月の下ポエム -27ページ目

don't think feel it

気持ちが敏感になっているときは

事あるごとに深く反応してしまう

その深さに疲れてしまうことも多々ある。

そこで気を紛らわせることを考えるのだが

上の空な状態になったり

妙によそよそしかったりする事もある

「若さ」や「勢い」など、「負けた」時に感じる怖れが

さほど強くないときには余り考えないことなのだろうが


「対するものに真正面から対して

なおかつ、意識を良い状態で注意をそこに向ける」


勢いや若さといった状態から離れ

人生の中で、いわゆる「負け」たことで傷を背負った者達は

何かアクションを起こすとき

その負けの怖れの呪縛に逆風を感じてしまう

そういう傾向があると思う


負けて、それから潜む・・・

天照大神(アマテラスオホミカミ)が、天岩戸に引き篭ってしまったように

心の太陽が隠れ、自己の世界が真っ暗になってしまうように・・・

話は、八百万の神が相談し結果、天岩戸から天照大神はひっぱり出されるのだが

このお話を初めて聞いたときは「神」がなんで、そんな子どもみたいに隠れたりするのか・・・

人間くさい行動に疑問を抱いたのだけど

もしかしたら、悟っていくということは、こういう過程の中で

少しずつ経験し積み重ね、最終的に一人一人が神に成っていく・・・と

この日本神話に生意気ながら重ねて思う


話を戻し

「対するものに真正面から対して

なおかつ、意識を良い状態で注意をそこに向ける」には

「重さを感じる」「重さに意識を向ける」ことで

たとえば簡単に言うと

ゴルフクラブの重さに意識を向け続けスイングする事ができるならば

余計な雑念が起こる隙はなく、本来の実力を発揮できるということに繋がる

それを思い続けるには

そのことを心から信じられるかどうかによると思う。ということ


足がかりとして重さを感じ、意識をそこに集中させていく

答えははっきりしないものだが

ぶれないことは

そういうコツを持つことで 意術として

身につけていくことなのだろうかと思う

そこに「柔らかさ」や「穏やかさ」が伴い

したたかさは、より高められていくのだと思う

目の前の人間の「重さ」

そして自己の重さを手に取るように感じ取れたとき

この世で心を一つと成し

その身は神気で溢れるのだと思う

そのまんま

あるがままを見つめる


この世でなるべく出会いたくない

いわゆる汚いもの・・・

しかし

それを避けることは

不自然なのかもしれない


あるがままを見つめる


それをうまく自分の中で昇華できることの意味


例え、人に裏切られたとしても

自分の中から

いわゆる汚いものと呼ばれるものが

少なくなれば・・・


それが僕の目指すところ

怖れないで

愛の表現ができたとき

とても幸せになります☆

何処に

宮本武蔵が戦いの時に何処に心を置くか考えていたという

戦いにしても

戦わないにしても

相対する場合に

何が必要で

何が必要でないのか

その一つのキーワードは

「重さ」だと思った

利他

①構えることとはどういうことか

構えるの意味を調べると

立派に作り上げる
相手に対する
武器を備える
作り事、仕組む、たくらむ・・・

目指すところの逆だなと思う


②使い慣れた道具は手足のようになるということ

熟練の技を持った職人さん達の微細な感覚

研究によって解かっていることは

ちゃんと道具にまで体の一部となるような神経活動があるということ

これは体の拡張、物と一体化する感覚


③全ては二面性

言葉は二面性を持っている、相手に伝わった時、さらに2つに分かれる

点がありそこから2つに分かれる道があり、またそれぞれの点へ

点が「今」、分かれる道は「愛」と「怖れ」

それぞれの道を辿っての「今」


④虚数

答え、勇気、夢 =「希望」= i or x =「可能性」

その存在

背中を押してくれる最大の良薬 

今一番聞きたいこと

それによって成せること

それがあると思えること

それによって かわれること 



この四つの思うこと


その先にある思いは

いかに利他的に柔らかくなれるか ということに繋がっている
 

運気

カラオケで悲しい曲を歌っている人は

運気が下降気味ということを聞いたことがあります

自分に照らし合わせると・・・

無きにしも非ず。。

なので

最近の鼻歌はちょっと古いけど

パフィーのアジアの純真でーす≧(´▽`)≦