もとろーむの徒然歳時記

もとろーむの徒然歳時記

山が好き、花が好き、クラッシック音楽や絵画、演劇に歴史好き…気ままに書かせて頂いています。

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虹が初めて現れる。

 

という事ではないのでしょうが、

 

この時季の虹は珍しいので、

 

初めて見えるような気がするのでしょう。

 

清明の末候、

 

虹始見(ニジハジメテアラワル)です。

 

冬は湿度が下がるため、

 

虹が出にくくなりますが、

 

春になり暖かくなってくると湿度があがり、

 

雨の後に、

 

虹が出始める頃の様子を現しています。

 

 

しばらく続いた春の雨が上がって、

 

空に虹を見ることが出来る頃、

 

という意味になります。

 

雲間から差す柔らかな光に、不意に浮かび上がる春の虹ですが、

 

これから初夏に向けて、

 

夕立が増えてくる時期でもあり、

 

虹が見える機会も増えてくるものです。

 

虹が見えるのは、

 

それだけ日の光が強くなってきたというでしょう。

 

 

 

 

単に「虹」と言えば夏の季語ですが、

 

「初虹(はつにじ)」と言えば晩春の季語です。

 

「初虹」はその年に初めて立つ虹を差します。

 

春の雨は降ったり止んだりで、

 

雨粒も小さく、

 

太陽の光もそれほど強くないので、

 

夏の虹と比べると淡く儚い虹ですが、短時間で消えてしまうことが多く、

 

それもまた、趣があって良いものです。

 

 

春の虹 誰にもつげぬ うちに消ゆ   / 朝倉和江

 

 

春は「春の虹」、秋は「秋の虹」として詠まれます。

 

その淡いところが、またいいものでもあります。

 

秋には

 

二十四節気の「小雪」の初候に

 

「虹蔵不見(ニジカクレテミエズ)」

 

という候があります。

 

晩秋には、

 

陽の光が弱まって、

 

虹を見かけなくなるということでしょうね。

 

 

 

ところで、

 

虹の色は何色あると思われますか。

 

日本では

 

赤・橙・黄・緑・青・藍・紫の

 

7色だとされていてますが、

 

これは国によってそれぞれ違いがあります。

 

日本や韓国、オランダは7色ですが、

 

アフリカのアル族では、黄緑が加わって8色になります。

 

アメリカやイギリスでは藍が抜けて、6色。

 

ドイツ、中国、フランスの一部では藍と紫がなくなって5色。

 

インドネシアなどの東南アジアの多くの国では4色。

 

台湾やジンバブエなどでは3色。

 

日本でも沖縄の人は

 

赤と黒の2色と認識されているそうです。

 

私たちは虹イコール7色だとしても、世界共通ではないのですね。

 

とはいえ

 

同じ日本人でも

 

7色に見える方と、見えない方が

 

いらっしゃいますので、

 

本当の虹の色は何色なのか、

 

誰にも分らないものなのかもしれません。

 

虹を見つけた時には、何色に見えるか、

 

7色という固定概念を捨ててみると、

 

毎回色数が変わったりするなど、

 

案外、

 

違った楽しみ方も出来るのかもしれません。

 

 

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今日は二十四節気の清明(せいめい)です。

 

清明とは、

 

「清浄明潔」(しょうじょうめいけつ)ということばを略したもので、

 

全てのものが清らかでケガレがなく、明らかであり

 

生き生きしているという意味です

 

地上には桜や桃をはじめ、

 

さまざまな花が咲き、木々は生命力にあふれ、

 

生き物は元気よく動き回り、

 

全ての生命が春の息吹を謳歌しているような時季です

 

 

 

 

この清明の頃、

 

南東から吹いてくる穏やかな風を

 

「清明風」と呼びます。

 

冷たい北風の季節が終わり、春の到来を知らせてくれる風で、

 

荒い風の「春一番」とは趣が異なります。

 

また、

 

この頃に杏(あんず)の花が咲くことから、

 

降る雨を「杏花雨」(きょうかう)といいます。

 

