やはりカフェイン475mgは多い
昨日は、昼1時頃カフェインを200mg,4時くらいにカフェインを200mgを入れた。かなり元気になったが、あたまが痛くて、寝る前にルルを飲んでしまった。(このルルにもカフェインが75mg入っている)
夜の12時半にベットに横になったが、目が冴えてしまって寝たのは四時近くだった。長袖のパジャマを半そでに変えたり、ぬるま湯につかったりした。マイスリー10mg,ハルシオンを0.25mgを夜の11時半に入れたのだが、結局夜の三時ごろ、レキソタン2mgとハルシオン0.25mgマイスリー10mgを入れた。(これではマイスリー10mgがオーバーだ)
夏に暑くて眠れないときとか、冬でも体の内側から熱くなって眠れないときは、ぎりぎりにぬるまったぬるま湯につかることで何度か眠ることに成功していることがある。体温が37.0度~37.2度くらいの女性特有の「風邪じゃないのに体温が高い」ときに眠れないときに特によい気がする。
陰性状態が強いときは慢性的に400mgを飲んでいたけど、今はやはり 200mg~300mgくらいが適量なのかと思った。それと今月も絶対に子供なんてできない、作っちゃいけないなぁ~と落ち込だよ。
統合失調症のタイプ
統合失調症でも、破瓜型と妄想型は違うらしい。自分は妄想型かなと思う。でも一回意味不明な賛美歌が聞こえだしてので、壮大なストーリーが頭の中で2~3個ほど駆け巡っていたので、放っておくと破瓜型に見えるようになってしまったのかもしれない。実際、私は睡眠薬欲しさに自己申告をしたから病気が発覚したものの、「睡眠薬なんて飲むくらいなら、会社に行かない方がまし」というタイプであれば、病気が発覚せずにもっと奇行を起こしていたかもしれない。
ところで、2chで「俺は妄想型の統合失調症だったが半年で正常に直った」と書き込みをしていた人がいたが、それは社会不安障害や強迫性障害の一種じゃないかと思う。
私が自分を妄想型の統合失調症と判断したのは、妄想、幻聴のなどの陽性状態の次の陰性状態にある。感情が平坦になって、だるくて起きて(座ってでも)いられなくなったからである。最小の薬のときでも(セレネース0.75mg,ハルシオン0.25mg)、陰性状態を感じたからである。
被害妄想がひどくても、多少幻聴があっても、陰性状態がない場合は、統合失調症ではない場合がある。ちゃんと医療的なガイドラインがあって(2chのガイドライン板じゃないよ(苦笑))それに3項目以上当てはまって統合失調症とみなされるらしい。
たぶん、先ほど書いた2chに書き込みをしている人なんかは、統合失調症ではないと思うので、一生薬を飲み続ける必要はないのかなと私は感じている。
精神科患者のいろいろ
欝の方のブログを見ると、統合失調症患者とやはり違うなぁ~と思う。一つは飲んでいる薬が違うということだ。
他には統合失調症患者はカウンセリング不要だからとか。(初発の原因は精神的な悩みかもしれないけど、途中から陽性状態、陰性状態そのものが一番の悩みになってしまうからね。)
カフェイン400mg
今日はだるくてだるくて、午前休を取った上に、カフェインを200mg、それでもだるくてカフェイン200mgを追加、そして葛根湯。さすがに夕方頃にはやる気が出てきた。ルーラン1mgを昼にとっているがやはり、よく効いてくるのは2時間くらいたってからかな。
陰性状態がひどいときには、カフェインを400mg(200mg×2回)、さらに葛根湯を一日に三回飲んでいた。そこまで最近は葛根湯を飲んでいないのは、少しは良くなった証拠か?
旦那と良く話すようになったこと、よくお風呂に入り、よく髪の毛を洗うこと、化粧をすること…周囲からはよくなったように見えるのだろうが、薬に頼らなければ会社に行けないのは変わらない。そうそう結婚して通勤に時間がかかるようになった。(以前は自転車で10分) 最短時間は電車で45分、徒歩で15分もかるようになったのも大きい。結局、体がだるい日はフレックスタイムを利用して電車はなるべく座り、徒歩はバスを使うようになっている。
P.S カフェインは450mg/日以上摂取すると急性中毒を起こす危険があるそうです。もちろん、妊婦は0mg推奨です。
養命酒とカフェイン剤
青山正明という人が書いている、「危ない薬」という本をもっている。合法も不合法の薬も乗っている本。
アルコールとカフェインについては参考になるかも。お酒は養命酒くらいの量が適量かと思う。15cc×3回か。カフェインは200mg~300mgぐらいで抑えておきたいと思う。
からだが低血圧や寝起きで指に血がめぐらないときには、養命酒の一口が結構効く
私に何か伝えたいことはありませんか?
