「天理教」は宗教か、真実の教えか -14ページ目

「天理教」は宗教か、真実の教えか

「天理教」に関するまじめな宗教学的、神学的な考察

 天理教は新興の宗教として、特に伝統仏教、真宗教団から目の敵にされた時代があった。

 

 明治27年には以下の批判書が出てている。教祖亡き後、6年の間に200万人も信徒が増えた。位牌を捨てたり、檀家の突然の改宗が大量につづき、他の教団には大変な脅威だった。  

 

 同じ明治27年には天理教も含めて、十一個の淫祠宗教を批判した以下の書籍も出ている。 

伊東洋二郎『淫祠拾壱教会』其中堂、明治27年9月

 

 
伊東はしつこく、『淫祠天理教』其中堂、昭和28年(重版 42p)をさらに出している。 古書店では、24500円もする。さすがに買う気にはなれない。これは昭和28年ではなく、おそらく明治28年の入力ミスかもしれない。  

また明治29年には教祖十年祭が施行され、多くの信徒が奈良県の三島村の天理教教会本部の祭典に集まった。その数は以下の書籍によれば、25万人だという。また当時は天理駅は無かったが、法隆寺駅から利用者が19,822人もいたことが驚異的に書かれていた。

 

天理教大断案 : 公平評論

安藤正純 (鉄腸) 

 

 

 

 本書はかなり公平な立場から天理教を宗教として認めながらも、愚民を惑わす野蛮宗教だと断罪して、国民を啓蒙することを目的としている。仏教やキリスト教など伝統的に歴史ある宗教からすれば、新しい新興宗教に対する警戒感と脅威からこのような天理教批判があり、反対討論会なども開催されていた。 法蔵館から出版であり、今でも存続する出版社だ。  

 

 教祖が明治20年に「御身を隠されて」から数えで10年目であるが、この間、急速に信徒が増加していた。明治29年の信徒数は、辻井正和先生の統計資料などによる以下の研究によれば、313万人である。

 

https://opac.tenri-u.ac.jp/opac/repository/metadata/3647/OYS000106.pdf

 

 この統計によれば、最大で800万人の信徒がいた時代もあった。 明治21年4月に神道事務局から教派神道の一つとして認可され、天理教は公然と明治政府の管理下の中で、公認宗教となった。 

 とは言え、新興の教団には問題が山積している。

 外部者からは客観公正に批評していると思われる本書は、今の時代において、よく読むと多くの誤解と間違った情報に基づいて書かれていることがわかった。 

 修験者や山伏を集めて教師として、布教を広げたことが書かれていた。これは史実なのか? 普通の教会の大教会史を見ても、初代の苦労が書いてあっても、山伏に布教を依頼したことは書かれているのを見たことがない。

 また教祖の人格も最低なことが書かれていた。三島の古老からの伝聞と書かれていたが、その古老の言い伝えもひどいものであった。

 

 十柱の神による人間世界創造の説話の「こうき話」と八つの埃の教説が天理教の教理の根幹で、これらも批判されていた。「天理教退治」でも十柱の神への信仰がもっとも批判されている。 たとえば、古事記にない神として、くもよみの命、たいしょく天の命がいるからである。教団も明治21年の認可の際には、これらの神々の名称を修正して認可をもらっている。  

 

 「泥海古記」については、渡辺優先生(東大准教授)の優れた最新の論考(2021年3月)も発見した。

https://opac.tenri-u.ac.jp/opac/repository/metadata/4685/GKH025603.pdf

 こうき話の歴史的解釈を概観し、二代真柱の教学を批判的にとらえながら、民間信仰と天理教の教理を架橋する物語として、裏守護の意味を再考すべき論旨であった。優れた論考である。  高い求道心と学知を備えた新進気鋭の天理教学者である。  

 

 仏教と天理教の関係に関する教祖のお歌の実在は、すでに以下で論じた。 渡辺先生は山田伊八郎文書に「半牧のお筆先」に関連したことを教祖が説かれたこと興奮気味に紹介しているが、高安大教会史にも掲載がありますの、ぜひご覧ください。  

 

 

 

 

 

 

 

 

  知人をご案内するために、久しぶりに東本大教会を参拝させて頂きました。 東京都墨田区本所1丁目13番17号にある大きな教会で、天理教の中では、その規模の大きさから有名です。

