訪問販売その1
友人が訪問販売で羽毛布団を買わされたらしい。30万円のローンを組んだという。
布団なんてベタなものを買う人、いまだにいるんやねぇ。アホやアホ。
ひとしきり笑ったあと、「クーリングオフしなよー」と言っておいた。
羽毛布団買わされた話をリアルで聞いたのは、人生二回目だ。
とはいえ、私も昔、20万円の浄水器を買わされたことがある。
優しい訪問販売員の流れるような弁舌にうっとりして、「その通り!いい水を飲まなきゃ!美容と健康のために!」と思ってしまったのだ。
なにげに騙されやすいタイプなのだ。
そう、アホは私です。買わされた他人を笑っても、所詮ブーメランブーメラン。
クーリングオフの手続きをしたんだけど、クーリングオフをなかなか認めようとしない相手と電話口で口論になった。
浄水器を引き取りにきたオッサンのべらんめえ口調と捨てゼリフは、思い出すといまだにムカムカする。
こんなタチの悪い会社から買ってしまったのも、私の不徳なのだろうか。
それから訪問販売の人が大キライになった。
いつも「鬱陶しいです」「いい加減にして下さい」とかポキポキした冷たい言い方で追い返してた。
それが変わったのは、フリーターしてた上の弟がはじめて就職したときだ。ケーブルテレビ加入の訪問販売をするようになったと聞いた。
聞いたときにキューンと胸が痛くなった。そういや最近、ケーブルテレビの訪問販売の人を、冷たい言葉で追い返したな…と思って。弟も私みたいな冷血人間にそんな目にあわされてるのかなと思うと、弟が不憫で涙が出そうになった。
以後、地道にインターホンを鳴らしては断られてる訪問販売の人の姿が弟の姿とかぶって、冷たく追い返すことができなくなったの。
買うことはないけど、「お疲れさま、お仕事頑張ってね。買えなくてごめんね」と笑顔で優しく対応するようになった。「買えなくてごめんね」は意外に効くというのも分かった。気持ちよく引いてくれるというか。通じない相手もいっぱいいるけど。
弟はその後またフリーターを経て別の会社に再就職したので、もう訪問販売の仕事はやってないんだけど、いまだに私は訪問販売員にそっけない態度が取れない。
習慣になったのだ。
(続く)
布団なんてベタなものを買う人、いまだにいるんやねぇ。アホやアホ。
ひとしきり笑ったあと、「クーリングオフしなよー」と言っておいた。
羽毛布団買わされた話をリアルで聞いたのは、人生二回目だ。
とはいえ、私も昔、20万円の浄水器を買わされたことがある。
優しい訪問販売員の流れるような弁舌にうっとりして、「その通り!いい水を飲まなきゃ!美容と健康のために!」と思ってしまったのだ。
なにげに騙されやすいタイプなのだ。
そう、アホは私です。買わされた他人を笑っても、所詮ブーメランブーメラン。
クーリングオフの手続きをしたんだけど、クーリングオフをなかなか認めようとしない相手と電話口で口論になった。
浄水器を引き取りにきたオッサンのべらんめえ口調と捨てゼリフは、思い出すといまだにムカムカする。
こんなタチの悪い会社から買ってしまったのも、私の不徳なのだろうか。
それから訪問販売の人が大キライになった。
いつも「鬱陶しいです」「いい加減にして下さい」とかポキポキした冷たい言い方で追い返してた。
それが変わったのは、フリーターしてた上の弟がはじめて就職したときだ。ケーブルテレビ加入の訪問販売をするようになったと聞いた。
聞いたときにキューンと胸が痛くなった。そういや最近、ケーブルテレビの訪問販売の人を、冷たい言葉で追い返したな…と思って。弟も私みたいな冷血人間にそんな目にあわされてるのかなと思うと、弟が不憫で涙が出そうになった。
以後、地道にインターホンを鳴らしては断られてる訪問販売の人の姿が弟の姿とかぶって、冷たく追い返すことができなくなったの。
