天理教東本大教会を参拝ー中川よし初代会長のエピソード | 「天理教」は宗教か、真実の教えか

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「天理教」に関するまじめな宗教学的、神学的な考察

  知人をご案内するために、久しぶりに東本大教会を参拝させて頂きました。 東京都墨田区本所1丁目13番17号にある大きな教会で、天理教の中では、その規模の大きさから有名です。

  ことに東本大教会の初代会長の「中川よし」様が第二に教祖と言われるほど、大きな救済をされた方で、伝記もあります。 

  

 

 

 

  もともとは、京都の赤熊で布教をされていて、おたすけのお願いとお礼のために、お地場まで徒歩で100キロの道を歩まれたことが有名です。 東京に明治29年単独布教で来られ、住むところも、金銭もない中で、乳飲み子を背負いながら、布教をされました。その中なから、不思議な助けがあり、寄付する支援者、信徒が形成されて、涙でつけた東本の道が形成されたことが知られています。

 

  明治31年10月1日 高安 東本布教所設置願

  「さあさあ 尋ねる事情事情 さあ事情は願通り願通り許し置こう許し置こう」

 

 との鮮やかな布教所設置のお許しが本席様からありました。  

 

 また、

 

 明治39年2月24日 東本出張所支教会に昇格願

  「さあさあ尋ねる事情事情、尋ねる事情は前々事情、又一時事情を以てこうと言う一つ、

   皆心どうでも是は皆進む事情、願通り願通り許そ許そ、 さあ許し置こう。」

 

 と一同の心を神様は頼もしく思って、昇格も許されたのでした。 そうした想い、伝統と歴史のある教会です。

 

 なおこの2月24日の「おさしづ」をみると、合計40件の教会関連の「願い」が出され、それに対しる許しがあった。本席さまによる、大変な御用があったことになる。 中には許されなかった「願い」もあったはずだが、それは歴史的に検証しないといけない。

  

 また東京における布教経路について、早田先生の以下の研究があります。 

GT天理-154 (tenri-u.ac.jp)

 

 ただ部内教会が沢山ありましたが、最近、多くの事情教会が整理・統合されたようです。

 

 東本から分かれた大教会として、本芝大教会(東京都港区高輪1丁目22−17)があり、

 そこから本理世大教会( 入江和徳会長、東京都新宿区西落合1丁目9−1)が平成になって分離しました。

 その他、東本の流れとして本保大教会(明治36年設立、東京都八王子市暁町1-37-11)がある。

 

 佐津川先生は令和5年には創立120周年。5代会長の報告祭があるという。

 

 東本大教会の中でも大きな分教会があり、以下が有名です。

 

   本坂分教会 ( 大阪府大阪市生野区林寺4-2-25

 

 

本月分教会 ( 東京都世田谷区代田1-26-9)

本月分教会 - ホームページ

  

 草梁分教会 ( 京都府京都市東山区今熊野剣宮町24 )  

      初代会長 高橋兵輔 『中川与志』の著者

      2代会長 高橋定嗣 『大いなる慈母』の著作

      3代会長 高橋聡一  早稲田大学出身、 月刊『陽気』昭和63年4月号、懸賞小説佳作入選 「道を求めて」

 

 

 

 8月末の日曜日の昼下がり、2人で参拝させてもらいました。 お賽銭箱には、紙幣をいれさせてもらいました。

 東中央大教会も大きいですが、こちはさらに大きく、奥行きもありました。 神殿内の右手の上には修養科生00名などの目標、初代会長追慕00周年などの大きな横断幕が掲げてありました。

 

 見ず知らずに私たちに、住み込みの老婦人(S埼様)が親切に対応してくださり、お茶と煎餅をいただきました。

 その老先生からは、いろいろな話をいただき、大変勉強になりました。 コロナは世界の掃除であること、神がめどうか人がめどうか。神様は目には見えないが、働きとして見える。 修理人の山名大教会長の話として、その母は諸井ろくさんで、生まれる前からおさづけをいただいた魂の方で、その母から仕込まれた話として、親心の尊さが感じられる逸話をいただきました。  

  住み込み人が80名いるそうで、午後の神殿ひのきしんも行われていました。 

 神殿の横の信徒会館は25年以上まえに建てられたものです。 私も初めて見ました。 

 

 

 

 
 
「みちのとも」に掲載された逸話を以下に。出典は、国会図書館デジタル資料より。
天理大学宗教文化研究所 編 『真実の道 : 信仰例話集』 天理教道友社、1952年、371頁
 
https://dl.ndl.go.jp/pid/2976617