そう言えば、

 

「杏林」(きょうりん)と言う言葉があります。

 

杏の林の他に、

 

医者の美称としても使われます。

 

中国の三国時代、呉のある医師が治療代をとらず、

 

その代わり杏の木を植えさせたそうです。

 

その結果、

 

立派な杏の林が出来たという故事から

 

医者のことを「杏林」というようになったそうです。

 

そんな名前の医学部のある大学がありますね。

 

 

 

 

江戸時代の暦便覧(こよみべんらん)には

 

万物発して清浄明潔なれば、此芽は何の草としれる也 

 

とあります。

 

(「雨水」の頃に)生え始めた小さな芽だった草たちも、

 

今では何の草か分かるまで

 

伸びてきたということです。

 

 

踏青という言葉があります。

 

山野に出て、

 

萌え出た青草を踏んで遊ぶ、春の野遊びをする風習の事です。

 

時期については色々と説がありますが、

 

三月三日に行われていた風習のようです。

 

旧暦の三月三日であれば、時季的にはちょうど今頃になります。

 

この中国の古い風習が日本に伝わったものです。

 

日常会話ではほとんど出てこない言葉ですが、

 

俳句短歌の世界では使われているようです。

 

調べてみると「とうせい」と読み、

 

訓読して

 

「青き踏む」とか「青踏むや」というかたちで詠まれることが多く、

 

春の季語となっているようです。

 

 

この時季は

 

春の陽気につられて野山を歩きたくなります。

 

菜の花にワラビ、ゼンマイ、こごみ、

 

タラの芽など山野草、

 

食卓にあがれば春の香りがひろがります。

 

自然とともに生きて来た記憶が蘇ってくるようです。

 

 

中国の自然哲学の思想、

 

五行説では

 

この春の色を青としていました。

 

「青春」はここから生まれた言葉ですが、

 

まさしく春の陽気のごとく

 

この「清明」のイメージではないでしょうか。

 

 

 

 

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昨日、東京のソメイヨシノの開花が発表されました。

 

折しも近くの安行寒桜(アンギョウカンザクラ)が

 

満開になったので出掛けてみました。

 

花曇りの中、

 

時季はちょうど七十二候、桜始開(サクラハジメテヒラク)という時季です。

 

今年も見事な桜のトンネルになっていました。

 

また一年が巡ったのだと実感します。

 

 

おもしろい歌があります。

 

世の中に 絶えて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし

在原業平 (古今和歌集春歌上53)

 

平安時代初期の歌人、在原業平(ありわらのなりひら)の歌です。

 

もし世の中に桜がなかったら、春を過ごす人のこころは

 

もっとのんびりしたものになっただろうに。

 

 

現代でも同じですよね。

 

この時季は開花予報や、

 

桜前線など桜の開花ニュースで賑わいます。

 

桜が日本人にとって、

 

特別の存在であることは開花の報道などでも良くわかります。

 

蕾の膨らみ具合に始まり、開花予想、

 

そして標準木に花が五、六輪咲いたところで開花が発表されます。

 

その後も

 

今は三分咲きとか五分咲きとか刻々と各地の状況を伝えてくれます。

 

ちなみに

 

花芽の8割以上が咲いた状態を「満開」というそうです。

 

 

 

 

更に、咲いたら終わりではなく、

 

散り始めの様子から葉桜になる様子まで伝えてくれます。

 

そしてこの時季に使われる言葉には、

 

「花便り」や「桜狩り」、「花霞」、「花明かり」に「夜桜」と

 

花や桜といった言葉や

 

「花曇り」、「花冷え」、「桜雨」、「花嵐」と

 

天気までもが桜と重ねて表現されます。

 

 

日本人の凄いところは、

 

咲き始める桜ばかりでなく、

 

散りゆく桜も大切にしてきました。

 

潔く散る桜の風情から、特に武士に好まれ、

 

「花は桜木、人は武士」と言われました。

 

「花の中で最も美しいのは桜であり、人の中で最も尊いのは武士である」

 

