僕らは“現場”に到着し、早速彼らに会った。


話を聞いてみると、彼らは世間で言われているニートやフリーター、引きこもりであることがわかった。




彼らは人がいなくなった今の状況のほうがいいと口を揃えて言った。こうなる前は自分のやることがなかったり、あったとしても、競争して他人を蹴落として取らなければならなかったため嫌気が差していたそうだ。また、彼らはこの生活を始めて自分の居場所とは自分のやるべきことがある場所だと気付いたと言った。




僕は今まで人生において表面的にはほとんど“傷”を負ったことはない。つまり、経歴上はクリーンだということだ。僕は中学受験もし、私立の進学校に通い、現役で入った一流私立大学を卒業し、現在はいわゆる人気企業に勤めている。




今まで、自分が“ポジション”を獲得することだけを考えてきたためか、他の人たちのことなど考えている余裕なんてなかった。さっきの若者の話を聞き、僕は少しだけショックを受けていた。




ポジションが出来た今、彼らは本来、別の人間がついているポジションにつき、生き生きと活動していたのだ。世間のイメージとはまるで違う現実がここにはあった。




初めはあまりわからなかった彼らの活動が月日が経つごとに活気を帯びるようになってきていた。




“場所さえあればか・・”




僕は小さい頃からあまりそういうことは考えずに生きいくことができた。場所というのは限られていて、“競争”を通して獲得するものらしい。小さいときから彼らはそういうことを意識して生きてきたのだろうか。




この街が僕らだけになってもう何ヶ月以上も経っていた。街には当初思っていた以上の人間がいた。




場所とはいつも十分な数が揃えられているわけではないのだが、社会が成熟し、始めから住みやすいことが当たり前のところで育つとなかなか気付きにくい。





















僕は今まで何か明確な目標があって働いていたわけではなかった。強いて言えば、世間が僕に求めるイメージを正確に捉え、そのイメージ通りの人間を演じることにただ努めているだけの毎日だったと言える。




もちろん、それが悪いわけではない。そういうのが必要となるのが現実だからだ。ただ、僕が今、“ここでの暮らし”を通して思うようになったのはまた“元の世界”に戻れるとしたら“新しい場所”を作ろうと思った。具体的な内容はこれから考えることにしよう。




僕は今、この世界ではこの街をマネジメントするという“ポジション”にいる。やっぱり、“場所”は大事だ。




僕は一日の“やるべきこと”を終え、いつものように眠りについた。



朝が訪れ、僕は目覚めた。洗面所から出て、朝食の準備をしようと冷蔵庫に向かったとき、携帯の着信音が鳴った。




“おかしいなぁ。彼らはいつもならこの時間帯に電話をかけてこないのになぁ。何かあったのかなぁ・・”。心配になり、隣の部屋へ行き携帯を手に取った。僕はなぜかそのとき、誰からの電話か表示されている名前を見ずに電話に出た。




「石神!何の連絡もしないで遅刻か!?寝坊したんなら急いで会社に来い!」

と言い終わると、プッツリ切れた。




やけに懐かしく感じる声であった。僕の会社の上司だった。



僕は慌ててテレビのスイッチを押した。番組がどのチャンネルでも流れていた。




僕はしばらく考えた。何もかもが戻っているみたいだ。この街が活気を取り戻したことを見計らったかのようなタイミングであった。それはまるで、希望のない街を見捨てた人たちがずっとこの街をどこかで観察していて、希望が生まれ始めたことを確認すると再び戻り、まるで何事もなかったかのように振る舞っているようにも思えた。




僕の名前は石神達也。




そして、僕はふと思った。“彼ら”は一体どんな朝を迎えたのだろう、と。























「最終地点」


所有物としての最後のポジション

「相変わらず、“皆同じ”だと信じているのかい?ほんと、君は変わっているね。」

今現在、僕は20歳。そして、今、僕に話しているのが友人のツテだ。彼とはゼミで知り合った。


 

 