  ことに東本大教会の初代会長の「中川よし」様が第二に教祖と言われるほど、大きな救済をされた方で、伝記もあります。 

  

 

 

 

  もともとは、京都の赤熊で布教をされていて、おたすけのお願いとお礼のために、お地場まで徒歩で100キロの道を歩まれたことが有名です。 東京に明治29年単独布教で来られ、住むところも、金銭もない中で、乳飲み子を背負いながら、布教をされました。その中なから、不思議な助けがあり、寄付する支援者、信徒が形成されて、涙でつけた東本の道が形成されたことが知られています。

 

  明治31年10月1日 高安 東本布教所設置願

  「さあさあ 尋ねる事情事情 さあ事情は願通り願通り許し置こう許し置こう」

 

 との鮮やかな布教所設置のお許しが本席様からありました。  

 

 また、

 

 明治39年2月24日 東本出張所支教会に昇格願

  「さあさあ尋ねる事情事情、尋ねる事情は前々事情、又一時事情を以てこうと言う一つ、

   皆心どうでも是は皆進む事情、願通り願通り許そ許そ、 さあ許し置こう。」

 

 と一同の心を神様は頼もしく思って、昇格も許されたのでした。 そうした想い、伝統と歴史のある教会です。

 

 なおこの2月24日の「おさしづ」をみると、合計40件の教会関連の「願い」が出され、それに対しる許しがあった。本席さまによる、大変な御用があったことになる。 中には許されなかった「願い」もあったはずだが、それは歴史的に検証しないといけない。

  

 また東京における布教経路について、早田先生の以下の研究があります。 

GT天理-154 (tenri-u.ac.jp)

 

 ただ部内教会が沢山ありましたが、最近、多くの事情教会が整理・統合されたようです。

 

 東本から分かれた大教会として、本芝大教会(東京都港区高輪1丁目22−17)があり、

 そこから本理世大教会( 入江和徳会長、東京都新宿区西落合1丁目9−1)が平成になって分離しました。

 その他、東本の流れとして本保大教会(明治36年設立、東京都八王子市暁町1-37-11)がある。

 

 佐津川先生は令和5年には創立120周年。5代会長の報告祭があるという。

 

 東本大教会の中でも大きな分教会があり、以下が有名です。

 

   本坂分教会 ( 大阪府大阪市生野区林寺4-2-25

 

 

本月分教会 ( 東京都世田谷区代田1-26-9)

本月分教会 - ホームページ

  

 草梁分教会 ( 京都府京都市東山区今熊野剣宮町24 )  

      初代会長 高橋兵輔 『中川与志』の著者

      2代会長 高橋定嗣 『大いなる慈母』の著作

      3代会長 高橋聡一  早稲田大学出身、 月刊『陽気』昭和63年4月号、懸賞小説佳作入選 「道を求めて」

 

 

 

 8月末の日曜日の昼下がり、2人で参拝させてもらいました。 お賽銭箱には、紙幣をいれさせてもらいました。

 東中央大教会も大きいですが、こちはさらに大きく、奥行きもありました。 神殿内の右手の上には修養科生00名などの目標、初代会長追慕00周年などの大きな横断幕が掲げてありました。

 

 見ず知らずに私たちに、住み込みの老婦人(S埼様)が親切に対応してくださり、お茶と煎餅をいただきました。

 その老先生からは、いろいろな話をいただき、大変勉強になりました。 コロナは世界の掃除であること、神がめどうか人がめどうか。神様は目には見えないが、働きとして見える。 修理人の山名大教会長の話として、その母は諸井ろくさんで、生まれる前からおさづけをいただいた魂の方で、その母から仕込まれた話として、親心の尊さが感じられる逸話をいただきました。  

  住み込み人が80名いるそうで、午後の神殿ひのきしんも行われていました。 

 神殿の横の信徒会館は25年以上まえに建てられたものです。 私も初めて見ました。 

 

 

 

 
 
「みちのとも」に掲載された逸話を以下に。出典は、国会図書館デジタル資料より。
天理大学宗教文化研究所 編 『真実の道 : 信仰例話集』 天理教道友社、1952年、371頁
 
https://dl.ndl.go.jp/pid/2976617
 
 

