第二十五話





 三時十分前になった。なんとか夕食には間に合いそうだ。煮物の野菜類は


切ったし、乾物も水戻しをした。高級そうな缶詰もいくつか拝借し、カニの酢の


物や食後のデザートに使おうと思う。


 和食をメインに八品はテーブルに並べられるだろう。根菜と冷凍の肉類、調


味料はどうにか最低限の分量は確保できた。幸い、女性二人ということなの


で、少量であっても器のチョイスと盛り付け次第でそれなりの賑わいは確保で


きる。


 お湯を沸かしカップを準備し、いつでもお茶を出せるよう、義母の帰宅を待っ


た。


 三時を過ぎ、四時になり。煮物も完成した夕方を迎えても、義母は帰って来な


かった。炊き立てのご飯を食べてもらいたいので、炊飯器はまだ作動させてい


ない。が、急に帰宅して、もうお茶はいらないからすぐに夕食を、となった場合、


ご飯が間に合わない。多実衣は苦渋の決断を迫られた挙句、不測の事態に備


えて炊飯ボタンを押した。


 時計は六時を告げる。携帯を見てみたが何も連絡はない。というか、義母と


アドレスも番号も交換はしていないから、連絡が来るはずはないのだが。


 それでも携帯を握りしめ、もしかしたら先輩経由で何か知らせがあるかもと、


連絡を待ち続けた。


 ご飯も炊きあがり、すまし汁も完成した。時計を見れば、もう夜の九時になっ


ていた。



 いくらなんでも遅すぎる。もしかして、キャンセルになったのだとしたら……。


 マダムの気まぐれはよくあること。こんなこともあるさと楽観的に捉えようとす


るが、やはり待つ身は辛い。


 せっかくのメニューも、徐々に食べごろを逃していく。


 どうすればいいのか。まさか義母自身に何かあったのだろうかと、恐ろしい妄


想がふくらむばかりだ。


 手の中の携帯を穴が開くほど見つめた後、先輩に電話をしてみようと思い


立った。もっと早くそうすればよかったと後悔してみても始まらない。とにかく出


来る手段を片っ端から講じてみようと行動を開始する。


 すると。何というタイミングだろう。先輩から電話がかかってきたではないか。


 多実衣は砂浜でのフラッグ争奪競争並の素早さで通話ボタンに触れ、先輩


の第一声を待った。


『お民か? 今、どうしてる?』


 想像以上にのん気な声が聞こえてくる。


「ん、もう! お民か、じゃないですよ。先輩、聞いて下さい。おかあさま……


じゃなくて、周子さんが、まだ帰って来ないんです」


『周子さんが? ちょっと待って、スケジュール表を見てみるから』


 彼が手元で何か操作をしている。


『ああ……。周子さん、今日はF社の奥様と……』


「やっぱり本当に約束していらっしゃったのですね。ならば、どうして帰ってこな


いのでしょうか?」


 嘘ではなかった。ということは、やはり事故にでも遭ったのだろうか。


『え? 帰るわけないだろ? F社が開発したリゾート地に招かれているけど。


帰宅は明後日だ。周子さんは何と言って出て行ったんだ?』


「え……。そ、そんな」


『おい、お民。聞こえているのか? 周子さんは何と言って……』


「美容室に行って、それから……」


 多実衣はそれ以上は声にならなかった。出そうと思っても出ないのだ。泣い


ているわけでもない。怒っているわけでもない。


 ただただ空しくて、喉の奥につかえている塊に何もかもが阻止されているよう


な虚無感に襲われていた。