冬は苦手だ、とかいいながら、おとといあたりから、押し入れから冬のアイテム、ニット類を出しまくっていると、なんだか心が温かくなってくる。意外にもニット、出てくる出てくる。今年もざっくりニット、流行に関係なくお世話になっちゃいます。毛玉もさもさだけど、気にしません。ぼんやり自分の着る服の傾向を分析してみると、タートルネックやカットソーなど、グレー色が圧倒的に多く、アウターやマフラーは、カラフルな色が多い。脱いだら地味です的ファッション。マフラーやショールに至ってはなかなかカラーバリエーションに富んでおり、古い物から足すと20枚以上あったので、あ、私、首に巻くの、好きなんやな、とふと我に返る。そういやマフラーは家の中でもしている。お風呂あがりなんかは特に首が冷えるからね。じいさんの形見のカシミヤのマフラーや、母や友達が作ってくれたマフラーには、やっぱり愛着がある。今年もあとわずか。来年にまたがって、よろしく、といった気分だ。ニット帽は、3つ、さっきエマールで洗った。この冬もよろしく。毎年の冬をよろしく。連日のハードな仕事で体が疲れきっているのがわかる。自分一人の時間は、すこし贅沢な気分を味わいたい。マグカップに牛乳を95%コーヒーを5%入れて、レンジで2分温める。牛乳は温められると少し甘く感じるし、コーヒー風味になって、実にホッとする味になるのだ。眠る前も夜更かしにもいける味。最近の一番戦士、DEAN&DELUCAマグは、分厚すぎるので、マグ全体が熱くならないのに、中身はとっても温かいので、ぼってりとして重いけど、結構気に入っている。取っ手は無視して両手で包み込むように持つと、じんわり中のあったかさが伝わってくる。二番戦士は高校生の時景品でもらったミスタードーナッツのマグ。これはつきあいが長い。3つあるから家族皆使っている。その他、プレゼントされたものや去年まで職場で愛用してたものなどなど。マグカップも、気がついたら結構持っていた。今日、赤いマグカップが仲間入りした。明日の朝一で、コーヒーを飲もう。暖かい素材の衣服や温かい飲み物は、人をホッさせる。忙しい時にこそ、15分でもいいからホッとする時間は必要です。今日も部屋の椅子の上にたっぷりのホットミルク(コーヒー風味)を置いて、ベッドで暖まりながら、まぶたが落ちてくるまで、本か雑誌か漫画か選別して、ぬくぬくと夜更かししてしまうんだろうな。 そういや大学院生時代に愛用してたピーターラビットのマグは学校に置き去りのままだけど、あれが小学校6年生からの一番の古株だわ。元気にしてるのかしら。
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私は、冬に弱い。そして、高校生の時に修学旅行で長野県にスキーに行ったっきりで、ウインタースポーツをしたためしがない。スノーボードは一回も体験したことがない、時代遅れにもほどがある私。よく人は自分の誕生日がある月が一番いい季節と感じて、パワーが強くなる、というけれど、それは結構当たっていると思う。夏生まれの私は、本当に夏に強い。春から夏にかけては、気分もだんだん盛り上がっていくし、夏に暑さで食欲がなくなるなんてことは、まずない。一番好きな季節は、夏の終わりから秋にかけてなんだけどね。あああ、ついに私のちょっぴり苦手な冬が来てしまった。夕方5時半もまわると外は真っ暗で、なんだか寂しい。そして、鼻炎と風邪がマッチして、くしゃみが止まらないし、家はがらんとしててどの部屋も寒い。暖房が嫌いな私は、電気ストーブとこたつに、もうそろそろお世話になる頃だね。やっぱり今年も大活躍の、UNIQLOフリース。今年はレディースにあんまりいいのがなかったので、メンズのパープルSサイズに致しました。やたらパープルが似合う私。1860円はやっぱ安いわ。部屋着としてなくてはならん存在。11月10日、UNIQLOはNY店がオープンしたみたいです。久しぶりに地元のUNIQLOに行ったら、こじゃれたカタログ、UNIQLO PAPERなんてものができてて、ついつい2部頂いて来ちゃいました。