 

 

  「平成の時代に、存命の教祖のお詞がありました」と言えば、今の天理教の本部からみたら、即刻に異端審問に掛けられ、関係者は免職処分になるだろう。

 

 実際に、長野県のある熱心な教会の娘さんに、天啓があったとされ、その教会は資格をはく奪されたらしい。

 

 さて、本ブログは天理教では異端とされる茨木事件以降の、裏の道として100年近い代々の天啓の流れを知悉する者として、20歳のある娘さんが残された平成時代の神の詞を此処で勉強したい。その女性はすでに出直され、それも大きな役割を果たすために早世された。しかし、多くの人に読んで欲しかったというメッセージだけは私の中に大きく残っている。 以下引用します。

 

 なお、これは本席様のような音声の御用で筆取り体制があったわけではなく、本人の魂に映った神のメッセージを本人が書きとったものである。 

 

 「平成3年8月16日 午前5時30分より

 

 世の中に不自由な者が どんなにか多くいるやら知れん

 その者たちを 皆 自由にしてやりたいと 神は願うているのや

 神の思惑を よう聞き分け この世の人間 ただ一人として 不自由なままには しておけん

 

 不自由というは それ 苦しいものや 今も苦しんでおるのが 映ってくるで

 

 早う 自由(じゅうよう)の理教えたい 自由(じゅうよう)の理 どこにあるかというたら

 銘々の胸の内 心の中にあるものよ

 

 ただ 心に磨きを かけんことには 自由(じゅうよう)の理は 見えてこぬもの

 

 神(をや)の詞(ことば)は 心に 磨きをかけるもの 磨き かけんと 何も見えんで

 

 神の詞により 一つ一つ 心の汚れを ぬぐいさり

 

 きれいな 自由(じゅうよう)の理 見えかけたことなら もう苦しむこといらん

 

 磨きを かけるというは 神の詞 一つ一つを 自分の胸に 刻み込んでいくもの

 

 しっかり 刻み込んだ ことなら 消えることはない

 

 心の汚れは ぬぐえば 落ちもしようが

 

 心に刻んだ 神の詞は 末代ものや

 

 しっかり深く 心に 残してくれよ

 

 午後5時50分終了 歯の痛みより 〇〇 拝す合掌  」

 

 現代の奈良の方言らしいが、平成時代の存命の教祖(おやさま)の詞(ことば)である。

 

SDGsにもある一人も残さず助けたいという文言は2030年を目指すが、これは永遠の神(をや)の気持ちを表している。  

 

アフガニスタンでのことも、格差が広がる日本国内、また世界でも、神様の気持ちは、まさに一人一人の人類におよんでいる。 

 

人間が陽気暮らしするには、人間の主体的な精神によって絶対的自由の理を獲得しなければならない。

 

コロナ感染はまさに不自由の世界であり、人類はコロナ後を切望しているが、「心の磨き」をしない限り、感染は終息しない。

 

 汚れた不自由な心の蓄積が不自由な境遇を生んでいる。その汚れを主体的に洗うこと、神の詞を心に刻むことで、自由の理をいただける。 

 不平や不満、不足の心は汚れた心で、誰もが使っている汚れである。ただその汚れは洗うことができる。ここに信仰心が必要で、日々の信心による心磨きが求められる。  

 

 今日も広大な守護の中に生かされいることを大きく、深く受け取りたいと思います。 合掌。  

 

すでに、この事件について以前、以下にも書きました。

 

 

新しい資料が見つかり、改めて再考したく存じます。

 

『山田倉之助文書 天理教敷島大教会』(天理教敷島大教会史料集成部編、平成13年)

 

この資料は、敷島大教会三代会長の手記を復刻したもので、伝道史が専門の天理大学の元助教授の金子圭助先生が判読を支援したという優れた書籍です。 道友社でもよく販売したことは偉いです。  

 

 

山田倉之助の母の「こいそ」さんは、山中忠七の娘で、教祖の傍で仕込まれた女性として著名な人だ。その「こいそ」さんから倉之助さんが聞き取った、教祖の事績として、以下を引用します。

 

