月の下ポエム -32ページ目

よりよい精神状態で

生きていく中で

ポジティブ思考とか

そのほか色々な知恵があります

それはサプリメントのよう

その中でも

「人を神として通る」

というのがある。

それは目の前の人を

神様だと思って接する

ということ

それは本当の意味で

「謙虚」という事になるとすると

とても素晴らしいですね

しかし、いつもそういう

心理状態でいるということは

難しい・・・

というより、無理があると思います。

なるべく良い状態で日々を生活していきたい

それは何故?

そう、自分の為

結果、それは周りの人たちにもきっと良いと思う

老荘思想の「タオ」は無為自然

その中の「虚」が僕らに必要だとすると

どうやって「虚」の状態を実現させるのか・・・

「虚」とは自我の無い自分

という解釈をすると

無理のある「常に人を神様だと思う」ことに

「虚」を足すことが理想的なのかもと思います


「脳は一つのことにしか集中できない」とすると

「虚」を実現させながら「人を神として~」という

二つのことはできません・・・

それを同時にするには「比喩」が必要なのです

方言には共通語にはない

複数の言葉の意味が籠められていたりします

そういう方言のような複数の意味を融合させるのに

比喩、いわゆる「メタファー」が必要だと思います。

まず、自分の中の「自我」をコントロールできるように

しなくてはいけません。

僕が今やっているのが、「聴覚に集中する」こと

簡単に説明すると

音を聞いているときは自我って何処かへ行ってることが多いのです

肌で感じたりとかもそうですが・・・

「気配」を感じてみる

それに集中してみるのです

その方法が合っている方は

きっと集中力が上がるはずです

その状態はとても気持ちが静かで、寝ているようで

なんだか気持ちがいいです

その状態を「虚」に近い状態とするならば

それと「人を神として~」とを比喩でくっつけます

こうです・・・


「神の音を聞く」


目の前の人の発する、「神の音」を感じること、聞くということ

それを実践して何かを感じること

違和感があれば、その出所に気づくこと

そうやっているうちに「幸せ」ってやってくるのだと思う

という今日の気づきなのでした(-ω-人)エヘヘ

まぶた

自分を高評価しないこと

自分は自分がカワイイからってよくあるね

それがもとで上目線になってる人

素の自分を出せない人

わかっていてもね・・・


疲れたなら

答えが見つからないなら

瞳を閉じてみよう

まぶたの裏側はね

天国と地獄に繋がっているよ

どちらを見るかは

あなた次第

天国を見ているときも

地獄を見ているときも

本当は

あなたはどちらも

見ずにいられる



その答えが

解かったとき

僕は永遠の自由に

身を委ねることができたんだ

+α

知に働けば角が立ち

情に棹させば流される

意地を通せば窮屈だ

とかくこの世は住みにくい

だからといって逃げたりはしない

僕は僕が好きなのだから

タイミングに身をまかせ

コーデュロイの向こう側で

貴女はこっちを見ている

見渡す限りの草原で

風にその身をまかせ

その勢いと共に揺らぐ 草や花々は

静まりかえった僕の心に

優しい風を 運んでくれる


おもく あたたかな時間が

囁くように 真実だけを呟く時

耳で前を向いて

目で景色だけを見ている

イメージで感じて

私達は新たな道を 歩きはじめる

夕暮れと 雲の一団が じんわりと

遠ざかっていくように

忘れかけた夢と何かが 遠ざかっていくのだが

僕は ただ 突っ立って

こっちから貴女を見ている


その足取り その志を


沢山の夢が通り過ぎて

その轍に 何を学ぶ

障害物や壁を見てはいけない

その向こう側の

夢や理想を見つめる

その先にある道は

生温いままでは

きっと通れない

その答えは

多分 耳にあるのだろう




一生

人の一生はあっという間なんだろうと思う


自殺とかではなく

何度か死を意識せざるえない状況があった


思うことは

健康な状態で

日々生活していることへの感謝

何気ない大切な人達との会話

自分自身の弱さ

死をまえに

今までの自信や考えが

根底から揺らぐことで

目の前に影が差す・・・


その中で

今まで自分なりに

やれることはやってきた

という満足感にも似た安堵感もあった


余命数年と宣告されても

例え この世から消えてしまっても・・・

僕は 前を向いていられるのか・・・


何度かあった危機的状況の中

僕は混沌とした精神の中であっても

この状況から見えてくるものは なんなのか

考え、休み、願い、気を紛らわせ・・と繰り返した

その状況から たまたま逃れられた今 思うことは

僕は、この生ぬるい自分を可愛がっている

理想主義的な平和主義を持った

ただのションベン小僧だった

ということでした。



僕は 神様に、もう一度チャンスを下さいと願った




少しずつだけど

僕の未来は

僕だけの ものでは無くなりかけている


それを、僕は望んだ


誰になんと言われても


僕はそれをこれから望み続ける


誰のためでもなく


そう 自分のために