ところで、週末、大阪から友達が遊びに来るということで、しかも高知は初めてだということで、ちょっぴりサバイバルな予定を立ててあげたわたくし、自分も行ったことがない近所の鍾乳洞の、冒険コース(要予約制)というものに、レッツトライする。どうやら、鍾乳洞の中をほふく前進ですすみ、滝が流れる岩をよじ登ったりするみたいなんやけど、なんせ最近運動不足な私は、ちょっと不安。メット、つなぎ、長靴はレンタルです。そういやこないだ、北大の探検部が、北海道に新しく鍾乳洞を発見した、とニュースに取り上げられてましたが、その探検部の子たちの楽しそうな姿といったら・・・。(部員4人だったけどね)北海洞と名付けたらしい。学生らしい。自分らで発見して、自分らで名前つけれるのって、誇らしいですね。すごい。彼らぐらい、楽しめたらいいな~。あとは、普通に釣りですな。目標、釣った魚を自分でさばいて食べる。友達も、実は鳥取出身の浜ッコだから、大丈夫なはず!ほんでもって、来年の夏は、池川町でシャワークライミングにチャレンジしよっと。じわじわと、私もアウトドア派です。
展覧会が終了致しました。忙しい時間を割いて見に来てくれた方、はるばる遠方から駆けつけて来てくれた方々、本当にありがとうございました。感謝感謝!週末の休日は、疲れ→ふぬけ→風邪→頭痛とあい重なって、二日間昏睡状態でした。
お寺と植物園、2箇所での搬入は、予測どおりバタバタで、前日に連絡し時間指定したのにもかかわらず、当日植物園の展示室担当者はいないし、押してる時間の中で、お寺の住職、奥さん、坊主2人に重要文化財にピン打ちする姿を背後で見守られながらの搬入は、ほんとに冷や汗もんでした。でも、やって本当に良かった。作品に関しては、賛否両論の意見をいただき、自分の中で沢山次に向けての課題ができた。作品の完成度もそうだけど、最終的な展示方法は、もっと煮詰めなくてはならなかった。制作時の集中力や心のモチベーションの波が激しかったし・・・。などと、反省点はいくらでもあるのだけれど、9日間、清らかなお寺と爽やかな植物園を、自分の作品を客観的に見つめつつ朝から満喫できた事は、最高の贅沢だったと思う。初めてのオープニングパーティーは、ささやかながらだけど、沢山集まっていただいて、夜空にぽっかり浮かぶ月を見ながら、幻の様な時間が過ぎた。県外から来てくださった方が多かったので、お寺の住職が普段一般公開していない、奥の書院を見せてくれたりなどのサービスもあったし、とても楽しめた。展示会場が、県内で代表する観光地でもあった為、連日実に沢山の人が訪れていたし、お遍路さんや県外客、海外客が多く、今回私がいちばん恐れていた、地元ならではの同窓会的な展覧会にならなかったことが幸いである。沢山の人が作品にふれてくださった中で、今回の展覧会では、色に関しての意見が多かった。あと、植物園やお寺の場所の効果もあって、染めムラや模様が、植物だったり、般若信教のお経の文字に見える、などといった意見もいただいた。
実家で生活するようになって半年を超えたが、地元の芸術水準の低さは、以前から充分に感じていた。県立美術館は、海外のいい作家の展覧会を企画しても、高校生まで入場料を無料にしても、県民はほぼ見に来ない状態だと嘆いていたし、県や市が運営する芸術文化施設は毎年ほぼ赤字に終わっている。そうじゃない人も沢山いるんだけれど、企画担当者や館長などの、大事なポジションに位置する人の、教養のなさには、正直がっかりする面が多い。私が展覧会を行った植物園でさえも、その兆しを感じる。2年後には民営化だ。そして、過疎化が進み、若い人間が全くいないと思い込んでいる大人達と、私達の年齢層から40代層の人との考え方に、大きなズレを日々感じた。あ~、定年退職前の50代よ、せめてもっと輝かしいまなざしでいてくれないものか・・・。さて、愚痴は少しだけにしておいて、今回は展覧会が始まる前にやっておかなければならない沢山の雑用、後援を依頼する為に新聞社やテレビ局を一軒一軒渡り歩いて頭を下げて回ったこと、DMをないがしろにしなかったこと、こんなことまで?って思う、コツコツとこなさなければならないことを、一人で誰にも弱音を吐かず出来た事は、明らかに自分の中で少しずつだけれど、プラスに繋がっているんだと思う。まだまだだけどね。そんな感じで展覧会の幕は閉じたのだが、地元での噂は、本当に早く回る。恐るべし。良くも悪くも真実も嘘もまあすぐ回る。映画「UDON」の中で、トータス松本が最後に言った台詞、「地元をなめたらあかん、口コミの早さは、インターネットよりも早いで~」が、今回私の頭の中を何回もよぎったのであった。
