
今日の一曲!Underworld「Hilo Sky」『Strawberry Hotel』プチ語り
レビュー対象:「Hilo Sky」(2024)

今回取り上げる楽曲は、エレクトロニックミュージック界およびダンスシーンに於けるリビングレジェンド・Underworldの「Hilo Sky」です。当ブログにアンダーワールドの単独記事を立てるのは、2021年の東京五輪開催に際して2012年ロンドンオリンピック開会式の音楽を振り返った、「今日の一曲!Rick Smith『And I Will Kiss』 ―五輪向けギネス級超大作―」以来となります。
しかしその後にも結局行けず終いだった×サカナクションとのツーマンライブへの期待を顕にした複合記事での言及が二度あって(前半|後半)、果たしてこれは去年のSONICMANIA(サマソニ前夜祭)で台風襲来の最中に形を変えて実現したので重畳です。山口さんのインスタに載っていた集合写真とキャプションは涙腺に来るものがありました。
その勢いも冷めやらぬうちに新作発表の運びとなり、あまりにも意欲的な制作スケジュールが創出させた熱量の大塊と形容したい10thアルバム『Drift Series 1』(2019)から5年、従前のディスコグラフィーに照らせば丁度好いリリース間隔と言えます。とはいえ前作がEpisode数準拠で5枚組だった点に鑑みると「もう次のフェーズなのか!」と、リスナーの立場でも飽くことを知らない儘に次作に向き合えることを幸せに感じました。
収録先:『Strawberry Hotel』(2024)
本曲の収録先は11thアルバム『Strawberry Hotel』です。タイトルが明かされた時は何かの冗談かと思ったくらいにファンシーな想像の余地を生み、確かにアートワークないしプロダクトデザインにはストロベリー感があります。もう一方のホテルは推してみるにツアーやフェスで各地を巡った遍歴を指していて、スーベニアコレクションみたいなジャケ写がそれを物語っているとの理解です。
封入小冊子には各アイテムの解説らしき文章が書かれていて、日本からは明治神宮のスケッチと渋谷パルコ屋上ライブ(YouTubeリンク)関連のブツが並んでいます。他に気になったのはラムフォード駅の写真で、「dirty epic」(1994)の"Ride the sainted rhythms on the midnight train to Romford"の目的地かと小ネタに心躍りました。
純粋にディスク数1のアルバムとしては9th『Barbara Barbara, We Face a Shining Future』(2016)以来で、この記事で明かしたように同盤に関しては個人的に刺さらなかった過去を持つため、10thの傑作ぶりを経ていても全く懸念がなかったかと言えば嘘になりますが、結果としてこの11thは粒揃いな上に全体のまとまりも良くて愛聴盤になり得ると評しています。
リリース前からの所感は次の通りです。シングルとして真っ先に世に出た「and the colour red」はアシッド回帰のミニマルな音像が翻って印象的で、時代に迎合しない硬派な姿勢がまず示されたことは俺得でした。次いで「denver luna」の衝撃は後の名盤を予感させるのに充分で、ストイックな基本は維持しつつも時間を掛けてアンセミックに展開していくところに往年のアンダーワールドを聴けます。
加えて、ビデオゲーム『F1 24』のサントラに突如登場し曲名の日本語も相俟って一段と驚かされた「Techno Shinkansen」もオーソドックスに格好良いです。取り立てて明言はされていませんが「Schiphol Test」を下敷きにしたような聴き覚えで、テストでは空港だったのに本番で新幹線になったのか;それでいてカーレースのBGMなのかと移動手段の変遷に少し笑います。
リリース後の所感では別けてもお気に入りの「Hilo Sky」を後述としまして、インテリジェンスが剥がれてインスティンクトに支配されていくような二面性を見せる「Lewis in Pomona」が次点のフェイバリットです。9thの世界観にはこういうトラックが欲しかったんだよとの仮定を持ち込みたい「Sweet Lands Experience」や、10thでの即興感が残る簡素なオケにリックの実娘であるEsme Bronwen-Smithの語りが乗る実験的な親子共作「Ottavia」など、過去作の延長線上にありそうな楽曲にも進化が窺えます。
