月の下ポエム -29ページ目

心に花

昔こんなことがあった

「写真撮るので、笑って下さい」


僕は上手く笑えなかった


今になって何故だろうと考えると


なぜ無理に笑わなくちゃいけないのか?

という一面的な感情、世界観がそうさせたのかもしれない

スポーツの世界では

「最初から負けを考えるな」とよく耳にするが

人生はそうでない

必ず「負け」は訪れる

負けが続くと人は沈んでいく

そこからどう這い上がるか

人は人生の中で何度も その壁に行く手を阻まれる

負けをどうとらえるかで

人生は大きく変化するのだと思う

負けを負けと 捉えることのない世界観、思想、哲学

そういうものが必要なのかもしれない

負けという種を心に蒔け

そして水をやる

水は柔らかさの象徴

負けを獲て、柔らかい心で育て咲かせていく

負けは「咲かせることができる」

そこで欠かせないのが「太陽」

天気がいいと太陽は照る

曇り空だと花を咲かすことは難しい

そう、心模様

心を穏やかにすることで

太陽は照る

柔らかさと穏やかさ


笑えなかったあの頃は

柔らかさを表現することが出来なかった

ただありのままの自分を表現することが怖かった

自信がなかった

けど自信なんていらなかった

攻撃的だった

攻撃が最大の防御策だった

相手に寄り添うことが出来なかった

自分を失いそうで怖かった

けどそれは幻想だった

穏やかな心と

柔らかな気持ちに

癒されると

幸せな気持ちになれた

それを日々大切にして

もっと柔らかさのことが

知りたい

「強さ」

どんな強さ

強さって何?

何のためにあるの

競い合うため?

自分のため?

どちらにも

対象と争う関係にある

愛する人のために強くなりたい

なぜ?

無償の愛

愛する人の幸福を願う

なぜ?

不遇の事態がすべて悪いほうに傾くとはいえない

赤ちゃんが一人で井戸を覗き込んでるとしたら

皆で保護するのだけど


よっぽどのことでない時以外には

見守ることが最善の選択に思える

強さを求めてはいけないような気がする


師は言った

「柔らかさの反作用として強さが生まれる」


争い、競争社会から離れるには

争うことを念頭においた「強さ」を求めるのではなく

私達の本来の天然の柔らかさに気づき

日常で柔らかく在れるように

この柔らかさを磨いていくことが

結果的に、この世を強く生き抜いていける源に

繋がっているような気がする

求めないで求めるものを願うならば

その反作用を見つけることが大切なのかもしれない

好きな詩

八木 重吉
「心よ」


こころよ
では いっておいで

しかし
また もどっておいでね

やっぱり
ここが いいのだに

こころよ
では 行っておいで



キリスト

病気して
いろいろ自分の体が不安でたまらなくなると
どうしても怖ろしくて寝つかれない
しかししまいに
キリストが枕元にたって
じっと私をみていて下さるとおもうたので
やっと落ち付いて眠りについた



ゆるし

神のごとくゆるしたい
ひとが投ぐるにくしみをむねにあたため
花のようになったらば神のまえにささげたい




私達の心は

見えない世界で

旅をする

それを見守ってくださる神々

私達に出来ることは

旅によってえた宝物のかけら達を

むねにあたため みがき

それを生活の中で咲かせていくこと

一 pt.3

心の余裕

今にまとめる

花を楽しむ

今を見て楽しむ

感動は

一つ


宇宙も

点も

円も

水も

人と人との

交わり接点

和合も

一つ

そこから出発し

離れて行く

それは無常

感動は

それらを一つと感じる心

一つにしていく能力

磨いていくこと

それが魂を磨き

私達を生かし

深い癒しに繋がっていく

そこは天国

愛の地帯

ランダム

毎年やってくる夏

少年だったあの頃

重ねたもの

今の僕との違い




同じなのは

目を閉じる瞬間の感覚


僕らは

光りから遠ざかって

何処に行くのだろう


螺旋の中のイレギュラー


僕等の存在


光りの中に閉じ込められた

過去の夏の思い出は

あらゆることを知っていて

いつでも 無言のままで

ただ僕を

見つめている


温和な空気が漂う季節

今日も瞳を閉じて

僕は思いに揺れる

また 今年も夏を重ねる