美緒さんのお詞の一節からの引用。
「・・・今の形に 喜んでくれたら その心を受け取り もっともっと 良い形に変わる」
「形は変わっていくのや 形にあわせて 心も変わっていかねばならんのや これは形にとらわれるのとは違うで 形の元を知るということや」
「目の前の形を見るのではなく 形というものを大きく見るのや 深くみるのや そうすれば どんな形が見えてきても 心はどんと落ち着いていられるのや わかるやろうか・・・」 [平成6年3月23日]
【釈義】 神様は人間と世界を創造され、今も維持発展させておられ、人間に何もかも与えております。それを喜んで満足して生きていってほしいというのが神様の希望です。しかし、人間には同時に自由な心が与えられていて、その与えを不足したり否定したりと好き勝手なこともできます。それでも神様は人間にものごとを与え続けています。
形には、人間の肉体はもちろん、この地球も自然環境も含まれています。目にみえる有形の形の世界で私たちが生きています。経済活動や芸術活動などの人間の諸活動もすべてが、形の世界です。いろいろな国や地域があり、国家の形もそれぞれで、現在の資本主義も万能ではないことは自明です。近代化が極度に進む中で、形の豊かさは豊穣となり、物欲に際限はない中で、生産機能を請け負った大企業体制が発達し、それは大衆の旺盛な消費社会によって支えられている。南北格差、豊かさの中の貧困、ネット社会となるなかでのフェイクニュースの拡大。働きすぎの過労死、巨大な自然災害での死者の増大など・・・・そしてコロナ禍での経済活動のストップ。
かしもの・借り物の理が真理だと信じることは至難ですが、この信仰の真理の立場に立てば、この形の世界は神様からの借物の世界であり、いくらでも可変な形だということです。
形の奥にある神様の心は広大無比の親心として永遠不滅にあり、いつでも人間世界を見守っておられる。このような信仰者の目からは、形にとらわれない自由な精神を獲得できる。絶対的自由の道へ。ポジティブに受け取った心はすぐに受け取られ、また新しい形があたえられる。 心通りに守護する神様は、どのような形も与えることができる。 人間に喜んで、満足してほしい。 しかし人間は形にとらわれて、不足することが度々で、これが人間の大きな癖の精神となっている。今さえよければ、我さえよければという人間思案は、有限な形にとらわれるところから生まれる。
形の物質世界を否定はしないが、その有形世界の中で生きながら、いかに楽しくウキウキと暮らすことができるのか。それは人間の精神の在り方一つにかかる。八方ふさがっても天は空いている。 先の見通しのわるいことに悲観しても、それは今の形にとらわれている証拠である。温暖化からプラウスチックごみの問題、火事で家が焼けた、お客さんが蒸発した・・・いろいろな形の世界での出来事がある。形の世界を変える人間の取り組みは無限であり、心の使い方も無限である。 自分に不都合な病気、人間関係の不和、これらすべて魂の磨き(自己磨き)の事情です。 魂文明を構成する心優しい人々の心が波及しますように。 合掌



