本稿は「サスペリア」(2018)のネタバレ全開詳細解読記事です。

映画を観てる前提でネタバレありで、細かいことばっかり書いてますのでご注意ください。

ネタバレひかえめなレビューはこちらです。

また、この記事は「サスペリア ネタバレ徹底解説その1」の続きです。

この項は2019年2月14日に加筆・修正しています。

 

第2幕 涙の宮殿

章のタイトルには、「三人の母」の名前が組み込まれています。

第2幕のタイトルに、マザー・ラクリマルム(涙の母)から

第5幕のタイトルに、マザー・テネブラルム(暗闇の母)から暗闇

そして、第6幕にはそのままマザー・サスピリオルム(嘆きの母)からサスピリオルム/嘆き

 

本作中で「キリスト誕生以前に遡る」とされる「三人の母」は、ダリオ・アルジェント監督の「サスペリア」に始まる「魔女三部作」のメインテーマとなっています。

「サスペリア」(1977)嘆きの母

「インフェルノ」(1980)暗闇の母

「サスペリア・テルザ 最後の魔女」(2007)涙の母

 

アルジェントは、「阿片服用者の告白」で知られるイギリスの評論家トマス・ド・クインシーの著書「深き淵よりの嘆息(Suspiria de Profundis)」所収の「レヴァナと悲しみの淑女」に登場する魔女「三人の母」からその着想を得ています。

この本は「阿片服用者の告白」の続編に当たるもの。クインシーが阿片の幻覚の中に見た様々な幻想が紡がれていて、その中に魔女とも神とも悪魔ともつかない「三人の母」が登場します。

タイトル「Suspiria」もこの著書からの命名ですね。

投票

2/14に追記。投票した寮母の名前を確認しました)

舞踏団の最高位を決める投票が行われます。マルコスか、ブランか。

マルコスに投票したのは、マンデル、ユーディト、ミリウス、マルティンチン、フラー、マークス、パヴラ、アルベルタ、グリフィス、タナー。

ブランに投票したのは、キレン、ブター、マウチェリ、カプリット、ヴェンデガスト、バルフール、クルーゾ。

ブランは棄権しました。3票差でマルコスの勝ち。引き続きマルコスが最高位であり続けることになります。

ミス・グリフィスは逡巡の沈黙の後で、マルコスに投票します。彼女だけには、マルコスに投票したものがどんな運命を辿るかが見えていたのでしょう。

それでも、軽々しくブラン派に乗り換えるわけにはいかなかった。そう簡単には覆せない魔女の契約のようなものがあるのでしょう。だからこそ、マルコスはここまで強固なリーダーシップを持ち続けているのでしょう。

 

多数決を尊重する彼女たちの行動は、一見民主的であるように見えます。

しかし、ミス・グリフィスが自分の死を予期してすら態度を変えることはできなかったとしたら、公平な多数決とは名ばかりで、強い影響力によって縛られた結果、初めから結果は決まっているのだと言えます。ブランが棄権したことを見ても、この内訳はずっと変わることがなかったのでしょう。

そして、このような見せかけの公平性は過激派やテロ組織に共通するものです。

 

あらためてマルコスが最高位に選ばれたことで、「事態を前に進める」ことが協議されます。

「昨夜のことは終わり」「パトリシアに起きたことは恐ろしい」といった会話から、昨夜(スージーがホテルでもう一泊した夜)、儀式が行われたことがわかります。

第6幕でスージーで繰り返されることになる儀式。パトリシアの体にマルコスが入ることを目的とした儀式ですね。

しかしパトリシアには「恐ろしいこと」が起こり、儀式は失敗に終わりました。

今度は「サラが使えるかも」ということで、サラをパトリシアの代わりにして儀式を繰り返すことが計画されています。

ヨーゼフとアンケの家

(このパートを第1幕に入れていましたが修正します! クレンペラーが初めて別荘へ向かうのは第2幕でした。)

 

クレンペラーの日課、かつて妻アンケと一緒に住んだ家へ通うこと。

その小さな家の壁には、若い二人が刻んだイニシャルの落書きがあります。

別荘に着いたクレンペラーは、愛しそうに落書きにそっと手を置きます。

 