朝5時に起きて、母親のお弁当を作る。小学校の先生をしている母親、受け持っている6年生と、遠足なのだそうだ。芋ご飯、ネギ入り厚焼き卵、ほうれん草のごま和え、豚肉の中華風炒め、焼きシャケに、デザートは、長野の蜜入り林檎と新高梨と少量のお菓子。いつもよりも少し濃く入れた緑茶を、魔法瓶にうつす。ついでに私の分も作る。母親はわっぱのお弁当、私のはステンレス製の二段重ねのお弁当。いってきます、と出て行った母親、今日は遠足以外にもっと大事なメインイベントがあるので、与力を残しておかねばならない。家に誰もいなくなって、急に何ともいえない感情が押し寄せる。吐きそうでこみ上げてくる具合の悪さをカバーしながら、無心で布にアイロンがけ。お昼を軽く回っていたので、お弁当を持って私は近足。家から徒歩3分の神社へ。境内からさらに階段を登る。少し汗ばみながら、15分ほど登ると、一面に芝生が広がっている場所にたどり着く。小高い山の上で、私が住んでいる街がほぼ全部見える。特にこれといって良い景色ではない。通っていた小学校や中学校も見える。そびえ立つ記念碑の横のベンチに腰を下ろし、お弁当を広げる。ふたを取った時の色どり、味付け、我ながらよくできたものだ。しばらくぼうっとして、階段を下る。一人の時間はやっぱり好きだ。大きな鳥居をくぐると、ふいに声を掛けられた。神社の横の、市立美術館の館長さん。弟の中学、高校の美術の先生だった人で、50代で先生を突然辞め、大学院に行き直し、一から芸術の勉強をし直したらしい。優しい笑顔の館長さんと、今日は美術館は搬入ですか、そうです明日から別の企画展がはじまるからね、などとといったあたりさわりのない日常会話を交わし、帰宅。また布にアイロンがけ。そして端の処理。気がつけば3時を回っている。急いでシャワーを浴び、着替える。そして車に、十七弦の琴と三味線、着物と着付けに必要な荷物を積む。3時半に母親が遠足を終え帰って来る。母親がシャワーを浴びている間、コーヒーをたてる。コーヒーを飲みながら、2人で少し話をして、車に乗り込み家を出る。県立美術館ホールへ。車の中で、母親爆睡。ホールに着くと裏の搬入口へ。荷物を運ぶ。リハーサルに遅れているのに、ケロッとしている母親。肝すわっているなあ。がんばって、と一言。市内で用事を済ます。気がつけば6時。開場の時間だ。ホールに戻る。入口で祖母を待つ。母親が習っている琴の先生とお弟子さん、中国の二胡演奏者のコンサート。母親も弾く。幕開け。二胡の音色の優しさにうっとり、寝てしまいそうだった。60代後半の琴の先生は、気迫がすごく、きれいな人だった。滲み出るオーラが違う。そんなことを目の当たりにしながら、プロとアマの違いは意識的な問題か、などと考えていたら演奏終了。ホールを出て搬入口へ。荷物を車に積み込む。母親は打ち上げへ。私は荷物を積んで帰宅。少し遅めの夕食をとる。とたんにまた吐き気が押し寄せる。色んな記憶が頭をよぎる。小学校6年生の時からの持病。誰にでもあるだろう心に秘めた持病、当時の私にしてはとても深刻なものだった。それが原因でいじめられた事もあるし、死んでしまいたいって思った事もあったけど、やっぱり生きてて良かったな。私をいじめた奴ら、ありがとう、あんたらの事本当に大嫌いだった。少しだけど協力してくれた家族や、かばってくれた友人、それに本気で私を好きになってくれた人、ありがとう。感謝します。何故なのか、コンサートの後も、ずっとずっと吐き気と共にこのことが頭をよぎる。疲れた。深夜1時、打ち上げが終わった母親を車で迎えに行く。今日は本当にお疲れ様でした。ゆっくりとコンサートの事を話する。ああ、私、なにやってるんやろ。でも、人の為に動くのって、悪くない。
