「天理教」は宗教か、真実の教えか -17ページ目

「天理教」は宗教か、真実の教えか

「天理教」に関するまじめな宗教学的、神学的な考察

 表題のテーマ「本部員に方針の違っている事を深く深く戒められる」の刻限話が大正11年12月14日にありました。 その刻限話をもとに、私なりに現代において必要な理の教えを考察します。

 

 天理教の中枢から「すてものほかし者」にされた茨木基敬さんは、お地場の三島詰所から富雄の地に移った。啓示は引き続きあり、筆にとられ、膨大に残されている。 追い出された立場から、ひがんだ視座で本部を眺めているのかといえば、そうでもない。神の残念な気持ちがもちろん語られる。そして本部が勝手な人間心の方針でものごとを決めていることに厳しく戒めの警告を与えている。そうした人間心はいつまでも続くものではことを諭している。茨木さんが生きていた時代に、本部に戻ることに期待がかけらていた。 だがそれは成就せず、100年たつ。   

 中山家は理を立てて来たので、立てられる家柄となった。神様も中山家を立てたい。しかし、中山家が理をたてなくなったら、どうなるか。神様も中山家を立てることができなくなる。真柱はそれで、倒れたのである。  理を立てることが出来ていない証拠は、理の思案から誰にでもわかる事実である。  

 神様は部内の者を憐れみ、また本部重役の責任の重さを逆に問うている。そして一番の仕込みのかなめは、神の詞を聞いている当屋敷の者たちへの、魂の仕込みである。この道はどこまでも、魂の磨きをする道である。形を大きくしたり、世間から注目を集め、伽藍を立てたりということに主眼があるのではない。最も大切なことは、かしものかりものの守護、絶大な神様の守護に真から目覚めて、幾重の事情や艱難な中でも、魂を錬磨する人間になることである。ただ成人におうじて、それなりの形を与えるという言葉もあった。 今は成人もしていなのに、外面ばかり取り繕うことで、おかしなことになっているのである。 

 地場の責任ある人達の成人の遅れがあろうと、神の詞に縁ある人達はどこまでもどこまでも魂を磨いていくことが肝心である。

 30年祭で、神のさしづから北礼拝殿が出来て、その威容から天理教はたいしたものだと世間から認知されるようになった。それまで世間から笑われ、そしられてきた天理教がようやく世間的に地位をつけたのが大正期である。  教祖や本席様に従ってきた初代の方々は、みな辛酸をなめながら、信仰を貫いたたつわものたちである。だが理を知っているつもりになっていて、人間思案の汚れを払しょくして、真から魂の次元で目覚めた人は皆無であっただろう。    

  その中で、茨木さんの神がかりに対して、大半の本部員たちは、よく調べもせずに、茨木さんは高慢だとみなして、最終的には罪人扱いとなった。  

 神のさしづがない教会本部は、ある程度大きくなったお屋敷において、みずからの考えで、物事を決めていくようになった。 40年祭にむけて、無理なことを信徒に強要するようになる。 この中で乱立した教会が倍加運動という無理無理な中で生まれた教会で、今その淘汰を見ている。 修理肥が十分でないから、消えていく教会が増える。修理肥も嫌われる今の体制である。

  理の親、理だて、事情働きなど、・・本部に都合の良い専門用語が作られる。

 信徒は本部のいう事は、神の言うことだと信じてきた。ここに信徒たちがバカを見る構造的な問題を内蔵させて、100年もたった。そうした本部から聖なる水が流れなくなり、泥水が溢れていることに多くの人々たちが批判の声をネットで発信するようになった。今こそ、茨木氏の啓示は、リアルさをもって神様の理の所在を明かしている。    

 本部が神様の教えを都合よく改ざんして、教えたらどうなるだろうか。教えそのものより、人集めに重きをおく。行事的になる、より金銭を求めるようになる。これを「本部は商売的になっている」という神の詞でも警告を与えている。人が人を支配することを神様はもっともきらわれる。神様は一れつ平等の精神である。  

 大教会長が偉い、本部員が偉いとして、その方々が次に生まれ変わって、末端の教会でまた一からどん底の暮らしから始めるかも知れません。これは自分の前生からもいえることです。  

