水聖庵
水のように
穏やかに日々を暮らす
その水が濁らないように
穏やかに過ごすのだけど
今にその二つの意を合わすことは出来ないので
そのかわりに イメージするものを探してみた
純粋な水・・・・
「聖水」
清らかな 天の柔らかな水
水聖庵を自らの心の中に築くこと
心そのものである私達は
心でしか通じ合えないのだから・・・
穏やかに日々を暮らす
その水が濁らないように
穏やかに過ごすのだけど
今にその二つの意を合わすことは出来ないので
そのかわりに イメージするものを探してみた
純粋な水・・・・
「聖水」
清らかな 天の柔らかな水
水聖庵を自らの心の中に築くこと
心そのものである私達は
心でしか通じ合えないのだから・・・
ホスピタリティ
ホスピタリティとサービスの違いは
他から見て解かりにくいと思った
心からのおもてなしの裏に利己的な気持ちの有無
僕がそう思ったのは
ある著名な方が、お店に来店した時
その方は松葉杖をついて、足にギプスをしていました
足の三箇所、骨が折れたらしく
足の内部はボルトで固定され、10日間入院したとのことでした・・
僕は話を伺い、ご苦労だったなと思いました
そしてお帰りの際に僕は、少しばかりお金を封筒に入れ
「退院祝いです」とその方に差し出しましたが
突然のことにびっくりされて「いいです と受取ろうとしない
僕も引くことをせずに差し出した
「どうぞ。。
「いいよ・・また来るから。。
「いぇ・・どうぞ。。
「ここに退院祝いって・書いてありま・すから・・・
「そう?・・・
と言いながら受取ってはもらったものの
なんだか、余計なことをして、出しゃばった感
及び、気に入られようとしてる感が漂った
そうじゃないのに・・・
しかし、本当にそうなのか
自分に問うた・・
少しでもそういう感情が無かったかと 言われれば、そうも言い切れない気がした。
行き場の無い重い気持ちが胸の中にあった・・・
自分を正当化しようと、考えが傾いたり
相手の「また来るから」の言葉に「?・・いやそういうことじゃなくて」と思ったり
!僕は愛の表現を迷わない・・・受けいれてくれなければ仕方が無い、先へ進もう・・
でも独りよがりの迷惑な気持ちは不協和音的だよな・・・
今度の御来店時に「出過ぎたことをしました」と誤ろうか・・
そういうことがあって
色々と考え調べていた時に「ホスピタリティ」という言葉を知った。
簡単な認識ではあるが
心からのサービス、報酬を求めない行動・・
「サービス・・・」
その言葉になにか仕事的な感じが引っかかったのだけれど・・・
サービス業とはなんだろうか?
マニュアル化されたサービスは、それはそれで置いといて
お客様が本当の神様と思うことが常時難しいならば
柔らかさの反作用で強くなるように
お客様の気持ちをまず、やわらげることが大切であり
それが「満足」に繋がっていくのだろうと思った
その方、お客様が、スムーズに受取って頂けなかったのは
僕が未熟だった・・
相手の気持ちをやわらげる事もせずに
一方的に自己のホスピタリィを押付けてしまった
ならば、どうやって やわらげたら良かったのか・・・
そこにマニュアルは無いが
平和的な表現、自然体、柔らかく
そんな共通の方程式があるように思えた。
「柔」の重要性
色んな経験を通して
自分の「柔」を見つめる作業は、
僕にとって今、すごく刺激的なことだと感じた
他から見て解かりにくいと思った
心からのおもてなしの裏に利己的な気持ちの有無
僕がそう思ったのは
ある著名な方が、お店に来店した時
その方は松葉杖をついて、足にギプスをしていました
足の三箇所、骨が折れたらしく
足の内部はボルトで固定され、10日間入院したとのことでした・・
僕は話を伺い、ご苦労だったなと思いました
そしてお帰りの際に僕は、少しばかりお金を封筒に入れ
「退院祝いです」とその方に差し出しましたが
突然のことにびっくりされて「いいです と受取ろうとしない
僕も引くことをせずに差し出した
「どうぞ。。
「いいよ・・また来るから。。
「いぇ・・どうぞ。。
「ここに退院祝いって・書いてありま・すから・・・
「そう?・・・
と言いながら受取ってはもらったものの
なんだか、余計なことをして、出しゃばった感
及び、気に入られようとしてる感が漂った
そうじゃないのに・・・
しかし、本当にそうなのか
自分に問うた・・
少しでもそういう感情が無かったかと 言われれば、そうも言い切れない気がした。
行き場の無い重い気持ちが胸の中にあった・・・
自分を正当化しようと、考えが傾いたり
相手の「また来るから」の言葉に「?・・いやそういうことじゃなくて」と思ったり
!僕は愛の表現を迷わない・・・受けいれてくれなければ仕方が無い、先へ進もう・・
でも独りよがりの迷惑な気持ちは不協和音的だよな・・・
今度の御来店時に「出過ぎたことをしました」と誤ろうか・・
そういうことがあって
色々と考え調べていた時に「ホスピタリティ」という言葉を知った。
簡単な認識ではあるが
心からのサービス、報酬を求めない行動・・
「サービス・・・」
その言葉になにか仕事的な感じが引っかかったのだけれど・・・
サービス業とはなんだろうか?
