淑女との戯れ ダットサン フェアレディ -2ページ目

淑女との戯れ ダットサン フェアレディ

フェアレディSP311の再生記事を中心に、あれこれと気ままにつづっています。

意外や意外、良い感じです

 

早速作業に取り掛かりましょうか!

 

取り出したるは、いつものベビーサンダーです。

 

 

サクッとスポークを惜しげもなく切断してしまいます。

 

 

分離された純正ボスの現状はこんな感じです。

 

 

せり上がり部分は、この形状では「レスレストン」は取り付けられないので、こちらも切断してフラットな状態に研磨しました。

 

 

更に側面も研磨してフラットにしていきます。

 

 

ターンシグナルキャンセラーの位置を前期型に合わせた位置で、センターをマジックで印ました。

 

 

「レスレストン」用のアダプターを、ドーナツ状に加工してもらったアルミ板から作成します。

 

 

各部の穴の位置を決めていきます。

 

 

穴あけとタップ加工をしていきます。

 

 

全パーツがそろいました!

 

 

合体します。

 

 

センターと位置合わせのために「合いマーク」をポンチして入れました。

 

 

ホーンのプレート、コネクターも装着して完了です。

 

 

取り付けてみました。良い感じ!

 

 

完成したボスは、「モモ&ナルディ」ボスと比較しても、約2㎝ 短くなっており目論見通りといったところです。

元のスポーク位置からは2㎝程度遠くなりますが、ステアリングそのものが純正よりもフラット形状なので大きな影響はありません。

しかし、ターンシグナルキャンセラーの出っ張りが、こんなに違うのに装着時に問題なく使えるというのは、それだけアバウトな関係なのでしょうね。

 

もしかしたら、510やS30用のボスも適当に加工すれば付けられるかな?・・・

なんて思ってみたりもします(笑)

しらんけど!

 

 

ボスはこれで完成です。

 

次回は、ホーンボタンも何とかしていきます。

ダメーで元々やるだけやってみろ!

 

純正のステアリングはあるのですが、割れてボロボロ。

これは以前に知人から頂いたもの・・・

でも、しっかり直さないと使えません。

 

 

このクルマを入手した時には、「モモのインディ」が装着されていましたが、全く似合ってないので、「モトリタMk4」をボスはそのままでアダプターを介して交換し乗ってました。 当時はポリッシュスポークで、こちらのブラックは二代目です。

 

 

これはこれで気に入っているのですが、ついに憧れの「レスレストン」が小生の元にやってくる機会に恵まれました。

なので、これを取付けたいのです。

 

その憧れは39年前のこの本との出会いにあります。

企画室ネコ スクランブルカーマガジン 別冊

1987年4月増刊号

「60’s goods manual」

 

 

 

ここに紹介され、表紙にも載っているものです。

 

 

さて、この憧れの君は、「モモやナルディ」と違って、ねじ4本留めというもので、我が淑女用のボスなど存在しません。

否、国産車用ボスは皆無と思われます。英国製なので、MGやミニでは知られた一品です。

 

だからといって諦めなんて言葉は我が辞書にはないのです。

何とかしようとすれば自ずと道は開かれるものです。

 

 

そこで、一応確認の為、「モトリタ」に使っていた「モモ&ナルディ」兼用ボスを「レスレストン」の穴に合わせた型紙をあてがってみました。

 

 

当然ながら取付穴が全く合わず使えるようには見えません。かと言って新たに「レスレストン」用に穴を開けようと思っても、兼用であるが故、穴数も多く、肉抜きもされて肉厚が薄くどうにもなりそうもありません。金属パテで埋めて開け直しという方法もありますが、強度を考えるとやめておくのが賢明です。

 

 

しかも、ボスの長さが5㎝あり、ターンシグナルレバーが遠くなって使いづらかったのと、ステアリング自体が自身に近すぎてしまうのも塩梅悪いのです。

したがって、アダプターを製作しても、「モトリタ」同様に上記の問題は改善されないのです。

 

それと、SPSR用のボスは専用となり、以降の日産車とは形状が異なるので流用は利きません。

因みにスプラインの数は36山で同じみたいですが、それだけといった感じです。

 

さてどうしましょう?