  教祖や本席という一人の誠で成り立った天理教である。 その土台にのっている天理教である。  千人よりも一人という信仰の質がむしろ神様の望みである。  たった一人でも真に命がけで神様の教えを実践する者が欲しいのである。  私一人だけでもそのような人間になりたいと思います。遅れている理の研究を続け、己の汚れた魂の錬磨を喜んで通ります。  

 

 永遠につづく理の道からは、その土台形成に必要な現在の天理教の不甲斐ない事情だと思案します。

 

 

 ネットで誰もが自由に発言できる中、天理教の現在の教団体制へのかなりの批判が内部者と思われる人からも噴出するようになってきました。今回は、以下から学ばせてもらいました。

https://twitter.com/ichiro0026

 批判のタイプにも多様にあり、百家争鳴の如きです。今後、さらに内部暴露の告発があるかもしれません。これもすべて神様が許されていることだと思わます。形の世界はすべて神様が守護されていますので。 形の世界を支配する神様は、何も天理教の人たちだけを守護されているわけではなく、人類一列を守護されています。どんな宗教や信条の人でも、宗教をアヘンだとみなすマルクス主義者といえども神様が等しく守護されているはずです。

 

 どんな人間の肉体も神様が守護されている。

 

 大阪のある学者が教祖(おやさま)にお会いして、学者の質問に教祖はこのように語った。

 「まま食うも月日 もの言うも月日 これが分からんなァ 残念、残念、残念」

 その後、この学者は病にかかり、言葉が言えなくなり、食事でもとれなくなり、体力も衰えて、死にかけた。その時、その学者は教祖の言葉を思い出した。それで不思議に「水」という言葉が出て、周囲の者が水を与えると、やがて回復して健康になったという。

 

 これは、高野友治氏(天理時報の記者から天理大学教授になった先生)が小松駒吉先生から聞いた話だそうだ、小松先生はこの話はしていないと否定されている。教祖はそんな分かるようなお話はしていないとのことだ。・・・

 

 また、高野氏が奥野通三郎氏から聞いた話として次のものがある。

 

 十 教祖、あるとき、仰せには 「神が働けば、世界一夜の間にも なむ天理王命にしてみせる」と。

    信者たちは喜んで、「どうぞ、そのようにしていただきとうございます」と。

   教祖の仰せには、「世界一夜の間になむ天理王命にしたところが、誰が修理肥に行ってくれますか」と。

   教祖の仰せには、「修理肥に行ってくれる人がなくては、どもならん、やめとこう」と。

 

 ここには天理教が一挙に広がらない大きな理由が明々白々に明かされている。信徒の心の成人ができる体制がない限り、信徒を増やすことはできないということである。形を動かす神様は、世界中の人を一夜に信仰者にすることもできるという。これが貸しもの・借り物の理を明かす、親神様の究極の実力を明かしている。かしものかりもののありがたさを分からない人間が無理やり、天理王命のつとめをしても、それは単なる欲交じりのおつとめでしかない。心清めることもせずして、真の救いなどありえない。そして真実の救済は、「いつでも喜べる、満足できる人間」へと人の心が進化することである。これは言うに易く、行うに極めて困難な難事業である。 陽気暮らし実現のために、人間精神の絶対的自由の道を作ること。これが教祖が求める信仰の普遍的な真理である。   

  修理(しゅうり)や肥のために上級から役員が来ると、多額のお供え(献金)が求められるので、本当は来てほしくないとネットに書かれていました。これが本当なら、修理肥が形骸化しているとしか言いようがありません。 教会本部にすべての権限が集中する本部―大教会ー分教会ー講社祭りというヒエラルキーがある中で、上級の教会と末端の教会において貧富の格差が生まれているらしい。貧しい教会が上級の教会を支えるという。天理貴族などもと書かれていた。こうした本末転倒の事態が今の天理教の教団体制に生まれいるらしいのです。

 本来なら喜ばれる修理や肥が出来なくなった上級教会・・・。 救済を忘れて、巨大な伽藍を維持するための単なる集金ビジネスをしている体制になっているなら、それは世間並以下の惨憺たる宗教集団です。神様は依怙贔屓はしないので、どうなるかは明白です。  むしろ、厳しい仕込みが、かかってくるはずです。 理の光に照らせば、今の真柱様の御身上もそした文脈だと理解が可能です。 