買うことはないけど、「お疲れさま、お仕事頑張ってね。買えなくてごめんね」と笑顔で優しく対応するようになった。「買えなくてごめんね」は意外に効くというのも分かった。気持ちよく引いてくれるというか。通じない相手もいっぱいいるけど。
弟はその後またフリーターを経て別の会社に再就職したので、もう訪問販売の仕事はやってないんだけど、いまだに私は訪問販売員にそっけない態度が取れない。
習慣になったのだ。
(続く)
ラブレターその2
(続き)
Sちゃんは一緒に悩んでくれたんだけど、それから三日後には学校中に「Uくんが睦美ちゃんに告白した」と広まっていたorz
私はラブレターを放置した。
ひたすらU先輩を避け続けて、なんの返事もしなかったの。
そのせいでUくんの友達に「あいつ最悪」とか「性格ブス」とかいろいろ言われてた──のを人づてに聞いた。
Uくんの友達に「こんな女のどこがいいねん」と、すれ違いざま、私に聞かせるように言われたこともある。
ほんとその通りだ。友達にぺらぺら喋って噂を広げた挙げ句、シカトって、私、何様だ。
悪口を言われてると聞いて、当時の私は余計に萎縮し、さらにUくんを避けた。
今さらだけどごめんにゃしゃい。
断るのが本当に怖かったし、罪悪感で毎日悩んでたっけ。単純に「気持ちはありがとう、でもごめんなさい」を伝えたらいいだけなのに、どうしたらいいか分からんかった。アホだアホすぎる。要領悪すぎる。
しばらくラブレターがトラウマで、受けとるのが超イヤだった。
モテ期を楽しめなかった自分が悲しい、悲しすぎる。
今ならオーッホッホッホな白鳥麗子ごっこを毎日するだろうに。もはやラブレターなんぞ貰えない。
すべてが今昔物語。
ちなみにU先輩とは今は普通に喋れます。めったに会わないけどね。
帰省して同窓会すると、先輩たちも後輩たちも、たまーにひょっこり顔だすの。田舎だし、たいてい誰かの家か公民館で宴会やるから、出入り自由なのだ。
で、二十歳越えてからは、会えばフツーに話せるようになった。すべて笑い話です。
Sちゃんは一緒に悩んでくれたんだけど、それから三日後には学校中に「Uくんが睦美ちゃんに告白した」と広まっていたorz
私はラブレターを放置した。
ひたすらU先輩を避け続けて、なんの返事もしなかったの。
そのせいでUくんの友達に「あいつ最悪」とか「性格ブス」とかいろいろ言われてた──のを人づてに聞いた。
Uくんの友達に「こんな女のどこがいいねん」と、すれ違いざま、私に聞かせるように言われたこともある。
ほんとその通りだ。友達にぺらぺら喋って噂を広げた挙げ句、シカトって、私、何様だ。
悪口を言われてると聞いて、当時の私は余計に萎縮し、さらにUくんを避けた。
今さらだけどごめんにゃしゃい。
断るのが本当に怖かったし、罪悪感で毎日悩んでたっけ。単純に「気持ちはありがとう、でもごめんなさい」を伝えたらいいだけなのに、どうしたらいいか分からんかった。アホだアホすぎる。要領悪すぎる。
しばらくラブレターがトラウマで、受けとるのが超イヤだった。
モテ期を楽しめなかった自分が悲しい、悲しすぎる。
今ならオーッホッホッホな白鳥麗子ごっこを毎日するだろうに。もはやラブレターなんぞ貰えない。
すべてが今昔物語。
ちなみにU先輩とは今は普通に喋れます。めったに会わないけどね。
帰省して同窓会すると、先輩たちも後輩たちも、たまーにひょっこり顔だすの。田舎だし、たいてい誰かの家か公民館で宴会やるから、出入り自由なのだ。
で、二十歳越えてからは、会えばフツーに話せるようになった。すべて笑い話です。
ラブレターその1
またヨソからのネタのパクりです。もちろん無断拝借。
最近ちょこちょこ日記めぐりするんですが、面白い日記を読むと、触発されますねー。
私がはじめてラブレターを貰ったのは中一のときだ。
学校の帰りにテクテク歩いてると、後ろからチャリンコに乗って追いかけてきた中二のU先輩に呼びとめられ、「これ、家に帰ってから読んで」と手紙を渡された。
