本稿は「サスペリア」(2018)のネタバレ全開詳細解読記事です。
重箱の隅のようなことばかり書いています。独自検証なので間違ってる場合も多々あるかと思います。違うよ!ってことがあったら、ご指摘お願いします。
また、この記事は「サスペリア ネタバレ徹底解説その1」ならびに「サスペリア ネタバレ徹底解説その2」の続きです。
第3幕 借り物
第3幕のタイトルはBorrowing/借り物。
借り物というか、「借り」「借り入れ」というニュアンスが強いんじゃないでしょうか。スージーがダンスで昇りつめて行くために、マルコス舞踏団から“何か”を借りている。
後にサラがスージーに、「取引したのね。後でツケを払うことになる」と言ってますね。
ダンスでトップに立つことを望む少女は、マダム・ブランの指導を受け、彼女から光を注入されて、どんどん自分の潜在能力を引き出され、高みに連れて行ってもらえる。
でもその代償として、少しずつ心を操られ、やがてマザー・マルコスに体を明け渡すことを自分から積極的に望むようになってしまう。
それが「借り入れ」「取り込み」の過程である、ということなんだと思います。
魔女たちは、少女の自己実現欲求…才能を開花させ、認められ、高みに昇りたいという欲望を上手く利用しています。
現代日本のアイドルなんかにも通じる話かもしれませんね。悪魔に魂を売っても、センターに立ちたい!という。
そういう面で見ると、アート・芸能分野でトップに立つことの地獄、というか。
自分を殺して、内面を他人に明け渡すほどのことをして、初めてトップに立てる。そんなメタファーも込められているように思います。
刑事たちの受難
相変わらずどしゃ降りの雨。でもこの雨、舞踏団の建物の周りでだけ、激しく降ってるようにも見えます。
(クレンペラーが別荘に行く時は、雨は降っていなかったりします。同じベルリン市内で、そんなに離れてはいないはずだけど)
まあ若干の撮影上の仕方なさも感じつつ、雨も魔女が隠れみのにするために降らせている…という解釈もできるかもです。
雨の中、クレンペラーの通報を受けて、パトリシアの失踪を調べるために二人の刑事が訪問します。
グロックナー刑事とアルブレヒト刑事。禿げてる方がグロックナーです。
二人を迎えるのはヴェンデガスト。自分がブランだと偽って、二人を奥へと誘います。
二人の刑事は魔女たちの催眠術にかかって自我喪失。下品な魔女たちの慰みものにされてしまいます。
奥の部屋で、棒立ち状態の刑事たちにいたずらしているのはヴェンデガスト、タナー、フラーの3人ですね。
下半身を露出させて例のフックで突っついたり、拳銃を奪ったり、好き放題をしています。
おっさんの下半身をもてあそんで大爆笑するおばちゃんたち。下品なおばちゃんが強大な魔力を持つと厄介ですね…。
ここでは笑っちゃうような感じですが、後にスージーの夢に出てきた断片を見ると、刑事たちはもっと過酷な拷問を受けているようです。
意識のある状態で拷問を受けて、告発者であるクレンペラーのことを自白させられ、その後記憶を消された…ということなのかもしれません。
スージーがくすねたもの
「パトリシアに関して、オルガが言ったことが気になる」サラは、スージーと一緒に事務室に忍び込みます。
今日は誰も来ないから大丈夫…というのは、この日が日曜日だからでしょう。
この日は1977年10月16日、日曜日です。
ホールもがらんとしていて、生徒の一人マルケタが友達と一緒にどこかに外出したりしています。
この事務室のシーンで、スージーに盗癖があるらしいことが匂わされています。
書類戸棚には鍵がかかっているのですが、スージーはピッキングでそれを簡単に開けてしまいます。
また、机の引き出しの中から、スージーはサラの見ていない隙に何かを手に取り、ポケットにしまっています。
はっきりと見えないので確かじゃないですが、スージーが盗んだのは口紅じゃないでしょうか。
おそらく、ブランの口紅でしょう。まさか、ミス・タナーの口紅をスージーが欲しがりはしないでしょうから。
スージーは3回も公演を観に行くくらいブランに憧れていたので、彼女の口紅を欲しがることはあり得ることだと思えます。
冒頭では、スージーは「オハイオ州メノナイト教会」と書かれた封筒に入った札束を持っていて、それも彼女が故郷でくすねてきたものであるように見えました。
(不揃いな札で、いかにも教会のお布施か寄付金かをかき集めてきた感じ)
スージーの母親は「あの娘は私の罪」と言っています。スージーの盗癖は彼女が故郷にいる頃から身についたものであったようです。
「アイロンを手に当てられるお仕置き」というのも、手癖の悪さをたしなめるものだったのでしょう。
オカルト的には、それがスージーが魔女である所以…ということになるにでしょうが。魔女云々を抜きにしても、少女時代の抑圧感情がスージーを病ませ、盗みに走らせたということは言えそうです。