  成人する方法を忘れてしまった教団体制が持続するなら、衰退することは必然であります。教祖が始めた道にあぐらをかいて、食い物にして良い訳がありません。 永遠の実在としての教祖(おやさま)が何を求められたのか? 真実の声を求める誠の心が今こそ求められます。 コロナ禍で苦しんている信徒を食いものにしたり、さらに献金圧力を強めるなら、これは本当にひどいことです。 若き真柱後継者の若者は、こうした無理なお供え(献金)を辞めさせたと聞きます。彼には期待大です。 

   

   だれからも慕われる地場屋敷の姿はどこに行ってしまったのか?

 

  存命の月日を本部が地場から追放して100年たちました。

 

 「本部は暗闇」という茨木さんのお詞をいつか、紹介したく存じます。  

 

 

 

 

 

 

 

天理教幡多分教会の起源は、おそらく、明治26年3月22日に設置が許された出張所だと思われます。その時、本席様から下された、「おさしづ」を以下に引用します。

 

明治26年3月22日 幡多出張所設置願 

「さあさあ尋ねる事情事情、所という、事情という、さあ治まりかた無くばならんならん。」

「さあさあ事情事情許し置こう、さあ許し置こう。」  【『おさしづ 三』 p.2562ロ】

 

柿谷さんが四万十川流域で布教する中で、信徒集団が形成されてきた。日本全国で教会設置が増大するなかで、明治26年2月20日のおさしづでの伺いから、教会の等級として分教会、支教会、出張所、布教事務取扱所などの等級が定められた。おそらく規定の信徒数を超えた数が集まり、出張所の設置を願い出た。そして神様からも積極的に、この信徒集団の結成に対するお許しが出たのである。

 信徒の集まりの最大の目的は、おつとめをすることである。皆で心を合わせて、おつとめをする。信徒の集団化は教祖の時代から講を結べということで、促進されていた。

 この時代は教会設置が広がり、天理教が大変勢いのあった時代だと思われます。「かしものかりもの理」のありがたさに目覚め、報恩感謝の方法として、おつとめへの参加が促される。それが国々ところどころの教会設置の起源である。皆喜んで、勇んで教会設置を目指して、許された。その喜びの続くところに、教会の盛大を見るわけである。 初志貫徹の精神が持続性のカギである。

 ただ今、多くの事情教会の整理が進むと聞かせていただきます。 本席様時代の設置か、上田奈良糸様が許した設置か、御母堂様がゆるされた設置か・・・・。

 事情教会の設置年に関する統計的な研究、事情教会の誕生する理由に関する研究はどのようになっているのだろうか。『道の友』で特集してみたらどうだろうか?  

 

 

 天理教には多くの教会があります。高知県の高知大教会の部内、現在の幡多(はた)分教会のおそらく初代会長に与えられた本席様の「おさしづがあります。Googlmapを見ると、現在の住所は、四万十市中村上小姓町11に所在していて、中堅どころのかなり大きな教会だと分かりました。四万十川からも近い高台にある教会でした。おそらく高知大教会の部内でも大きな有力教会だと思われます。

 こちらの初代会長が何か病気(身上)となられて、神様に伺い、その際下されたおさしづの一節を引用します。

 

明治38年12月13日 柿谷達太郎48歳身上願(高知部内幡多支教会長)

 

「・・・なれど、めんめん何でこういう事になると思へば、いろいろ沸く。」

「どういう事も治めてくれ、治めてくれ」

「又どういう事を治めたらよいと思うやろ」

「よう聞き分け」

「人間と言うというは、一代と思うからどうむならん」

「人間生まれ更わり、この理聞き分け。」

「めんめん盡した理は無くならせん」

「盡した理は、日々皆受け取ったる。」

「この楽しみ諭してくれ。」

「これではと思わず、身上不足なりて、そらたんのうはでけやせんでけやせん。」

「なれど、この理聞き分けてたんのう」

「ならん中のたんのうは、前生いんねんのさんげえと言う。」

「これを聞き分け。案じてはならん。案じること要らんで。」  【『おさしづ 補遺』 p.6307-6308】

 