「そろそろ、“兵士”かそうじゃないかくらいの見分けはつけろよな。おれたちもうじき、社会人だぜ?」


 

 

“兵士”とはニックネームで、会社で働くことが予め決められている人のことだ。彼らは皆、優秀ではあるが自分たちの未来のことは全て他の誰かにいつも決めてもらっている。というのも、彼らは“知性”を借りているからだ。そして、彼らは生まれたときから全てが決まっている。そういう身分なのだ。と、ツテは言ってたっけ。


 

 

ツテは頭はいいが、それを現実世界で利用して得しようとか、そういう気がないようである。本人じゃない僕から見るとなんてもったいないことしてるんだと思ってしまうが、これが今の彼の守るべきスタンスなのだろう。


 

 

「よぉ、ソラ、ツテ!」


 

 

「お久しぶりです。ヒビカナイ先輩。」

彼は僕らのゼミの先輩だ。


 

 

おまえら、来年から本格的に就活だろ?そろそろ準備しといたほうがいいぞ。」


 

 

「先輩はもう就職決まったんですか?」


 

 

「まぁな、大手保険会社の代理店営業だ。」


 

 

「へぇ、いいじゃないですか。」


 

 

「でもなぁ、ほら、うち、実家が自営業やってるから。正直、迷ってんだよね。おれってさ、営業とか向いてないじゃない?でも、いいとこで内定取れたのはここしかなくて。」


 

 

「まぁ、そうですよね。選択肢ありますもんね。」


 

 

「じゃあ、これからおれ、バイトあるから。」


 

 

「はい、また、ゼミの飲み会とかで会いましょう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒビカナイ先輩は笑顔でうなずき、僕らに手を振りながら歩いていった。




「おい、ヒビカナイ先輩は兵士か、それとも違うか、わかるかぁ?」

突然、ツテが質問してきた。




「違うんじゃないかな。だってさ、“兵士”なら自らの“ダメ”な部分を露呈させないだろ?違うか?」




「なんだ、おまえちゃんとわかってんじゃないか。なんで、ときどき、わかってないふうなセリフを吐くんだぁ?」




「そうかなぁ・・。」




「それにしても生産手段を持っている人間はいいよなぁ。特権階級だよ。」

ツテが羨ましそうに呟いた。




僕らはゼミの教室へと向かった。




「はい、時間が来たので今日はここまで。」僕らのゼミのウスイ先生がいつものように時計を気にしながら言い放った。




「大学の専任講師っていいよな。ウスイ先生だってゼミとかいっときながらただ、おれらに勝手に議論させといてそれで終わりだからなぁ。彼からは何の知的なメッセージも感じやしないよ。」ツテはこの先生に不満があるみたいだ。




「誰も知的なメッセージなんか求めてやしないよ。少なくともこの学校ではね。」




僕のこのセリフを待っていたとばかりにツテは静かに黙った。彼は僕だけにではなく他の人たちにもわざと意図的なことを言い、彼の聞きだしたいフレーズを人から引き出させては満足しているフシがあった。定かではないが、仮に、もしそれが本当だとしたら彼は変態に違いない。こんな変態といる僕って一体・・・。




今日はテニスサークルの飲み会がある日だ。もう3年になるから、1、2年のときみたいにはしゃげなくなってきたなぁ。なんで、ほとんど年も変わらないのにこんなに差を感じるんだろ?























「今日、飲み会盛り上がりましたねぇ。」とは後輩の女の子。



「これから2次会とかいくの?」



「今日は私飲みすぎてしまったんで、大人しく帰りますぅ。」



「今夜はギブ・アップ?」



「はい、ギブです(笑)」



ときどきある飲み会はいい気分転換になる。かわいい女の子たちとも話せるし、“兵士”がどうとか、そんな話をするやつなんてここには一人もいない。そういや、あいつはサークルにも入らず何やってるんだ?



