第二十六話 風が呼んだから
第二十六話 その後も先輩の声は聞こえていたが、多実衣の耳にはもう何も届かない。こんなことくらいで落ち込んでどうするんだ、多実衣らしくないじゃないかと自分を励ましてみるが、今回ばかりは立ち直る気力は残っていなかった。 佑美はお嬢様育ちだから、義母との付き合い方がうまくいかなかったのだとか、少々意地悪をされてもくよくよせずに立ち向かっていけばいいとか、佑美が思っているほど義母は悪気があるわけじゃないとか思っていた自分が恥ずかしくなる。 佑美は十年以上も我慢し続けたのだ。立派なものだ。 なのに多実衣は……。たったの一日で白旗を揚げてしまった。 義母は今夜はもう戻らないと知ったとたん、全身から力が抜けてしまった。三時までの数時間は、自分でも驚くくらい激しく動き回り、脳を酷使した時間だった。 先輩の嫁としての意地を見せつけるチャンスとばかりに頑張ったにもかかわらず、すべての行動が無駄になってしまったのだ。 多実衣は猫足スタイルの豪華なダイニングテーブルに突っ伏して自らの運のなさを嘆いた。 先輩がこんな自分と結婚をしたのも、やはり突発的な行動であり、ただ単に利用されたにすぎないと思えてしまうのだ。 どれくらいそうしていたのだろう。少しうとうとと眠ってしまったようだ。 だるい身体を起こし、夕食の整理に取り掛かる。残せるものは保存容器に入れて冷蔵庫へ。そして、風味が損なわれるものや、多実衣一人では食べきれないものは処分しようと再びキッチンの前に立った。 物を粗末にしてはいけないと両親に教えられてきた多実衣にとって、それは予想外に辛い作業だった。本当なら今すぐ食べてしまえばいいのだろうけれど、こんな状態では水すらも喉を通らない。 ごめんなさい、と鍋に声をかけた時、多実衣の背後で何か物音がした。 ど、ろ、ぼ、う? 彼らは住人の動向も調べ上げているはずだ。義母が留守と言うことも確認済みなのだろう。 多実衣は相手に悟られないよう、密かにフライパンを握り、左手で適当な物をつかんだ。 足音が多実衣の後ろで止まる。額にびっしょりと冷や汗をかいた多実衣は、ぎゃーーという悲鳴と共に、後ろを振り返った。「お民!」 どろぼうも叫ぶ。 その怪しげな人物を見るや否や、多実衣は足の力が抜け、倒れそうになった。