【釈義】 熱心な布教師で、多くの人たちを救ってきた柿谷さんであった。明治26年3月22日に幡多出張所の設置が許され、明治27年3月14日には支教会に引き直し願いが許された。明治28年6月23日には支教会増築願も許された。

 どういうわけだが、自分自身が何か病いにかかってしまった。人並み以上の相当の効能をしめし、功績もあげ、大きな支教会も守護していただいた。人にも救済の真理である「かしものかりもの理」を説いてきた。その諭しで、多くの人も助けられ、信仰へと導かれた。しかし、熱心で人を助けた自分が何でまた病いをいただくのか。大きな不安が生まれてしまった。大きな信徒集団を作った立志伝のあるような人なら、なおさら自分にふりかかる不都合に納得がいかない。形の世界を支配する神様に、自分が身上をいただいた理由を教えて欲しい。ということで、高知の外れ、幡多から遠路、お地場へと伺ったのである。リモートによる諭しは、いまだ無理なこの時代において、運ぶだけでも大変な距離である。

 ここで諭されている大きなポイントは、人間の肉体は有限だとしても、魂は永遠であり、前生があって、今の道があるということの根本的な諭しであった。人間は生まれ変わりするということ。肉体的死が人間の終焉なのではなく、また別の肉体を借りて、どこかに再生するのが人間の真実の姿なのである。今の形だけにとらわれたら、心を汚すだけである。形の奥にある、形の元にある神様の心に自覚がいかねばならない。

 自分が人助けのために尽くした誠の心はかなり重なっていて、天の貯蓄となり、本人や家柄を形成する徳分となっている。それは目には見えないが、神様はしっかり受け取っている。こうした喜ばしいことを、信者にも諭して欲しいということである。日々の誠の心は、形では見えないが、誠の精神は無形の理として蓄積されている。そして、先祖の徳分で、今の子孫の方も栄えている。

 こんなことになっているという不都合な状況に、心を倒してはいけない。これは磨きの事情として与えられているのである。

 信仰熱心になるに応じて、さらに神様から磨きの事情が次元を超えるためにあたえられる。それは本人の魂の次元をさらに上げるために、本人にもっとも適切な形で与えられるのである。決して無理な事情は与えられない。本人が受け取れる範囲でのお慈悲で与えられている。だれもが神様を知る前は、喜べない不満の心を燃やしてきている。そうした汚れた心のほこりが原因となって魂磨きの事情が与えられる。磨かれていることを喜んで、不安に思うことなく、先に心を進めて欲しい。有形な不都合の形は人間には変えられない。しかし受け取る心は自由であり、自由の精神から形の世界を大きく深くさとることもできる。さらに磨いて大きな手柄を与えるために、今回の身上があったかもしれない。そのように神様がはげまされている。こうした神様のお話を素直に受け取るか、軽くするか。それは人間の心次第である。

 おそらく、初代会長は神様の直々の話に触れ、新たな精神となって土佐に帰国したことだろう。今でもあるその大きな教会がその時の会長の魂の磨きの成果を表している。  

 

 

 

美緒さんのお詞の一節からの引用。

 

「・・・今の形に 喜んでくれたら その心を受け取り もっともっと 良い形に変わる」

「形は変わっていくのや 形にあわせて 心も変わっていかねばならんのや これは形にとらわれるのとは違うで 形の元を知るということや」

「目の前の形を見るのではなく 形というものを大きく見るのや 深くみるのや そうすれば どんな形が見えてきても 心はどんと落ち着いていられるのや わかるやろうか・・・」 [平成6年3月23日]

 

 

【釈義】 神様は人間と世界を創造され、今も維持発展させておられ、人間に何もかも与えております。それを喜んで満足して生きていってほしいというのが神様の希望です。しかし、人間には同時に自由な心が与えられていて、その与えを不足したり否定したりと好き勝手なこともできます。それでも神様は人間にものごとを与え続けています。