マニュアル化されたサービスは、それはそれで置いといて
お客様が本当の神様と思うことが常時難しいならば
柔らかさの反作用で強くなるように
お客様の気持ちをまず、やわらげることが大切であり
それが「満足」に繋がっていくのだろうと思った
その方、お客様が、スムーズに受取って頂けなかったのは
僕が未熟だった・・
相手の気持ちをやわらげる事もせずに
一方的に自己のホスピタリィを押付けてしまった
ならば、どうやって やわらげたら良かったのか・・・
そこにマニュアルは無いが
平和的な表現、自然体、柔らかく
そんな共通の方程式があるように思えた。
「柔」の重要性
色んな経験を通して
自分の「柔」を見つめる作業は、
僕にとって今、すごく刺激的なことだと感じた
心に花
昔こんなことがあった
「写真撮るので、笑って下さい」
僕は上手く笑えなかった
今になって何故だろうと考えると
なぜ無理に笑わなくちゃいけないのか?
という一面的な感情、世界観がそうさせたのかもしれない
スポーツの世界では
「最初から負けを考えるな」とよく耳にするが
人生はそうでない
必ず「負け」は訪れる
負けが続くと人は沈んでいく
そこからどう這い上がるか
人は人生の中で何度も その壁に行く手を阻まれる
負けをどうとらえるかで
人生は大きく変化するのだと思う
負けを負けと 捉えることのない世界観、思想、哲学
そういうものが必要なのかもしれない
負けという種を心に蒔け
そして水をやる
水は柔らかさの象徴
負けを獲て、柔らかい心で育て咲かせていく
負けは「咲かせることができる」
そこで欠かせないのが「太陽」
天気がいいと太陽は照る
曇り空だと花を咲かすことは難しい
そう、心模様
心を穏やかにすることで
太陽は照る
柔らかさと穏やかさ
笑えなかったあの頃は
柔らかさを表現することが出来なかった
ただありのままの自分を表現することが怖かった
自信がなかった
けど自信なんていらなかった
攻撃的だった
攻撃が最大の防御策だった
相手に寄り添うことが出来なかった
自分を失いそうで怖かった
けどそれは幻想だった
穏やかな心と
柔らかな気持ちに
癒されると
幸せな気持ちになれた
それを日々大切にして
もっと柔らかさのことが
知りたい
「写真撮るので、笑って下さい」
僕は上手く笑えなかった
今になって何故だろうと考えると
なぜ無理に笑わなくちゃいけないのか?
