月の下ポエム -28ページ目

空と水

水面が 反射する景色を

映しだす

そんな静かな状態

それをイメージすることで

ピタリと その時点での

ニュートラルな状態は

やってくる


運命は決まっているが 決まっていない

紙の表裏どちらかに運命の図は描かれてはいるが

裏を反せば白紙の状態という


この 二つを考えると

水面に映る景色を裏から見ると

多分ハッキリと見えないのかもしれない



空間と水中の差により

その水面の映りは異なる


私達の世界が水側であるとしたら

目に見えない世界が空側となる


老子が伝える「水」の教え

このことと照らし合わせると

なにかが見えてきそうだ


水面に映る景色というものは

はっきりとした認識(悟)とすると

空間のように

透明度が上がれば

「悟」ということなのだが

究極はその水側の水を取り払うことと考えると

それは何を意味するのだろう・・・

水=固体=物質世界=目に見えるもの

空=目に見えるものを取り払うこと

ということが考えられる



運命は決まっているが

人間の「もの」に対する執着が

白紙へと 「見えなく」させるのかもしれない

だが それは「自由」ということでもある


瞳を閉じて瞑想、座禅をすることは

水側から空側へ渡れる橋なのかもしれない

三志之調

天は高さ

地は横

人は奥行き

是、三次元之法


天は何処までも高く、私達は向上心を胸に上昇する

地はこの世の個であり、それらは横並びに平等である

人には奥深いものがあり、それを忘れてはならない

一つを極めても

二つを極めても

三つ目を疎かにしてはならない

と思ふ

厳しい現実を しなやかに 生きるために

考えたいこと

テクニックではない

只、静かさを受けいれること

その静けさで包みこむこと

怖れてはいけない

柔らかく

穏やかに

温かく

その準備として

認識しておきたいこと

それが三志なのかもしれない

三志

天志、地志、人志

是、三志

天を思えば道は見える
地を思えば体をいたわる
人を思えば柔らかくなれる

天は永久の輝き
地は淡い灯火
人は風になびく蝋燭の小火

三次元の世界

私達の世界

三次元+αな世界

ものの見方は三方向から捉えるべきか

三つ同時に思える境地


人は忘れやすいから

三志から離れてしまう



対化点

達成は通過点

通過点ではリセット

それは新たに起こす意

その「めぐり」の中

素晴らしい出会いや体験をする

それらが積み重ねるもの

それを知ること

すなわち無常

テクニックは必要か

答えは無数にあるが

この世界では両極化してしまう

それはどういうことか

それは対立

「私のモットー」の反対側にあるもの

対の世界

その上に建てられた芸術、個体

立脚した瞬間から崩壊への道を辿る

永遠から出でた固体はその体を永遠に保つことは出来ない

それが無常なのかもしれない


達成・・・

永遠から個への達成

消滅の達成

無限の通過点

永遠に通用するテクニックは無いとすると

多分、人は繰り返すことに飽き始めるからだとすると

どう変化していけばよいのか

その答え

老子、キリスト、ブッタ

そこには

成功も失敗も無いのかもしれない・・・

連続性

風に吹かれて

飛んで

消えた

僕は悲しくて

空を見上げていた



しゃぼん玉


素敵な世界


飛んで

はじけて

消えては

また 飛ばす


消えて無くならない

しゃぼん玉は なくて


昨日までの僕には

解からなかったこと


はじけるたびに

また飛んで

またはじける



休んでは

また

飛ばす



その

しゃぼん玉液が

無くならないように

している 子供達もいたり



大きくなったら


液が無くなると

新たに作り


そうやって

また 新たに飛ぶ




あなたの

しゃぼん玉が

はじける音を

そっと 聞きながら



その隣で



僕も飛ばし続けている



二人のしゃぼん玉が

重なって

タイルの上に落ち


暫くたって


二人は


はじけて消えた



連続を思い

しゃぼん玉に

重ねる


意も無常に

飛んでは

消える


関係性の中

長く飛び続ける相性に

心は癒される


消えることを

悲しみすぎた時

また新たに飛ばせることで

この世のルールを

また一つ

知るのかもしれない