「時」の治療薬


入院・手術・療養をするまで「健康」など完全に机上論だったモラトリアムじじーが、新たな生きる目標を見つけるのに1年の歳月が必要になってしまった。

ふとしたご縁を頂戴し、気付けば、闇の中で藻掻き・足掻き続けた探し物はこれだったのかも知れぬと思える出会いを迎えることが出来、あの日から長い間、封印していたビーチへの散歩に無性に行きたくなり、気紛れを楽しむようにホーム・ビーチへとそそくさと向かったのだった。

去年の台風の直撃を受け、湘南の海岸線に長く続くサイクリングロードは崩落し壊滅状態となり、何か所もビーチへの立ち入りが制限されていたのだが、こちらも一年がかりでやっと整備が終わり、ウォーキング・ランニング・お散歩・デート etc. 海好きたちの憩いの場所が戻って来ていた。

久しぶりに眺めたビーチは、綺麗な余所行きのような姿になるも、そこかしこには想い出の欠片が散りばめられ眠っているようで、寂しさと安堵が共存する妙な心持になりながら、誰にも邪魔されること無く、ビーチと水平線だけを眺め続けていられる自分だけの秘密のポイントへと歩いていった。


goodbye me.


「キャッっ」という、女性の小さな声で目が覚めた。

砂の壁にもたれながら忘れかけていた心地良さに軽く微睡んでしまっていたのだが、Tシャツを脱いでいたため胸からお腹へと一直線に続く大きな手術痕にビックリされたのだろうことが直ぐに分かった。

大好きだった夏の海

裸で夏の季節を満喫することはもう出来ないのだろうか。
ビーチに広がるノイズは、あの頃と何も変わっていないのに、これまでの自分と永遠の別れを告げなければならぬような想いに溢れ、ゆっくりとTシャツに袖を通して砂浜から腰を上げた。


センチメンタルからクエスチョン


似合わないセンチメンタルに包まれながら、それでもホーム・ビーチをゆっくり歩いて自宅に戻ろうとしていると、立て続けに後輩・知人・先輩から携帯に電話が入った。

みんな一様に「いまどこ?」と尋ねて来るので「ビーチに来てたけど、家に戻ろうとしてるとこ」と答えると、「そか・分かった」と言って電話を切る、訳の分からん電話の繰り返しで、頭の中はセンチメンタルからクエスチョンに完全に切り替わり、なんか悪戯バレたか?と近々の動向を振り返る羽目となっていた。

ビーチを背中にして、防砂林を抜け、海岸線を渡って歩きはじめたところに悪友Kからの電話連絡が入り、それまでと同じやり取りをすることになったのだが、「お前いまどんな格好してる?」と言われたので、「白のTシャツに水色のビーチショーツだけど?」と答えると「だよな?」と理解不能な返しをして来て、「兎も角、家に戻る途中なんだよな?」と念押しされたのだった。

さっきまでのセンチメンタルは何処・・・チョットだけイラつきを覚え、「3分で家に戻るけどなんやねん?!」と返せば、「分かった」と勝手に言って、一方的に電話は切れたのだった。


防災無線


まだまだ酷暑続きではあっても、真っ青な空にはもくもくとした真っ白な入道雲が浮かび、夜半には風の芯に冷たさをを感じさせてくれる秋の気配を感じ始めることもあるようになっていた。

この日は、午前中から午後一まで吹いていた南風が、夕方前にサイドショアの西風が混じり、空では風が舞っているようだった。こんな時は、天気が変わりやすい。

意味不明な電話攻撃に「なんやねんな」と呟きつつ、ビーサンをペタペタしながら家に辿り着けば、無性にコーヒーが飲みたくなり、お湯を沸かしていると、防災無線で「行方不明になっていた茅ヶ崎市●●にお住いの●●さんは無事に保護されました」と放送が流れてきた。