という意味を持ち、

 

桜の花は美しく、華やかで、

 

しかも散り際の美も評価され、それは潔く、短い生涯を全うする姿が、

 

武士の理想とされる

 

「潔く生きる」という姿勢と重なったからでしょう。

 

外見だけでなく、

 

内面の強さや品格も大切にするという

 

日本独特の価値観を伝えているようです。

 

 

 

「花は桜木、人は武士」という言葉は、

 

室町時代の臨済宗の僧、

 

一休宗純(いっきゅうそうじゅん)さんの言葉です。

 

そうです。あの一休さんです。

 

この言葉は一休さんが一番優れているもの、

 

美しいものを書いた言葉です。

 

因みにこの後にも言葉は続きます。

 

「花は桜木、人は武士、柱は檜、魚は鯛、小袖はもみじ、花はみよしの」

 

日本の伝統的な

 

美意識や価値観を表すような言葉ですね

 

 

桜が散り始めると、

 

「花散らし」、「零れ桜(こぼれざくら)」に

 

「残花」、「花吹雪」や

 

水面に花びらが浮かぶ「花筏」や「花筵(はなむしろ)」に

 

「桜蕊(さくらしべ)」など

 

花が散った後に枝に残っている

 

雌しべや雄しべ迄もが鑑賞の対象になり、

 

桜を愛でる人の事を「桜人」や「花人」と呼び、

 

女性の美しい桜重ねの着物の事を「花衣」、

 

花見のあとの気だるさをまで「花疲れ」と言います。

 

なんとも風情がありますね。

 

まさに現代でも、

 

世の中に 絶えて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし です。

 

平安時代も

 

人々の間でも桜の開花は特別のものだったことが

 

容易に想像できます。

 

 

桜の別名を、夢見草といいます。

 

夢とは儚いものの象徴、

 

人間の一生も、

 

夢のようなものだと捉われていたようです。

 

桜も同じように夢のように儚く咲いて、

 

散っていく姿を

 

人の人生に重ねていたのでしょうね。

 

 

 

 

 

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啓蟄の末候を

 

菜虫化蝶(ナムシチョウトナル)といいます。

 

文字通り

 

モンシロチョウの幼虫で、キャベツなどの葉を食べる青虫のことです。

 

モンシロチョウは当然の事ですが、

 

いきなり卵から孵化して蝶になるわけではありません。

 

卵から孵化するまで3日程度、

 

幼虫からサナギになるまで4回脱皮しサナギになります。

 

この間わずかに10日程というから驚きです。

 

そしてサナギになります。

 

サナギの期間は約7日です。

 

その後羽化し、モンシロチョウとなり一般的に14日ほど生きるそうです。

 

つまり、モンシロチョウは卵からひと月ちょっとで一生を終えます。

 

この蝶は「夢見鳥」、「夢虫」という異名をもっています。

 

これは「胡蝶の夢」という

 

中国の思想家の荘子(荘周)の故事からきたものです。

 

 

 

 

早春を楽しませてくれるマンサクの花があります。

 

この花には良く知られた二つの語源説があります。

 

有名なものが他の花に先駆けて咲く事から

 

「まず咲く」が東北地方で変化したもの、

 

もうひとつは枝いっぱいに花をつけることからという説。

 

漢字では豊年満作の意を込めて「満作」、「万作」、

 

また漢名から

 

「金縷梅(きんるばい)」と書くようになったようです。

 

このマンサクの花、

 

枯れ枝にまだ葉がついていても、次々とくしゃくしゃの黄色い花を

 

咲かせていきます。

 

薄絹をほどいて風に舞う姿は、春を迎える喜びと豊年満作を

 

祈っているようです。

 

 

 

 

上巳の節句はおわりましたが、

 

ひな祭りに登場する雪洞(ぼんぼり)があります。

 

今ではあまり聞かない言葉になってしまいました。

 

もともとはお茶席に誰もいなくなる時、

 

炭を長持ちさせるために炉に被せておく覆いの事でした。

 