 形には、人間の肉体はもちろん、この地球も自然環境も含まれています。目にみえる有形の形の世界で私たちが生きています。経済活動や芸術活動などの人間の諸活動もすべてが、形の世界です。いろいろな国や地域があり、国家の形もそれぞれで、現在の資本主義も万能ではないことは自明です。近代化が極度に進む中で、形の豊かさは豊穣となり、物欲に際限はない中で、生産機能を請け負った大企業体制が発達し、それは大衆の旺盛な消費社会によって支えられている。南北格差、豊かさの中の貧困、ネット社会となるなかでのフェイクニュースの拡大。働きすぎの過労死、巨大な自然災害での死者の増大など・・・・そしてコロナ禍での経済活動のストップ。   

 かしもの・借り物の理が真理だと信じることは至難ですが、この信仰の真理の立場に立てば、この形の世界は神様からの借物の世界であり、いくらでも可変な形だということです。  

 形の奥にある神様の心は広大無比の親心として永遠不滅にあり、いつでも人間世界を見守っておられる。このような信仰者の目からは、形にとらわれない自由な精神を獲得できる。絶対的自由の道へ。ポジティブに受け取った心はすぐに受け取られ、また新しい形があたえられる。 心通りに守護する神様は、どのような形も与えることができる。  人間に喜んで、満足してほしい。 しかし人間は形にとらわれて、不足することが度々で、これが人間の大きな癖の精神となっている。今さえよければ、我さえよければという人間思案は、有限な形にとらわれるところから生まれる。 

 形の物質世界を否定はしないが、その有形世界の中で生きながら、いかに楽しくウキウキと暮らすことができるのか。それは人間の精神の在り方一つにかかる。八方ふさがっても天は空いている。 先の見通しのわるいことに悲観しても、それは今の形にとらわれている証拠である。温暖化からプラウスチックごみの問題、火事で家が焼けた、お客さんが蒸発した・・・いろいろな形の世界での出来事がある。形の世界を変える人間の取り組みは無限であり、心の使い方も無限である。 自分に不都合な病気、人間関係の不和、これらすべて魂の磨き(自己磨き)の事情です。  魂文明を構成する心優しい人々の心が波及しますように。 合掌  

  

 旧長さんの免職に剛腕を振るった本部員筆頭の松村吉太郎氏については、その自伝『道の八十年』(養徳社、1950年)に詳しい。教組亡きあとから、天理教の一派独立に向けた彼の獅子奮迅ぶりは、その偉大な信仰者の徹底した歩みの発露であった。中山家の親戚であり、初代真柱から絶大な信頼を受けて、若き日から道に引き寄せられた。ただ、非常に頭のいい人で、その知性の高さは当時の農民・職人・商人などの信徒が多かった中で、やや高慢な所があったようだ。その松村氏は20歳だった明治19年に教祖のお言葉から、高慢の心使いを戒められた逸話がある。「知恵・学問の道ではない、無理に来る屋敷でもない・・・八つのほこり・・・」と。

 

 

 

 だが、吉太郎氏が、真に「かしものかりものの理」を自覚できたのは、26歳の時である。生死の境をさまようなか、教理がよく治まっていたとされる桝井伊三郎先生から見舞いの言葉をかけられる。「松村さん、心が倒れたら身がたおれる。心が死ねば身上も死ぬ。心が生きたら身上は生きるのや。身上は神様からの借物や、何も案じることいらん・・・・」と。この時、知的に分かっていた「かしものかりもの理」が、身体的に魂の底から体得・体感したのであった。そこからは「神の用木」として生きる覚悟ができた。

 沢井義次先生はその著書『天理教教義学研究―生の根源的意味の探究』(p.187-189)でこの逸話を取り上げている。松村氏の回心(conversion)は、教祖の直々の言葉といよりも、桝井氏からの一言の諭しから生まれたものである。ただ回心論の類型からいうと、強化型であり、弱かった信仰がさらに強化されたタイプの回心だといえる。 浄土宗から天理教へのように宗教を乗り換えた転向型の回心とは異なる。また無宗教から宗教者になった、もっとも典型的な回心とも異なる。

 ここには受けとる人間の自由の心の在り方が分かる。真に素直な人なら直ちに信じたかもしれない。ただ村役場につとめていた松村氏には周囲の粗野の姿や学問のない低俗な信徒に嫌悪感があった。かかる中で、生死にかかわる一大事においては、この言葉の真理が真に受け入れられた。 天理教の最大の真理は、「かしものかりもの理」であろう。神様が与えた真理に目覚めて、理の上から信仰する心の清いひとは少ない。むしろ、大半が身上(病気)の救済から入信している。漸減している天理教であっても、この真理を知っている人たちは、決して信仰から離れないだろう。