マグカップとスマホを持ってベランダの床に座り、一息ついた。
何気なくスマホを眺めると、LINEにレスが届いていた。

茅ヶ崎市●●にお住いの●●さんが、今朝から「海に遊びに行く」と言ったまま行方不明となっています。

服装は、白いTシャツに水色の半ズボン、ビーチサンダルか裸足となります。
特徴は、メガネを掛けていて、白髪の短髪で小太りです。

お心当たりのある方は、茅ケ崎警察までご連絡下さいませ。

大丈夫か? ・・・と、悪友Kからレスが届いていた。

ボクがモラトリアムじじー卒業の気紛れのビーチ散歩に向かった時、茅ヶ崎の街には防災無線の音声が流れていたらしい。

意味不明な電話が相次いだ理由がやっと分かった気がしたのだが、どの言葉・フレーズをキーワードに「ヨシダ目が行方不明か!?」となったのか、考えれば考える程、「オレのセンチメンタルな時間を返せ!」と叫びたくなるのだった。

荒れるかと思った空は落ち着きはじめた。
オレンジ色と濃紺に暮れていく夕暮れ時にノンアルの冷えたビールを手にして、もう一度ビーチに行こうかと思っていた。

goodbye me.

そんなフレーズが思わず浮かび、緩やかな風に乗せて、一足先にビーチへ届けてくれたような気がしていた。









笑顔の行方を見つめて

all written by  Career wing  T.Yoshida@ponyo




素敵な笑顔溢れる1日でありますように!

地獄と現世と天国


「地獄」とは、死後の世界において、現世に暮らした時に悪行を為した者の霊魂が死後に送られ罰を受ける世界のことであり、そこでは、厳しい責め苦を受けるとされています。

地獄の姿・形(呼び名を含み)は宗教的な死生観においてそれぞれ違いがあるものの、宗教的な意味合いを超え、日常生活の中でも、非常に苦難な状況・境地・場所を地獄と例えることがあることを踏まえるなら、おどろおどろしい地獄のイメージを持つことは、万国・全人類的に共通の概念であり、ここには神秘的な不思議を感じたりもします。

「地下:地獄」・「地上の現世:日常」・「天空:天国」の3方向

これから綴るお話しは、夏の風物詩の怪談ではあらずも、夏の日の「地上の現世(日常)」での「生き地獄」の哀しく切ないお話しでございます。


あの頃の夏の日


記憶のなかにある夏の日は、確かに暑くて「ふぅぅ~」とため息を吐き出してしまうことはあっても、そのため息は「暑さに負けずに頑張ろう」といった、命の躍動を伴うものだったように思います。

そんな厳しい日中を過ごせば、まるでご褒美のような夕涼みのそよ風と夏の星空があり、幼き心のなかに夏の季節は、裏表がひとつになって気持ち良い季節との認識が刻み込まれたものでございます。

ところが昨今の夏ときた日にゃぁ・・・酷暑が昼夜を問わず1日が続いてしまい、表も裏も全く感じられぬ艶香の欠片も無いもので、それは、命の危険さえ感じる程でもあり、もう最近では、あの頃の夏の日を恋焦がれてしまう自分がいるのでした。

余談ですが、コロナが落ち着きを見せ、東京オリンピックの開催が決定したとして、この暑さのなかで、世界各国から多くの方々をお招きし、選手のみなさんは競技をするのでしょうか?
色々な正義が渦巻くことなのでしょうが、少なくともアスリート・ファーストなど机上の空論でしかないように感じたりもします。
対応策としての熟考を望み、ひとりでも多くの笑顔に繋がるようにと願って止みません。


ビートル最強伝説


ボンネットに生卵を落とせば目玉焼きが出来上がるなんていうTV番組を横目に着替えを済ませ、後輩が迎えに来た車に乗り込み、鎌倉経由で横浜を目指す予定でいました。

後輩夫婦の2人と世界一ボクの脱ぎたてのスニーカーが大好物なパグのPと、ボクと同級生のポン友の4人と一匹・・・パグのP的には確実に5人で1台の車に乗り込み、恒例の仲間の墓参りと「都会でオサレな服でも買おうぜ」の買い物を目的に夏の日の茅ヶ崎を出発したのでした。