白い紙に窓をくりぬいたものだったので、

 

雪の雪洞(せつどう)にみたててそうよんだのでしょう。

 

その明かりを照明器具にしたのがぼんぼりです。

 

今ではひな祭りより、

 

お花見の夜桜を演出する、ほのかな明かりが春の風情ですね。

 

 

懐かしい火鉢もあります。

 

炭を燃やして暖をとっていたのですが、

 

夜は炭を消さずに灰の中に埋めておいたそうです。

 

埋み火(うずみび)とか埋け炭(いけすみ)といいます。

 

灰の下で静かな暖かさを保ってくれる埋み火は

 

冷え冷えとした夜の冷気を、ほんのりと和らげてくれる役目をしていたそうです。

 

今ではすっかり無くなってしまいましたね。

 

私は友人の実家にあった古い火鉢を譲り受けました。

 

灰を入れれば立派に使えるのですが、

 

今の建物は密封性がいいので、

 

一酸化炭素中毒が怖いです。

 

ですので火鉢はウッドデッキの可愛いオブジェになっています。

 

 

 

 

話を戻します。

 

短い命のモンシロチョウはひと月余りの命を全うし、

 

次の世代に繋いでいきます。

 

一年で6~7回の世代交代を行うことになります。

 

この時季は

 

そのモンシロチョウが

 

幼虫から成虫になり飛び始めるという季節です。

 

はかない命ながら、

 

一生懸命飛ぶ蝶は、

 

この世の生のはかなさを詠んだ

 

胡蝶の夢」の故事のごとく、

 

何世代にも渡って繋いでいく

 

命の喜びにあふれているようにも感じます。

 

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二十四節気の啓蟄を迎えています。

 

この時季は

 

暗い土の中でじっとうずくまっていた虫たちが、

 

春の気配を感じて、もぞもぞと活動し始める時です。

 

啓蟄の初候を

 

蟄虫啓戸(すごもりむしとをひらく)といいます。

 

蟄虫(ちっちゅう)とは土の中にいる虫のことですが、

 

その虫たちが穴から土を持ち上げて、顔をのぞかせるような表現ですね。

 

 

「虫出雷(むしだしかみなり)」という言葉があります。

 

冬眠をしていた虫が

 

土の中から出てくるような雷のことを言います。

 

春になると木や花が芽吹くのと同時に、

 

冬眠していた虫たちが

 

雷によって春がきたことを感じ、

 

穴から出てくる情景を思い浮かべることができます。

 
 
 

虫というと

 

苦手な方も多いと思いますが、

 

虫も人と同じように、

 

春を待つ感覚は同じなのでしょうね。

 

昔は人の身体の中にも虫がいると考えられていました。

 

心の中の意識や、感情を左右するのは、

 

その虫だと思われていたようです。

 

よく、「虫が好かない」とか

 

「腹の虫がおさまらない」とか「疳の虫」とかいいますよね。

 

 

人が太陽の動きに合わせて、

 

日が沈めば眠りにつき、日が昇れば目覚めていた頃、

 

季節毎に睡眠時間が変化するのは

 

当たり前の事だったのかもしれません。

 

「春眠暁を覚えず」といいますが、

 

これは日照時間が長くなるにつれて、睡眠時間が短くなり、

 

その分眠りが深くなることだとか。

 

そう考えると、

 

冬の間、身体の中で眠っていた虫が、

 

春の気配を感じて

 

目覚めようとしているのかもしれません。

 

 

 

3月10日からの啓蟄の次候を

 

桃始笑(ももはじめてさく)といいます。

 

春の苑 紅にほふ 桃の花 した照る道に 出で立つをとめ 

 

大伴家持が

 

万葉集に詠んだ歌です。(万葉集第19巻4139)

 

 

話題がそれますが、

 

紫式部が夫、藤原宣孝に自分を桃に例えて詠んだ、

 

おもしろい歌があります。

 

折りて見ば 近まさりせよ 桃の花 思ひ隅なき 桜惜しまじ(紫式部集36番)

