月の下ポエム -30ページ目

日々燦々

経験をして

生きて

悟りたいと思い

上昇していく


愛という漠然とした

悟りの境地


色々な 感 を経験し

その過程を繰り返すことで

愛という見えないものを

私達は 少しずつ認識していく


その道のりは

孤独と自由の中

叫び

泣き

笑い

色々と 感 が交錯し

日々 生きる

それを支えているものは

それぞれで

楽しみや安らぎに繋がるもの 


そう思った


一つ

愛を知るには

愛を表現してみることができ

少なからず

還ってきた愛を

感じることがある


還ってこない時は

何かに気づく時で


それぞれ発見していくことは

そこへと 導いてくれる


愛の地帯


そこへ架かる橋

細くて 一人でしか

渡れない


落ち着いて

下を向かずに

前を見て

日々燦々と


安らぎの地帯へ


今 どこにいるのだろうね


それは あなたにしか

解からない


そこはきっと

橋の上だから

二つの貝

アンモナイトが絶滅して

オウムガイが生き延びた

という一説を読んだ


小畠郁夫・加藤秀著「オウムガイの謎」


白亜紀の大海退や隕石の衝突による
環境の変化などの説を紹介している。

次のような記述があった



生きているものはだれでも

いごこちの良いところへ

のし上がろうと競争をする

しかし

いごこちのよいところに

長いあいだぬくぬくとおさまっていると

大きな変わり目の時に

あっけなく滅んでしまう

  (中略)

ところがオウムガイの仲間は

生存競争に負けたために

いごこちの良いところから

身を引いて

世界の片隅でひっそりと生きてきた

えさは十分にはなかったけれど

長いあいだに数日間食べなくても

困らない体のしくみが出来上がった


暗く冷たい深海だから

命を脅かす天敵はほとんどいない

食べ物の奪い合いで

しのぎをけずる必要もない

自然に逆らうことなく

ゆっくりゆっくり生きていく・・・

実際そういう生き方でオウムガイは

5億年の歳月を生きのびてきたのだ


という内容でした。



オウムガイの仲間は

生存競争に敗れ

退いた

しかし

それが

長い歳月を生きのびるキッカケになった。

老荘思想のエッセンスがあります

エントロピー増大を抑えたエコな生き方なのかも・・・


真実はさておき

螺旋を描く貝達と共に

自然の中で

それに逆らうことなく

その螺旋に身をゆだねることで

私達の栄達は

グッと身近に感じられそうな

気がしました。

無中充

何もない

充足感


今日は何のために生きる?



何のためでもなくある

充実感


貴方の

頭のてっぺんから

足のつま先まで

全部受け止めよう


僕には 何もないから



明日はなんのために生きよう?

何もない

なにも



あるのは

滑稽な充足感



ごめんね

でも

ありがとう

僕は「なにもない」に

夢中だ

最低点

「てめーが一番ばかになればいいの」

赤塚不二夫ちゃんは そう言う


同じ思いに共感

親しみが湧きます。


ちょっとでも気がゆるむと

背後から偉そうな自分は忍び寄ってくる

最初から何も誇れるものなんか持っていないのだけど

あるかのように 在ることは

愚かなことなのかもしれない


と、ここで

若いお兄ちゃんが飛び込みで和菓子を売りにやってきた

チョット胡散臭そうな感じ・・・

こんなとき「要らないよ」って簡単に言えるけど


不二夫ちゃんだったら


きっと買うだろうな・・・


僕は560円で3つ入りの大福を買ってみた


ちょっと赤塚不二夫になったきがした。


後は


「ばかになればいいのだ」


ばかの良さは

ばかにならないと

解からない

と思うと

一秒でも早く

ばかになって自由になりたい

そうやって、みんなの言ってることを

ちゃんと受けとめられるように

何がなんでも、そうなりたい。


愛燦燦と降りそそぐ その場所で


心帆

心に立ててある 帆

いろんな風が

それを揺らす

ちょっと疲れた時には

たたんだり

気分のいい日は

全開にしてみたり


季節 移ろうかの如く

濃淡をつけて

風と共に

我が心は 笑う