クレンペラーが列車を降りる駅は、フリードリヒシュトラーゼ駅。東ベルリン側にあり、西ベルリンからの列車や、西側諸国からの長距離列車もこの駅に到着し、東西の玄関口の役割を果たしていました。

クレンペラーはずいぶん気軽に東西を行き来しているようですね。当時、西ベルリンの住人が東側に行く場合は、国境のチェックポイントで当日限定のビザが発行され、割と簡単に行き来することができました。

もちろん、東ベルリンの住人が西側へ移動するのは、厳重に管理されていましたが。

 

自宅に戻ったクレンペラーは、パトリシアが忘れていった荷物に気づきます。そこには彼女の日記が入っていました。

クレンペラーのお手伝いさんであるゼザム夫人は、ハイジャックのニュースを見てマインホフに言及し、「戦前のドイツ女性はとても強かった。奥さんのアンケもそうでしたよね」と話します。

彼女は、アンケがいた頃を知っているようです。30年以上にも渡って、クレンペラーと付き合いがあることになりますね。

アイリス・スタジオとミラー・ルーム

少女たちがダンスの練習をするスタジオは、アイリス・スタジオと呼ばれています。

アイリスと言えばオリジナル版のキーワード。秘密の校長室の扉を開くのが、「青いアイリス」でした。アイリスとはアヤメのこと。

 

ダンス「民族(Volk)」のリハーサルにはマダム・ブランと、ミス・タナー、それに音楽担当としてミス・マークスが参加しています。

さらに、上の階からミス・グリフィスがそっと見ています。

 

パトリシアがいなくなったことで、ダンスの編成は変更を余儀なくされます。

パトリシアの代わりに抜擢されるのは、オルガ・イヴァノヴァ。ソビエト出身のダンサーです。オルガのパートにはサラが充てられます。

しかし、オルガは反抗的です。ブランが「パトリシアは過激派に参加した」と説明するのを信用せず、「あなたがすべてを操ってる」「偽善者のあなたをパトリシアは嫌がってた」と言い切ります。

オルガは「魔女ども!」と言い捨てて出て行きます。それを聞いたミス・タナーは爆笑しています。見事に直球で正解を言われたからでしょうか。

 

ブランはオルガの代わりの主役を探します。まずソニア(黒髪の白人ダンサー)に、次にキャロラインに声をかけますが二人とも準備ができていないと言って受けません。

そこに名乗り出るのが、スージー。

ミス・タナーは「踊るなら一人で踊って」と言います。誰かにぶつかると困るから、と。

 

緊張するスージーの手と足に、ブランが光を注入します。これは、彼女の潜在能力を引き出す魔術でしょうか。

魔女たちが直接的に魔術を使うシーンはこの映画ではほとんどないのですが、これはその数少ないシーンの一つになっています。

ダンスを高めるために、魔女が力を発揮する。ここでも、ダンスの重要性がオリジナル版よりも強調されていますね。

魔女が前提なので魔術なんですが、普通にスポーツやダンスのレッスンでは、このような「おまじない」は普通にありそうですね。生徒に自信をつけさせてやる、暗示をかけるという行為は魔女でなくても行われていそうです。

 

スージーのポテンシャルが高まっていくとともに、グリフィスがを流し始めます。

出て行こうとするオルガの目からも、滝のように涙が流れます。混乱したオルガは彼女の名前を呼ぶ声に誘われ、ミラー・ルームに閉じ込められてしまいます。

 

ここから始まるホラー・シーンは、この映画の最初のホラー・シーンになりますが、白眉といえる場面じゃないでしょうか。

実に斬新な、驚くべきホラー・シーンです。無理やり踊らされて殺される。こんな発想、初めて見ました。

生気あふれるスージーのダンスの一方で、オルガの手足がへし折られ、内臓が破裂し、顔面が歪み、体液を垂れ流し失禁して、ひどい状態になっていく。

その全体をひっくるめて、悪趣味極まるアートのようです。

オルガを演じたエレナ・フォキナはロシア出身のダンサー、女優。コンテンポラリー・ダンスの教師でもあるそうです。

ダンサーとしては大変な役ですが、ダンサーとしての高い能力があってこそ可能だったシーンなんでしょうね。下手な人がやったら、失笑ものになっちゃってたと思います。(何しろ、自分一人で体をねじったり吹っ飛んで壁に突っ込んだりするだけなんだから)