 

そこで白羽の矢が立ったのは、純正ステアリングのボスを利用する案です。

かとって、状態の良いものを加工するのも忍び難く、今持っているものも将来は修理したいと考えていますから、こちらも矢張り忍び難いのです。

 

そんな折、某オクでよくぞ出品してくれました!

と云わんばかりのボロボロのステアリングが出品されました。

 

後期型・・・いけるかな?

と、少し懸念はあるものの入手してみようということになり、ライバルを蹴落として何とかゲットできました。

ライバルも同じこと考えていたんだろうと思うのです。

出品者も、こんなもん買う奴いるんだ!と驚いていたかもですね~

 

こちらが戦利品。

 

 

誰がこんなもん買うんでしょうかね?

 

ハイ! アタシです!

 

肝心のボス部分は、ダイキャストでしっかりとしていますが、ホーンボタンに通じるプレートはサビサビです。

まあ~何とかなるでしょ(笑)

 

 

仮付けしてみたところ問題ありません。

 

 

ただ、ターンシグナルスイッチのキャンセラーの位置関係が、前期型('62~'67)と後期型('68~'70)で違っていました。

 

 

このあたりを注意して加工作業を進めていかないといけませんね。

 

次回は「ボス」加工製作をしていきます。

 

 

 

 

確かにこのクルマ、ミリとインチの混在なんですけれど・・・

 

日産の1960年代中期までの使用するネジの規格はメートル(ミリ)とインチとが混在しています。

小生、オールドダットサンと呼ばれる世代のクルマには縁がなくてネジ規格について知らないのですが、明治時代に米国や英国の技術者を招聘して多くの工業製品やインフラが整備されてきた歴史から考えると、それらもインチ規格の設計がされていたと思われます。

 

1955年(昭和30年)に通商産業省(現・経済産業省)が発表した「国民車構想」は、“大衆へのマイカー普及を目指した国家プロジェクト”で、各自動車メーカーはこれにのっとり海外の技術を学ぶために行動をしました。

日産自動車では英国製の「オースチン」を国産化するためにノックダウン生産を始めました。当初は「オースチンA40」で始めたもののすぐに本国でモデルチェンジが行われたため新型の「オースチンA50」の生産に切り替え最終的に完全国産化をさせて、次のモデルとしてその技術を生かし「30型のセドリック」として発売されました。

 

その他のメーカー、いすゞは英国の「ヒルマン」を国産化し、「ベレット、ベレル」を、日野は仏蘭西の「ルノー4CV」を国産化し、「コンテッサ」をと、それぞれ独自の新車を開発発売するに至りました。三菱はそれに先立った1949年に米国の:カイザーフレーザー社と提携しウィリスジープ、ヘンリーJなどのノックダウン生産を開始していました。これらの製造によりプレス技術の向上が図られました。ジープに関しては完全国産化したのは周知の通りですよね。

 

ただ、トヨタは「純国産主義」を貫き独自開発から「クラウン」を発売しています。今や世界一ともいえるトヨタの精神の“軸”はこの頃から変わっていないのかもしれませんね。日産は外資の影響もあり昔とは製品造りも違っているように感じますから。

 

1959年(昭和34年)には、「メートル法」が日本では一部の例外を除いて完全実施され、完全にメートル法へと移行しました。

こういった背景の中で工業製品は開発生産されていきます。

 

先程の「オースチン」の国産化の話に戻します。

英国では、ねじの規格が「インチ」です。従って当然国産化され完成されたものは「インチ規格」が基本になっていました。なので、この時代に新発売された日産車は、インチねじとメートルねじが混在しています。フェアレディもその中に含まれているため、基本的にねじは「インチ」が多く使われています。 

 

我が淑女のオリジナルエンジンは「ねじがインチ」で、補修部品として日産に注文したものの中には「部品番号統合」によって生産されたもの供給もいくつかありましたが、いざ付けようとすると付きません。統合後の製品はみんな「メートル規格」で生産されていたからです。正直なところいい加減なことをメーカーもするものです。規格の違う物を同じ後継品として売るのですから呆れてしまいます。そういう部品は諦めるか、一部加工するか、ねじを切り直すか、などをする羽目になりました。

まだ形があるものが供給されただけでもマシなのかな?