「・・・なれど御教祖様におかれても 同じ人間の身のこころのせつなみハおなじ事、わがみさへなくバ夫にもこのくろふをかける事のなきものをと ふかくかくごをあそばされ 石をひろふて袖に入れ 池のつつみまで御越しなされしに どふしてもゆかれず

 それゆゑ一度御帰りになり二度目にまた裏門までゆかれしに 火の玉がとんできてどふしてもゆかれず 

 それがため 井戸へ身をしづめよふとおもひ 井戸がわをもたれしに 是もどふしてもはまることできす

 三度目にまたまたおもひきって井戸へゆこふをおもひお立ちなされしに このたびハ からだしびれて一足も行く事ができなかったとの事であります云々

 

 右は元治元年八月十九日御教祖様大豆越の山中宅へ(母ノ出里、山中忠七)御越し下されし時教祖様より直接母が承りし由ニ聞く」

(同書、413頁より引用)

 

これは、一言で言って、教祖が夫に対して申し訳なく、自殺を何度も試みたが、どうしても体が動かなったという不思議な話です。よく読むと、三度でなく、四度自殺を試したことが分かります。宮池だけでなく、井戸も利用されました。 これは『稿本 天理教教祖伝』では扱ってない史実のようです。

 

また下記のサイトでは、身投げ事件は、梅谷四郎兵衛だけが聞いたストーリーという根拠にもとに議論していますが、これも誤まった典拠にあるようです。

 

 

 

 

 しかし、かしものかりものの肉体であること、その肉体を自分がおもう通りに動かない。これは、神様が教祖に自殺しないように、とどめた不思議な実話だと思われます。教祖も同じ人間として、心が自由であり、その自由な心で、夫のために自殺しようとしたのは史実のようです。

 

 教祖は月日の社となって、即、神心、完全無欠の心に変身したという、二代真柱の説く神学的解釈には、無理があるのではないでしょうか。 

 

 50年のひな型を通じて、40代のアラフォーの主婦から老婆へとなる中で、艱難辛苦の中で、自らの魂が錬磨され、だれもが慕う神格者へと成人されたことが、ひな型の意義だと思われます。   

 

  コロナで注射を打つつもりが、医師の都合と打てなかった。 その後,より優れた薬をあたわった。  何かができないことが、神様のなさる不思議な世界ではよくあります。  

 

 上記の引用の省略した箇所には夫の善兵衛さんが、刀を抜いて教祖を説き伏せようとした場面が書かれいました。教祖伝にも書かれた有名な史実です。中山家が没落することを村人に批判されて、妻に騙されているぞと言われて、夫の善兵衛さんは普通の人間として、憤ることは当然です。 

 

 人間としてプライドも誇りも傷ついて黙っている人はいないでしょう。  

 

 パラリンピックのアスリートたちの誇り高いプライドの精神に皆感動しています。  

 

 さて、不思議な助けが全くなく、中山家が貧のドン底へ零落する中で、「並ぶものがいな屋敷」にしてやろうという教祖を通じた神様の話は全く信じられなかったことでしょう。  

 

 不思議な奇跡も救いもない中で、教祖の肉体を通じた不思議な現象がありました。夫の無理解や世間の嘲笑の中で、信仰を貫くことは至難なことではないでしょうか。  教祖は目に見えない神、しかし、心のうちに映じてくる神の言葉を頼りとして、信仰を貫く精神を示しました。それが人類への垂訓となる「ひながた」となりました。

 

他方で、善兵衛さんは、本当に苦労し、中山家が隆盛になるのを見ずに、出直されました。  

 

道具主の一人であるギ様の魂をもった善兵衛さん、生まれ変わって、地場にまた戻って、かぐらづとめの人衆として中山家の栄光を感じるときが、この道が永遠につづく中で、かならず実現することでしょう。 

 

善兵衛さんの魂の行方は、今の本部の体制では、全く未知数です。  

 

 この道の「元の理」の実現には、教祖の含め、8人の道具の魂をもった人達が再生して「かぐらづとめ」が厳修されねばなりません。

 

 この道は天直々の指導をうけねばならないことは明々白々ではないでしょうか。

 

人がめどうか、神がめどうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

天理教には、いわゆる三原典があり、それは啓典宗教における聖書と同様に、信仰の源泉となる書物である。

 