何年式なのかは分かりませんが、最近は見掛けることも少なくなったフォルクスワーゲン ビートル(タイプI)は、三角窓が付いていて後付でクーラーは乗せるも効きは良くなく、かろうじて運転者・助手席は文明の恩恵を預かることは出来ても後部座席においては、陸の孤島が如くその恩恵に触れる事さえ難しく、基本は走行時の風が天使のキスとなる、エコ・ポジションになるのでした。

車の持ち主&年齢的にも運転手となる後輩がハンドルを握り、助手席には奥さん、後部座席の運転席の後ろにボク・隣にポン友の位置となり、パグPは、狭い車内を無理矢理にあちこち移動しようと暴れまくりで、出発の時からてんやわんやといつものことではあっても這う這うの体でやっとGo!となったのでした。

暴れまくるパグPに「後でターさんにスニーカー貰いなさいね」と訳の分からぬ後輩嫁の言葉に、「嫌っていう程カミカミしていいからしばらく落ち着けパグP」と返すボク。

この時、既に時空の捻じれは始まっていたのかと思いつつ、酷暑の湘南@茅ヶ崎を海岸線を走らせ、ジャック・ジョンソンの歌声と一緒に先ずはいざ鎌倉へと右手にビーチを眺めながら海岸線を車は走ったのでした。


夏の湘南の海岸線渋滞は ...


大渋滞の江の島・七里ヶ浜を何とか抜け、波も無かったのでやっかむ気持ちも沸かずいい感じで流れ出した車の列に「由比ガ浜までは裏道使わないでこのまま海岸線走るんでいいんちゃう」とポン友が呟き、結局言うことを聞かなかったパグPはボクの足元で履いたままのスニーカーを恍惚の表情を浮かべながらガシガシと咬み続けていたのでした。

夏の日の休日・海岸線のドライブ・仲間の笑い声 etc.

スティーリー・ダンクリス・レアセシリオ&カポノの色褪せること無い名曲が車内に流れ、時々歯が当たって痛い足の親指以外は、大好きだった想い出の中の夏の日にシンクロして自然と笑顔が毀れてしまうのでした。

このままの流れで仲間が眠る墓地に辿り着ければ最高だったのに恒例の渋滞ポイントを抜けたら、直ぐに工事&事故渋滞に捕まり、見事なまでにそこから車は動かなくなってしまったのでした。

渋滞疲れに会話もなく、アイドリングでも妙にエンジン音がデカいビートルの悲鳴のような音を聞き続けていると、ハンドルに前屈みをするような姿勢を取った後輩が同時に「あっ」と呟いたのでした。

その声は小さくとも、助手席の後輩嫁・後部座席のボクとポン友とパグPの全員が、「どうした?」と後輩に視線を向ける程の危機感迫る声であり、その直後には、出会いはスローモーション♪の中森明菜さんよろしく、「う・ウッ・鵜 etc.」 と後輩以外の全員が見える筈のない天使に突然、七年殺しを喰らった時のような唸り声を発していたのでした。

その時にはまだ、この世の「生き地獄」が待ち受けることなど知る由もなく・・・


生き地獄の藻掻き

あなたは、パグが異臭で苦悶の表情を浮かべている姿を見たことはありますか?
ボクは、その表情を見るだけではなく一緒に藻掻き苦しみました♪
悪臭の最上級が何ていう言葉になるのか、学に乏しく分かりませんが、地獄に満ちてる匂いとはまさにこういう感じのモノだろうと思わせる悪臭のベールに身動き取れずにすっぽり包まれてしまったのでした。

ポン友 :お・お前・・・な・なに食った
後輩嫁 :に・ニラ餃子で・です・・・
ボク  :ま・窓開けろ・・・サンルーフも開けろ・・・
後輩  :あ・・・サンルーフはゴムが溶けちゃったのか開かないっす・・・

動かぬ車・充満する発酵後のニラ餃子の残骸・車の外の灼熱・狂ったようにスニーカーを噛み続けるパグP etc.