 

オルガが完全に折りたたまれるとともに、スージーは気持ち悪くなって倒れ込んでしまいます。

ブランは彼女を気遣って、背中に手を当ててやります。これも、エネルギーを吹き込む魔女の治癒術なのでしょう。

ブランはスージーを、「まさに希望の星」だと言います。これは、儀式にとってという意味なのか、それとも純粋にダンスにとっての意味なのか。

少女時代のスージー

部屋に戻ったスージーは、トイレでビーカーに尿をとります。

パトリシアも「尿を取られた」と言っていました。この行為に関してはっきりしたことはわかりませんが、それぞれの生徒を監視するための触媒として、使われていたのかもしれません。

 

スージーは少女時代を回想します。

家で、地理の勉強をしているスージーと彼女の姉たち。メノナイトである彼女たちは、学校にも行かせてもらえず、家で独自の教育をされていた…のかもしれません。

メノナイトは高等教育を否定しています。余計な知恵がつくことは、神様を信じる上で害悪であるという考え方です。

アメリカについて学んでいるところのようですが、スージーの心はドイツに…ベルリンに飛んでいます。

母親がやってきて、スージーの書いた「ベルリン」の落書きを握りつぶしてしまいます。

 

のちにスージーは、ベルリンに来た理由をマルコス舞踏団への憧れからだと話していますが、しかしこんな幼い少女時代には彼女は舞踏団なんて知らなかったはずです。

マルコス舞踏団とは関係なく、スージーが生まれつき?ベルリンに引き寄せられていたことがわかります。

そして、彼女の母親がそれに対して強い忌避の感情を持っていたことも。

 

おそらく、彼女の家系…バニヨン家は、ドイツ・ベルリンにそのルーツを持っていて、そこには何らかの忌むべき過去が隠されているのではないでしょうか。

それこそ、中世において魔女狩りの対象になったとか?

だからこそ、そこから逃れてアメリカに移住した、とか?

母親は家系に魔女の血が流れていることを知っていて、それが末娘のスージーに現れていることに気づいていた。だからスージーを疎ましく思い、スージーは母親の愛情を得られなかった…?

オルガに何が起こったのか

惨状のミラー・ルームから、ヴェンデガスト、ミリウス、バルフールらによって、オルガが運び出されます。鉤爪のようなフックを手足にぶっ刺され、吊り上げられて。

「オルガを傷つけないように」とヴァンデガスト。こんなコンパクトに折りたたまれても、オルガはまだ生きています。

 

折りたたまれたオルガの姿は、ハーケンクロイツを連想させます。

魔女たちが使う金属のフックは、それを持つ手と合わせてソ連の国旗の旗を連想させます。

そういえば、マルコス舞踏団の向かいの壁には、ソ連の国旗のマークに似た紋章が描かれていました。でもソ連なら槌と鎌だけど、壁の落書きは銃と鎌に見えました。

そのようなメタファーを込めて見るならば、このシーンはナチスになぞらえたオルガを左翼勢力が成敗するシーン…というようなことになるのでしょうか。

マルコス舞踏団は戦争中から地下に存在してきたわけで、ナチスとは確執もあったはず。制裁する相手をナチスになぞらえるのは自然なのかもしれません。

 