天理教の三原典とは、「みかぐら歌」「おふでさき」「おさしづ」の3つの書物であり、日本語で誰でも読めるものである。言語化された言葉であり、お言葉、さらに、その後、100年以上連綿と続いている詞も入れて、広くお詞(ことば)、または神の詞(ことば)と言い換えられている。

 

みかぐら歌は、日々のつとめの地歌でもあり、大変親しまれている原典である。最新の神の詞によって、その意味世界がより深まり、豊穣となっていく。  みかぐた歌を唱えるなかで、神人一体的になる祈りの言語である。   

 

みかぐら歌の第一節、第二節、第三節は、地場の甘露台の周りでつとめるかぐらづとめの地歌であり、

 かぐらづとめこそは、天理教の最高儀礼である。 世界救済の秘儀としての思惑がある。 

 かぐらづとめは地場でだけ許されたつとめであることが、「おさしづ」でも説かれている。

 

みかぐた歌の第四節の「よろづよ」、第五節「十二下り」は手踊りの地歌であり、地場でも各教会でも立って踊られる。

 

「おふでさき」は教祖が直筆の原典であり、1711首の和歌からなる。  教義の根幹となる教え、時事的問題への対処、側近者への仕込みが中心となっている。

 

「おさしづ」は、教祖の言葉もわずかにあるが、大半は啓示者、飯降伊蔵の音声言語の筆記録であり、分量的には原典の中で最も多い。

 

 啓示者の飯降伊蔵は天職名として「本席」という言葉が神様から与えれ、本席様と周囲から呼ばれた。

 

しかし、これは一般の人には公刊されていない。教会の会長など関係者にしか配布されていない。「おさしづ」の抄録は道友社でも買えるらしい。

 

『おさしづ索引』3巻が天理教教義及史料集成部で教祖百年祭を記念して出版された。

 

『おさしづ索引 一 あーこ』の「はしがき」に以下のような文言がある。

 

「おさしづは、教祖のお口を通して伝えられた親神様のお言葉を、取次が筆に執って筆録したものである。

 

 教祖がやしろの扉を開き給うてから後は、本席の口を通して伝えられた御存命の教祖のお言葉である。

 

 約二十年間にわたって集積されたものであるから、・・・・」

 

ここで、おさしづは「本席の口を通して伝えられた御存命の教祖のお言葉である」と明言されている。

 

存命の教祖の言葉がさしづであり、それを筆録しているのが取次(人)である。 取次人から真柱、本部員、教会長へと神様の思惑が伝達される。

 

「この索引を通じて、全よふぼくの心がいっそう明るくなり、たすけ一条の活動がいっそう活発となり、ふしぎなたすけを続々とお見せいただくように願ってやまない」と編者は書かれている。 昭和57年10月26日に集成部の主任が書かれたものだろう。

 

今から40年前のこの編集者の願いは、今でも生きているものである。  「おさしづ」の研究こそ、天理教に残された最後の遺言として、しっかりその神意を読み解かねばならない。

 

次回は、「秋を合図」を一人の取次人の責任として読み解いてみたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不思議や奇跡で助かった、それで終わりという神ではない。助かった意味、そのもと、根源的な理の諭しをしたいのが神様の本音である。

 

しかし、人間から求めて、本真実を知りたいという意欲がなければ、神様は無理に人間に教えを開示されない。

 

 真柱様は、おさづけを渡すことはできても、存命の教祖(おやさま)の思惑を明かすことはもちろんできない。今の本部の集団指導体制の中では、声の大きな人の発言がそのまま通ってしまうだろう。 そこには幾重の人間心が入り込む余地があり、縮小均衡していき、高齢化が進む教団、若者離れが止まらない教団の行く末は、そのまま温存されるだろう。  

 

「きゝたくバたつねくるならいうてきかす よろづいさいのもとなるを」 (みかぐら歌、よろづよ八首)

 

 聞きたいとは、人間が神様に聞きたいと思うことであり、その答えをするのが教会長の仕事である。その教会長が無理なら、上級の会長さん、上へ上へといって、最終的には教団の表統領が答えるのか、本部員の重鎮が答えるのか。  

 

 よろづ委細を答えることが出来るのは、教祖や本席様のような方である。  そのような理を説く方を、本ブログでは、「神の機械」と呼称している。 機械とは、明らかに真柱様とは明らかに異なる役割である。 

