天理教には、いわゆる三原典があり、それは啓典宗教における聖書と同様に、信仰の源泉となる書物である。
天理教の三原典とは、「みかぐら歌」「おふでさき」「おさしづ」の3つの書物であり、日本語で誰でも読めるものである。言語化された言葉であり、お言葉、さらに、その後、100年以上連綿と続いている詞も入れて、広くお詞(ことば)、または神の詞(ことば)と言い換えられている。
みかぐら歌は、日々のつとめの地歌でもあり、大変親しまれている原典である。最新の神の詞によって、その意味世界がより深まり、豊穣となっていく。 みかぐた歌を唱えるなかで、神人一体的になる祈りの言語である。
みかぐら歌の第一節、第二節、第三節は、地場の甘露台の周りでつとめるかぐらづとめの地歌であり、
かぐらづとめこそは、天理教の最高儀礼である。 世界救済の秘儀としての思惑がある。
かぐらづとめは地場でだけ許されたつとめであることが、「おさしづ」でも説かれている。
みかぐた歌の第四節の「よろづよ」、第五節「十二下り」は手踊りの地歌であり、地場でも各教会でも立って踊られる。
「おふでさき」は教祖が直筆の原典であり、1711首の和歌からなる。 教義の根幹となる教え、時事的問題への対処、側近者への仕込みが中心となっている。
「おさしづ」は、教祖の言葉もわずかにあるが、大半は啓示者、飯降伊蔵の音声言語の筆記録であり、分量的には原典の中で最も多い。
啓示者の飯降伊蔵は天職名として「本席」という言葉が神様から与えれ、本席様と周囲から呼ばれた。
しかし、これは一般の人には公刊されていない。教会の会長など関係者にしか配布されていない。「おさしづ」の抄録は道友社でも買えるらしい。
『おさしづ索引』3巻が天理教教義及史料集成部で教祖百年祭を記念して出版された。
『おさしづ索引 一 あーこ』の「はしがき」に以下のような文言がある。
「おさしづは、教祖のお口を通して伝えられた親神様のお言葉を、取次が筆に執って筆録したものである。
教祖がやしろの扉を開き給うてから後は、本席の口を通して伝えられた御存命の教祖のお言葉である。
約二十年間にわたって集積されたものであるから、・・・・」
ここで、おさしづは「本席の口を通して伝えられた御存命の教祖のお言葉である」と明言されている。
存命の教祖の言葉がさしづであり、それを筆録しているのが取次(人)である。 取次人から真柱、本部員、教会長へと神様の思惑が伝達される。
「この索引を通じて、全よふぼくの心がいっそう明るくなり、たすけ一条の活動がいっそう活発となり、ふしぎなたすけを続々とお見せいただくように願ってやまない」と編者は書かれている。 昭和57年10月26日に集成部の主任が書かれたものだろう。
今から40年前のこの編集者の願いは、今でも生きているものである。 「おさしづ」の研究こそ、天理教に残された最後の遺言として、しっかりその神意を読み解かねばならない。
次回は、「秋を合図」を一人の取次人の責任として読み解いてみたい。