 

桃の花を手折ってみるというなら、

 

ぜひとも近まさりして見てほしい。

 

そうすれば、

 

人の気も知らないですぐに散る桜なんか、

 

惜しいとは思わないでしょう。

 

「花を折る(手折る)」という表現は、

 

女性を自分のものにすることの例えです。

 

紫式部は、自分を桃に、藤原宣孝の旧妻を桜になぞらえ、

 

結婚したら自分が一層よくみえる女であることを、

 

ほのめかしたのだとか。

 

つまり、旧妻を豪華な桜に例えながら、

 

自分は見向きもされない桃の花に、

 

そしてその桃を手に取って眺めれば、

 

思いもよらない美しさがあると気づかせたい、

 

いざ結婚してみたら

 

旧妻よりずっといいおんなだったと思ってほしい。

 

という事でしょう。

 

 

この歌には返歌もあります。

 

ももといふ 名もあるものを 時の間に 散る桜には 思ひおとさじ

 

百という名もある桃だから、

 

こちらの思いなど汲みもせず

 

あっという間に散ってしまう桜などに未練は持ちますまいよ。

 

とあわてて答える宣孝が想像できそうです。

 

その桃が咲き始める頃です。

 

桃と言えば3月3日の上巳の節句(桃の節句)ですね。

 

現在の暦では桃には早いようですが、

 

旧暦ではひと月ほど後になりますので、

 

ちょうど花盛りの頃でしょう。

 

この頃の雪解け水の事を

 

「桃花水(とうかすい)」といいます。

 

桃の花が咲く頃、

 

雪や氷が溶けてあふれんばかりに流れる川の水をさす言葉です。

 

春に対する思いがあふれるような言葉です。

 

また昔から桃は枝にそって

 

沢山の花を咲かすので

 

子孫繁栄の象徴として扱われていたようです。

 

昔は花が咲く事を

 

「笑む」、「笑う」といいました。

 

確かに沢山の花をつけるその姿は、

 

桃が笑っているように見えますね。

 
 
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雨水の末候を

 

草木萌動(ソウモクメバエイズル)といいます。

 

そして、

 

長い冬の間、硬く閉じた小さな木の芽や、

 

草の芽がそろそろ芽を出し始めることを

 

「草萌え」といいます。

 

この時季、

 

少しだけ膨らみ始めた木の芽や草の芽たちが、

 

土の中や、木の幹から少しだけ顔をのぞかせているのを

 

目にすることができます。

 

本当の芽吹きにはまだ時間がかかりそうですが、

 

木の芽たちはその時を待って

 

じっと寒さにも耐えているようです。

 

 

散歩路での紅侘助の花です。

 

いつ見ても趣のある花です。

 

 

 

庭の日当たりのいい場所で、

 

冷たい土を持ち上げて、

 

硬く閉じたまあるいフキノトウの芽を見つけました。

 

まだ緑色こそ見せませんが、

 

着実に芽を出す準備をしているようです。

 

フキノトウといえば、

 

春のほろ苦い味をすぐに想像して、

 

天ぷらにしようかな、などと考えてしまいます。

 

そう考えると多少の罪悪感がわいてくるのですが、

 

春の恵に感謝することで

 

罪悪感もうすれていきます。

 

 

二月の誕生色は

 

このフキノトウの若芽のような淡い黄緑色だそうです。

 

フキノトウに限らず

 

木や草の新芽は美しい黄緑色です。

 

これからは殺風景だった冬の景色に

 

少しだけ色づき始めます。

 

この芽が成長していく迄に、

 

もう、さほど時間はかからないでしょう。

 

寛大な春の太陽は

 

この芽の成長を見守っているようです。

 

 

 

少しずつ暖かくなるにつれて、

 

道端に

 

緑を見つける日も増えてきます

 

足元に春を感じ始めるこの時季

 

いたるところで、緑を感じることが出来るので、

 

気持ちも優しく穏やかになる人も、

 