 

他にもエンジンを触るにあたり、後の時期に生産されたエンジンや部品を入手しましたが、国内物は「メートル」に移行されたものが殆どでしたが、米国帰りの部品たちは「インチ」でした。ヘッドボルトも、ねじピッチはインチのままなのにある時期から頭だけ“17mm”になっていてレンチが合わなかったことで氣づかされたこともありました。なにしろ一筋縄ではいかないのがこの時期の日産車です。

 

しかも、我が淑女は、複数オーナーを渡り歩いて色んな整備がされているので、「インチ」であるべきところが「メートル」に切り直されていることもしばしばで、新品のインチねじが入手できたので交換しようとしたら入らず、そこはメートルになっていたなんてこともありました。面倒くさいクルマです。まあ、過去にはそれがわからず自分でもやっちゃってますがね

(汗;;)

 

ここからが本題です!

 

さて、そんなことにもようやく慣れてきた矢先、またまた"ねじが合わない"事象に遭遇してしまいました。

それが今回のお題のきっかけです。前置きが長くなってしまいました。

 

再生の記事はその内書きますが、日産純正のフォグランプを再生しております。

そして問題は「ねじ」だったのです。

 

各部品を再メッキして組み立てようとしたときにその問題は発覚しました。

レンズを留めるねじ山がおかしいのです。そのままというわけにはいきません。走行中に緩んで脱落ということも考えられるからです。

 

それがこのねじです。

 

見たところ、普通のM5サイズのネジに見えたので、ストックの「M5」ねじを当ててみましたがねじ穴に入りません。

ではインチなのかと、「No.10-32」ネジを入れてみるも緩くて明らかにこれとも違うのがわかりました。

アレコレと悩んだ挙句辿り着いたのが「旧JIS規格」のねじだということがわかりました。

 

比べてみると

左が、「No.10-32」真中が問題の「旧JIS M5」、右が「ISO規格(新JIS)M5」です。

 

「ISO規格(新JIS)」には、それを示す「点」が打ってあります。

この処置も現行での規定では削除されてしまった内容と聞いていますから、「点」がないからといって「旧JIS規格」と断定もできないようです。ややこしいですね。

 

ねじピッチの見た目はいかがか?

 

 

一見では同じように見えますよね。

 

旧JISと新JISとの違いは何なのか?

それは、ピッチが僅かながら変更されていたのです。

 

 M3は、0.6mm ⇒ 0.5mm

 M4は、0.75mm ⇒ 0.7mm

 M5は、0.9mm ⇒ 0.8mm

 

となっています。

これでは合いませんね。

なんでこれだけ変えたのよ!と叫びたい…

因みに、M6以上は変更はないようです。

 

こういうことがあるので、やはり、ピッチゲージは必須アイテムなのです。

 

 

旧JIS規格のネジは、1965年(昭和40年)の規格改定で「ISO規格」の導入に伴い1968年(昭和43年)3月限りで廃止され、「ISO規格(新JIS)」に統合されました。

その中でインチ規格に関しても「ウィット規格」は廃止され「ユニファイ(UNC並目、UNF細目、UNEF極細目)」の3種が「ISO規格(新JIS)」になりました。

 

けれども、ホームセンターでもすぐ手に入る建築用などのインチねじは「ウィット規格」なんですよね~。

ウィットとユニファイの違いは「ネジ山の角度」です。前者は55度、後者は60度です。

 

さて、我が淑女 SP311(1965)は、1965年初期の製造なので、インチ部品が多く用いられています。なので、SR311(1967)以降の一見同じに見える部品も「ISO規格」に結構移行しており合わないことがありました。それは、部品番号の変更で実施されています。

 

従って、この時期の新型車、510ブルーバード(1967)や、S30フェアレディZ(1969)では、当初からISO規格(新JIS)で開発し製造されているため「メートル」のネジに統一されており、今回のお題のような問題はほとんど発生しないと思われます。

 

1960年代は目まぐるしく経済成長した半面その影響も計り知れないものです。

それはこういったねじ一つを取ってみても感じられるものですね。

 

一難去ってまた一難

今日も何か一歩進めばいいや!という気持ちです。

 

アッ もしかしてトヨタはメートル法をすぐに取り入れて他車よりもインチからの移行は早かったのかな?

