本稿は「サスペリア」(2018)のネタバレ全開詳細解読記事です。

映画を観てる前提でネタバレありで、細かいことばっかり書いてますのでご注意ください。

ネタバレひかえめなレビューはこちらです。

この項目、2019年2月14日に追記・修正しています。

 

第1幕 1977

6幕とエピローグの物語、と全体の章構成があらかじめ明かされます。

長い映画なので、ペース配分が読めるのはありがたいですね。

第1幕は「1977」

オリジナル版「サスペリア」の公開年です。

テロを語る意味

大きなリュックを背負ったパトリシア・ヒングルが行く街では、デモが行われています。

1977年の秋は後に「ドイツの秋」と呼ばれ、極左によるテロが頻発した時期でした。

 

テロの主体はRAF、ドイツ赤軍。悪名高い日本赤軍にあやかって名前をつけた、急進的極左過激派組織です。反帝国主義・共産主義革命を掲げ、目的のためには暴力も辞さず、銀行強盗・誘拐・爆破・殺人など、あらゆる犯罪行為を是としていました。

創設メンバーの名前をとって、バーダー・マインホフとも呼ばれていました。そのうちの一人、ウルリケ・マインホフは1934年生まれの女性で、元記者であり2児の母親でありながら、バーダーとともに様々な犯罪行為を主導しました。

ドイツ赤軍は1970年代の初めに様々なテロ行為を行いましたが、1972年5月に銀行強盗や警官射殺、連続15件の爆破などの罪で、中心メンバーだったバーダーとマインホフが逮捕。マインホフは1976年に獄中で不可解な自殺を遂げます。(当局による処刑だったとも言われています)

つまり、1977年の時点でマインホフは既に死んでおり、バーダーは獄中にいるということになります。

 

映画の中ではマルコス・ダンス・カンパニー(マルコス舞踏団)とドイツ赤軍が、同質のものとして重ね合わされています。

パトリシアはマルコス舞踏団と共に、ドイツ赤軍にもシンパシーを持っていました。

後にクレンペラーがサラに、「パトリシアにとってマザー・マルコスとマザー・マインホフは同じく崇拝の対象だった」と述べています。

また、どちらの組織も表面上は家庭的であり、人々に妄想を抱かせる上で同一だ、そしてそれは第三帝国も同じだ、と。

ある種の急進的カルト集団として、マルコス舞踏団、ドイツ赤軍、ナチスという三者が重ね合わされています。

 

前衛的なモダンダンス(およびその下に隠れた魔女宗教)と、先鋭的な政治思想。確かに、どちらも保守的なものを嫌い時代の最先端に飛びつく若者の心を引きつけそうです。

どちらも過激であること、目的のために純粋であることを美徳としています。そして、それゆえにどんどん行動がエスカレートし、いつしか非人間的な領域に踏み込んでしまうことも共通です。

オウム真理教がまさにこのパターンですね。先鋭的カルトの恐ろしさ。

 

今回の映画で全編に渡って過激派の動向が描かれているのは、政治的なことを語るためではない。

サスペリアにおける恐怖を、荒唐無稽なオカルトとして描くのではなくて。

人間を狂わせるカルト集団の恐怖を、広く普遍的なものとして描くためである。ということが言えると思います。

家族の絆を装いながら、いつしか人を怪物的な領域に誘うカルトのやり口。それは決して過去のことではなく、現代日本のブラック企業の問題なんかも、同じ根っこを持っていて。

ナチスなど、大きな歴史の動きも同じなんですね。現代の様々な対立や暴力にも、つながる話なんじゃないかと思います。

ハイジャックについて

1977年10月13日、乗客乗員91名を乗せたルフトハンザ航空の旅客機(スペインのマヨルカ島発、フランクフルト行き)が4名のパレスチナ人ゲリラにハイジャックされました。

パレスチナ人の背後には、ドイツ赤軍がありました。彼らは人質の命と引き換えに、バーダーら11人の幹部の釈放を要求します。

西ドイツ政府はこれに応じず、ハイジャック機は人質を乗せたまま各地の空港を転々とします。10月17日、ハイジャック機はソマリアのモガディシュ国際空港に着陸。犯人たちは機内で殺害していた機長の死体を滑走路に放り出します。

17日深夜、特殊部隊が機内へ突入。犯人のうち3人を射殺、一人を逮捕して、人質全員が救出されました。

人質解放から間髪入れずの18日未明、刑務所内で、バーダーを含む3人のドイツ赤軍幹部が自殺しました。ハイジャック失敗に絶望しての自殺…と発表されましたが、警備の厳重な刑務所内でどうやってピストル自殺ができたのか、詳細は謎のままになっています。