 

 神様の思惑は、天保9年から顕現し、それは永遠に不変で変わらない「をや」の思惑である。 本来的には、片だよりでなく、神様と共に歩む道である。

 

 人間が限界を敷いて、神様についてこれないなら、それ以上の展開は人間の心で模索するしかない。  

 

 聖なる存在(機械)がなくなり、世俗化した今の教団として100年近くたった。  100年前のスペイン風邪の世界的流行は、御母堂様(教祖のお孫の中山たまへ様)がおさづけの理を渡し始めた時期と符号する。 

 

 100年たって、真柱様が脳こうそくか何かで倒れられ、おさづけ停止という事情が同様に発生した。 幸い出直されることはなく、御不自由な身上の中、命がけで、おさづけの運びを再開されていると伺う。 腹も座って、大教団のトップとしての風格も備わったという。

 

 100年たって、グローバル化がさらに進む中でのコロナ感染の拡大である。

 

 東京の感染者も5000人を超えて(2021年8月5日)、感染爆発の異常局面を迎えている。 目に見える神様のお仕込みにとしての世界的コロナ感染は変異種が次々に出て、完全終息までに何年もかかるかもしれない。 世界の助けを急くために、神様の並々ならぬ事情の与えである。世界は不安に思っても、理の信仰者は成ってくる理を大きく、深く悟っていかねばならない。 

 

 何事も神様が支配している世界での事情であるから。  目先の事情に一喜一憂していては、いつまでも心は澄まない。

 

  神様のことばを通じた理の仕込みがないことが100年も続いて、その理の仕込みがないことに自覚そのものすらない世俗化した教団の今。 天の声を求める末端の人たちの声なき誠の声が広がることに期待したい。    合掌

 

 

  

 

 

  

 悪しき払いのつとめの際、太鼓は右手で3回叩いて、1度休む。3回叩いて、1度休むを繰り返す。

悪しき払いのお歌は21回、同じ歌を繰り返し唱和する。 この連続性の中で、当初だけ2回の連続だが、

2回目以降へ連続する中で、3度叩くことになる。 

すなわち最後の「と」の後に、冒頭の「あ」と「は」に連続して、3度叩くという意味である:

 さらに1度休んで、3度叩くことになる。「た」 「て」 「わう」の3度を叩く。

 

 最後の21回目の時だけ、左手で「こ」を打つ手を入れて、エンディングを印象づける。 

 

 

 

●    ●        ●   ●   ●     ● 

あしきをはらうてたすけたまへ てんりわうのみこと

 

●    ●        ●   ●   ●     ● 

あしきをはらうてたすけたまへ てんりわうのみこと

 

 

・・・・・・・・・・・・・・ (中略)・・・・・・

 

 

●    ●        ●   ●   ●     ● 

あしきをはらうてたすけたまへ てんりわうのみこと

                                                                ●

 

 

冒頭の二回の連続だが、 1度休んで、 3回叩き、 1度休んで 3度叩く。

 

拍子木が全体の指揮をとり、ちゃんぽんが拍子木の裏の音を出すことで、対照性の音質となり、摺り鉦(がね)がリズムを作る。

この中で、太鼓は上記のリズムで一番大きな音響を出す。 拍子木の打つ音の一部に太鼓も同時合わせることとなっている。

 

汚れた人間心の掃除、それが悪しき払いであり、それなしに、人間の救いはもたらされない。これは永遠の作業であることが、21回の連続性の中に込められているように思う。  悪しき払いとは心の汚れを洗うこと、神の詞を心の刻むことである。

 

 住宅街が密集する中にある教会では、天理教の教会で朝夕のつとめ、月次祭の祭典でのおつとめで特に太鼓の音は大音響であり、各所で嫌がれているようだ。 警察に苦情を唱えて、警察が来た時もある。  世間の無知、批判の中で、いかに天理王のつとめで、いい匂いがけができるか、これが各所の教会に問われている。

 

 

 キリスト教の新約聖書の共観福音書はイエスの伝記、イエスが行った多くの奇跡が書かれている。史的イエスの歴史学的な探究あるなかでも、イエスは尋常ならざる人間であり、神の子とされるイエスならではの経歴が伺える。その経歴は磔刑になる前の2,3年の出来事が中心である。