とても欲張りなんです・・・

 

一般的にウィンドウウォッシャーといえば電動というのが当たり前なんですが、淑女の純正は手動タイプでした。

ペコペコとポンプのボタンを押すごとにジャバラのポンプによってウォッシャー液が噴射するというものです。

 

法制化されたのは、1971年(昭和46年)で、窓ふき器(ワイパー)に加えて、洗浄液噴射装置(ウインドウウォッシャー)の備え付けが法的に義務化されました。(1971年12月31日以降に製作された自動車から対象)従って、それ以前のものは無くても良いのです。もちろん装備されていれば機能しなくてはなりませんが。

 

淑女に関しては、1962年(昭和37年)のSP310のデビュー時点ですでに装備されております。

当初は手動式で、噴射ノズルが真ん中に1つで左右2方向に噴射されるタイプでしたが、マイナーチェンジで左右1つずつの2ノズルになりました。

SP311でもそのまま踏襲され、SR311で電動化されました。

 

SP310 初期のノズル

 

さて、我が淑女においては、入手時点ではいわゆるカンガルーバックタイプで電動化されており、純正のタンクも手動ポンプは欠落しており、コンソールのポンプの代わりに配線のされていないシガーライターが穴埋めに付いていましたが、しばらくはそのまま使っていました。

 

そして、長い年月のうちに探していた純正のタンクとポンプが手に入り、過去に再生作業を行いました。

 

・タンクの再生

 

 

 

 ・ポンプの再生。

 

 

 

このような作業をしたかいもあって純正の手動ポンプウォッシャーは復活しました。

 

しかし、ポンプの中のゴムのジャバラはいつまでもつかわかりません。

既に61年の歳月を経て劣化も必至なのです。

 

そこで、電動ポンプを併設し、どちらも機能するように思いつきました。

エンジンルーム内の配線は、SR311用なので電動ポンプ取付用の配線はされていますから、それを利用さえすれば容易いことなのです。

 

と、その前に手動式ウォッシャー装置についてちょっと解説します。

ウォッシャー装置について肝心なのは「逆止弁(ワンウェイバルブ)」なんです。

これがないと肝心な時に噴射されません。洗浄液はタンクに戻ってしまおうとするからです。

逆止弁があれば、逆流しようとする液をそのまま留め置くことができるので、すぐさま噴射できるようになるのです。

 

 キャブオールの整備要領書(1966年)からの引用です。

 

上記のようにノズルのすぐ手前にバルブ(逆止弁)を付けることでここに洗浄液を待機させるようになっています。

そして実はもう一つバルブがあるのです。

タンクの出口のコネクター内にベアリングが仕込んであり、これがバルブになります。下の図から確認できます。

 

吸入工程では、タンク内の洗浄液の流れのままにベアリングが浮き上がり洗浄液はポンプに流れていきます。

 

 

吐出工程では、ベアリングはタンク側の出口を塞いで洗浄液が逆流しないようになり、ポンプによって洗浄液はノズル方向に流れていきます。このベアリングは、ラムネ飲料のビー玉の作用を思い出していただければわかりやすいかと思います。

 

 

つまり、ウォッシャー装置にはバルブが3つ使われています。

 

電動化するにあたっては、このあたりを良く考える必要があります。

通常の電動ポンプ付きタンクの洗浄液は、タンク下面から行われる仕組みです。

その場合は、ポンプそのものがバルブの働きをしますから別にバルブを必要はありませんが、今回の場合、この図のように上から吸いだすものになるので、ポンプの前にバルブを補助的に付けることにしました。

それは、図のようなベアリング入りのコネクターは見つからず、代用に素通しのコネクターを使っているため、その代用として機能するように、タンク内の吸い口先端に取り付けることにしました。

それで万事うまくいきました。

 

電動ポンプの取付位置は、手動ポンプとタンクとの間です。

 

配線はここまで来ています。

 

 

用意した電動ポンプに合わせてコネクターを作成します。

 

 

ポンプの取付箱の辺りにしました。

 

 

ホースを取りまわして完了です。

 

 

手動でプシュップシュッとやったり電動でウィーンとやったりどちらも使えるようになりました。

ただ、ポンプの吐出量が多すぎるようなので若干電圧落とす必要はあるかもです。

氣にしなければ何の問題もないのですけれどね。

 

どちらも使えるなんて、贅沢なことだね~ なぬ?