夕べの出来事。
用事を済まし、アトリエ時代お世話になった先生と、少しの間お話した後、込み入った繁華街の中にある一軒の喫茶店、セザンヌに一人で行く。
ここは深夜12時まで営業している。
もう軽く夜11時はまわっていたが、展覧会のDMを置かせてもらって、お気に入りのロイヤルミルクティーを一杯飲んで、ホッとしてから帰路につこうと思っていた。
この喫茶店は、40年ほど前から営業していて、見た目はぼろっちいが、中に入るととても落ち着いたいい雰囲気の、昔ながらの喫茶店だ。
コーヒーも紅茶も美味しいし、夜はBerになる。
働いている人は、私の知っているかぎり、奥さんと、S氏と、Sちゃんが、入れ替わりして、いつも美味しいコーヒーやお酒を作ってくれていた。
最後の一杯を、セザンヌで飲んで帰りたい、というお客さんは多く、大勢で飲んで帰りに立ち寄ったり、営業時間過ぎているのに作ってもらったり、このお店の人達と、お客さんは、とても近い、あったかい存在にいた。
奥さんは、オーナーで、気前が良く、安心感のある人。
S氏は、ヤセ型のヤサ男で、かなりこだわりをもってコーヒーを入れてくださる。
Sちゃんは、何も話さないでよい空気感がお似合いな人で、聞き上手で、ちょっとした仕草に色気のある人だった。おじ様にも人気で、Sちゃんが入ってないと行かない、なんてお客さんも沢山いた。でも、Sちゃんはこの夏に辞めてしまった。
夕べは、毎週木曜日に入ってたSちゃんの代わりに、見知らぬ女の子が一人、Berカウンターに入っていた。
店には、お客さんは私一人しかいない。
いつもなら、この時間帯は、最後に飲みに来た人達が結構いるのに、静かだな、と思いながらロイヤルミルクティーを頼む。
女の子は、エプロンもせず、パンキッシュな格好をしている。
セザンヌには違和感を感じる子だな、と思ったけど、次の瞬間、もっとおどろいた。
その子が運んできたロイヤルミルクティーが、焦げ茶色の濁った、タイのどぶ川のような飲み物だったからだ。
私は、自分がコーヒーを頼んでしまったのかな、と一瞬疑った。
確か、2週間前に来たとき奥さんが入れてくれたロイヤルミルクティーは、赤褐色気味のシナモン色でミルクが濃厚で、うっすら膜がはっている、とってもおいしい飲み物だったのに。
思わず、これ、ロイヤルミルクティーですか、と聞いてしまった。
女の子は、そうです、と言って、なんか文句あるんですか、という顔をしている。
今まで何回もロイヤルミルクティーを飲みましたが、ミルクが少なくないですか、と勇気を出して言ってみた。
女の子は、奥さんに、ミルクをいれすぎる、と、注意されたんで、と言い返してきた。
一回謝るとか、どうにかする素振りもなく、なんですか、と言わんばかりの顔で突っ立ている。
私の方が、お客さんなのに、とても居づらい感じになってきた。その女の子と話したことさえ後悔した。
一口だけ飲んでみた。
予想どおり、まずくて、出がらしのような渋い味がした。私の分析では、高温で濃く出し過ぎた紅茶に、後からミルクをちょっと足しただけのものだろう。
勿論、お金は支払って出たけど、DMも置かせていただいたけど、私はセザンヌが、そこで働いている人が好きだった分、悲しかった。一日の終わりがまずい飲み物を飲んで終わってしまうのが残念だった。
こんなことなら自動販売機で紅茶花伝のロイヤルミルクティーを買って飲んだ方がなんぼかマシだったな。
セザンヌは、お客さんの大切な思い出が詰まっていて、懐かしさや、人のあったかみを感じる喫茶店だった。
そこで働く人も、そうだったし、その人たちが、いるから、わざわざ顔を出すお客さんがいたのに。
夕べの女の子が入っている時は、誰もお客さんが入っていないはずだ。
常連さん達はきっと、入口で中を覗いて、あ、今日はS氏や奥さんじゃないから入るのやめとこ、ってなってるんだろうな。
私の判断ミスか。
でも、あんなひどいミルクティーを出す人はおらんと思う。
セザンヌやから、余計にショック。
根に持つ私は、さっそく、奥さんとS氏に、チクるもんね。