 これに対して、教祖の宗教者としての50年の歴史は長い。

 

 天理教の教祖(教祖)である教祖(おやさま)の神がかり以降の当初の20年余りには、何も奇跡も不思議もなかった。しかし、おびや助けから霊救的な不思議が生まれ、安産の神として世の中に知られるようになった。その噂の影響のなかで、後に有名な高弟たちにも不思議な助けをいただき、信徒となっていく。

 

 「ふしぎなたすけハこのところ おびやはうそのゆるしだす」 (みかぐら歌 五下り目 二ツ)

 (不思議  助け          帯屋 疱瘡  許し出す)

 

  不思議な救いをいただくことと、さらに救われた人が立派な信仰者になることの間には大きな懸隔がある。

  不思議、奇跡で何百人、何千人が実際に教祖によって、救われただろう。しかし、信仰者となる人は、僅かであった。

  またたとえ、信徒数が増えても、信徒の信仰心の霊的次元が上がるか否かが問われる。

  助かりたい人間から、助けたい人間へ。 自己中心から利他的・実在中心へ。心の変容、心の成人を進めることが、信仰者としての課題である。 不足多い人間から喜びの多い人間へ。   

 

 不思議や奇跡はその人にとっての主観的な認識を意味する。 目の見えなかった人が見えるようになる。足が不自由な人が、歩けるようになる。癌が消える。病が根が切れる。・・・天理教以外でもどこの宗教でも、似たような奇跡・不思議があり、それぞれの宗教が存立している要因にもなるだろう。

 

 より普遍的な奇跡とは、人間が存在していること。人間が生きていること。生かされていること。これが最大の不思議であり、奇跡ではないだろうか。自然の偶然が重なり、生命の進化という長い経路の中で、多くの発展経路がある中で、ヒトが誕生した。 自然科学的に考察しても、人間が生まれた理由は分からない。偶然ではなく、意図があったほうが説明しやすい。創造者としての神の意図が、教祖を通じて顕現されたという第二の奇跡・不思議がある。

 

「ふしぎなたすけをしてゐれど あらはれでるのがいまはじめ」 (みかぐら歌十下り 二ツ)

(不思議 助け           現れ出る     今始め) 

 

人間が生きていることの奇跡・不思議を今感じる。その今は永遠の神の思惑に初めて触れる瞬間である。

 

貸しもの・借り物の肉体であり、今日も元気に暮らすことができている。その喜びがあり、日々の仕事も遊びもオリンピックもできている。

 

理の仕込みが永遠につづく中で、今現在の最新の神様のお話から、このように悟らせてもらいます。  合掌  

 

 

 

 

 連日、日本人選手のメダルラッシュで、東京オリンピックの開催の是非や中止の声もトーンダウンしている感じだ。

 

  柔道の4日連続の金メダル。ソフトボール女子の13年ぶり開催の連覇、水泳女子の二冠達成などなど・・・。  

 

 酷暑の中での開催で、外出するにも普通の人でも苦労が多く、熱中症で倒れる人もいる。

生きていくことが苦しいのが、この暑さであり、「かしもの」の肉体をいかに安全に保てられるかが銘々に問われている。

 

生命の危機であるコロナ感染の急拡大であり、その中で、海外から何万人のオリンピック関係者も来訪されてのオリンピック開催には野党や大新聞社からの批判も多い。 

 

 その中でもアスリートたちの活躍ぶりには、人を感動させるものがあり、1年延期ある中での異常事態のもとでの開催は、歴史的偉業として、後世に語られるかもしれない。

日の目の当らないところにも多くのストーリーと偉業があり、人々の心に大きなインパクトを与えている。日本が世界のために多額の財政赤字で開催したこと(無観客試合の実施)に、多くの人たちは感謝するだろう。  

 

 メディア、TV、インターネットを活用したデジタルトランスフォーメーションはさらに加速するだろう。

 

 日本を治める地場の理が奥の理として控えており、神様が許しているからこそできてている開催である。 オリンピック金メダル二連覇の偉業を達成した天理大学出身の柔道家(大野将平さん)の発言にもあるが、「何者かが支えて勝利できた」。 世俗的に言えば、勝利の女神がささやいている。 実際、親神さまもオリンピック精神には賛同するものがあるだろうし、万人平等の平和観や一人も残さず助けたいという教祖の精神に通じる。  