タナーとブランは、オルガについて語ります。

「彼女は無意識だった」「オルガへの我々の怒りが強すぎたから」「我々の望む以上に体現しただけ」「パトリシアより純粋だから」

どうやら、スージーの持つ潜在的なパワーが、ダンスによって引き出され、ブランら魔女たちの「オルガへの怒り」を受けてオルガに向かったということのようです。

無意識ではあったけれど、オルガに制裁を加えたのはスージーだったということですね。

パトリシアより純粋、すなわち、スージーの方がパトリシアより善悪の概念や倫理観に支配されていない

ただ、ダンスの喜びだけに身を委ねて、潜在するパワーを思い切り解き放つことができる。たとえオルガを傷つけても…ということなのでしょう。

ブランの部屋で

ブランはスージーを部屋に招き、チキンを食べながら語り合います。ここだけ見ると、本当に仲の良いフランクな師弟関係のようですね。

ブランはスージーの出身であるメノナイトについて話そうとしています。

17世紀、メノナイトからアーミッシュが分かれた。その理由を、スージーは「アーミッシュにとって、メノナイトはリベラルすぎたから」と話しています。

これはアメリカ移民以前、ドイツでの話ですね。

 

マルコス舞踏団に憧れた理由を、スージーは「ニューヨークのマーサ・グレアム・センターで3回見た」と言っています。1回目はバスで、2回目と3回目はヒッチハイクで。

当然、メノナイトの家族がそんなことを許すはずもなく、そもそもヒッチハイクどころかモダンダンスの公演なんかを見ることも許すはずがなく、スージーはお仕置きを「された」とシンプルに答えています。

 

ブランはスージーに「作者の前で”民族”を踊ってどんな気分だったか」尋ねます。

スージーは「ファックのようだった」と答えます。

「男との?」と問われ、「動物のそれのようだった」とスージーは答えます。

この辺りの率直さも、彼女の純粋さと言えるかもしれません。

夢/第2日の終わり

その夜、マルコス舞踏団での最初の夜ですが、スージーは夢を見ます。

これはブランが見させているもので、舞踏団に入った少女たちに魔女の存在を無意識下で理解させる目的があるものと思われます。

胸の前で手を組んで目を閉じることで、ブランは眠りの中に夢を送り込みます。

 

壁にきらめく

スージーの故郷の農場。

トンネル。これは舞踏団の地下、儀式の会場につながるトンネルです。

割れた鏡。

押し入れの中に少女。これは少女時代のスージーでしょうか。母親のお仕置きから逃れようとしたのか…。

叫ぶ女

少女のスージーの手を母親が捕まえ、そこにアイロンを押し付けようとします。

 

これはスージーが虐待を受けた記憶でしょうか。現在の彼女の手にやけどはないので、アイロンが実際に押し付けられたわけではなさそうですが…。

アーミッシュという閉鎖的カルト環境で、母親から愛されず(魔女扱いされ)、拷問に似た虐待を受け続けた少女。

スージーをそんな少女と捉えれば、これは児童虐待を受けて心の中に魔を育ててしまった少女が、都会に出てその魔を解き放つ話…というような解釈もできるかもしれません。

 

ネタバレ徹底解説その3に続きます!

 

長くなってしまったので、目次を作りました。

ネタバレ徹底解説その1……第1幕 1977

テロを語る意味、メノナイトについて、ロケーションについて、など

ネタバレ徹底解説その2……第2幕 涙の宮殿

投票結果の記録、スージーの少女時代について、オルガに何が起きたのか、など

ネタバレ徹底解説その3……第3幕 借り物

「借り物」の意味について、スージーがくすねたもの、悪夢について、など

ネタバレ徹底解説その4……第4幕 取り込み

アンケに何が起きたのか、ジャンプ特訓とグリフィスの自殺、髪を切る意味、など

ネタバレ徹底解説その5……第5幕 マザーの家で〜すべてのフロアは暗闇

赤い衣装の意味、ルッツ・エバースドルフのプロフィールからわかること、など

ネタバレ徹底解説その6……第6幕 Suspiriorum 嘆き(前編)

「深き淵よりの嘆息」採録、日付について、一人三役の意味、など

ネタバレ徹底解説その7……第6幕 Suspiriorum 嘆き(後編)

儀式について、赤と黒の衣装、Death/死の化身について、胸を開く意味、など

ネタバレ徹底解説その8……エピローグ スライスされた梨

記憶を消すことの意味、ラストシーンの意味、ポストクレジットシーンの意味、など