U先輩はムスッとした顔をしてた。果たし状を渡す顔だった。
帰宅して読むと、
「ずっと好きでした。はじめて自分の気持ちに気づいたのは小学三年生のときでした」みたいなことを書いてあった。
顔が熱くなった。なんちゅー長い片思いだ。
「五年生のときに噴水のところで告白しようとしたから、俺の気持ちはバレてたと思うけど」
うっ、まったく記憶がありません。
U先輩とは小学校のころから同じ学校だった。いじめられ、泣かされた。
そのせいか、中学にあがってからも怖くて近寄りがたい先輩だった。
そうだったのか、と思って記憶をほじくりかえしても、彼が私に恋してたなんて思い当たるような記憶はまったくなかった。実にニブイ。
中学時代にモテ期だった私は、以後何回かラブレターをいただいたけど、常に唐突で、「ラブレターくれる人は、普段はそぶり見せない人」という刷り込みができた。
ラブレターくれる先輩の昔の思い出というと、
水泳帽に穴開けて目出し帽みたいにして頭からスッポリかぶった先輩に、教室から音楽室まで追い回され、オルガンのとこに追い詰められ、「うわーん!」と泣いてた私
みたく、ろくな記憶がなかった。んで、クラスメイトの正義の味方Sくん(過去日記「あのころの夏」参照)に「やめろー!睦美ちゃんをいじめるなー!」と助けてもらってたのだ。
今なら「ああ、あれはいわゆる子供特有の好きな子をいじめてしまう心理ってやつなのね」って分かってニヤニヤできるんだけどねぇ。
U先輩のラブレターには私のどこが好きかをいっぱい書いてあって、ちょっと照れた。私はUくんに恋愛感情はなかったけど、怖かった先輩に実は好かれてたのかと思うと、単純に嬉しかった。
同時に「困った…」と思った。
すぐさま親友のSちゃんに電話して相談した。
(続く)
最近ちょこちょこ日記めぐりするんですが、面白い日記を読むと、触発されますねー。
私がはじめてラブレターを貰ったのは中一のときだ。
学校の帰りにテクテク歩いてると、後ろからチャリンコに乗って追いかけてきた中二のU先輩に呼びとめられ、「これ、家に帰ってから読んで」と手紙を渡された。
U先輩はムスッとした顔をしてた。果たし状を渡す顔だった。
帰宅して読むと、
「ずっと好きでした。はじめて自分の気持ちに気づいたのは小学三年生のときでした」みたいなことを書いてあった。
顔が熱くなった。なんちゅー長い片思いだ。
「五年生のときに噴水のところで告白しようとしたから、俺の気持ちはバレてたと思うけど」
うっ、まったく記憶がありません。
U先輩とは小学校のころから同じ学校だった。いじめられ、泣かされた。
そのせいか、中学にあがってからも怖くて近寄りがたい先輩だった。
そうだったのか、と思って記憶をほじくりかえしても、彼が私に恋してたなんて思い当たるような記憶はまったくなかった。実にニブイ。
中学時代にモテ期だった私は、以後何回かラブレターをいただいたけど、常に唐突で、「ラブレターくれる人は、普段はそぶり見せない人」という刷り込みができた。
ラブレターくれる先輩の昔の思い出というと、
水泳帽に穴開けて目出し帽みたいにして頭からスッポリかぶった先輩に、教室から音楽室まで追い回され、オルガンのとこに追い詰められ、「うわーん!」と泣いてた私
みたく、ろくな記憶がなかった。んで、クラスメイトの正義の味方Sくん(過去日記「あのころの夏」参照)に「やめろー!睦美ちゃんをいじめるなー!」と助けてもらってたのだ。
今なら「ああ、あれはいわゆる子供特有の好きな子をいじめてしまう心理ってやつなのね」って分かってニヤニヤできるんだけどねぇ。
U先輩のラブレターには私のどこが好きかをいっぱい書いてあって、ちょっと照れた。私はUくんに恋愛感情はなかったけど、怖かった先輩に実は好かれてたのかと思うと、単純に嬉しかった。
同時に「困った…」と思った。
すぐさま親友のSちゃんに電話して相談した。
(続く)