緑に元気をもらえるという方もいらっしゃるでしょう。

 

そうして

 

草木だけではなく、

 

人もこの頃から活発に動き始めるのでしょうね。

 

この時季を指す季語に

 

「木の芽時(このめどき)」

 

というものがあります。

 

自然の変化で季節を感じ取っていた先人たちは、

 

今よりも自然が身近なものであり、

 

とても大切にしていたのでしょうね。

 

 

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リビングで花開いたジャスミンが

 

甘い芳香を漂わせています。

 

外では、

 

花弁がほどけた、マンサクの花が咲いていました。

 

 

雨水の初候を

 

土脉潤起(つちのしょううるおいおこる)

 

と言います。

 

雨水とは雨が多いという意味ではありません。

 

雨が降っていくらか地面を湿らせたり、

 

雪が融けて雨水になるという意味です。

 

暦便覧には、

 

陽気地上に発し、雪氷とけて雨水となれば也

 

とあります。

 

今まで降っていた雪がいつしか雨に変わり、

 

積っていた雪や氷が溶けだす時節と言う事です。

 

 

 

 

この時季はそんな雪と

 

雨の分かれ目とされる頃にあたり、

 

いよいよ大地が潤いを得て

 

万物の命がにぎやかに動き出すという頃です。

 

脉と言う文字を調べると、脈の俗字でした。

 

なるほど

 

土脈と書いても大地を表す言葉です。

 

大地も潤い息づき始めているということでしょうか。

 

そんな季節の変わり目を感じさせてくれます。

 

 

この時季に降る雨は

 

「木の芽起こし」とか

 

「催花雨(さいかう)」と呼ばれ、

 

一雨ごとに春らしくなってきます。

 

雪解け水の冷たさは、降った雪よりも冷たいです。

 

気温もまだまだ低いです。

 

それでも太陽は、

 

大寒の時よりも、約40分も長く地上にとどまります。

 

やっと大地も目覚め、潤い始めるようです。

 

昔から農作業は、

 

この雨水を目安に始められたそうです。

 

 

 

 

霜や雪で融けたぬかるみを

 

「春泥(しゅんでい)」といいますが、

 

現在の我々の日常では

 

アスファルトや、コンクリートに覆われた地面ばかり見ているので

 

実感しにくいですね。

 

今年は、最強寒波の影響で各地で大雪を降らせ、

 

大変なご苦労を強いられています。

 

本当に大変だと思います。お見舞い申し上げます。

 

この雪ですが、

 

雪の季節が終わりに近づくころ、

 

この冬、最後に降った雪の事を

 

気象庁では初雪に対して終雪というそうです。

 

はやくこの終雪を迎えたいものですが、

 

お堅い印象の終雪より、

 

名残り雪

 

というほうが柔らかで馴染み深いですね。

 

 

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立春の次候は

 

黄鶯睍睆(うぐいすなく)といいます。

 

季節は少しずつ進んでいます。

 

テレビなどでは「暦の上では春ですが、まだまだ寒さが続いています。」

 

などとお決まりの文句が聞かれます。

 

今年に至っては

 

「列島には最強寒波が居座って・・・」とおよそ春らしからぬ様子です。

 

日本列島は大雪の被害続出、関東地方でもまだまだ気温も低く、

 

体感的には冬真っただ中と言う感じです。

 

そんな中でも林の中を散歩していると、

 

枯木のように葉を落とした木立の幹や枝にも、

 

よく見ると、沢山の新芽が用意されているのに気付きます。

 

冬に草や木の芽が萌え出していることを

 

冬萌というそうです。

 

立春とはいえ、まだまだ寒いのですが、

 

こうして、

 

草や木々はしっかりと春の準備をしています。

 

春になると突然に緑が表れて、花を咲かせるような印象もありますが、

 

もちろん突然に葉や花が咲くわけではありません。

 

植物たちは長い冬の間にゆっくりと春に向けて

 

芽吹きの準備をしています。

 

寒さにじっと耐え、硬くとざしている芽をみていると、

 

