睦美の短歌日記 -24ページ目

せざるおえない

「~せざるおえない」は、最近気になるネット内の誤表記です。
多いよ多すぎるよママン。
さらに「せざる負えない」って何。何を負うのだ?
わざとかしら?と思った。
既出をガイシュツと読ませたり、ふいんき(何故か変換できない)みたく、ネタ化してる誤表記かなァと。


去年だったかな、政治系の掲示板で、ちょっとした討論してたの。(アイアム暇人)
したらさー、私の鉄壁の論理にイチャモンつけてくるアホが「せざる負えない」って表記してて、気になったけどスルーした。
そいつは、その何レスか後に、私の「ら抜き言葉」を指摘してきた。(「見られる」を「見れる」って書いてたの)

それ関係ないやん。

と思いつつも、反論したい指がムズムズ。
ちなみに私は、敬愛する国語学者金田一春彦先生の理論により、ら抜き言葉賛成派だ。ポリシーあって「ら」を抜いている。ら抜きは私のリスペクトの証なのだ。受験や大学のレポートのときは悔し涙にくれながら膝を屈し、「ら」を抜かない文章を書いてたが、もはや私は誰にも縛られることなく自由に羽ばたいている。私のアイデンティティの30%は、ら抜きレボリューションという名の飛翔である。きらめく天を駆ける金色のら抜き…(もういいって?)

金田一というと少年の事件簿しか知らないであろうその人に、春彦先生の国語学の初歩的理論を語り、ストーカーの冬彦さんじゃねーぞと古くて寒いギャグを飛ばし、ついでに、「負えない」も指摘した。「変換ミスだ」と言いはるので、「を得ない」を「負えない」に変換ミスできるPCメーカーを是非教えてちょ、と。


結果どうなったかって?
もちろん二人とも荒らしです。
政治討論の場で国語学をとうとうと語る私は最悪のハナツマミ者となったのです。

花粉症で死にそうです

死にそうです
死にそうです
死にそうです


「睦美、お前、この季節は不細工やなー。もし春に見合いしたらフラれるで。ワハハハハ」と言われたのが小学生低学年のとき。
かみすぎて真っ赤になった鼻、腫れぼったい瞼、こすりすぎて真っ赤になった眼球、水分抜けてガサガサになった肌、鼻づまりのためにポカンと開けた口。そんないたいけな私をマジマジと見つめ、父親が言った言葉だ。
私がはじめて父親の殺害計画を練りはじめた瞬間だった。
脳ミソまでぼーっとしてるので、計画練ってる途中で放棄せざるをえなかったのが残念だ。

ああそうさ。
毎年毎年、鏡を見ながら思う。


この不細工、誰?




あの時代よりマシだ。
あのころは、四方を山に囲まれた美しい大自然のなかで暮らしていた。美しい杉山に。
縁側から山を見てると、風が吹くたびに杉の花粉がブワッと舞い上がるのがわかった。
霧吹きをかけたような黄色い花粉が…ブワッ…。

ぎゃーーーーーーーー…………………

背筋がゾーッとした。あれはどんな恐怖映画より怖い光景だった。少なくともハリウッド版リングの異常に足の速いサマラ(貞子)より怖い。

大自然とともに生きる生活は、もうたくさんだ。
杉さえなきゃ、田舎好きなのに。

あーもう、死にそうです死にそうです死にそうです。

好きなタイプ

好きなタイプについて質問されて、答え方に迷うことってないですか。私はあります。
相手の答えにツッコミを入れやすく(「高望みしすぎるから恋人できないんだよぅ」とか「それ分かる分かるー」とか)、そこそこ話が盛り上がる話題なので、便利なんだけど。


好きなタイプなんて簡単だ。

「イケメンでスタイルがよくて優しくて頭よくて働きものでお金持ちでうんぬんかんぬん…♪」

でも付き合ったなかには不細工もいたし、そのときは顔なんてどーでもよかった。
プー太郎で優しさのカケラもない俺様男と付き合ったこともある。まあこれは人生の汚点なんだけど。
つまり実際好きになるときって、タイプなんて関係ないよねー。

ただ私は、ウーンと迷った挙げ句、「優しい人」と無難な答えを返すことが多い。この答え、つまんないよね。
「優しい人」と答えるなんて、関西人の名折れだわ。

ちなみに細かい好みならある。

「二の腕から肩にかけてラインが綺麗な人が好き。私のフェティシズムがメラメラムラムラしてくる。ガブッと噛みつきたくなる二の腕、サイコー!」
──たぶん引かれるね。

「自分を卑下しつつも卑屈にはならず、それによって同時に相手を持ち上げることを会話のなかでナチュラルにできる男性が好きです」
──訳わからんわ、と一刀両断されるのがオチか。


最近は「目が二つ鼻が一つ口が一つあったら文句ないよー」と答えるようにしてます。

シャレた答え方、あるいは良いボケ方を探し中のむつみんみんです。