 生きている。生かされている。この根源的な生の地平に立ってあらゆることが成りたっている。職業生活も、労働も、趣味も芸能も、何事をするのも、皆生きているからできる。かしもの借り物の理を分かるだけではだめだ。真に心にはまってこそ、生きていることの喜びと感謝の心が生まれる。ここにこそ信仰の喜びの根源がある。

 

 「一人だけ たった一人だけでも 日々の守護を本当に気付くものが居ったら

 この世の人間を皆救けることができるのやで・・・」 (平成3年4月29日 美緒 拝す合掌)

 

 かしものかりもの理を真に自覚して、日々生かされていること、日々の守護を受けていることがわかったら、世界中を救済できるという。本当にそのような人間になりたいと思います。  

 

 

 

 熱心な天理教の方と2人して、直属の信徒でもないが、天理教の教会として著名な東中央大教会を参拝させていただきました。天理教の東中央大教会といえば、柏木庫治(くらじ)[1888-1977]先生が初代会長で、参議院議員もつとめ、本部員ともなられた方で、偉大な天理教の伝道者として大変著名です。私も、高校生の頃、その全集を読んだこともあり、畏敬の念を抱いておりました。

 天理教で、大教会とは教会本部の直属ということで、徳川幕府が本部とすれば、どこかの藩の大名のような組織にあたります。

 東中央大教会さんは、渋谷区神宮前5-14-2という好立地にあります。原宿駅の表参道を上がった高台の一角にあるのです。

 この教会の敷地は、大山巌侯爵の次男である大山柏(元公爵・文学博士)の邸宅や、彼が主催した大山史前学研究所の跡地だったそうです。初代会長はこの近くに最初、布教の拠点をもっていたそうです。しかし、高台のこの地を求めて、心通りに守護されたということでした。

 神殿の中で、正面の「よろづよ八首」の扁額は、初代会長の筆だそうです。立派なものでした。また中山善司真柱の墨書や諭達も飾ってありました。 今の真柱を最高の指導者として立てる、普通の天理教の大教会らしいが外観が見て取れました。高齢者むけに、畳の大きな中で、椅子席もあり、高齢化対策もばっちりです。未知の我々にも優しく丁寧に対応されて、さすが天理教の人たちです。安心して参拝させていただきました。

 東中央大教会では、「大教会報 東中央」というものを毎月発行されていて、現在の大教会長の講演録も掲載されておりました。知的に興味深いお話もあり、今後、紹介したいと思います。令和3年3月1日号は、第632号です。大教会の歴史をつづった貴重な記録で、おそらく天理図書館にも届けられていると思われます。  

  部内教会の名称は、東が上に付きます。東光春分教会、東玉川分教会など・・。部内教会は大分県も意外と多いそうです。これは、初代会長が大分県中津市の出身だからということです。慶応義塾、1万円札の福沢諭吉と同じところです。

 大変明るかったという、柏木庫治先生です。

 IAHR(世界宗教史学会、東京大会)の時は、海外の研究者たちに、宿を提供したはずの大教会です。その節は、本当にありがとうとざいました。アフリカの貧しい家族たちも海外大会にかこつけて安い観光ができました。

 

http://www.l.u-tokyo.ac.jp/iahr2005/pdf/tenri_higashichuou.pdf

 

 

 大正3年3月28日の茨木基敬さんのお詞の冒頭の一節を引用します。

 

1、ウー さあナ ウー さあナ 心丈けの理は受取る /\ ナ 

2、こうせん事には 万人に 損 一ツ事情の理も治まらん 

3、分ってくれた 一ツ理は受取る 

4、これよく聞取れ 

5、心の治め方 その運び心得た処 心得と云ふ 

6、心得は 終身とも云ふ 末代と云ふ 

7、無理 無理 案じて行ってはならん 

8、終身末代 生涯 終身 借物 借りてる中の これ心得 

9、三日や五日や七日の心得と思う これが違う 

10、よう聞とれ 地場より 流す処の これ教へとも云ふナ・・・・

 