友人に、赤ちゃんが産まれた。2日前の出来事である。
今日、少しの時間を利用して、友人が入院している市内の医療センターに、友人と赤ちゃんに会いに行った。
予定日よりも2週間早い出産だった。9時間の陣痛で、思ったよりも安定して産めた、と落ち着いた口調で友人は言った。
母体は健康そうだったけれど、精神的にとても疲れているようだった。
こんな時に会いに行って、ちょっとわるかったな、と思ったけれど、友人は、気が休まるからいて、と言った。
すやすや眠っている赤ちゃんを見ると、心が和むけれど、友人と旦那さんの両親たちが、どっちに似ているだとか、子育ての事で、周りでわあわあ言っているのに気を使いまくってる友人を見ると、これからが、本当に大変なんだな、と感じた。
現に、友人は、子供を産んだことよりも、これからのことがとても不安で、結婚したことも、出産したこともすべてを後悔するくらい複雑な気分で、一日中子供の様に泣きじゃくったと聞いた。
なんか、自分のことのように不安が伝わってきた。
話はかわって、今日、気分が優れない理由がひとつ。展覧会のDMが、まだ仕上がってこない。
作品も、いつものごとくギリギリになってしまって予測どおりいかなくて嫌なんだけど、輪をかけるように不安と苛立ちが・・・。
10月1日にデザイン入稿したのに、もう15日も経っている。10日でできる予定だったので(それでも遅いけど)、この間印刷会社に電話したら、めちゃくちゃ偉そうな口調で、3連休挟んでるから、遅くなる、と言われた。で、向こう側曰く、今日お届け予定だったみたいだけれど、本日、未だに届く気配なし。
嫌だわ~。
これ以上なんか書くと、普段のストレスとか悪口とかでいっぱいになりそうやから、やめとくけれど、本当に気分がパッとしない。
今年の夏に、プチ鬱状態入って泣いてた心境と同じですごく嫌やわ~。
秋の空は、四季の中のどの空よりも、気に入っている。
妙に澄んでいて、高い。
この迷いがない空気感と爽快感が、私をよい方向に軌道修正してくれているように思う。
季節の変わり目だからかな。
夕暮れ時も、美しい。
ぽつぽつと、人と会って話をする機会が多い今日この頃。
私も、以前よりは落ち着いて、今自分が感じていること、思っていることを、素直に人に話ができるようになってきた。
少しずつだけど、自分の無力さにも気が付いて、希望を持ちすぎるのでもなく、日々のちょっとした喜びや、出来事に、心動かされて行く事が、今の私にとって大事なことなんだと思う。
地元が同じ後輩が、今現在の目標をちゃんと持っていて、私に宣言してくれて、達成しようと頑張っている。
高校時代からの友人が、来週出産を迎える。その不安な気持ちを打ち明けてくれたんだけど、私にはその友人が、どんどん強くなっていってる感じがして、うらやましくてしかたなかった。
先日、ある先輩の展覧会を見に行った。
私から見たら、昔からその先輩はストイックの塊みたいな人だけれど、先輩も作品も、強さと儚さが入り交じっていて、目指すところがはっきりしていて、かっこよかった。そして、孤独だ。
先輩と同じ分野の、一緒に行った友人は、1歳になる子供を抱いて、そろそろ制作復帰する、と笑顔で宣言した。
今まで私は、生暖かい方に逃げて、こういう大事なところを曖昧にしてきたから、こういう話も結構そらしてきたから、もう絶対にそうじゃないようにいたいと思う。
3月に、働いていた大学を辞める時、ある人が私に、「生きるビジョンをしっかり持て」と言った。自分がどういう人になりたいかと、しっかりイメージしていれば、どんな仕事をしても、回り道と思っても、近づく事はできるから、と。すごく漠然とした意見だな、と思ったけれど、プレゼン力が足りないとか、企業で働いて社会勉強してなんぼ、とか、現実的で目先の事しか言わない人達に打ちのめされて負い目を感じていた分、20代後半を進む私には、しっくりくる言葉だった。
でもね、それって、自分で全部考えて生きて行かねばなんないから、なかなか厳しい。当たり前の事なんだけど。