盗癖が先か、虐待が先かわかりませんが。
笑い声に気づいたスージーは裏を見に行き、そこでタナーたちが刑事にいたずらしている光景を盗み見します。
普通なら引いてしまう光景。あるいは怖がるか、どうして刑事たちが抵抗しないのか疑問に思う…はずですが、スージーの反応はそのどれとも違って「笑う」でした。
このような、魔力を持たない人間を蔑んで嘲笑う感覚。品性の欠落した感性、倫理観の欠如。そういったものが、魔女の特徴と言えるのかもしれないですね。
“再び開く”
マダム・ブランが新作を発表して、アイリス・スタジオで練習が行われます。
この日は日曜日で、練習は休み…だったはずですが、ブランが新作を踊ることを思いついて、急遽始めた練習なんじゃないでしょうか。生徒たちもタバコを吸ったりしてやや気を抜いています。
全寮制でみんなそこで生活しているから、練習しようと思えばいつでも始められる。家族のようなマルコス舞踏団では、私生活はあまりなさそうです。
演目は「再び開く/Open Again」。スージーは即興で踊ることを指示されます。
ダンスが始まると、床下にいる何者かの手が天井を撫でる様子が映し出されます。床に這いつくばって踊るスージーを感じているようです。
それに気づいたブランは、責めるようにタナーを見ます。
不気味な手の正体はマザー・マルコスでした。
タナーが断りなく床下の衣裳庫にマルコスを入れたことを、ブランは責めます。タナーは、マルコスの望みだと答えます。彼女を感じたいから、と。
マザー・マルコスがスージーの存在に気づき、彼女に目をつけたということですね。
スージーもマルコスを感じ、「体の奥に誰かがいたような」とサラに話しています。
ブランは、マルコスがスージーを欲しがっていることに苛立っています。「こんなにも早くまた無駄な犠牲を?」
ブランは「彼女が三人の母の一人なら、こうはならなかった」と言っていて、マルコスがマザー・サスピリオルムであることも疑っているようです。
それでも、タナーは最高位はマルコスだから、と譲りません。
自分は三人の魔女の一人マザー・サスピリオルムだと自称して、マルコスは大きな権力を持ってきました。実際に強力な魔力を持ってもいたのでしょう。
しかし年月が経ち、老化や病気に打ち勝てず、マルコスの体はぼろぼろになりつつあります。
そうなると、マルコスの主張も疑われ始めます。「キリスト教以前からの存在」マザー・サスピリオルムであれば、老いるはずはないからです。
ブランはマルコスへの疑いを日に日に強め、やがてマルコスと決別することも考え始めているようです。
マルコスの側も、それがわかっているから焦っています。だからこそ、パトリシアから間をおかず、スージーを使った儀式を行おうとしています。
寮母たちの毎日の食事や、投票のシーン、そしてこのブランとタナーの会話のシーンなどでは、実用的ながら印象的な色調のキッチンやダイニング、ソファの置かれたリビングルームなどが描写されています。この辺りは、魔女である寮母たちが日常生活を送る空間です。バルフールがミシンを使って衣装を作ったりしていますね。
この辺りの空間は、モダニズム初期のインテリアが再現されています。参考にされたのは、フランクフルト・キッチンと呼ばれる、1920年代にドイツ・フランクフルトの集合住宅向けに作られた低コストで機能的なキッチン。現代のシステムキッチンの元祖と言われています。オーストリアの建築家マルガレーテ・シュッテ・リホツキーによって、1926年に開発されました。
リホツキーの仕事は台所仕事の合理化という観点から行われており、女性の負担軽減という意味でフェミニズムの一端を担うことにもなりました。そのような背景を持つデザインが、魔女の家に取り入れられていることになります。
魔女の飲み会
その夜、舞踏団の生徒たちは揃って遊びに出かけて行きます。言っても、若い女の子たちですからね。遊びたい盛りです。
クロイツベルク地区は文化的な街ということで、ナイトライフも充実しているでしょう。
アメリカから着の身着のままでやって来たスージーは、サラから服を借りて出かけます。
出かける時に、ヴェンデガストが「幼いスージーは旅に出た/広い世界に一人で」と歌っています。
これは、スージーのテーマソングでしょうか。クレンペラーに「ブラームスの子守唄」を歌ったり、その人に合った歌を歌うのがヴェンデガストの得意技なんですが。
そういえば、パトリシアも歌が頭の中で回ると言っていました。
「私は去り行く/もっとも美しい季節に」という歌。それはあるいは、ヴェンデガストが歌ったパトリシアのテーマソングだったのかもしれません。
Paris barという店では、寮母たちも集まって宴会をしています。ブラン、タナー、ヴェンデガスト、フラー、マンデル、バルフールら主要メンバー8人が集合しています。