これは私の生息地がばれてしまうような有名な話だ。
私が当時いた寮と会社に周辺には歩いていると、突然きょろきょろした弱弱しい中年女性が現れ「私に何か伝えたいことはありませんか?」と話しかけてくる事件が頻繁に起こった。
相手は弱弱しい中年女性だったので、あまり警察沙汰にならなかったよう。(これが元気な中年男性だったら、一気に警察沙汰になるのだろう)
しかし、今思えば何かに迷っているような、弱弱しさがこの統合失調症にかかっている証拠なのだろう。知的障害 者や妄想を伴う躁鬱とははっきり違う。
当時は知的障害者と統合失調症と妄想を伴う躁鬱の区別がつかなかった。自分が統合失調症になって始めて区別がつくようになったのは皮肉な話だ。
この間のエントリについて
この間の「感想文」のエントリは加藤容疑者に共感して書かれているのではなくは、「薄着で冬に外に追い出される」よりも「感想文を書かされた」方がいやな思い出になったのはなぜだったかやっと分かったという、自分自身の気づきについて書いたものです。(ちなみに感想文の賞でもらった盾は、他の兄弟のもあわせてすべて捨てちゃっていました。)
結構こうこう気づきを通して、統合失調症もよくなるのかなぁ? 比較的、統合失調症は、育て方によらない気はしますけど。予後が早く良くなるかは多少違うんでしょうけど。
感想文を大人が手直ししまくると子供は屈折する
小学校時代、私は感想文でクラスの代表に選ばれることが多かった(代表は三人選ばれ、一般部門、文系課題図書部門、理系課題図書部門から選ばれていた。私はほとんど毎年選ばれていた)。というのも私は夏休みの理系の課題図書を選択することが多く、クラスで理系の課題図書で感想文を書くのはクラスで私一人だったからである。(実際にクラスで一番理系の図書が好きで「黒土が燃えた」「もしも原子が見えたらなら」「北極星を探せ」みたいなタイトルを今でも覚えている。)
しかし、選ばれた後が大変だった。まず私が書いた感想文を学校の先生が添削して、それを家に持ち帰ると母親が張り切って文章を練るのである。その後に、眠いのを我慢して起きていた私が母の言うとおりに原稿用紙を埋めるのである。これが夏休み明けの二学期の初め4~5回繰り返された。
もう途中から、誰の感想文かわからない程の改変なのである。私は自信を持って「私が書いた感想文」と言うには良心が痛みすぎてくるのである。生きていくにはこういう社会の仕組みを理解して行かなくてはならないのだが、感想文は小学一年くらいから始まっていたので、こういう「大人の事情」を理解するにはまだ早かったと思う。
おかげで中学を卒業するときの卒業文集(これは親に手直ししてもらっていない)には「世界の恵まれない子供たちに全員が、そこそこ恵まれるようになると、日本は今より貧乏になって、不満を言う人が出てくるかもしれない。(所詮人間なんてそんなものでしょ(心の声))」と見事な中二病っぷりを発病するようになってしまっていた。
秋葉原無差別殺人事件の犯人が、自分と自分の母との関係のことを言っているものの中で「親に感想文や絵画を書いてもらっていた」「冬に薄着で外に締め出された」と言うのが自分にも当てはまる。私はこの二つの記憶の中のうち「親に感想文を書いてもらった」の方が、私はより嫌な気分になる。以前から何でだろうと思っていたが、今度の事件でなんとなく分かった気がした。
二つの会議と課長との面接
発病前に苦手にだったことは、発病後はもっと苦手になる。
私は発病前は人見知りが激しかった。(一応、一度仲良くなった相手には、気配りはするタイプだった。) 今では、「人見知りする」ところだけ強く出てしまっている。
今日は14:00-17:00まで、初対面の人が半分以上占める会議に2つ出席をした。(仕事なので、そこそこの発言もした。) その後、課長と賞与と仕事の面接をした。うちの課に人員削減(異動)の話があり、私は削減対象ではないけど、抜けた人の仕事から私にでもできるような仕事は手伝うことになるみたい。
2つの会議と課長の面接があった後、勝手に手が震えだし、心臓がドキドキしたので、ワイパックスを飲んだ。
そういえば、課長に「最近、体の調子はどうか」と聞かれて、「もっと朝早く起きたり、休んでしまうの何とかしたいのですが。」と答えた。課長は「まあ、そういうのは仕方がないんだが…」と言っていた。
今思えば、精神科医に「あなたは病識がしっかりあるから、安心ですよ」と言われたことがあった。これを課長に言えばよかったのかな。でもメールや書き込みならともかく、面と向かうと「今一番気になっていること」ばかり口にしちゃうんだよな。
ブラックジャックによろしく (読んでない女性は読まない方が良いかと)
この漫画での不妊治療の挙句、未熟児(ダウン症)の子供が生まれる話はショッキングだった。私もこの話で不妊治療を行うことがトラウマっぽくなった。(旦那はその前から不妊治療が嫌いだったが…) 本当にすごくショッキングな話だった。(不妊治療に希望を持っている人は絶対に読んではいけないと思う。) 不妊治療だけではなく、普通の妊娠も嫌になりそうなくらいショックを受けたのは、私が抑うつ状態だったからだろうか。
昔は子供がいなかったら、親戚の子沢山の家から養子をもらうことがあったが、今は子沢山ではないし、子沢山だからと言って養子に出す風潮ではないので親戚から養子をもらうということはまずない。赤の他人の子を養子にもらう場合、3歳以下の子供を養子もらうことは、数年待ちらしい。しかも、年収から年齢までいろいろと審査があるらしい。(うちは夫の年齢のせいで対象外になるであろう。)
3歳以上になると親と情がわいてくることから、里親、里子という形になって、養子という形にならないことも多いらしい。子供の親が親権を手放さないらしい。
夫は医学の発達や栄養状態が良くなったことで、女性も年を取っても子供が生めるようになったのではないかと楽観的に思っていたらしい。が、女性は外見だけが若くなっても、卵巣、卵子はそんなに昔と変わらないらしい。
夫は子供がいない生活が嫌なのではない。せっかく自分が建てた家や実家の墓(夫の兄(長男)には娘がいるが)が心配なのである。そして、この財産と墓の心配は母親から随分刷り込まれているらしく、なかなか昇華できないらしい。墓と財産の話になると通風持ちなのにいつもお酒を飲んでごまかす夫がいる。
以上、私からの愚痴でした。