以前大学で働いている時に、悩みを打ち明けてくる学生に、「そんなん自分で考えて行動しなよ」って言ったら、なんて冷たい人、何も言ってくれへん、ってことになった。私は人にアドバイスできるほど、いい人生は歩んでいるとは思わないけれど、自信がないから言えないっていうのもあった。でも、言わなきゃ何もできないんだろうか。むしろ、はなから何か言ってくれる、と期待してる方がおかしい。考えや行動を、自ら起こすのは、それだけ責任がついてまわるってこと。
さあ、やらなければ。
だんだん秋は深まっていくよ。
実家で生活するようになって、半年が経つ。
今日、染色した布を縁側の物干し竿に干していて、ふと庭に目をやると、いちいち気になるところがでてきて、1時間あまり、自宅の庭について思い巡らしてしまった。
私の実家の庭は、縁側を降りると、すぐ向こうにご立派な石で囲まれた直径5Mほどの楕円形の池があり、その周りには、松やツツジや南天の木が植えられていて、池の周りを歩けるようになっている。玄関口までは、石畳と砂利で敷き詰められている。
池には錦鯉や亀がいて、今や獣医の道に進んだ弟の趣味で、犬やアヒルやうさぎも飼っていた。物心ついた頃には、プチ動物王国だった。私が高校生くらいまでは、夏休みには我が家では、家族総出で池の水替え大掃除大会が開かれていた。池の鯉を全部、父親の釣りグッズのプラスチック製の浴槽やクーラーケースに避難させて、池の水を抜いて、ブラシでこすり、水を入れ替える。無邪気な少年だった弟たちは、入れ替え後、鯉とアヒルと亀と一緒に泳いでいたりした。まさに家庭版プール開きだった。
松の木やツツジも、休日には、父親がきれいにカットしていたものだ。玄関のすぐ横の木には、弟と一緒に、よく登って空を見たりしていた。
あくまでも、そこそこ立派な、日本庭園感あふれぎっている庭だった。
が、しかし、秋晴れの晴天にみまわれ、すがすがしい空気が漂う本日午後3時、まじまじと目を凝らして我が家の庭を吟味してみると・・・
池の水は藻だらけで緑色に濁っており、時々ちらほらと赤い鯉が顔を出す。何が潜んでいるやら分からない。亀など見えやしない。かつて池の周りを楽しそうに走り、犬やアヒルを放し飼いにしていた場所は、草ぼうぼう、クモの巣だらけである。何が潜んでいるやら分からない。松の木の横の、ご立派な石のふもとには、オクラと青じそが植えられ、生い茂っている。玄関の横の木の横にバラの木、下にはチューリップが植え付けられている。石畳だった場所はいつからか、芝生化し、草がぼうぼうだ。父親の釣り具専用の倉庫の周りは、中に入れきれない釣りグッズがその辺にごろごろしている。・・・これは一体どういったものなのか。
そういえば、昨年、園芸関係の仕事をしている父の弟(おっちゃん)が家に来た時、草を刈って、池の水を汲み上げて巡回させ、一番高い岩石から水を滴り落ちるようにさせて、風流にしたら、と、庭改革案を練ってくれた。しかも、ご好意でやってくれると言っていたのに、父親はそれを、あっさり断った。今の父親は、週末を、狂ったかように野菜づくりと釣りに費やし、魚や野菜が獲れないと家に帰りにくいと、勝手にプレッシャーを感じていたりする。
もはやプチ動物王国になった時点で、この庭はおかしな方向にいくだろうと感じてはいたが、これこそまさに、ザ・ノスタルジック・ナンセンスワールドだ。荒れすぎている。これはいけない。
因みにこのあいだ偶然見つけて読んだ、弟の小学校時代の卒業文集には、将来の人生設計が綿密に書き出されており、最終目標は、「タケゴロウ王国設立」、と書かれてあった・・・。
タケゴロウさんよ、今は動物は犬2匹のみですけれど、王国の前に、まずこの庭を、救ってくださいな。
次の日も、トランクは届かなかった。(やっぱり)
朝は早起きして、ホテルから少し離れたオープンカフェで朝食。バケットを注文すると、3種類のパンが薄く切られて出てきて、飲み物とセットになっている(やっぱり私はカプチーノだわ)。テーブルの上には10種類ほどの、ジャムや蜂蜜、クリームが用意されていて、お好みでパンにつけて食べてよし、なのだ。(パン、ジャム、クリーム、すべてお店の手作り、素敵!)