Wind is blowing from the Aegean ... ジュディー・オングさんの「魅せられて」で広げられるベールの衣装は、天使の魅惑に通じますが、発酵後のニラ餃子の残骸のベールに包み込まれ、灼熱の太陽の下で焼かれ続ける大人4人とパグP。

この狂人的な灼熱の夏の炎天下に、車の窓を全開にして汗を拭うことも忘れてただ真っ直ぐに前を焦点も合わぬ眼差しで見続ける姿は、現代の修行僧の如く周りには映ったのではないかと思うのでした。

そんな周りの方々も、地蔵と化した人間に対し、狂ったようにボクの足を噛み続けるパグPの姿を見た時、はじめてただ事ではないことが起きていたことのご理解を頂けるのかも知れぬといった気もするのですが・・・


生きていることに感謝

車内に中島みゆきさんが同乗していたら絶対に「生きていてもいいですか」と呟かれただろうと思いつつ、工事&事故箇所を抜けてやっと動き出した車の窓は全開にしたままでしたが、足元で悶えていたパグPは後輩嫁の膝上に乗り、窓枠に手を掛けて、全身に降りかかった災難を走る車の風で洗い流そうとしているが如く、何とも気持ちよさそうに目を瞑り、小声でブヒブヒ言っていやがったのでした。

車内の後部座席にも流れ込んで来た風に天使の息吹を感謝しつつ、パグPの溢したヨダレが風に運ばれ、ネットねとなりながら、「それでも幸せ」とボクもポン友も生きていることに感謝をしたのでした。

やっと現生に住処を得た状況のなか「今日、パグP何喰った?」と後輩嫁に聴くと、「自分のご飯じゃぁ足りず、2人が残していた納豆を一生懸命に食べてた・・・」とのご回答に ... 阿鼻叫喚&親が親なら子も ...

自分の人生は、この世にサヨナラして地獄に向かう生き様だったかも知れずとも、現世の生き地獄も楽じゃなし・・・はぁぁ~とため息を吐きながら、腕に抱えていた墓前に供える花に息を吹きかけ、せめて天国に暮らす仲間には、安らかなままでいて欲しいと願っていたのでした。

夏の日のセンチメンタルにではなく、言葉もなく毀れた一筋の涙の意味はなんだったのか、来年以降の夏の日に答えをみつけようと思うのでした。


追記 霊園に到着したのに「先に行っていて下さい」と妙に前屈みな姿勢のまま言う後輩。
多くを語ることのなかったみんなの優しさと併せ、まだ新しいのにボロボロなスニーカー姿の自分と、同じ苦境を乗り越えて生還した同士であるパグPが、心なしか胸を反らした頼もしい姿勢で歩いているようにみえたのでした。
「今日から家のなかの序列が変わりますんで・・・」奴はそんな風に言っているようにも見えていたのでした。









笑顔の行方を見つめて

all written by  Career wing  T.Yoshida@ponyo




素敵な笑顔溢れる1日でありますように!

ウグイスと蝉の鳴き声


関東では、例年、6月8日頃に梅雨入りし、7月21日頃に梅雨明けとなり、梅雨が明ければ、夏本番の暑さに包まれるものだ。

今日は、7月30日。
茅ヶ崎は、雨は降らずも、梅雨の合間の曇天の空模様で、湿度の高さはあるものの正午に23℃と「夏はどこ行った?」と思える気温なのだ。

令和2年7月豪雨では、熊本県を中心に九州や中部地方などをはじめ、日本各地で発生した集中豪雨だが、今年は梅雨そのものの時期の雨ではなく、異常な降り方をしては止んでを繰り返すような、例年との違いを感ずる梅雨の季節の日々となっている。

異常気象と一括りにするのは簡単なのだが、今日、今年初めて「みんみん蝉」の鳴き声を耳にした。
ただし、今日の夜明けの時間には、「ホーホケキョ」のウグイスの鳴き声を耳にしてもいて、季節ごとの風物詩でもある、蝉とウグイスの鳴き声を同じ日に時間差で耳にした記憶は、これまで一度もなく、妙な不安を掻き立てられてしまうのだった(朝一番に鳴くウグイスもあまりない)。

