産経新聞の記事から転載します。
平成10(1998)年 6月18日 新真柱の中山氏会見 「これまでの路線を継承」 天理教
天理教の新「真柱(しんばしら)」に就任した中山善司氏(三九)=写真=が、奈良県天理市の教団施設でこのほど記者会見を行った。
この中で中山真柱は「真柱という立場が父から私に代わっただけで、これまでの方針、路線が急に変わることはない。おやさまがつけた道をしっかりと継承し、先に延ばしていきたい。天理教の百六十年の歴史は『陽気ぐらし』の教えを信じてきた人たちの積み重ね。それが現代の要求と一致するかどうかは分からないが、同じ道を通っていくことが大切」と抱負を語った。
宗教が問われている課題について質問を受け、臓器移植について「(賛成、反対の)どちらが正しいとはいえない。天理教は人助けの教えを持つが、何をもって助けるということなのか。そこから議論しなければ」と述べた。また、宗教法人法の改正については「必要があれば改正もやむを得ない」との見解を明らかにした。
同氏は第三代真柱の長男として生まれ、昭和五十七年に立命館大学文学部卒業。在学中に真柱継承者となり、天理教少年会長、青年会長を務めている。
この記事で、「陽気くらしが現代の要求と一致するかどうか分からない」とのご発言がある。歴史的教祖の時代は幕末から明治初期であり、平成時代とはもちろん時代も環境も異なる。その中で、教祖の説かれた陽気暮らしが現代にも通用するのか、本人は疑問を持たれたようだ。140年以上前の教祖の発言は今でも妥当性があるのか、教団のリーダーからのこの発言には、理に対する信仰心の薄れを感じる次第である。
陽気暮らしとか甘露台一条の理想の社会の実現が説かれていましたが、今はトップでもそれに対する信ぴょう性が低くなってしまったかも知れません。
あれから20年たって、ご本人は2018年6月7日に脳梗塞か何かで東京・新宿のバーにて容態変化。何ごともなかったかのように、同年6月の月次祭は大亮氏が祭主となったという・・・。
2019年?の正月の天理時報でも、お顔は出ず、発言も全く聞かれなくなり、末端の教会長からはリーダーの不甲斐ない姿に不満が出ているそうだ。
2025年の正月の天理時報では、真柱ご夫婦の写真が出ておりました。2024年の秋の大祭でも短いですが、神殿講話されました。ご本部のおつとめの人衆として参加はできないそうですが、つとめ中は横から拝見しているとのことです。リハビリされて何とか歩けるとのことです。
おやさまがつけた道をしっかり継承するというが、それは歴史上の教祖であり、無形の教祖ではない。 ここに理の源泉を失い、低迷している根本要因があるのではないでしょうか。 高齢化とか人口減という外的要因で済まされる問題ではなく、信仰の根本が問われております。 節とは地場の事情です。100年以上、事情中の地場です。 上田奈良糸様のお運びが出来なくなったという地場の事情が今も続ているのです。 真柱様の身上も天理教の大きな大きな節です。
本席様が存命の教祖の声を代弁されていた史実を振り返り、存命の理を体現した『おさしづ』がなぜ続いたのか、その説かれたこととは何かを調べる必要があると思われます。 100日さしづの意義が問われます。 なぜ10年先の預言が残されたのか。
『おさしづ』を研究すれば、理の後継の課題がおのずから浮かびあがります。
「真柱を呼んでこい」というお声を出す方は誰なのか。明治20年の本席定めの際の飯降伊蔵さんの大音声は、誰からの声だったのか。伊蔵さんに肉体を貸している誰か? また誰が飯降伊蔵の肉体を借りて、発話されているのか。飯降伊蔵ではない、飯降伊蔵がかたっている。 無形の理を語る、存命の教祖の声だと分かるな否かが、問われます
今再び、その声があなたに届いたとき、あなたならどうするか? 足元に大きな理をみる。
それが聞けなかったら、寿命を継げるか否か?。 神様のかしもの・かりもの理が今に生きます。
ひとこと話はひのきしん においばかりをかけておく
むりにこいとはいはんでな いづれだんだんつきくるで
むごいことばをだしたるも はやくたすけをいそぐから


