悪しき払いのつとめの際、太鼓は右手で3回叩いて、1度休む。3回叩いて、1度休むを繰り返す。
悪しき払いのお歌は21回、同じ歌を繰り返し唱和する。 この連続性の中で、当初だけ2回の連続だが、
2回目以降へ連続する中で、3度叩くことになる。
すなわち最後の「と」の後に、冒頭の「あ」と「は」に連続して、3度叩くという意味である:
さらに1度休んで、3度叩くことになる。「た」 「て」 「わう」の3度を叩く。
最後の21回目の時だけ、左手で「こ」を打つ手を入れて、エンディングを印象づける。
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あしきをはらうてたすけたまへ てんりわうのみこと
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あしきをはらうてたすけたまへ てんりわうのみこと
・・・・・・・・・・・・・・ (中略)・・・・・・
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あしきをはらうてたすけたまへ てんりわうのみこと
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冒頭の二回の連続だが、 1度休んで、 3回叩き、 1度休んで 3度叩く。
拍子木が全体の指揮をとり、ちゃんぽんが拍子木の裏の音を出すことで、対照性の音質となり、摺り鉦(がね)がリズムを作る。
この中で、太鼓は上記のリズムで一番大きな音響を出す。 拍子木の打つ音の一部に太鼓も同時合わせることとなっている。
汚れた人間心の掃除、それが悪しき払いであり、それなしに、人間の救いはもたらされない。これは永遠の作業であることが、21回の連続性の中に込められているように思う。 悪しき払いとは心の汚れを洗うこと、神の詞を心の刻むことである。
住宅街が密集する中にある教会では、天理教の教会で朝夕のつとめ、月次祭の祭典でのおつとめで特に太鼓の音は大音響であり、各所で嫌がれているようだ。 警察に苦情を唱えて、警察が来た時もある。 世間の無知、批判の中で、いかに天理王のつとめで、いい匂いがけができるか、これが各所の教会に問われている。