大勢のおばちゃんが集まって、飲みまくり喋りまくり。実に楽しそうです。一見すると無邪気な飲み会なんだけど、しかしこの魔女たちは表面上の馬鹿騒ぎの一方で、声に出さない心の会話をしています。
彼女たちが話しているのは、来たる儀式のこと。
儀式には証人が必要で、それに「密告した老人」を使おうとしています。「女の子たちの一人では、気が変になるから」と。
クレンペラーが密告者であることは、刑事から聞き出したのでしょう。特にフラーがクレンペラーに憎しみを持っていて、彼を使うことにこだわっているようです。
魔女たちはまた、スージーに夢を見せることで、自分たちの存在を知らしめるべきだと話しています。
その時に生徒たちが店の前を通りかかり、スージーが窓から店を覗き込みます。スージーは自分のことが話されていることに、ちゃんと気づいていたのでしょう。
マルコス・カンパニー・スペシャル
その夜。ブランが夢を送り込み、スージーは異常なイメージの連続する夢にうなされます。
のたくるミミズ。
壁の光。
部屋の入り口の枠に這い上がるスージー。
椅子に座った裸の女と、それと分離した影。
農場を走る馬。
サラのガウンを着たスージーと、向かい合うブラン。
取り出された心臓。
腸。血まみれの顔。
仮面をつけて横たわる人物。
あまりにも矢継ぎ早なイメージの連続で、ほとんど読み解く隙もないのですが。
取り出された心臓のイメージは、儀式の最後にスージーが胸を開いて内部の暗黒を見せるシーンと呼応しているような気がします。
儀式の中で、マルコスはスージーに「あんたの中には何も残らない 私のための空間だけ」と言っています。
しかし実際には、スージーの中のものは既に取り出された後だった。そしてそこに、本物のマザー・サスピリオルムが入っていた…。
幼少期から母親に抑圧されてきた少女が、自分の中にマザー・サスピリオルムを受け入れ(あるいは自分の中のマザー・サスピリオルムに目覚めて)、母親に反抗し、悪魔的な力で母親に致命的なダメージを与えてしまう。オハイオで起こったのは、そういうことかもしれません。
スージーの母親が寝たきり状態になっているのも、そもそも理由がわからないですからね。まだ若いし…。
(連想するのはスティーブン・キング原作の映画「キャリー」です。「キャリー」は、狂信的で抑圧的な母親に対して、超能力に目覚めた少女が反抗し暴走する物語でした。本作は「キャリーのその後」なのかもしれません…)
悪夢にうなされたスージーは、「I know who I am!/自分が誰か、私にはわかってる!」と叫びます。
これは、自分はマザー・サスピリオルムであるということをわかっている、という意味か。
それとも、自分はスージーと知っている!という、人格の乗っ取りに抵抗しようとする叫びでしょうか。
オハイオ時代に既にマザー・サスピリオルムの力を発揮していたとしても、スージーはそれが何を意味するまでまだ無自覚だったでしょう。ベルリンでの生活は、自分の正体を自覚していく過程だったと言えるかもしれません。
サラがスージーをなだめて、「私も三週間、洗面台の毛玉の夢を見た」と話します。他の生徒たちは、「マルコス・カンパニー・スペシャルね」と言っています。
新入生が夜にひどい悪夢を見てうなされるのは、マルコム舞踏団ではおなじみの光景になっていることが伺えます。
スージーに限らず、すべての生徒はブランによって悪夢を見せられていたのでしょう。それは舞踏団の生活に魔女の影響力が根ざしていることを、無意識的に理解させ、生徒たちを儀式で上手く使えるようにすることが目的だったのだろうと思われます。
スージーを落ち着かせるために、同じベッドに潜り込むサラ。
スージーは「同じベッドで寝ていたのは姉だけ」と言います。不幸な境遇であったらしいオハイオの家ですが、姉妹の関係はスージーの安らぎだったのでしょうか。
ネタバレ徹底解説その4に続きます。
長くなってしまったので、目次を作りました。
テロを語る意味、メノナイトについて、ロケーションについて、など
投票結果の記録、スージーの少女時代について、オルガに何が起きたのか、など
「借り物」の意味について、スージーがくすねたもの、悪夢について、など
アンケに何が起きたのか、ジャンプ特訓とグリフィスの自殺、髪を切る意味、など
ネタバレ徹底解説その5……第5幕 マザーの家で〜すべてのフロアは暗闇
赤い衣装の意味、ルッツ・エバースドルフのプロフィールからわかること、など
ネタバレ徹底解説その6……第6幕 Suspiriorum 嘆き(前編)
「深き淵よりの嘆息」採録、日付について、一人三役の意味、など
ネタバレ徹底解説その7……第6幕 Suspiriorum 嘆き(後編)
儀式について、赤と黒の衣装、Death/死の化身について、胸を開く意味、など
記憶を消すことの意味、ラストシーンの意味、ポストクレジットシーンの意味、など
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