【釈義】 明治44年に本部員となったばかりの茨木基敬さんは、同時に身上が重くなる中、お詞の御用が始まった。そして本部員の務めができる無くなる。大正7年に免職になるまで、三島の北の詰所におられた。本席様と似て、音声によるお詞の御用であった。筆取りの書き取りは、息子の、北大教会長の茨木基忠さんである。書き取られたことで、100年以上前のご啓示にふれることができる。100年前も今も変わらぬ真理が明かされる。

 この刻限話の前に、割書きがあり、北部内の信徒において、人間心の汚れた心使いがあり、そうした心で茨木さんに心配を掛けたことをお詫びする中での御用になったことが推定される。

 

 1.「ウー」 という音声は、神がかりによって、普通の基敬さんではない、基敬さんが話し始めている合図である。通常とは音質も声量も異なった雰囲気がその場所に広がり、周囲が神様からの刻限話だと促されて、神妙に心正して、受け取ることが求められている。

  神様は見抜き見通しであり、伺う人たちの心の様子をすべて見ている。神様の心に叶わない心使いをしたことに、清浄な心である神様を前にしてお詫びしたことを「心丈けの理は受取る」と認知しているのである。神様は目には見えないが、人間の心を受け取って、形としての守護を与える神である。人間が無形の神様を認めて、反省していることを、神が受け取っている。神と人の直接的なコミュニケーションが、啓示言語を通じて直接的に貫通しているのである。

2.清浄なきれいな心だけが生まれる茨木さんの心を汚しにかかることは、本来厳禁なことである。教祖(おやさま)や本席様の前で世間的な不足の話をすることは控えられていたことと同じである。

 しかし、人間だれでも、神様が分からず、かしものかりものの理も分からず不安と心配と先案じの汚れた心でいるのが通常の人間である。教祖の心や本席様の心を人間が汚すとどうなるか。それは救済の源泉に泥水を入れるもので、世界の救済が遅れることになる。世界が大損することになる。そのような大きなことが諭されている。

  この刻限話のテーマは「癖直し」であるが、人間にはいろいろな癖があって、真の信仰心をなかなか確立できない。癖の最たるものが、神様を神様として認められない人間心である。最大の癖の心である。喜べない心使いは、かしものかりもの真理が心に治まっていない証拠である。自分で何とかしようと無理な心使いをする。

 信仰心はかしものかりものの自覚が数日ということでなダメである。生涯末代、死ぬまで「かしものかりものの理」を自覚できる人間でないと、感謝と喜びの日々を通ることはできない。

 「心得」ということがいかに大切かが信仰のカギである。心が日々にキラキラしているか、よどんでいるか。形だけ見ていては何も変わらない。形は可変であり、形を動かす神の守護の世界への目覚めが信仰者に求められる。

  かしものかりものの肉体であることを自覚できなことをお詫びして、素直に信じれない汚れが心を日々に洗う必要がある。それが「悪しき払い」の日々の祈りに込められている。

 そして、この神様の言葉は、地場から下されている。地場の声は天の声である。当時800万人の信徒がいて、霊救の求心点に地場があり、地場屋敷の責任者たちの心が澄んでいることが救済の源泉となっていました。  

 

 国家と宗教の関係で、信教の自由があり、政教分離の原則(the seperation of State and Church)が今の政治体制のもとにある。沖縄の孔子廟への献金の違憲性が「政教分離の原則」について問われ、最高裁まで争われ、違憲の判断が下された。津地鎮祭の訴訟以来、何度かあった判例である。

 さて、各宗教教団では、自由な布教活動が許されているが、それぞれ特色をもった布教スタイルを持っている。

 天理教における布教活動も時代と状況で変遷し、伝道の歴史的な研究も天理教ではよくされ、多くの大教会史も編纂されている。中山正善真柱が東京大学の卒論(昭和4年卒)において、姉崎正治先生のもと、天理教の伝道史を書かれた。その際、データは直属の教会に命令して、蒐集した大規模調査だったと聞く。

 

 現在、新宗教全体として、一般に信徒の数は減少しており、包括的な宗教法人格をもつ天理教もその傾向下にあるとされる。

 

