月の下ポエム -28ページ目

無柔力

一つと感じる感覚

相手と対峙して

その感覚に入っていく


「自分を殺しにきた相手と友達になる」

という達人の言葉に繋がるのは

そういうことなのだろうか・・・

相田みつをさんをテレビで見ました

1991年とのクレジットデータ・・

「謙遜」してらして

前に出ず、かといって 引いているのでもなく

「調和」「優しさ」の中の「人」を感じました


お言葉の中で印象的だったのが


「書とはその人の人間性をすべてそこに出してしまう」


以前、師に写経をやったほうがよろし と

進められたことがありましたが

さきほど、未熟ながら 水のように柔らかく清らかな意で書く文字と

普段の状態で書く文字は明らかに違うと感じました


後に「一瞬一瞬の今が修行なんです」という言葉

只管打坐をしているときも

トイレ掃除をしているときも

何をしているときも

平等に同じ修行であると 曰く

皆と居るときも

独りで居るときも

平等に生きること


裏も表も無く

意を持って

柔らかく

清らかに

相手への気遣いを忘れない

不完全を完全と捉える

その姿勢に

学ぶべきことがあると思いました


気を使い、相手を和まして差し上げる


それが好きでやってること

そうなるのに理解しておく、整理しておくもの

はたまた、それの終着点

はっきり捉えておかなければ

納得できないことを

ひとつひとつ見つめる作業


余裕が無ければ気を使うことはストレスへ

相手が和まなければストレスへ


余裕と和み


ぼくらは何に和みを感じるのか

世代によっても違いはあるのかもしれない

リゾート、温泉、好きな飲食物、睡眠、音楽、共感

お金は、労働のエネルギー単位と見ると

沢山あれば余裕に繋がる

余裕は和みを生み柔らかさを育む

そういうことで、お金は沢山あると有利ですね(笑

しかし麻薬のようでもある

その使い方で悲惨な結果にもなる


熟知すること


なにを?


この世の中で成功している方々が意識するしないにせよ

腹にすえているもの


偉大な経営者と呼ばれる方々も

相田みつをさんのような方のような

同じエッセンスを持っているような気がします


優しく、気を遣い、柔らかく、調和的


それを生み出せる源

根源

根っこの部分・・・


それはなんでしょうか


水分を吸い寄せる根


根は音

音は寝

寝は根

自分の中に眠っている音

潜在意識


よく啓発本に出てくる潜在意識


潜在意識の顕在具合


それを顕在化させる能力

能力を脳の力とすると

意が重要ということになると

潜在意識を刺激するのは

どういう「意」を持つことが重要か

という私の勝手な解釈になりますが(笑


意のトレーニングが重要なのかもですね


そういう風に考えると想像力は

強い力を秘めているのだろうな・・・と

昨日までの自分より

想像力への信頼、期待度は増していくのかもしれません






水聖庵

水のように

穏やかに日々を暮らす


その水が濁らないように

穏やかに過ごすのだけど

今にその二つの意を合わすことは出来ないので

そのかわりに イメージするものを探してみた

純粋な水・・・・


「聖水」


清らかな 天の柔らかな水

水聖庵を自らの心の中に築くこと


心そのものである私達は

心でしか通じ合えないのだから・・・




ホスピタリティ

ホスピタリティとサービスの違いは

他から見て解かりにくいと思った

心からのおもてなしの裏に利己的な気持ちの有無


僕がそう思ったのは

ある著名な方が、お店に来店した時

その方は松葉杖をついて、足にギプスをしていました

足の三箇所、骨が折れたらしく

足の内部はボルトで固定され、10日間入院したとのことでした・・

僕は話を伺い、ご苦労だったなと思いました

そしてお帰りの際に僕は、少しばかりお金を封筒に入れ

「退院祝いです」とその方に差し出しましたが

突然のことにびっくりされて「いいです と受取ろうとしない

僕も引くことをせずに差し出した

「どうぞ。。

「いいよ・・また来るから。。

「いぇ・・どうぞ。。

「ここに退院祝いって・書いてありま・すから・・・



「そう?・・・


と言いながら受取ってはもらったものの

なんだか、余計なことをして、出しゃばった感

及び、気に入られようとしてる感が漂った

そうじゃないのに・・・

しかし、本当にそうなのか

自分に問うた・・

少しでもそういう感情が無かったかと 言われれば、そうも言い切れない気がした。

行き場の無い重い気持ちが胸の中にあった・・・

自分を正当化しようと、考えが傾いたり

相手の「また来るから」の言葉に「?・・いやそういうことじゃなくて」と思ったり

!僕は愛の表現を迷わない・・・受けいれてくれなければ仕方が無い、先へ進もう・・

でも独りよがりの迷惑な気持ちは不協和音的だよな・・・

今度の御来店時に「出過ぎたことをしました」と誤ろうか・・


そういうことがあって

色々と考え調べていた時に「ホスピタリティ」という言葉を知った。

簡単な認識ではあるが

心からのサービス、報酬を求めない行動・・

「サービス・・・」 

その言葉になにか仕事的な感じが引っかかったのだけれど・・・



サービス業とはなんだろうか?

マニュアル化されたサービスは、それはそれで置いといて

お客様が本当の神様と思うことが常時難しいならば

柔らかさの反作用で強くなるように

お客様の気持ちをまず、やわらげることが大切であり

それが「満足」に繋がっていくのだろうと思った

その方、お客様が、スムーズに受取って頂けなかったのは

僕が未熟だった・・

相手の気持ちをやわらげる事もせずに

一方的に自己のホスピタリィを押付けてしまった

ならば、どうやって やわらげたら良かったのか・・・

そこにマニュアルは無いが

平和的な表現、自然体、柔らかく

そんな共通の方程式があるように思えた。


「柔」の重要性

色んな経験を通して

自分の「柔」を見つめる作業は、

僕にとって今、すごく刺激的なことだと感じた


心に花

昔こんなことがあった

「写真撮るので、笑って下さい」


僕は上手く笑えなかった


今になって何故だろうと考えると


なぜ無理に笑わなくちゃいけないのか?

という一面的な感情、世界観がそうさせたのかもしれない

スポーツの世界では

「最初から負けを考えるな」とよく耳にするが

人生はそうでない

必ず「負け」は訪れる

負けが続くと人は沈んでいく

そこからどう這い上がるか

人は人生の中で何度も その壁に行く手を阻まれる

負けをどうとらえるかで

人生は大きく変化するのだと思う

負けを負けと 捉えることのない世界観、思想、哲学

そういうものが必要なのかもしれない

負けという種を心に蒔け

そして水をやる

水は柔らかさの象徴

負けを獲て、柔らかい心で育て咲かせていく

負けは「咲かせることができる」

そこで欠かせないのが「太陽」

天気がいいと太陽は照る

曇り空だと花を咲かすことは難しい

そう、心模様

心を穏やかにすることで

太陽は照る

柔らかさと穏やかさ


笑えなかったあの頃は

柔らかさを表現することが出来なかった

ただありのままの自分を表現することが怖かった

自信がなかった

けど自信なんていらなかった

攻撃的だった

攻撃が最大の防御策だった

相手に寄り添うことが出来なかった

自分を失いそうで怖かった

けどそれは幻想だった

穏やかな心と

柔らかな気持ちに

癒されると

幸せな気持ちになれた

それを日々大切にして

もっと柔らかさのことが

知りたい