パトリシアの語ったこと

パトリシア・ヒンデルはオリジナル版でも、スージーが到着する前にいち早く逃げ出す役回りです。

オリジナル版ではパトリシアは雨の中を友人の家まで逃げて行き、そこで何者かにナイフでめった刺しにされて殺されます。(不条理にも友人も巻き添えにされます)

今回の、クロエ・グレース・モレッツ演じるパトリシアは殺されはしませんが、ある意味でそれよりもずっとひどい運命を辿ることになります。

 

パトリシアは錯乱していて、その話はあっちこっちへ飛び要領を得ません。

しかし、総合してみると彼女の話は、舞踏団の秘密についてほとんど全部を語っていることがわかります。

「あいつら」が魔女であること。

「彼女」を生かし続けるために、やっていること。

戦争当時から地下に潜んでいて、「完璧なバランス」を実現していること。

マザー・マルコスが私の中に入ろうとしたこと。そしてそれは「私が望んだこと」であること。

また、尿をとられたり、髪を切られたりしたこと。

「サラに逃げるように言わなきゃ」「オルガが異常に気づいたから、危ない」といったことも語られています。

 

ほぼこの通りの内容が、今度はスージーの身に起こっていくことになります。

それにしても、「マルコスを生かし続けるため、マルコスが私の中に入ろうとした」ということまで明かしちゃうのは大胆ですね。ここはオリジナル版では最後に明かされる大きなネタバレに当たります。

これは「オリジナル版と同じ物語ではないぞ」という宣言のようなものですね。

アーミッシュの農場メノナイトの農場

2/14修正・追記。ここ、アーミッシュとしていたのですがスージーの家はアーミッシュではなく、メノナイトですね。修正します)

そこで映像が切り替わり、アメリカ、オハイオ州の広大な農場へ。トム・ヨークの歌が流れて、オープニング・クレジットとなります。

質素な農家の中では、一人の女性がベッドに横たわっています。彼女は病気であるようで、もう長くはなさそうな様子を伺わせます。

このシーンではセリフも何もないのでわかりませんが、彼女はスージーの母親、ミセス・バニヨンです。

昔ながらの暮らしぶり、壁にかかっている伝統的な衣服から、ここがメノナイトの家であることがわかります。

 

メノナイトは、16世紀の中央ヨーロッパで発祥した、キリスト教プロテスタントの一派です。暴力を否定する平和主義と、昔ながらの質素な生活を特徴としています。アーミッシュはメノナイトから別れた一派ですが、両者には神学上の違いはほとんどないと言われています。

主にドイツから移民したメノナイトとアーミッシュは、ペンシルバニア州、オハイオ州、インディアナ州などに定住しました。

 

メノナイトの中にもいろいろな段階があるようですが、基本的には文明に染まることを拒み、移民当時の昔ながらの生活を良しとしている人々です。

電気製品や自動車を使わず、移動には馬車を使う…という人々もいるようですが、スージーの家の農場ではトラクターを使っているようですし、そこまで厳格ではないようです。

それでも、かなり古めかしい暮らしぶりが垣間見えます。

 

そこから一人飛び出してドイツに渡り、現代音楽に合わせて裸同然の衣装で踊るモダンダンスに飛び込むスージー。

メノナイトについて知ると、スージーの存在が彼女の家族にとっていかに異端か、よくわかります。

スージーの到着とオーディション

ベルリンのガイドブックを手に、地下鉄のホームに立つスージー・バニヨン。

この映画のオープニング・クレジット、タイトルは出ないものと思ってたんですが、2回目観た時にスージーの背後の駅看板に「Suspiria」と書いてあるのにようやく気付きました。ちゃんと出てたんですね、タイトル。

また、この時にスージーは「オハイオ州メノナイト教会」と書かれた封筒に入った札束を持ってるんですが、あのお母さんや家族がスージーにこんなお金を持たせてくれるはずもなく。

おそらく、これはスージーが勝手にくすねてきたお金なのだろうと思われます。

 

ホームの隅にはパンクスがたむろしています。1977年といえば、パンク・ムーブメントの年。セックス・ピストルズがデビューした年ですね。

1977年のベルリンといえば、デヴィッド・ボウイが滞在していたことでも有名です。1976年から1979年にかけてボウイはベルリンに移住し、ブライアン・イーノと共に「ロウ」「ヒーローズ」「ロジャー」の3枚のアルバム(ベルリン三部作)をレコーディングしました。

 