そこにいるのはオレだった


「妙な不安を掻き立てられる」といえば、妙な夢をみた。

7月に入り、「定期的にブログの更新でもしてなけりゃ、おぬしの存在確認が出来んだろうげ! このばかちんが!!」と立て続けに3人の方から愛あるお叱りのレスを頂戴した。

心不全で倒れて手術を行って、今年の夏の季節を過ぎれば1年になる。
この1年間、何をして過ごしたか自分史を綴るとしたら「老いと死を見つめ続けていた」と表現することになることは間違いない。
もっというなら今現在もそれは継続中なため、いつまでがそんな期間だったと綴れ切れるのかは自分でも不明なのだ。

こんな状況ゆえにブログを書こうと思っても自然と「死」がテーマになってしまい、それが素直な呟きであったとしてもそろそろ自分自身でもウンザリで、遠ざけていきたいと思う気持ちが芽生えていて、かといって、これに変わるテーマを見つけられずにいて、筆ならぬキーボードに思いの言葉を乗せることが出来なかったのだ。

そんなこんなの矢先、どこかの街先で、心不全による呼吸困難に見舞われ、救急車で病院搬送されるという、過去そのままの流れの夢の中、ストレッチャーに縛られて、救急車の中で無意識に目を開けると、見上げた救急隊員さんの顔が自分だったのだ。

夜中の三時半に完全覚醒。
敢えて夢分析はしないでおこうと思う。

生きてる実感


「覚醒」といえば想い出す。

元々、朝食は胃が受け付けてくれなく、朝はお気に入りの珈琲だけ飲むことがモーニングルーティーンになっている。

とはいっても、毎朝の一杯目の珈琲は、ブラックの時もあれば、ミルクたっぷりのカフェオレだったり、蜂蜜珈琲や一昼夜水出しで摘出をしておいたお手製のダッチ珈琲だったりと、あれこれとその時の体調や気分に合わせて変化を楽しんでいるのだ。

何十年もの間、そんなルーティーンがどうやって決まったのかを想い出せないないのだが、入院中には、珈琲のカフェインを摂ることも許されず、毎朝、強力な違和感に包まれていたことを想い出す。

退院日に自宅に戻り、直ぐに淹れて飲んだストレートのブラックコーヒーは、美味しいと思うことよりも、身体を駆け巡るかのようなカフェインの動きに「生きてるんだ」と実感を覚えたほどだった。

チミは一体何がしたいねん?


異常・覚醒・実感・・・そんなキーワードに包まれ続けていたのは、処方されていた薬の後遺障害を引き起こしていた薬物の成分の全てが身体から抜けたせいなのだろうか。

強い依存性等々のある薬を処方されていたのだが、そのリスクを医者も薬剤師も事前に説明することはなく、自分自身の身体・精神状況に疑問を感じて調べた結果、服用している薬に苦しまされていた諸状況が分かったのだった。

例えが適切でないかも知れないが、薬物依存(使用)者が禁断症状を起こさなくなるまで身体から薬の成分を抜くような感じに同じくで、這う這うの体ながらなんとか戦い抜き切ることが出来たと思う。

何かの不全を押さえるために飲む薬が引き起こす、別の身体・精神症状への悪しき影響。

薬を自主的に断ったことで、喉の異常は治まらず、発声が上手くいかないため、人生からカラオケで歌うことは完全に消えたようだ。

男のくせに今までがお喋りだったので、プラスマイナスしてみれば行って来いの「0」となるのかも知れない。

もう二度と人生でマイクを持つことはないだろうと自覚をしたのに、納戸の奥からマラカスとタンバリンを引っ張り出して練習し出している自分に「チミは一体何がしたいねん?」と問い掛けてみるのだった。









笑顔の行方を見つめて

all written by  Career wing  T.Yoshida@ponyo




素敵な笑顔溢れる1日でありますように!