 教会は年寄りが多くなり、持続可能性の危機にあるというのが大方の見方ではなかろうか。企業経営の視点からいえば、顧客満足が低いということ。宗教集団として、救済力が低下しているということ。大正期の600万、800万人の信徒数というのがおそらくピークだろう。

 

 誰のための天理教か。何を目的とした天理教か。

 

 若き真柱後継者の方が、青年会で「新しい天理教」を訴求し、多くの賛同を得ているようです。

 

 

 信徒拡大を目指して、『天理時報』の頒布数や何と『おさづけ』の回数のノルマがあったり、また悪名高き、親教会からの献金額(お供えと天理教では言う)の目標設定など。子供の教会が親の教会を立てることが至上命令となるなか、親不孝はしたくないまじめな天理教の会長たちが苦しんでいます。 ノルマ達成と自発的な救済心に乖離があることは、中学生でもわかる真理ですが、組織維持のために妙なことになっています。 

 

 喜べない信仰は持続可能性がなく、教祖も嘆き悲しむ教団になっているかも知れません。 教祖が本当に言われたことは何か、教祖は何をメッセージとして今、言われているのか。存命のリアルな教祖の声を求める素直な信徒の心が求められています。 

 

 「人は代われど、理は一つ」 

 

  組織維持の天理教でいいのか。

 

   純粋な理を求める教祖の教えは何か?

 

    教会長・信徒たちの模索が続きます。

 

 

  茨木基敬さんの神の詞で「窮屈な天理教やないで」という趣旨の言葉がありました。 いつか探究してみたいと思います。

 

 

 

 

 

投稿された方のブログで拝見したもの転載します。

 

 

 これは大変貴重なお話で、ありがとうございます。

 

 人間にとって一番わからなことは、死んでからどうなるか。以前にも書きましたが、魂の永遠性について再考します。

 

 全知全能の神は、人間の魂の遍歴をすべて知悉している。これは形だけの有限な世界に生きる地球上の人間には想像もできないストーリーで、信じる対象の世界か、嘘偽りだと狭い科学主義からは捨て去られる思考様式である。

  ただ普通に生きている中で、なぜこのようなことが起きるのかという説明をする原理として、前世(前生とここでは表記します)があることを知ることは大変重要だと思われます。

 

 以下、神様の分かりやすいお話を引用します。 『おさしづ』で、天理教の天啓は終わりだと信じている方には申し訳ないですが、続くと信じていますので、載せてもらいます。天理教の末端の単独布教師の娘に起きた啓示現象が、その昔ありました。先入見のない一般の方にも大変分かりやすい、『神の詞(うた)』です。ある日のご啓示ですが、前半部は省いて、後半部だけ引用します。

 

 「 前半部 ・・・・」

 「どうでも こうでも 通らねばらん理 自分で決められん道があるからではないか それが前生のいんねん というもの」

 「今 現在の自分が 決められんのは 前生の自分の心を 知り 誤りを おかして来たことを さんげ しなければならんからや」

 「前生の自分を 知るためには 今の自分を よう見つめにやならん」

 「今も 昔も 同じ魂 よう見つめれば 必ず 見えて来る」

 「今 現在の自分の在り方 正直に見つめ 素直に こう在るべきものと 心に治めることできたなら いんねんは ほどける」

 「昔も 今も 同じものやでな 昔のことはわからんというは 違う 今の姿が 昔のことや」

 「よう解ってくれたか ああそうか と思わんか」

 「これ一つだけ解って たいしもの 大きな要やで」

 

  [平成3年7月28日 午後5時55分より 午後6時20分終了 歯の痛みより 美緒 拝す合掌]

 

 

 

 

【釈義】

 ポジティブに今ある不都合をいかに受け止めるべきか。それは前生で捲いた心の種があり、それが今芽を出して、自分が見ている。だれが悪いのでもない。さんげすべきは過去の自分の悪しき心使いである。それを今見せていただき、喜んで受け取ることが信仰の第一。

これができることが、魂の進化です。過去も今も同じ魂。人間の魂は永遠である。 3歳の子供が前生の記憶を持っていたことは、魂の永遠性の一つの証です。  

 教祖の直弟子だったが、前生で教祖の期待を裏切った魂として、今生ではさんげして通らねばならない。そう思って、ブログをつづります。