昨日は後輩の女の子の前で強がってみせたが、結局、今朝は二日酔いで頭痛の中、講義を受けることに・・。



「おっす。なんだ、いつもより増して冴えない顔して。とうとう、この世の中の仕組みがわかって怖気づいたか(笑)」



普段は朝早い講義はめったにこないくせにこういうときにはなぜかタイミングを見計らっていたかのようにやってくるんだな、こいつは。



「おぅ、珍しいな。こんな早くに。いつもは朝早く起きないだろ、お前は。どうした今日は?」



「いやぁ、たまには早起きもいいもんだね、ソラ君。」



嫌味なやつだな、やっぱこいつは・・。僕が今朝、調子悪いことを完全に遊んでやがる。



今朝の授業は経営学の概論だ。数ある講義の中でも抜きん出てつまらない講義だ。あまりにも退屈過ぎてあくびすら出ない。

























「そういえば、おれ新しいパスタのメニュー開発したんだ。ウニソースのパスタなんだけど、よくあるおしゃれカフェにあるやつと違うとこはたらこを絡めてるとこなんだ。結構、イケるぞ。」ツテが自慢げに言った。



全くこいつは僕がサークルやゼミとかで頑張って表の“顔”を作って就職活動に入ろうとしてるときに一体何してんだ?



こないだはこないだでギターに目覚めたと言い出し、練習をいっさい譜面を見ないでやるのがいいと言っていたし。そもそも、譜面やテキストを使わないでどうやって練習するっていうんだ?全く意味が僕にはわからなかった。



年が明け、就活がとうとう本格的に始まり出した。



“面接もいくつか受けたけど、いまいち、なんかしっくりこないんだよなぁ。”

他の友人たちもこの不況で苦戦しているみたいだった。“みんなも同じように頑張ってるんだ。僕も負けずに頑張ろう・・”僕は自分に言い聞かせた。ツテはどうしているんだろうか。後期になって受ける授業がなくなってから、僕はあまり大学に顔を出していなかった。後期になってからツテはゼミに出なくなっていた。やっぱり、あの先生が原因だったのかな。



今日も僕はある大手の営業職の面接を受けた。大学のときは皆、お調子者を演じてただろうくせに就活が始まるとなんだこの豹変ぶりは。でも、考えて見れば、僕もそのうちの一人に過ぎなかった。彼らを批判することが皮肉にも僕自身を批判することになるのだ。今になってツテの言っていた“兵士”というワードが僕の頭をよぎり始めるのがわかった。



面接が終わり、今日の予定はこれで終了だ。もう、夕方6時を過ぎようとしていた。そこへツテから電話がかかってきた。



「今、時間ある?飲みにでもいかないかぁ?」



「おぅ、今ちょうど、面接が終わったとこだ。」



僕らはいきつけの見た目の割りには安い飲み屋へいくことにした。



「なんだ、結構、様になってるじゃないか、スーツ姿。」





















「そりぁ、どうも。」




「ところでお前の就活はどうなんだ?」僕が切り返した。




「どうも何もないよ。一応、試しにやってるって感じだ。それより、お前、“兵士”になろうとしてるんじゃあないだろうな?あれは何もない人間がなるものだぞ?」




また、その話かといつもなら思っていたところだが、なぜか今日はスッと入ってきた。




「仮に僕がそれになろうとしていたとしても僕は何か特別な才能とかあるわけでもないからなぁ。なろうとしても仕方ないんじゃないか?」




ツテは例の、このセリフを僕から引き出したかったみたいな顔をし、黙っていた。しばらく経って彼は話し出した。




「“兵士”っていうのはな。どんなことでもいいから、競争することが目的なんだよ。彼らにとっては競争すること自体に意味があるんだ。例えばだ、彼らからしてみれば、同じ道を同じ進行方向に歩いてる人ですら自動的に競争相手になる。そうやって常に相手と自分の共通尺度を探しているんだよ。もし、(自分を)持っている人間ならその競争のフィールドには乗らないだろうね。わかるだろ?兵士は命令を下されてこその存在なんだから。“兵士”にとって命令の意味を考える必要なんてないのさ。」