 

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参考資料として、車種別ノズルの形状

 

左から、410ブル用、SP310、SP311用、SR311用 です。

これは友人所有物を撮影させていただいたものです。

 

 

因みに、我が淑女は410用を付けています。頭の形状が若干違っていますがよいのです。

元々ワケの分からないのが付いてましたから(笑)

 

 

 

時短になること請け合いです!

 

噂には聞いていたものの、こんなに使えるとは思ってもみませんでした。

それは、ホームセンターのコメリで売っているという「デカスギドライクロス」という洗車ふき取り用のタオルのことです。

しかし、我が家の近くには「コメリ」がありません。通販もあるようですが送料がもう一枚買えるような料金で唖然!

 

先月、地方に行く用事があり、ようやく手に入れることができました。

 

 

大きさは、淑女のトランクリッドと同じくらいです。

 

 

なんでこれを必要としたのかは、会社のクルマ「ヴェルファイア」がでかくて、洗車時のふき取りが本当に大変だったからです。

今まで使っていたものは、ずっと小さいですが、拭いては絞り、拭いては絞りの連続で、しかも水滴が残りやすくそのためにもう一度拭かなければならず結構時間と労力がかかっていました。

 

しかしどうでしょう。「デカスギドライクロス」ではびしょ濡れの状態で、サッとひと吹きでほぼ水滴がなくなってしまうのです。

 

こんな状態が・・・

 

 

 

一度で水滴がなくなります。

 

そして絞らずに、一台まるまる拭き取れるのです。もちろん奥まった所や隙間は取り切れないものもありますが、そこは仕上げで今までの小さいもので行えば即終了です。

 

何しろほぼ一発で水滴がぬぐえるので時間短縮は目を見張ります。感覚的には10分の短縮は大げさでしょうか。

それくらいの時短を感じます。

 

また、良く晴れた日の洗車で、ふき取りに時間がかかり水滴が乾いてしまいボディに跡が付いてしまうことがありましたが、乾く間もなく拭き取れるのでそれも避けられると思います。

 

これは本当に満足のいく商品でした。おすすめです。

 

何年モノかはわからないけれども・・・

 

随分古いものであることは違いないのです。このフロアジャッキは20年位前にSサービスのSさんにいただいたもので、当時も油圧も上がらずくたびれていました。塗装は元色がわからない状態で、錆一色。この時すでに20年位経っていたのだろうか?

 

そんなジャッキをバラシてシール交換などをし、塗装も行い見栄えも機能も良くなり活用しておりました。

パンタジャッキとは比べ物にならないくらいの使いやすさです。一気に2輪を同時に持ち上げられるのは良いですよね。

 

さて、あれから何年たったのでしょう。またまたくたびれてまいりました。

外に置いてあるため塗装もだいぶ退色してますから、再塗装もしてあげたいところですが、今回は機能面のみ少々メンテナンスを行いました。

 

 

油圧がジャッキの命です。

従って、適量のオイルを補充しました。

 

 

車軸にはグリスアップを施します。

酷いもので、グリスどころかさびしかないじょうたいですね~(汗;;

 

 

車軸を留めている「Eリング」が割れてしまったので、スナップリングにて対応しました。

 

 

車軸のグリスアップの効果は目を見張るものでした。

こんなにも動きが良くなるなんて!ビックリ!

 

まーそれだけいい加減な扱いだったということですなぁ。

 

今回はちょっとしたことだけでしたが、使い勝手はとてもよくなりました。

ホントに良く転がるようになりました。

 

今度は色も塗ってあげたいですね。

お役御免と思っていたのですが・・・

 

3月まで乗っていた会社のヴェルファイア、4月から新車になるということでお役御免となると思っていました。

ところが、他のクルマを売却してこのクルマを残すということに方針が急遽転換し慌てふためくことに!