という一面的な感情、世界観がそうさせたのかもしれない
スポーツの世界では
「最初から負けを考えるな」とよく耳にするが
人生はそうでない
必ず「負け」は訪れる
負けが続くと人は沈んでいく
そこからどう這い上がるか
人は人生の中で何度も その壁に行く手を阻まれる
負けをどうとらえるかで
人生は大きく変化するのだと思う
負けを負けと 捉えることのない世界観、思想、哲学
そういうものが必要なのかもしれない
負けという種を心に蒔け
そして水をやる
水は柔らかさの象徴
負けを獲て、柔らかい心で育て咲かせていく
負けは「咲かせることができる」
そこで欠かせないのが「太陽」
天気がいいと太陽は照る
曇り空だと花を咲かすことは難しい
そう、心模様
心を穏やかにすることで
太陽は照る
柔らかさと穏やかさ
笑えなかったあの頃は
柔らかさを表現することが出来なかった
ただありのままの自分を表現することが怖かった
自信がなかった
けど自信なんていらなかった
攻撃的だった
攻撃が最大の防御策だった
相手に寄り添うことが出来なかった
自分を失いそうで怖かった
けどそれは幻想だった
穏やかな心と
柔らかな気持ちに
癒されると
幸せな気持ちになれた
それを日々大切にして
もっと柔らかさのことが
知りたい
柔
「強さ」
どんな強さ
強さって何?
何のためにあるの
競い合うため?
自分のため?
どちらにも
対象と争う関係にある
愛する人のために強くなりたい
なぜ?
無償の愛
愛する人の幸福を願う
なぜ?
不遇の事態がすべて悪いほうに傾くとはいえない
赤ちゃんが一人で井戸を覗き込んでるとしたら
皆で保護するのだけど
よっぽどのことでない時以外には
見守ることが最善の選択に思える
強さを求めてはいけないような気がする
師は言った
「柔らかさの反作用として強さが生まれる」
争い、競争社会から離れるには
争うことを念頭においた「強さ」を求めるのではなく
私達の本来の天然の柔らかさに気づき
日常で柔らかく在れるように
この柔らかさを磨いていくことが
結果的に、この世を強く生き抜いていける源に
繋がっているような気がする
求めないで求めるものを願うならば
その反作用を見つけることが大切なのかもしれない
どんな強さ
強さって何?
何のためにあるの
競い合うため?
自分のため?
どちらにも
対象と争う関係にある
愛する人のために強くなりたい
なぜ?
無償の愛
愛する人の幸福を願う
なぜ?
不遇の事態がすべて悪いほうに傾くとはいえない
赤ちゃんが一人で井戸を覗き込んでるとしたら
皆で保護するのだけど
よっぽどのことでない時以外には
見守ることが最善の選択に思える
強さを求めてはいけないような気がする
師は言った
「柔らかさの反作用として強さが生まれる」
争い、競争社会から離れるには
争うことを念頭においた「強さ」を求めるのではなく
私達の本来の天然の柔らかさに気づき
日常で柔らかく在れるように
この柔らかさを磨いていくことが
結果的に、この世を強く生き抜いていける源に
繋がっているような気がする
求めないで求めるものを願うならば
その反作用を見つけることが大切なのかもしれない
好きな詩
八木 重吉
「心よ」
こころよ
では いっておいで
しかし
また もどっておいでね
やっぱり
ここが いいのだに
こころよ
では 行っておいで
キリスト
病気して
いろいろ自分の体が不安でたまらなくなると
どうしても怖ろしくて寝つかれない
しかししまいに
キリストが枕元にたって
じっと私をみていて下さるとおもうたので
やっと落ち付いて眠りについた
ゆるし
神のごとくゆるしたい
ひとが投ぐるにくしみをむねにあたため
花のようになったらば神のまえにささげたい
私達の心は
見えない世界で
旅をする
それを見守ってくださる神々
私達に出来ることは
旅によってえた宝物のかけら達を
むねにあたため みがき
それを生活の中で咲かせていくこと
「心よ」
こころよ
では いっておいで
しかし
また もどっておいでね
やっぱり
ここが いいのだに
こころよ
では 行っておいで
キリスト
病気して
いろいろ自分の体が不安でたまらなくなると
どうしても怖ろしくて寝つかれない
しかししまいに
キリストが枕元にたって
じっと私をみていて下さるとおもうたので
やっと落ち付いて眠りについた
ゆるし
神のごとくゆるしたい
ひとが投ぐるにくしみをむねにあたため
花のようになったらば神のまえにささげたい
私達の心は
見えない世界で
旅をする
それを見守ってくださる神々
私達に出来ることは
旅によってえた宝物のかけら達を
むねにあたため みがき
それを生活の中で咲かせていくこと