 

 アスリートの偉業に感謝しつつ、その裏にある「かしものかりもの」の理の尊さ、そして森羅万象を支配する神様の広大な御守護の一端を少しでも味わいたいと思う。   合掌

教祖(おやさま)が残された『みかぐら歌』の3下り目4つに以下のお言葉がある。

 

 よう/\こゝまでついてきた  じつのたすけハこれからや

 

天理教のひとならだれでも知っている、『みかぐら歌』の一節だ。この永遠の神の御言葉の現代的意味について、最新の神様のからのお話をもとに、考察したい。

 

『みかぐら歌』は、神様から人間へのそのお気持ちの投げかけがあり、人間がそれに応答して、神人一体の心境になっていくのが、信仰の極意であるが、ここにもその深遠な意味が内蔵されている。

 

 「ついてきた」のは人間であるが、何についてきたのか? それはまさに神様のお詞(ことば)に着いてきた来た人間に諭すという意味が込められている。 存命の月日である、教祖の今なる御用の言葉によくぞ着いて来たという、投げかけの言葉である。

 

 神様についてきているのか、ついていないのか? それは人間側からは分からない。神様から語り掛けられて、初めて分かる真実である。 

 

 存命の教祖(おやさま)は、今のお地場にいません。教祖殿が本部にあっても、教祖の声はない。すわなち、教祖はいないのである。場所を変えて、所を変えて、求める人には存命の理が続く。教祖が顕現されている。

 

 それを教会本部は異端だと断罪するだろう。天理教の人たちが言う教祖の昔の言葉に、我々こそは一番従っているという。 本部の誰が、神様の今のお気持ちをもっともよく知り、発信しているのだろうか。 教祖や本席様がご在世の時は、こうこういわれたことは史実として分かる。それでは、今なるの神様の気持ちは、ご本部の方々でも全く不明である。 天理会本部、それは人間集団なのである。 

 

 教会本部に従う、大教会な部下教会など、教会系統の中に、もろもろの矛盾が起きているらしい。ネット社会の今、外部に我々にも、よく写っている。形骸化した世俗教団の行方は心配である。 信者たちを喜ばす信仰があるのか。      

 

 さて、コロナ禍の中、まさに神様は「じつのたすけ」はこれから始まるとの仰せである。コロナ禍はこれまでにない空前絶後の世界の大掃除であり、神様が形の世界を支配しながら、巨大な思惑がかかっている。 

 

 これから神様が用意する「新しい時代」が始まるという。コロナ禍の行方に人類は絶望し、感染者の再拡大に一喜一憂している。しかし、形の世界は神様のされること、心づくりは人間の仕事である。神様のなさりようを、その働きを見るのは人間の仕事である。人間の心次第に応じて、新しい形、新しい時代が作られてゆく。 

 

人間の心通りに形の世界が守護されるという真理のもと、神と人との共同で新しい時代は作られていく。新しい発明もあるだろうし、技術革新とその急速な普及もあるだろう。

 

 人間が自分で通る道ではないという。神と共に、神の詞をもとに通る道とされる。  それが末代永遠の道である。 教会本部に従って、末代永遠の展望があるのかないのか。   

 

 この道は、教祖・本席様と天直接の指導の下に展開した史実がある。 そのもとで、まがりなりにも確かな発展と展開と展望もあった。

 

 地場で天啓者(存命の理を体現する人、機械)が追放され、スペイン風邪が世界的大流行となる。 あれから100年。 歴史は繰り返す。今のコロナ禍は、100年前の天啓者の追放事件を回顧すべき時である。誠に大きな時代の転換点を迎えている。

 

 ついてこれない人たちは、限界を自ら作っている。末代の道についていきたいという気持ちがないと、それが限界を作る。何度生まれ変わっても、神様の話についていけるか、ついてこれないか。  

 

 神様の理は永遠であり、「をや」の思惑がいつまでの変わらないこと、そのことが最新の神様のお話を通じて、確信されました。 

 かしものかりもの理のもと、人間は生かされている。生きている。 人間には生きる希望があり、喜びがある。

 

 合掌