人の心の中でもどこかおなじように

 

春待つ冬萌が、のぞいているようです。

 

 

 

 

黄鶯睍睆(うぐいすなく)の

 

黄鶯(こうおう)を調べてみると、

 

中国や東南アジアに棲息し、日本に棲息していない高麗鶯(こうらいうぐいす)のことで、

 

日本の鶯よりだいぶ大きく、ホトトギスに近い大型の鳥で、

 

さえずりもホーホケキョとはまったく異なります。

 

とありました。

 

睍睆(けんかん)は

 

鳴き声の美しい様子を表す漢語です。

 

日本では多分、明治時代に略歴暦で、

 

私たちに馴染み深い日本のウグイスに置き換えられたのでしょう。

 

 

 

 

もうすぐその鶯が鳴き始めます。

 

梅が春告草なら、鶯は春告鳥です。

 

小さく地味なその姿から、

 

我々が知っている美しい鳴き声でさえずります。

 

その季節の

 

鳥や虫の、初めての鳴き声を

 

初音(はつね)といいます。

 

ウグイスは、

 

冬の間は、藪の中で「チャッチャッ」と鳴いていますが、

 

これを笹鳴きというそうです。

 

春だからといって、

 

ウグイスはいきなり上手には鳴きません。

 

笹鳴きから、最初は春を告げるのをためらうように

 

つかえながら鳴き始めます。

 

あまり上手ではありません。

 

それが春になるにつれ、

 

ウグイスは徐々に上手に鳴くようになり、

 

本格的な春を迎える頃には、

 

上手に「ホーホケキョ」と鳴くようになります。

 

その春を告げる初音は

 

昔から心待ちにされてきました。

 

 

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早いもので

 

今日から2月です。

 

中国最古の語釈辞典「爾雅」(じが)に

 

「二月を如となす」

 

という記述があります。

 

これが2月を

 

如月(きさらぎ)という漢字のもとになっているようです。

 

語源については、

 

如月は一年でもっとも寒さが厳しく、

 

着物を重ね着することから「着更着」とするという説が

 

有力とされているようですが、

 

その他にも、気候が

 

寒気から陽気に変わる季節で「気更来」とする説や、

 

草木の芽が膨らみ始める「草木張月(くさきはりつき)」が

 

転じたとされる説もあるようです。

 

如月、美しい言葉の響きですね。

 

 

 

 

西行は

 

山家集上巻の中で、

 

願わくは 花の下にて 春死なん そのきさらぎの 望月の頃 

 

と詠っています。

 

旧暦の2月は新暦の3月半ばからです。

 

既に桜が咲く陽気ですね。

 

そう考えると案外、「気更来」や「草木張月」の説も

 

正しいのかもしれません。

 

因みに西行は1190年、

 

建久元年の旧暦二月十六日に入寂します。

 

この歌を詠みおいたそのままに、

 

釈迦入滅の日に合わせたように、

 

桜の花の下で大往生をとげられています。

 

 

庭の白梅が咲き出しました。

 

拾遺和歌集(しゅういわかしゅう)

 

巻第十六、雑春に

 

菅原道真公が詠んだ有名な歌があります。

 

東風吹かば 匂いおこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ

 

901年(延喜元年)旧暦の一月二十五日、

 

時の権力者、藤原氏によって

 

菅原道真公が大宰府に左遷されます。

 

その際に可愛がっていた邸宅の梅の木に、

 

別れを惜しんで詠んだ歌です。

 

ご存じの通り、

 

梅は道真公を慕って

 

一夜で道真公のいる大宰府まで飛んできたと言います。

 

飛梅は今でも太宰府天満宮に御神木として残っており、

 

毎年境内の他のどの梅よりも

 

早く花を咲かせるそうです。

 

 

東風(こち)とは

 

東から吹いてくるやや強い風で、

 

春を告げる風とされています

 

特に年が明けて初めて吹く東風の事を

 

初東風と言うそうです。

 

梅の異名は春告草、

 