おいしいものを、朝からゆっくり食べる、この喜び。お店の方もとても愛嬌のあるやさしい人達だった(兄弟でやっている)。出際にチョコクリームを早速購入。
腹ごしらえをしたら、パリ最大の蚤の市、クリニャンクールへ。ヴァンヴのこじんまりした蚤の市と迷ったが、初めて行くし、まずはクリニャンクールかな、と。パリの地下鉄は非常に分かりやすい。(日本の地下鉄よりも遙かに分かりやすい)セーヌ川から渦を巻くように、1区から20区まであり、主な鉄道は地下鉄のみ。その周りを高速道路が囲んでいて、そこを越えると郊外になる。料金も区内統一だし、1区を中心に、放射線状に伸びている。駅名さえ間違えなければ、乗り換えも簡単。
クリニャンクールの蚤の市(マルシェ)は、予想外に大規模だった!
ガレージが横並びになっていて、ずっとずっと遠くまで続いている。そこには、家具から骨董品やらが、ごろごろと雑多に置かれている。ビーズのみの量り売りの店、キーホルダーが壁4面全面に何百個もにズラッと飾られている店、フックや取っ手のみ売ってる金物屋、高級家具のアンティークショップ、古着屋、文具店、アクセサリーショップ、どれを見ていても飽きない。こういう店から、お気に入りの一点一点を見つけ出す。吟味して選び抜いていると、あっという間に時間は過ぎた。
ホテルに一回戻り、同行した先生に、トレンドのサンプル本(生地、カラー、デザインなど総合的に)を作っているデザイン事務所に連れて行ってもらう。アパレル界や繊維業界で、教科書のように使われているイメージブックは、言ってみれば2年先の流行を読んで作られる。流行が、全く同じようにその本を辿るとは限らないが、たいていは沿っているという。年齢は40代くらいの、バリバリのキャリアウーマンが、熱く語ってくれた。事務所は開けた空気で、1階はロビーや商談室、生地サンプルの倉庫で、2階はパソコンが並んだデザイン事務所だ。大きな窓からは、光が燦々と入って、仕事をする環境としてはなかなか良い所だった。生き生きと働く人たちは、かっこいい。
そして、ルーブルの一画にあり、階ごとに分けられている総合美術館、Musee de IUCAD へ。1階はミュージアムショップ、2階はモードと織物美術館、3階は広告博物館、4階は装飾芸術美術館となっている。建物自体がとても古くて、それだけでもいい感じをかもし出している上に、各階の雰囲気が、全く違っていて、おもしろかった。日本語で書くと、ものすごく古いものが置かれているようなイメージだけど、モードと織物美術館には、昔のものから2006年度のパリコレで発表された最新の服や過去10年間のショーの映像など、贅沢に展示されていたし、3階の広告博物館は、入った途端、乱雑に組まれた鉄パイプの骨組みがむき出しになっていて、無機質な空間に何百ものポスターが展示されているし、でっかいソファーが何個も置かれていて、JAZZが流れていて、ゆっくりくつろげるようになっていた。贅沢なカフェスペースのようだった。古代から現代までのアクセサリーなども、ハイセンスな展示方法だった。モードの最先端って感じだった。感激。
美術館を満喫した後は、同行したU氏と、フランクに食べれるディナーへ。2人でワインボトル1本あける。ホテルに戻ってもう一本。飲み過ぎた!その後は数人でセーヌ河ナイトクルージングに出かける。シテ島からエッフェル塔経由で1時間のクルージング。もう気分は最高、Fell so good!
最終日は現代美術巡りと買い物。前の日にキャリアウーマンに教えてもらったギャラリー密集地帯や、ポンピドゥーやパレ・ド・トーキョー、ジュ・ド・ポーム国立ギャラリーなどを廻る。しかし、いくつかの美術館、ギャラリーは、次の週から展示会期開始で、改装中、搬入中などで、あんまり作品拝見できず。残念だった。でもまあ、作家さんが搬入をしている光景が見れたことは良かった。ポンピドゥー芸術センターでみた、ある映像作家の作品が、本当に良かって、久しぶりに作品を見て泣いた。
こんな感じで、パリの幕は閉じる。
やっぱりフランスはいい。
ミーハーにも、百貨店にデカデカと掲示されていたジダン選手のポスターの写真、撮りまくりました。
パリにはまた来て、今度はもっと好きなだけお買い物したいな。