 

実はこのクルマ昨年の3月時点でもお役御免の話が出ていたらしい。ところが小生の赴任で延命となったのです。

その直後新車購入の話が持ち上がり、それまでのつなぎとして乗ることになります。小生からしたら十分な新車みたいな感覚ですが、他の皆からしたら古いポンコツのような扱いのようでした。10年目ですから。

 

引き継ぎ当初から気になっていたのは、ボロボロになったステアリングの表面です。

 

 

トヨタ車では結構傷んでいるものが多く見かけます。一昨年前に乗っていたクラウンもボロボロだったのでリペアしました。

その反面、日産車は意外と傷まないようです。(シーマものりましたが問題ありませんでした。)

 

注文した新車も秋には納車されるような触れ込みでしたが年末という話になり、とうとう3月末の納車と引き延ばされてしまいました。そんなことで、担当になってすぐに直したかったステアリングのリペアも「まあいいかな~」と材料は買ったものの作業せずにおりました。そんな折、この4月から他の人が乗るという方針転換。このボロボロのままじゃ格好悪いな~、新しい担当も気持ちよく乗れないよね。

 

というわけで、急いで購入していたキットを装着することにしました。

 

 

半完成品で、本革に縫込みがあり、それを使用して縫い上げていくタイプです。

 

今回のステアリングは、上面が木目タイプの樹脂製ですので、縫い上げても握ったときに革が動いてしまいますので、薄手の両面テープをあらかじめ貼っておくことで防ぐことができます。

 

 

テープを貼ったところを取り忘れましたが、上面に弧を描くように貼りました。

完成後も功を制しグリグリと動くことはなく正解でした。

 

革を引き延ばしながらステアリングに巻いていきますが、マスキングテープで押さえながらしないと抜けてしまいます。

 

 

全周に行き渡りましたら、下部から縫込み開始です。

説明書がありませんが、互いに手繰り寄せるようにきつく縫い合わせていきます。

 

 

この部分が一番厄介です。

始まりの部分と終わりの部分の縫い合わせ部分が肝。

しっかりときつめに縫い上げます。

中間部分は裏側の既存の縫い目に巻き込みながら進めて終わり部分に向かいます。

 

 

そうして下部まで達成ししっかりと留めて完成です。

キレイになりました。

 

 

こうして、3月末に次の担当者に渡すことになり一件落着です。

 

5速ミッションにしたわけですから・・・

 

シフトパターンの表示は必要です。

当初は全く違う他車のものを入手して使う予定でしたが、

42年SR311用のリプロダクト品が手に入り、そのつもりでいたものの、プリントだけのそっけないもの。

なんとなくパッとしない。

 

 

そこで、43年以降のアンチモニー製の立体造形のジャンク品を入手しました。

 

アンチ製ですから御多聞に漏れず腐食によるブツブツが発生しております。

取り付けのためのピンも折れています。ただこちらは両面テープで留める予定なので問題なしです。

 

多少の傷はありますが、めっき部分はそのままに塗装部分の補修で済ます方向で作業を進めました。

再めっきは可能ですが、アンチの再めっきは特にリスクが高く、研磨時にこの雰囲気が損なうほど丸くなってしまうことは過去の経験上あるので、今回の作業では行わず現状のめっきを生かすことにしました。

 

写真はないですが、旧い塗料は剥離剤で剥がし、腐食している部分も浮いてる部分はひっかいて剥がしました。

そして、黒のタッチペイントを流し込んでみました。

 

 

これで完成のつもりでいたのですが、地が悪いので、凸凹感がとても氣になります。

 

この不出来感を払拭するにはどうしたらよいか?

 

センターキャップの時にも施した「レジンの流し込み」が良さそうです。

早速100均でレジンを調達します。

 

 

単なるクリアではなくクリアパープルというものを選んでみました。

どうなるかな?という探求心も込めてです(笑)

 

紫外線硬化型ですから、室内でひっそりと作業を行います。

 

シフトパターンの凹み部分に充填していきます。

 

 

レジンの流動性だけでは行き渡りませんから、慎重に爪楊枝で導びいていきます。

 

 

レジンが行き渡りましたら、脱泡作業です。

例の食品保存用の脱気容器にて真空脱気作業をします。

 

 

脱気したらそのまま紫外線で硬化させれば完成!

 

のはずだったのですが、レジンの上に細かなごみが沢山浮いていました・・・

タッチペイント後にすぐ作業できれば良かったのですが、一週間は開いてしまい、その間に埃が乗っかっていたためです。

こういう場合は、必ず水洗いなどをしなければいけませんね。目視できれいに見えてもこういう結果として現れましたから。

 

さて、氣を取り直してまだ固まっていないレジンからゴミ拾いをすることにします。

2液だとどんどん固まって行ってしまうので厳しいですが、紫外線硬化型なので作業はできます。

 

またまた爪楊枝の活躍です。一つ一つすくい上げて除去していきます。

 

 

一通り取り除きましたら紫外線硬化の作業に入ります。

 

容器にセットし上から紫外線ライトを照射します。

 

 

昔の特撮「電送人間」を思い出しました。

ショッカーによる仮面ライダーの改造もこんなだったかも(笑)

 

で、出来上がりました。

 

 

めっき上のブツや傷はしかたありませんが、中々見映えするようにはなりました。

 

あとは、シフトパネルに貼り付けるだけです。

 

今回は以上です。

 

 

 

 

 

と言っても友人の助手席でですが・・・

 

持つべきものは良き友ですね!

