・ミックス違いのレアトラックまで聴ける初心者にもコアなファンにも嬉しい2枚組となっています。曲名上の特記は無いものの実は「アイドル」も新録で、インディーズ盤『Are You ra?』(1996)のそれよりも長尺です。歌詞やメロディは同じですけどね。

 

 

 自作のプレイリストに照らすとゆらゆら帝国は7*3の21曲編成となっていますが、今後10*3に格上げしようかと思案しています。参考までに現時点での上位7曲を明かすと、「あえて抵抗しない」「男は不安定」「空洞です」「恋がしたい」「太陽のうそつき」「できない」「船」となり、「アイドル」は上位14曲まででの登録です。しかしこれを格上げする場合に同曲は最上位帯への移行が確実と言えるくらいにはお気に入りなので、初紹介に際して妥協はありません。

 

 

歌詞(作詞:坂本慎太郎

 

 カタカナで「アイドル」と書かれると元の英単語として思い浮かぶのはidolの他に、PC用語のアイドル状態や車のアイドリングでお馴染みのidleも想定されるかと思います。"男は歌い 女は踊る"からスターとしてのアイドルで解釈するのが王道だろうとはいえ(更に言うとutaiとodoruの後ろを繋げてaidoruなのかも)、その背景にある虚無感を示唆する歌詞に照らすと後者での理解も可能です。

 

 "生まれた時に 最初からもう/かんじんなもの 忘れてきた"とナチュラルボーンでビハインドを抱えたままに育った男女が、"2人は出会い そして気付く/かんじんなもの たりないもの"と相互補完の兆しを見るのは蓋し男と女の性で、最終的に"決して2度と/離れはしない"と互いに誓い合える運命的な出会いとは、喩えてアイドリングストップの(=無駄に生きる原動力を浪費しなくて良くなる)関係性と言えます。

 

 "ちっちゃな頃の事"は空虚の履歴になると解せて、"でっかいギターの音/おかしくなりそうな音"に"夕焼け空の下で/もう帰らなくちゃ"と、それぞれはパーソナルで断片的なエピソード記憶という気がするけれど、自身の存在を掻き消す大音量に自分の行動が外部(この場合親?)に制限されている状況の要するに未熟さが、特別な他者を見つけることで是正されていくのはその通りです。

 

 

メロディ(作曲:ゆらゆら帝国)

 

 旋律は二種類しかなく当ブログの区分で表せばV-C形式なのですが、役割ベースで考えると何方がヴァースでコーラスなのか規定し難い節があります。素直に"生まれた時に"~をVとするなら"ちっちゃな頃の事は"~がCになるものの、コーラスらしい振る舞いをしているのは寧ろ次の"男は歌い 女は踊る"~のセクションで、しかしこれはヴァースのメロなので「これV-C逆か?」と迷える次第です。

 

 過去にはスピッツの「スカーレット」(1997)をレビューした際にも近しいことを書いていて、何方がVでCか判然とせず逆に捉えても成立する点がユニークと評した部分で共通しています。つまり本曲に登場するメロは役割上全てが等価で、J-POPのフォーマットに置き換えれば全部がサビとも或いは逆にサビがない曲とも言え、区分は演奏や歌唱のダイナミクスで付けられるところにサイケデリックロックらしさがあって何処までも陶酔出来る楽想です。

 

 便宜上Vを甲にCを乙に置換しまして、シンプルな繰り返しでゆっくりと距離を詰めながら物語の進行を彩る甲と、徐にメロディアスになって郷愁に誘いつつもトラウマチックな帰着を見せる乙との対比で現在と過去を往来した果てに、再びの甲がダンサブルな趣を見せる変化に酔い痴れられます。

 

 

アレンジ(編曲:ゆらゆら帝国)

 

 気怠くもしっかりとしたリズム隊にハードボイルドな風合いのギターが浮かび上がらせるサウンドスケープは空気の淀んだ室内で、"2人"の出会いの場は雑然とした空間であって欲しいと思う僕の理想にぴったりです。

 

 幼少期の回想に入ると俄に音像がウェットになって「擦れていなかった頃」を匂わせる説得力があるけれど、そのビジョンは強迫観念じみているため眩暈のするような響きへと囚われていきます。なればこそ忘我の歌と踊りでこれを振り払う必要があり、"男は歌い 女は踊る"に似合うのは淀んだ空気を吹き飛ばす力強い伴奏で納得です。

 

 中盤のギターソロはとりわけ素晴らしく、泣き出しそうな音色と叙情的なラインが涙腺にきます。係る懐かしさは"ちっちゃな頃の事を"否応なしに想起させ、"何にも覚えてない"から"ぼんやり思い出した"へ至るまでの手助けをするには充分なプレイです。

 

 "決して2度と/離れはしない"の誓いを高らかに掲げて溶け合ったまま消えていくみたいなアウトロのアレンジも素敵で、冒頭に覚えた倦んだタッチは何処へやらの解放感で昇天します。