どしゃ降りの雨の中、スージーはマルコス舞踏団を訪れます。

雨が降ってるのは、オリジナル版へのオマージュでしょうか。オリジナル版でも、スージーがやって来るのは雨の中、です。

 

紹介状を持たないスージーは、オーディションを受けることになります。

オーディションはミラー・ルームで、ミス・ミリウスミス・マンデルによって行われます。内容は、音楽なしで踊って見せるというもの。

はじめはマダム・ブランはいませんが、やがて離れた練習スタジオでスージーの存在を感じ取ったブランが、見に来ることになります。

ロケーションについて

設定上、マルコス舞踏団の建物は西ベルリンのクロイツベルクにあるとされています。東ベルリンに隣接する、壁に面した地域で、若者や左翼政党、アーティストなどが集まる街。サブカルの街と言える場所です。

1977年当時、この地区には不法占拠者が多く、彼らと、彼らを追い出そうとする警察との争いが絶えませんでした。人々は窓から抗議の垂れ幕を垂らしました。クレンペラーの住む建物などにスローガンの書かれた多くの垂れ幕が見られるのは、これを意味すると思われます。

 

統一後は、東側の地域と合併されて、フリードリヒスハイン=クロイツベルク区ということになっています。今も文化的な地域として知られ、若者が集まる地域となっています。

映画のスタッフたちはベルリンの各地で当時の面影を残す場所をいくつか見つけ出し、それをつなぎ合わせることで70年代のクロイツベルクを再現しました。

 

マルコス舞踏団の建物の内部には、イタリア、ヴァレーゼにある「グラン・ホテル・カンポ・デ・フィオーリ」が使われています。アルプス山麓に位置するこのホテルは、1968年に廃業して以来、管理人家族が住むだけの荒れ果てた廃墟になっていました。ルカ・グァダニーノらはこの廃墟に手を入れ、ダンス・カンパニーおよび魔女の巣窟として再生しました。

マルコス・ダンス・カンパニーの女たち

彼女たちは「matrons」と表現されています。寮母、保母、家政婦長、女性看守…などで使われ、女性の監督者という意味の言葉です。

大勢いるので全員は把握しきれないですが、主要な人たちを紹介します。

 

マダム・ブラン(ティルダ・スウィントン)

マザー・マルコスと共に舞踏団の創設に関わり、40年間に渡って守り続けてきた指導者のリーダー。ダンス「民族」「再び開く」の作者でもあります。

レッスン中でも常にタバコを吸っているヘビースモーカー。タバコ吸うのは彼女だけではないですが。

 

ミス・タナー(アンジェラ・ウィンクラー)

マダム・ブランに次ぐ責任者。スージーを最初に出迎えました。

アルジェント版と比べてもっとも性格の違う人物です。アルジェント版のタナーは非常に性格のきつい、意地悪な人物でした。本作ではずいぶん優しい印象です。

と言いつつ、刑事への対応では不気味な残酷性を見せるのですが。

 

ミス・ヴェンデガスト(イングリッド・ケイヴン)

ダンサーたちの「母親役」と紹介される赤毛のおばさん。少女たちの寮での生活面を担当しているようです。

刑事たちを出迎えたり、最後にドクター・クレンペラーを送って、子守唄を歌ってやるのが彼女です。

 

ミス・ミリウス(アレク・ウェク)

背の高い黒人の女性。スージーのオーディションに立ち会いました。ダンスのレッスンに当たることが多いです。

 

ミス・マンデル(ジェシカ・バトゥ)

黒髪の小柄な女性。ミス・ミリウスと共にスージーのオーディションに立ち会いました。

 

ミス・フラー(レネ・ソーテンダイク)

ブロンドヘアーのおばさん。刑事への対応で拳銃を弄んだり、狂ったように罵りながらクレンペラーを捕まえたり、怖いところを見せる人物です。

 

ミス・グリフィス(シルヴィー・テステュー)

でっかい黒縁メガネが特徴の、否が応でも目立つ人。

まったく喋らないのだけど、最初から終始一貫して怯えていて、彼女だけが待ち受ける運命に気づいていたようです。

 

ミス・ブター(クレメンタイン・ホウダート)

舞台の技術主任。スージーがミス・タナーと引っ越しの打ち合わせをしている時に、ミス・ヴァンデガストと共に通りかかります。

 

ミス・バルフール(クリスティーナ・ルボート)

衣装担当。歌が上手い人。

 

ミス・マークス(ヴィンセンツァ・モディカ)

音楽担当。リハーサルの時に、カセットプレイヤーを操作しています。

 