本作に於いては最もポップで聴き易いと言える「King of Haarlem」も素敵で、日本盤ライナーノーツで鹿野淳さんが挙げている通り「Jumbo」(1999)を彷彿させるつくりです。ボートラ「Velvet Does」も埋もれるには惜しい良曲で、精緻なビートメイキングに種々の質感を有したボーカルが重なる幻惑的なサウンドが耳に残ります。
歌詞(作詞:Karl Hyde, Rick Smith)
「Hilo Sky」という曲名はハワイの地名からストレートに「ヒロの空」か、その由来となったハワイ語に因んで「Twisted Sky」または「Braided Sky」と詩的に捻るべきか、もしくはハイフンを省略した「hi-lo」だとしてこれらの中(Wikipediaリンク)に正解を求めるか、何れにせよ歌詞内容からは確定的なことを読み取れないです。ただし例によって歌詞カードは元より存在しないので、今般もネット上に掲載されている有志が聴き取ったであろうものを参考にしました。
仰けから"Watch your mouth"で口を慎めと咎められる幕開けで、その理由には"Here come the rise"と何らかのライズが示されます。riseが多義語ゆえにそのままカタカナを仮置きしたけれども、続く"We slip into the night"を考慮すると月か星の現出とするのが据り好いかもしれません。ともかくそれは静寂を好むようで、いの一番に発声が禁じられたのと「そっと入る」を意味するslip intoが使われているところから、やはりイメージとしては仰々しいサンライズではなく粛々としたムーンライズが優勢です。
その後は"in each other's eyes"がキーワードで、互いの双眸を埋め尽くしていた"A void"が"the light/Alive"で光に満たされていきます。直前には"Come feel the noise"とノイズについての描写があり、だとすると先のriseに音声用語として上昇調の解釈も許される気がしますが、これも要するに「兆しを逃すな」の文脈に取り込まれる語釈なので、耳を澄ませて目を凝らして星月夜に射す光を堂々と("No shame")浴びようといった、スピリチュアルに於ける浄化の意味合いがあるのではないかとの受け止めです。
ハワイと関連付けて考察しますと、やや乱暴にハワイ版かぐや姫と喩えたい月の女神ヒナの逸話が思い浮かび、調べたら司る概念のひとつに「静寂」もあるそうなので、もしかしたらモチーフかもと付焼刃ながら正解に近付いたような気でいます。
メロディ(作曲:Karl Hyde, Rick Smith)
非常にシンプルな楽想で、何処がヴァースとかコーラスとかはありません。短いフレーズを噛み締めるように只々連ねていく、無駄が入り込む余地のない旋律こそが唯一の特徴です。
カールの歌声にはしっかりと歌詞の内容を理解させようとする語り部然とした意志の強さと、描写通りの行動を促そうとするインストラクターらしい役割が窺え、本曲を聴きながらナイトビーチヨガをしたら端的に言ってトリップすると思います。
アレンジ(編曲:Rick Smith)
我が身の空洞に途轍もないエネルギーが充填されていくような、或いは何か世界の法則が書き換わる直前の気配に時空間が揺らいでいるような、期待と焦燥の入り混じるエモーショナルなサウンドプロダクションです。
波打つパッドとくぐもったフィルターが織り成す音のヴェールから意外にロックなギターが密かに鳴り出す序盤から得られる昂揚、その心向きを力強いキックとオフビートのシンセが推進していくため身体は否応なしに動きます。
しかし本曲の真骨頂は俄にビートレスになる中盤[1:46~2:16]にあると主張したく、その寂寥感たるや蓋し"Here comes the rise"のスケープで神々しさに意識が融け、押し黙って万感交々至るほかなかったです。
終盤でビートを伴いながら出てくる当該のフレーズは一転して忘我のダンスリードで、エコーの後に何か呟いているエズミさんの声も意味深に響いてきます。本曲でも次点とした「LiP」でも過去作の進化とした「SLE」でも良いアクセント(「Ottavia」では主役)になっているため、曾てのファニータさんのように定番化希望です。