お誘いをいただき「第2回 大好き‼ SP/SRオーナーズミーティング」に行くことが叶いました。

 

今回は直行ではなくて、山梨の仲間と合流しての参加となりました。

 

4月5日の夜更けまで雨で、どうなるか心配でもありつつ大丈夫だろうと楽観的な氣分でした。

 

集合時間頃はまだまだ曇っておりましたが、出発して現地に近づくにつれ雲が切れ始め、山からも靄が引いていきいい感じになりそうと思ったものです。ワインディンロードの風が少々肌寒いものの氣持ち良く、一層その氣分を引き立てます。

 

途中の公園で記念撮影。

 

 

現地の奥多摩の着くと沢山の「SP/SR」で駐車場は埋め尽くされているような状態でした。

この写真ではちょっと感じませんね~

 

 

残念ながら来ることのできなかった友人もおりましたが、コロナ以来の久しぶりに会えた友人とも歓談できましたし、何人かの初見の方ともお話ができ、知らなかったこと、知ってることなどの情報交換、学びの楽しいひと時を過ごせました。

そんなことで、あまり写真も撮っておりませんが、小生の目線で面白く目に映ったものを少々このブログに載せさせていただきます。

 

なんとビックリ!ワンオーナー物のSP310です。 神ナンバーは横浜と相模に分かれる前に存在した幻とも言えそうなものです。

或るドラマでは、神戸ナンバーの昔の形態と勘違いされておりましたっけ。制作サイドは疑問にも思わなかったのでしょうね。

 

 

エルスターホイールを履いたSR。

 

 

もしかしたら、エルスターではないかもしれませんが、70年代には良く見かけたカスタムです。

アルミではなく鉄チンをクロームメッキした仕様ですね。

カッコイイ!

 

こちらは、帰国子女の「SPL310」です。未再生?と思える雰囲気を醸し出しておりましたので、ついシャッターを押しました。

 

 

これには目を引きました!

 

純正ハンドルは結構ひび割れてしまって酷い状態のものが多いのですが、こちらはそれを素晴らしくリペアされております。

元の割れたものはすべて剥いで、ウッド仕様になっています。

相当工数もかかっただろうなと思います。

小生も実はこの仕様を考えておりましたが、断念し違う仕様で進めております。

実際に再生されたものを見てステキに思います。オーナー様の情熱の賜物ですね!

カッコいい!

 

 

その他こまごまとしたもの。

 

太洋自動車株式会社のプレート

 

新車の時にこのディーラーから購入したという証のプレートですね。

後部にステッカーというのは良く見ますが、エンジンルーム内の販売者のプレートは珍しいです。

この時代の輸入外車には輸入元販売会社のプレートは良く貼ってありますからそんな感じなのでしょうか。

このプレート、恐らく、後の「太洋日産株式会社」なのだと推測します。太洋日産も2015年7月に自動車の販売・整備・保険に係る事業等を「日産自動車販売・東京日産自動車販売・日産プリンス東京」に事業譲渡して整理されたようですね。

 

30年位前、都内で勤めていたころ見かけた黒塗り公用車や企業役員車のセドリックの後部には十中八九「太洋日産」のディーラーステッカーが貼ってあったように記憶しております。

 

 

こちらは、旧いエッチングタイプのJAFバッジですが、「’70 TOKYO」と付いているものは初めて見ました。

何かの記念みたいなものだったのでしょうかね?

 

 

本当はもっと、いろんな観察をしたかったのですが、話ばっかりしていて叶いませんでしたが、またの機会もあると思うので楽しみに取っておくことにしましょうかね(笑)

 

次回には自分の淑女で参加できるようにと考えております。

 

 

桜の季節ももうすぐに去ってしまいますね。