その名の通り一輪一輪と咲いていく毎に

 

春が近づいてくるような気がします。

 

この梅を咲かせていくのが

 

春を運んでくる東風というわけですね。

 

そしてこの東風をまつ梅のもう一つの異名は

 

風待草といいます。

 

 

一年の始まりである立春の初候は

 

東風解凍(はるかぜこおりをとく)といいます。

 

前述のように、東風は春を呼ぶ風、

 

春は東からやってくる。

 

そう考えられていたようです。

 

この東風が優しく氷を溶かしていく頃という事ですね。

 

「凍」は厚い氷をあらわしています。

 

東風は厚い氷だけではなく、

 

寒さで凝り固まった身も心も

 

優しくときほぐしてくれそうですね。

 

 

 

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今日は二十四節気のひとつ、

 

大寒です。

 

江戸時代の暦の解説書、

 

暦便覧には、

 

冷ゆることの至りて甚だしき時なればなり」

 

とあります。

 

一年中でもっとも冷え込み、寒さの厳しい時季と言う事ですね。

 

 

 二十四節気の上では、

 

「立春」が春の始まりであり、

 

一年の始まりとされているため、

 

大寒はそこから数えて24番目にあたる季節、

 

つまり一年を締めくくる最後の期間ということになります。

 

ここまでくると後は一年の始まりの

 

立春です。

 

暦の上では寒さもあと少しの辛抱、季節が変わり始めます。

 

因みに、

 

その前の日が季節の分かれ目を意味する節分です。 

 

もともと節分とは

 

立春、立夏、立秋、立冬など、

 

季節の改まるそれぞれの前日を、節分と呼んでいたそうですが、

 

今では立春の前日だけを節分と呼ぶようになったようです。

 

今年は2月2日ですね。

 

立春が一年の始まりだったころは、

 

節分が一年の終わりの大晦日ですので、

 

大寒は

 

年の瀬と同じ意味合いがあったのかもしれません。   

                    

 

 

 

 

中国では

 

冬至の後の二十四節気(にじゅうしせっき)、

 

「小寒」から春の終わりの「穀雨」まで、

 

この初春から初夏にかけての季節に、

 

八節気二十四候のそれぞれの候毎に、

 

花の開花を促す新たな風が吹くとされていました。

 

このそれぞれの時節に吹く風のことを

 

二十四番花信風(カシンフウ)と言うそうです。

 

 

「小寒」 初候‐梅香(梅)    次候‐山茶(椿)      末候‐水仙(スイセン)

「大寒」 初候‐瑞香(沈丁花)  次候‐蘭花(ラン)     末候‐山礬(トチシバ)

「立春」 初候迎春(黄梅)   次候‐桜桃(ユスラウメ)  末候‐望春(コブシ)

「雨水」 初候‐菜花(菜の花)  次候‐杏花(アンズ)    末候‐李花(スモモ)

「啓蟄」 初候‐桃花(モモ)   次候‐棣桃(ヤマブキ)   末候‐薔薇(バラ)

「春分」 初候‐海棠(カイドウ) 次候‐梨花(ナシ)     末候‐木蘭(モクレン)

「清明」 初候‐桐花(キリ)   次候‐麦花(麦)      末候‐柳花(柳)

「穀雨」 初校‐牡丹(ボタン)  次候‐荼菲(トキンイバラ) 末候‐楝花(センダン)

 

 

1番が「小寒」梅香の風、今年は1月5~9日です。

 

そして24番が「穀雨」楝花(おうち)の風、4月30~5月4日。

 

と言った具合です。

 

これが終わると「立夏」、初夏になります。

 

しかし、花は夏でも秋でも咲きます。

 

この花の開花を促すという風が、

 

穀雨の楝花(おうち)で終わっているのには

 

首をかしげますが

 

これも春という季節が特別で、

 

心待ちにしていた先人たちの、

 

格別な思いがあったのでしょうね。

 

いずれにしても、

 

これから新たな風が吹く度に、

 

どこかで花が咲き始めるという事でしょう。