「そうは言ったってそれが社会人(サラリーマン)ってもんだろ?」




「そう、ただし、サラーマンという“空気感”だ。」ツテは言った。




また、話がよくわからなくなってきた・・。


気が付けば既にビールをジョッキ4杯目に差しかかっていた。どうりで頭が回らないはずだ。




飲み始めてから、大分時間も経ち、気が付いたら深夜になっていた。




「ところでギターの練習成果は出てるのかい?」

少しからかうような口調で僕は聞いてみた。























まぁね。なんでも形通りにやろうとしてたからギターが上達していなかったんだな、おれは。ギターなんて弾きたいように弾けばいいだけだったんだ。出したい音さえあれば練習なんて自然にできてしまうからね。形として練習することが目的になっちゃったら意味が全く変わってきちゃうよ。」




「おっ、アーティストだねぇ。おれも何か楽器でもやってみるかなぁ。」




「おまえはドラムが向いてんじゃないか?」




「ほう、それはなぜ?」




「適当だ。」




「ここは語らないのか(笑)」




「そんな連続で深い話はさすがに無理だよ。さっきのギタートークだってやっと引きづり出してきたやつなんだから。」




「そうか?おれにはツルッと出してるように見えるぞ。」




「なんだ、その擬音は。そんな斬新な使い方をするなよ。」




結構な量のお酒を飲んだので、なぜか今度は量ではなく質で飲もうということになり、僕らはウィスキーのロックを頼んだ。




ここのマスターが僕らに言った。

「あんまり、飲みすぎるんじゃあないぞ。」




マスターはいつもこう言うが本気で止める気はないのはわかっていた。悪い人である。(笑)




ウィスキーは喉を通るたびに激しいばかりの味わい深い“熱”を与え、そして、熱さが引くと同時に奥深い樽の香りを残していくのであった。一口で“動”と“静”が味わえる不思議な飲み物だ。




よく考えて見れば、もしかして僕は今、結構いい“言葉”が出てきたんじゃないか?まさかこれはツテの“影響”か。



























「ウィスキーは最高の水って感じだよな。アルコールじゃなくて、なんか“水”って言うほうがしっくりこないか?」




「確かに。」




この意見に関しては僕も全く同感だった。




僕らはウィスキーの深遠な味と香りに酔いしれながら静かな時間を過ごした。




今日の就活で見た景色は何色でもなかった。まるで、実験室の中のモルモットでも観察するかのような空間があるだけだった。僕らや、もしかしたら、面接官ですらモルモットなのかもしれない。どこか僕らの見えないところでそこでの僕らとは全く逆に、人間らしさを享受している人間がいるのだろう。




僕がツテの話を完全に理解できているわけではないが、いつも何か物事の核心的なことを言っているような気がした。ただ、僕が彼の言っていることの意味がわかったとき、僕は“兵士”にならなくて済むということだけはわかる。それと同時に、“兵士”になることによって得られるだろう安定を失うことにもなるということもわかる。




彼は今まで“兵士”にならなくて済む代償を支払ってきたのだろうし、これからも払い続けていくんだろう、きっと。きっちりとわかるわけではないが彼にはそれを払い続けることができる何か“器”みたいなものを感じる。僕に“それ”があるだろうか。いくら物事の核心を知ってもそれを享受するためのコストってやつが払えないといけないんだ。なんだ、結局、経済ルールと同じゃないか。現実か・・。




この日は翌日が休みということもあり、随分遅くまで飲んでいた。




明け方近くになり大分、酔いも醒めてきた。僕らは自転車に乗り自宅へ帰った。




誰もいない僕だけの道が延延と続いているかのようだった。薄暗い歩道を自転車で駆け抜け、全身で受ける風が僕を心地良く迎えてくれた。もうじき、朝日が昇ろうとしていた。また、新しい一日が始まる・・。