ミス・パヴラ(ファブリツィア・サッキ)

マルコスに強く心酔しているらしい寮母の一人。オルガが出ていく時に、ゲラゲラ笑いながら階段で話しかけた人。

 

マザー・ヘレナ・マルコス

マルコス舞踏団の創設者。壁には、黒眼鏡をかけた太った女性の写真が飾ってありますが…。

ブランの監視

ミス・タナーがにこやかに、舞踏団に迎えることをスージーに伝えます。給料は出ないかわりに、寮での生活費は無料。スージーは感激します。ミス・タナーは終始優しくて、オリジナル版との印象はまるで違いますね。

ミス・タナーはスージーに「一旦アメリカに帰って…」と言いかけますが、スージーはその必要はないと遮ります。彼女には、アメリカに帰るつもりはないようです。

視点が鏡に切り替わると、その向こうにマダム・ブランが立っているのが見えます。これはどうやらマジックミラーで、マダム・ブランは秘密の部屋から監視しているようです。

この鏡、スージーは舞踏団の建物に足を踏み入れると同時に、注目しています。最初から、ブランが監視していることに気づいていたんですね。

第1日の終わり

ミス・タナーの指示で、サラが引っ越しの手伝いをするために、スージーの滞在するホテルを訪れます。

しかし雨のせいでタクシーが捕まらずサラの到着は遅れ、チェックアウト期限の6時を過ぎたため、スージーはもう一晩ホテルで過ごすことになりました。

 

スージーとサラが話している時に、近くで爆弾の音がします。

サラは現在進行中でニュースを賑わしているハイジャック事件と、同じドイツ赤軍による誘拐事件について話します。

 

1977年9月5日、ダイムラー・ベンツの重役ハンス=マルティン・シュライヤーが、ドイツ赤軍によって誘拐されます。元ナチス党員、元親衛隊の高級士官でした。

そういう経歴の人物なので、世間の同情は低かったようです。サラも、「元ナチの最低野郎」と罵っています。

ドイツ赤軍は収監されているバーダーら11人の幹部の釈放を要求しますが、政府は応じず、メンバーは更に事件を起こして圧力をかけようとします。その結果起きたのが、10月13日からのハイジャック事件でした。

 

10月18日に突入によってハイジャックが解決し、獄中の幹部のうち3人が死亡すると、シュライヤーを監禁していた犯人たちは彼を射殺しました。

10月19日、放置された車のトランクからシュライヤーの遺体が発見されました。

日付について

本作は6幕構成ですが、それぞれの章はほぼ1日と対応しています。

その間、ずっとハイジャックのニュースがテレビで流れているのですが、ハイジャックが「5日で解決」し、翌朝に赤軍幹部たちが獄中で「自殺」したことが報じられるのは5日目です。

突入は17日深夜、幹部たちの自殺は18日未明なので、5日目は10月18日であろうと思われます。

 

そこから考えると、スージーが舞踏団にやって来てオーディションを受けたのは1977年10月14日、ということになります。

この日はちなみにデヴィッド・ボウイ「"Heroes"」の発売日です。

パトリシアがクレンペラーの家を訪れたのはその前日、10月13日です。クレンペラーの診察ノートにその日付が書かれています。

 

ネタバレ徹底解説その2に続きます!

 

長くなってしまったので、目次を作りました。

ネタバレ徹底解説その1……第1幕 1977

テロを語る意味、メノナイトについて、ロケーションについて、など

ネタバレ徹底解説その2……第2幕 涙の宮殿

投票結果の記録、スージーの少女時代について、オルガに何が起きたのか、など

ネタバレ徹底解説その3……第3幕 借り物

「借り物」の意味について、スージーがくすねたもの、悪夢について、など

ネタバレ徹底解説その4……第4幕 取り込み

アンケに何が起きたのか、ジャンプ特訓とグリフィスの自殺、髪を切る意味、など

ネタバレ徹底解説その5……第5幕 マザーの家で〜すべてのフロアは暗闇

赤い衣装の意味、ルッツ・エバースドルフのプロフィールからわかること、など

ネタバレ徹底解説その6……第6幕 Suspiriorum 嘆き(前編)

「深き淵よりの嘆息」採録、日付について、一人三役の意味、など

ネタバレ徹底解説その7……第6幕 Suspiriorum 嘆き(後編)

儀式について、赤と黒の衣装、Death/死の化身について、胸を開く意味、など

ネタバレ徹底解説その8……エピローグ スライスされた梨

記憶を消すことの意味、ラストシーンの意味、ポストクレジットシーンの意味、など