睦美の短歌日記 -26ページ目

義理の祖母のことその3

(続き)

私は口を開いた。
「うん、私も大好きやったよ。でもおじいちゃん、おばあちゃんのことが一番大好きやったよね。昔よくノロケ聞いたもん。おばあちゃん、若くて綺麗で、おじいちゃんにはもったいなかったもんね」とかなんとか必死でひねり出した私のクサイお悔やみに、おばあちゃんはウッと声を詰まらせて、ポロポロ泣いた。
こんなセリフで良かったんやろか。分からない。「御愁傷様です」では済ませたくない相手へのお悔やみは苦手だ…と思った。
「睦美ちゃん、おじいちゃんの顔、見てあげて。さわってあげて」
「うん」
棺桶におさまったおじいちゃんの顔は、すごく綺麗だった。
頬を触ると、冷たかった。ドライアイスを敷き詰めて冷やしてるのだ。
ああこれが死ぬってことか、とぼんやり思った。

火葬場でおばあちゃんは、「〇〇さんありがとう、今までありがとう、〇〇さんありがとう、ありがとう、ありがとう」って言いながら、ずっと泣いてた。
それまで泣かなかった私も、おばあちゃんの言葉を聞いてたら、思わずボロボロもらい泣きしてしまった。

そのあと納骨も済ませ、集まった親戚を私の実家に招いてささやかな宴会をした。
おばあちゃんは早めに床についた。かなり疲れたんだろうと思う。
叔父たちは、財産分けの話をしていた。
私は、母と一緒に料理を作ったり出したりお酌をしたり、あれこれ手伝いをしながら、おばあちゃんの涙と「ありがとう」の言葉を思い出していた。
ああ、おじいちゃんはこの20歳も年下の後妻さんから、本当に愛されてたんやなァ…と思った。
良かったね、おじいちゃん。

それで私は、なんの気もなく、本当になんの他意もなく、「財産はおばあちゃんに全部あげたらいいんちゃう?」とポロッと言った。


し─────────────────────ん


……(°д°;;)
えっ?何?
私、もしかして地雷を踏んだ?
焦る私の袖を、上の弟がグイと引っ張り、小声で「おねえ、口出しするのはやめとけ」と睨んだ。
は、はい、ごめんなさい、まじで私空気読めてません…。
ひぃぃ…やってもた…よく分からんけどやってもた…。

(続き)

義理の祖母のことその2

(続き)

当時の私の口癖は、「おばあちゃん大好きー」だった。おばあちゃんが嬉しそうにするのが嬉しくて、何回も何回も言った。ちなみにこれは、幼い私が持ってた大人殺しのテクニックだ。保育園の先生や近所のおじさんなど、あらゆる大人を相手にこの必殺技を使ってたのw
や、本当に好きだったんだよ。好きな大人に可愛がってもらうための手段が「大好きー」で、こう言って甘えると、たいがいの大人は相好を崩して可愛がってくれるのを、幼心に知ってたのだ。
なんつー恐ろしいガキだ。
今の私よりもズル賢い。

いつだったか母が、「おばあちゃんには感謝せなあかんなァ…」って言ってたことがある。
「おじいちゃんの老後の面倒をみてくれてるわけやからね。もし今のおばあちゃんと再婚してなかったら、子供たちのうち誰かが引き取らなあかんかったやろ?もしそうなったら、いろいろ面倒なことや揉めごとが増えてたんちゃうかと思う。最初は私も反対したけど…」って。
そっか、なるほど。
確かに親との同居って、本人は良くても配偶者が嫌がって、揉め事の原因になりやすいよねぇ…。


お葬式で、義理のおばあちゃんは目を赤くしていた。頭を下げる角度も、時折ハンカチで目元を拭う仕草も、妙に色気があって上品だった。
少し見とれた。
私は、「おばあちゃん、大丈夫?」と声をかけた。
おばあちゃんは、「睦美ちゃん…。大丈夫ちゃうかも。私、寂しくて…。この先ひとりで生きていけるんやろか…」と鼻をすすった。
私は何を言っていいか分からず、でも、何か言ってあげたくて頭がグルグルした。おばあちゃんが癒されるようなセリフの一つぐらい言えなくてどーする。「大好きー」と言ってた幼い頃の自分にも劣るじゃないかと思った。
口ごもる私に、おばあちゃんは、「あの人なあ、睦美ちゃんのこと、大好きやったんやで。よく二人で睦美ちゃんの噂話してたんやで。会いたいなあって話してたんやで」って言った。
ああ、私、最近ぜんぜん会いに行ってなかった。自分の薄情さにチクンと心が痛くなった。
患わずに死ぬというのは、死ぬ間際に会える確率が下がるということでもあるんだなと思った。

(続き)

義理の祖母のことその1

去年、母方の祖父が亡くなった。
前日の夜まで大好きな日本酒を飲み、おばあちゃん相手に旅行の計画を機嫌良く話していたという。
おばあちゃんが朝、布団のなかで冷たくなってるおじいちゃんを発見したらしい。死因は心臓発作。
長患いもボケもなかったこの見事な往生、私も見習いたいもんです。

お葬式にかけつけた親戚じゅうから、「孫の中じゃ、睦美ちゃんが一番可愛がられてたよねぇ」と言われまくった。
はい、自覚ありました。
何故か私はおじいちゃんにめちゃくちゃ可愛がられていた。たくさんいるイトコたちの前で、肩身が狭くなるほどに。
そもそも私の母がおじいちゃんのお気に入りだった。母は四人兄弟の末娘なんだけど、おじいちゃんは母を猫可愛がりしていたという。その母から最初に生まれたのが私。私がおじいちゃんに特別に可愛がられたのは、可愛い末娘が生んだ子供だからだろうなと思う。

喪主をつとめたおじいちゃんの奥さんは、私の実の祖母ではない。
私の母や母の兄弟を生んだおばあちゃんは、私が幼い頃に亡くなっている。ガンだった。この実のおばあちゃんのことは、あいまいな記憶しか残っていない。
それからしばらくして、20歳近くも若い今のおばあちゃんと再婚したのだ。おばあちゃんと呼ぶのが申し訳ないぐらい、若くて美しい女性だった。
当時、母を含む兄弟たちは、この結婚に反対したようだった。
いきなり四人の子供の義理の母になり、八人の孫の義理の祖母になった新しいおばあちゃんには、さぞかし心労があっただろうと思う。
前妻と引き比べ、「料理が下手」とか「センスが悪い」とか「気がきかない」とか言う叔父さんたちの言葉を耳にしたこともある。

私はこの再婚相手の義理のおばあちゃんからも可愛がってもらった。
大人たちの事情は分からなかったけど、おかげで得をした。新しいおばあちゃんは優しかったから、すぐに大好きになったの。
子供のころは、一人でおじいちゃんおばあちゃんの家によくお泊まりに行ってた。親元を離れることで自立した気分になれるのが好きだった。まあ、どう考えても自立ではないけど。
当時おばあちゃんは、おじいちゃんを「殿」と呼び、私を「姫」と呼んでいた。川の字で寝た。おばあちゃんは元美容師で、「本物のお姫様みたいにしようか?」と言って、私の髪をカールして可愛く結んでくれたりした。

(続き)